僕、
そう、僕にとって廃墟写真集は、絵本であり知育教材だったのだ。
今年の初め頃だったと思う。廃墟好きが集まるwebサイト・
僕はいつも掲示板を眺めるだけだったから、これに即飛びついた。初めての廃墟散策に同じ趣味の仲間と行けるなんて、参加しない理由なんてない。
しかし……
「これで、全員なのかな?」
当日、集合場所であるY県のK駅に集まったのは、僕を含む男性3人と女性2人の計5人だけだった。
正直、少し残念な気持ちはあったけれど、せっかく来たのだから楽しまなきゃ損だと、気持ちを切り替えることにした。
このあと、駅から廃村に近い停留所まで、バスで移動する。ガタガタと歌う窓から、木々の間を抜けてきた緑の熱風が吹き込み、ギラギラした陽の光が床に木陰を踊らせていた。
自己紹介や雑談をしながらおんぼろバスに揺られ、廃墟最寄りの停留所で降りた。そこから未舗装の峠道を一時間も歩かされるとは思わなかったけど、みんな汗だくになりながら、なんとか昼前には目的地の廃村に到着した。
ちなみにこの辺りは電波が届いておらず、スマホは圏外だ。写真や動画は撮れるので特に問題はないけど、それでも隔離された感じがしてちょっとだけ不安になってしまう。
「あの、昨日ネットで見つけたところに行ってみたいのですが……」
と、提案してきたのは
彼女が得た情報によると、少し離れたところにポツンと二階建ての洋館があるらしい。かなり奥まった場所にあるせいでなかなか見つけられず、情報自体がかなり貴重なのだそうだ。
もちろん全会一致。こんなレアなワクワクを前にして、惹かれないはずがない。軽く昼食をとって、すぐにでも移動しよう。
♢
「ここ、だよね」
「凄い……迫力がありますね」
何十年も放置された建物は、当然、外装がボロボロだ。それでも、ところどころに残るくすんだベージュ色が、遠い日の建物の姿を偲ばせる。
エントランスも階段もホコリが積もっていて、歩くたびに舞い上がり、窓から差し込む光に白く漂っていた。
「わかっていると思うけど、単独行動はしないように。必ず二人以上で動きましょう」
これは廃墟散策の基本だった。例えば”床が抜けた“等のトラブルが発生した時に、一人では対処できないことがあるからだ。そういった緊急時を想定して、お互い視界に入る位置での行動が原則とされている。
ましてやここはスマホの電波が全く届かないエリア。注意はし過ぎるくらいがいい。
そして、男性陣と女性陣に別れて散策を始めて数分がたった頃だ。
「——ねぇ、みんな来て」
二階から葵さんの声が聞こえてきた。『突然どうしたのだろう?』と、僕ら三人は慌てて階段を駆け上がった。
「二人とも大丈夫っスか?」
「――なにかあったの?」
「なにかあったって言うか、コレがあった」
と、部屋の中を指差す葵さん。
二十畳ほどの部屋には四台の壊れたベッドが等間隔に並び、隅に本棚と机が置かれていた。木の板を張り合わせた壁はささくれていて、ところどころ黒ずんでいる。
これだけなら特に珍しくもないのだが、
「なんでこんな所にボードゲームがあるのかな?」
「あの、葵さん? 僕に聞いてわかると思います?」
「だよね~……」
誰にも理由はわからないだろう。なぜ部屋の中央にスゴロクが置いてあるのかなんて。それもわりと最近の、サイコロの代わりにルーレットを回して進めるタイプの物だった。
「誰かが遊んでいたんスかね」
「そんな訳ないと思うけど……」
僕は、要の言葉を完全に否定しきれなかった。明らかに誰かが置いたとしか思えないからだ。廊下も階段も部屋もホコリだらけなのに、盤上には
——しかし、そんな事よりも、もっと不可解な点がある。
それは、スゴロクのスタート地点に五つのコマが並んでいる事だ。ちょうど今いる人数と同じだが、不思議なのは数ではなく、その形状だった。
「このコマってさ、
「あ、
ディフォルメされた二頭身にもかかわらず、それぞれ僕ら五人の顔や髪型、体格や着ている服までそのまま再現しているような形をしている。
「このルーレットを回せってことっスかね」
「いや、触ったらだめだよ」
廃墟散策のルールだ。自然に朽ちた、人の手が入らない環境こそ廃墟の前提。だから、そこにある物を動かしたりするのは厳禁なのだ。
「大丈夫、わかっているっスよ~」
とはいえ、廃墟散策のルールは一般的に知られたものではない。だから要みたいに、「このくらい平気っしょ!」と軽く考えるのも無理はないのかもしれない。
「か~ら~の~」
と、ふざけながらルーレットを回す要。その瞬間、ルーレットがギィッと不気味な音を立てた。
「廃墟の物に触ったらダメって」
「でもこれ、あとから誰かが置いたんスよね? 廃墟の物じゃな——」
「え……薬師寺くん⁉」
「ちょっと、なに?」
鈴姫さんと葵さんの驚く声に顔を上げると、要の姿が目の前から消えていた。声どころか本人までいなくなったのだ。
一体なにが起きているのか、思考が追いつかず呆然としていると、颯太の緊迫した声が響く。
「みんな、こっちを!」
振り返ると、そこは一面の壁だった。たった今入ってきた部屋の入り口が消え、すべて壁に変わっている。
「これ……颯太、なにがあったんだよ」
「わからないよ……薬師寺くんが消えたと思ったら、いつの間にか壁になっていたんだ」
目の前の不可解な現象に誰もが言葉を失い凍りつく中、しん……と静まった部屋に、なにかが擦れる音が聞こえて来た。
それはスゴロクの盤面を、ズズズ……と動くコマの音。ディフォルメされた要が、意思を持ったかのように進む音だった。