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第6話

※※※※※
































































川の道まで駆け抜けた。寒中の川の中に私は身を沈め、冷たい清流でざぶざぶと返り血を浴びた顔を洗い、右手の爪も清めた。
































オレンジ色の薬が効き始めたのか、ぐらりと視界が回りだす。
































ここで倒れてはいけない。
































月明かりが見上げた空に輝いて、小さな星はその輝きにかき消されて、見えない星に手をのばした。
































ふらふらになりながら、体のどこにも血がついていないことを確かめて、私は川から上がる。濡れた体に冷たい空気が容赦なく肌を刺してくる。
































私は走り出した。
































エチカちゃん。エチカちゃんの声と言葉しか私の心には届かなかった。最後にエチカちゃんの声を聞きたい。
































エチカちゃんの家に向かって、冷たさに感覚のなくなりはじめた素足を動かす。
































うちを巻き込むな、と。そんな言葉も頭を掠める。
































私はエチカちゃんの家の門の前で力尽きた。インターフォンを押せなかった。あと一歩、届かない。
































倒れた私の上にハァハァと荒い呼吸音が覆いかぶさってくる。春香の彼氏が気づいて私を追ってきたのか。うっすら目を開ける。
































つばさくんの自慢の大きな犬だった。気持ち悪い音。口を縛ってしまいたい。
































つばさくんのお母さんがスマホを耳に当てて、何か話してる。
































仰向けに倒れた私の視界に、二階のエチカちゃんの部屋の窓が開いた。続いて、玄関ドアが開き、門を開けて、誰かがこちらに来た。
































私の体に毛布がかけられる。私の顔を覗き込むのは
































「ルナちゃん、しっかりして!」
































 エチカちゃんだ。
































 ああ。私はやっと安心した。私の世界に届く声。
































「エチカちゃん……私、自由になれた」
































 私を押さえつけるものを全部、片付けて、私はいま、自由だ。原因はすべて春香だったから。
































 私の世界にまっすぐ。聞こえるのはエチカちゃんの言葉だけ。
































「ルナちゃん、わたしの名前はエチカじゃないよ、イチカだよ」
































 何を言ってるの?
































 エチカちゃんはエチカちゃんだ、イチカなんかじゃない。と、私は声に出そうとして、やめた。絶望した。
































 私はたった一人の名前さえ、聞こえていなかった。
































 片付けたほうがよかったのは、私自身だったのかもしれない。
































































【了】

































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