目の前のボードゲームは、スゴロクの形ではあるものの、マスの中は全て白色。なにも書いてない。『これになんの意味があるのだろう?』と思っていたら、
【初級土魔法を覚えた。旅費を2000G貰う】
意味不明だ。スゴロクである以上、ゲームとしての内容なのだろうけど、これだけ表示されてもまったくの謎でしかない。
だが、今はそんな事よりも、目の前で起きた怪現象の方が問題だった。話している相手が目の前で消え、部屋の出入り口が一瞬でふさがれた。理論的に説明できない。人間にこんな事が可能なのだろうか?
もし、人知を超えた力があるとして、ただの人間がどうにかできるものだろうか?
「みんな、脱出しよう。この部屋はなんかおかしいよ」
「薬師寺くんはどうするの?」
簡単に人が消される現実。誰にも気づかれずに、なにもなかったように、アッサリと。次は誰が消えるのか。
「鈴姫さん、とにかく今は外にでた方がいい。要は警察を呼んで捜索してもらうしかないよ。僕らがここに残ったとして、なにかできるとは到底思えないでしょ」
……これは建前だ。本音は、とにかく逃げ出したい、ただただ怖い。それだけだった。
問題は二階からどうやって逃げるかだ。洋館だからなのだろうか、日本家屋の二階よりもだいぶ高く感じる。
なにかロープみたいなものがあればいいんだけど、この部屋にそんなものは見当たらない。ならば外壁に捕まる所はないかと見渡すが、ボロボロに朽ちていてすぐにはがれてしまうだろう。
どうする? どうすればいい? どうやって外にでる? 僕の頭の中で、答えのない疑問がグルグルと回っている時だった。
「ちょっと高いけど、なんとかなりそう」
「
「大丈夫。普段から鍛えてますから!」
体格のせいもあってか、颯太の存在がすごく心強い。彼は、自分の胸を拳で叩きながらニコリと笑い、窓から身を乗りだして外壁の状況を確認しはじめた。
「こっちの窓からなら、雨どいに手が届きそうだよ」
「徳川くん、無理しないで……」
「雪平さん、上手くいったら飯でも奢って下さいね」
と、颯太は笑顔で軽口を叩いた。しかし、窓枠に置いた手がわずかに震えている。僕もみんなも気がついていたけど、そこに触れる事はできなかった。
颯太は息を吸い込んで力を溜めると、窓枠に足をかけて一気に手を伸ばした。
「よし、掴ん……」
突然、颯太の言葉が途切れる。
「颯太!」
「徳川くん!!」
二人の悲痛な声が響く。颯太は勢いをつけて雨どいに手を届かせたのだが、見た目以上に錆びていた筒は折れ曲がり、腐った外壁から剥がれていったらしい。
僕はあわてて窓に駆け寄って窓の下を見おろした。だけど、なぜかそこには颯太の姿が見えない。
不思議そうな僕の表情に気づいたのだろう。葵さんは『……消えたのよ』と、ひと言だけ口を開いた。
――颯太が消えた?
つまり、要と同じくその場から消失したってことか。それでも僕は目を凝らした。『草の中に落ちて見えないだけだろう』と自分に言い聞かせながら。
葵さんの言葉を信じていないのではない。この現実が受け入れられないだけだ。
「なんなのよ、もう」
「やめてよ……もうやだよ」
その時、僕らのうしろ、部屋の中央でドスンッと大きな音が響き、大量のホコリが舞い上がった。
「痛った……」
「え……颯太⁉」
颯太は左腕を抱えてうずくまっていた。落ちた時に怪我をしたのだろうか。彼の身体を引き起こし、そっと壁に寄りかからせた。
「大丈夫か?」
と聞いてはみたものの、颯太の腕は赤黒く腫れ、二倍くらいの太さになっている。見るからに大丈夫じゃない。
「折れてると思う……」
「どうしよう、なにか薬でもあればいいんだけど」
「ごめん、迷惑かけて」
「こら、謝らないの! 颯太のせいじゃないんだから」
そう言いながら、葵さんは身に着けていたストールを折り畳み、即席の包帯にして颯太の腕を固定した。
「でも、これじゃあ鈴姫とのデートはお預けだね!」
「それは……残念です」
と、苦笑してみせる颯太。しかし僕は、彼の顔がほんの一瞬痛みにゆがむのを見てしまった。顔色は青く、脂汗も凄い。ゆっくりしている余裕は無いだろう。
彼が言うには『地面にぶつかる瞬間、目の前が真っ暗になって、視界が開けたと思ったら天井から落ちていた』そうだ。
僕は、足元に落ちているクマのぬいぐるみを拾って、そのまま窓から投げ捨ててみた。数秒後、部屋の天井にぼんやりとした黒い穴が現れ、そこからぬいぐるみが落ちてきた。
「こうなるのか……」
これで一つだけハッキリとわかった。僕らをこの部屋に閉じ込めている
わからないのは、ここに閉じ込めてなにをしようとしているのか。要は消えたままだけど、颯太はすぐに戻って来た。危害を加えるつもりなら、颯太を戻す意味がないのだから。
「とにかく、この部屋を調べよう。なにか脱出の手掛かりを探さないと」
僕はまず、部屋の奥にある二つの扉を調べた。
左の扉はクローゼットで、木製のハンガーが数本転がっているだけ。そして、右の扉は古いトイレだった。これは、田舎のじいちゃん
……構造的には外につながっているはずだけど、さすがに試そうって気にはなれない。
「ミナミナ、そっちはどう?」
「全然ダメですね。葵さんは?」
「消えた出入口は完全に壁~。スキマなし」
彼女はノックをするように壁を叩いてみせた。普通ならコンコンと軽い音が響くはずなのに、まるでコンクリートの壁を叩くような、ゴツッとした硬い音が聞こえてきた。
「鈴姫さんはどうです?」
「……これ、もしかしたら関係あるかも」
鈴姫さんの手にあるのは、A4の大学ノートほどの黒い本。それは初めて見る、不思議な質感の表紙だった。薄いのに硬質で軽く、指先で弾いてみると、キーン……とカン高く澄んだ音が響いた。
「文字がかすれているけど、多分ルールブックって書いてあると思う」
表紙を開き
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——異世界スゴロクへようこそ。
これは、ゴールを目指しながら様々な世界を旅するゲームです。
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