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第2話・ルールブック

 目の前のボードゲームは、スゴロクの形ではあるものの、マスの中は全て白色。なにも書いてない。『これになんの意味があるのだろう?』と思っていたら、かなめのコマが止まったマスの中にす〜っと文字が浮かび上がってきた。


【初級土魔法を覚えた。旅費を2000G貰う】


 意味不明だ。スゴロクである以上、ゲームとしての内容なのだろうけど、これだけ表示されてもまったくの謎でしかない。


 だが、今はそんな事よりも、目の前で起きた怪現象の方が問題だった。話している相手が目の前で消え、部屋の出入り口が一瞬でふさがれた。理論的に説明できない。人間にこんな事が可能なのだろうか? 


 もし、人知を超えた力があるとして、ただの人間がどうにかできるものだろうか?


「みんな、脱出しよう。この部屋はなんかおかしいよ」

「薬師寺くんはどうするの?」


 鈴姫べるさんのひと言が僕の行動を非難しているように感じる。でも、正直言うと、僕は怖い。

 簡単に人が消される現実。誰にも気づかれずに、なにもなかったように、アッサリと。次は誰が消えるのか。あおいさんか鈴姫さんか……それとも僕か。


「鈴姫さん、とにかく今は外にでた方がいい。要は警察を呼んで捜索してもらうしかないよ。僕らがここに残ったとして、なにかできるとは到底思えないでしょ」


 ……これは建前だ。本音は、とにかく逃げ出したい、ただただ怖い。それだけだった。


 問題は二階からどうやって逃げるかだ。洋館だからなのだろうか、日本家屋の二階よりもだいぶ高く感じる。

 なにかロープみたいなものがあればいいんだけど、この部屋にそんなものは見当たらない。ならば外壁に捕まる所はないかと見渡すが、ボロボロに朽ちていてすぐにはがれてしまうだろう。


 どうする? どうすればいい? どうやって外にでる? 僕の頭の中で、答えのない疑問がグルグルと回っている時だった。


「ちょっと高いけど、なんとかなりそう」

颯太そうた……」

「大丈夫。普段から鍛えてますから!」


 体格のせいもあってか、颯太の存在がすごく心強い。彼は、自分の胸を拳で叩きながらニコリと笑い、窓から身を乗りだして外壁の状況を確認しはじめた。


「こっちの窓からなら、雨どいに手が届きそうだよ」

「徳川くん、無理しないで……」

「雪平さん、上手くいったら飯でも奢って下さいね」


 と、颯太は笑顔で軽口を叩いた。しかし、窓枠に置いた手がわずかに震えている。僕もみんなも気がついていたけど、そこに触れる事はできなかった。


 颯太は息を吸い込んで力を溜めると、窓枠に足をかけて一気に手を伸ばした。


「よし、掴ん……」


 突然、颯太の言葉が途切れる。


「颯太!」

「徳川くん!!」 


 二人の悲痛な声が響く。颯太は勢いをつけて雨どいに手を届かせたのだが、見た目以上に錆びていた筒は折れ曲がり、腐った外壁から剥がれていったらしい。


 僕はあわてて窓に駆け寄って窓の下を見おろした。だけど、なぜかそこには颯太の姿が見えない。


 不思議そうな僕の表情に気づいたのだろう。葵さんは『……消えたのよ』と、ひと言だけ口を開いた。


 ――颯太が消えた?


 つまり、要と同じくその場から消失したってことか。それでも僕は目を凝らした。『草の中に落ちて見えないだけだろう』と自分に言い聞かせながら。


 葵さんの言葉を信じていないのではない。この現実が受け入れられないだけだ。


「なんなのよ、もう」

「やめてよ……もうやだよ」 


 その時、僕らのうしろ、部屋の中央でドスンッと大きな音が響き、大量のホコリが舞い上がった。


「痛った……」

「え……颯太⁉」


 颯太は左腕を抱えてうずくまっていた。落ちた時に怪我をしたのだろうか。彼の身体を引き起こし、そっと壁に寄りかからせた。


「大丈夫か?」


 と聞いてはみたものの、颯太の腕は赤黒く腫れ、二倍くらいの太さになっている。見るからに大丈夫じゃない。


「折れてると思う……」

「どうしよう、なにか薬でもあればいいんだけど」

「ごめん、迷惑かけて」

「こら、謝らないの! 颯太のせいじゃないんだから」


 そう言いながら、葵さんは身に着けていたストールを折り畳み、即席の包帯にして颯太の腕を固定した。


「でも、これじゃあ鈴姫とのデートはお預けだね!」

「それは……残念です」


 と、苦笑してみせる颯太。しかし僕は、彼の顔がほんの一瞬痛みにゆがむのを見てしまった。顔色は青く、脂汗も凄い。ゆっくりしている余裕は無いだろう。


 彼が言うには『地面にぶつかる瞬間、目の前が真っ暗になって、視界が開けたと思ったら天井から落ちていた』そうだ。


 僕は、足元に落ちているクマのぬいぐるみを拾って、そのまま窓から投げ捨ててみた。数秒後、部屋の天井にぼんやりとした黒い穴が現れ、そこからぬいぐるみが落ちてきた。


「こうなるのか……」


 これで一つだけハッキリとわかった。僕らをこの部屋に閉じ込めているは人知を超えたもの、未知の意思であり超常の力だ。


 わからないのは、ここに閉じ込めてなにをしようとしているのか。要は消えたままだけど、颯太はすぐに戻って来た。危害を加えるつもりなら、颯太を戻す意味がないのだから。


「とにかく、この部屋を調べよう。なにか脱出の手掛かりを探さないと」


 僕はまず、部屋の奥にある二つの扉を調べた。


 左の扉はクローゼットで、木製のハンガーが数本転がっているだけ。そして、右の扉は古いトイレだった。これは、田舎のじいちゃんにあったものと同じ汲み取り式、つまり”ぽっとん便所“ってヤツだ。


 ……構造的には外につながっているはずだけど、さすがに試そうって気にはなれない。


「ミナミナ、そっちはどう?」

「全然ダメですね。葵さんは?」

「消えた出入口は完全に壁~。スキマなし」


 彼女はノックをするように壁を叩いてみせた。普通ならコンコンと軽い音が響くはずなのに、まるでコンクリートの壁を叩くような、ゴツッとした硬い音が聞こえてきた。


「鈴姫さんはどうです?」

「……これ、もしかしたら関係あるかも」


 鈴姫さんの手にあるのは、A4の大学ノートほどの黒い本。それは初めて見る、不思議な質感の表紙だった。薄いのに硬質で軽く、指先で弾いてみると、キーン……とカン高く澄んだ音が響いた。


「文字がかすれているけど、多分ルールブックって書いてあると思う」


 表紙を開きページとびらをめくると、挨拶文が書かれていた。



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 ——異世界スゴロクへようこそ。

 これは、ゴールを目指しながら様々な世界を旅するゲームです。

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