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第3話・青のポーション

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 ——異世界スゴロクへようこそ。

 これは、ゴールを目指しながら様々な世界を旅するゲームです。

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「異世界スゴロク……?」

「なによこれ。旅とかゲームとかふざけてんじゃない?」

「えっと、葵さん……ちょっと落ち着きましょう」


 ——プレイヤーは、マスに書かれた効果とアイテムを持って、異世界に転移します。どこに行くかはルーレット次第!


「あの土魔法とか2000Gってのがそうなのかな?」

「多分……」


 ——転移先で与えられるミッションをクリアすれば帰還できます。


 ——手に入れた魔法や武器、アイテムは持ち帰ることができます。


「転移と帰還って、つまり、うぇい馬鹿は消えたんじゃなくて……」

「今、異世界で冒険しているのか」


 ——カチリッ


 その時、なにかスイッチが入ったような音がしてルーレットが回りだした。小さなが発生して薄緑の光を部屋中に拡散、数秒後には光が集まって人の姿になっていく。


 それはほんの数分前まで、もう会えないと思っていたツンツン頭の彼だった。


「うぇ〜〜い、ただいまっス!!」 


かなめ!」

「薬師寺くん、無事だったんだね!」

「もちろんっスよ!」


 ——要が生きていた。生きて帰ってきた。


 僕は彼の顔を見た瞬間、思わず抱きしめていた。ちょっと恥ずかしかったけど、嫌な気分じゃない。知り合ったばかりだし決して仲がいい訳じゃないが、目の前で消えた友人が元気に戻ってきた事が本当に嬉しかった。


「え、そうちん、左腕どうしたんスか?」

「うん、ちょっと……折ったっぽい」

「折ったって……マジっスか~。顔色もヤバいっスよ」


 要はなにかを思いだしたように、あわててショルダーバックの中に手を入れた。


「え~っと、青いヤツは……と」

「薬師寺くん?」

「ちょっと待っ……あ、そのストール外しといてっス」


 要は、青色の液体が入った小瓶を取りだすと、颯太そうたの左腕にかけ始めた。


「これ、ヒーリングポーションっスよ。本当は飲んだ方が効果高いんスけど……」


 当たり前の話だけど、突然正体不明の物をだされても、なかなか口にする事はできない。生きている以上、体の中に直接入れるものは、意識しないでも選別して安全なものを選ぶ。


 だから、飲ませずに直接かけたのはそれを理解しての事、彼なりに気を使っているのだな。と、思っていたんだけど……


「激マズなんスよ、このポーション。ニオイもキツイし。なれないと絶対に吐くっス」

「あ、それが理由だったんだ……」

「他になにかあるっスか?」

「いや、ない……と思う」


 ヒーリングポーションがじんわりと颯太の腕に広がる。少し粘り気のある液体が、腕全体を包み込んでギプスのような状態になっていった。


 少し痛みが和らいだのだろうか、颯太の額からシワが消えていた。……直後、腕周りから臭ってくる異臭に顔をしかめていたけど。


「もう大丈夫っス。マジですぐに治るっスよ!」


 颯太の傷の状態をまじまじと見つめる要に、鈴姫べるさんがそっと声をかけた。柔らかく、どこか安心を誘うような優しい響きの声だった。


「よかった……急に消えちゃうんだもん」

「え、鈴姫ちん心配してくれてたんスか⁉」


 と、要が鈴姫さんに笑顔を向けたその瞬間、あおいさんは彼女を背に庇い、要の視線を鋭くさえぎった。その表情は険しく、とても彼の帰還を喜んでいるようには見えなかった。


「あのさ、あんたがルーレット回したせいで、みんなこの部屋に閉じ込められたんだけど?」

「……?」

「なんか言う事ないの?」


 目をパチクリさせながら、部屋の中を見渡す要。すぐに出入口がなくなっている事に気づき、『なにがあったんスか?』と彼女に聞いた。もちろんそのひと言に悪気はない。


 それでも葵さんは相当な怒りを感じたのだろう。要をにらみつけて、今にもつかみかかりそうな雰囲気だった。


「葵さん、ちょっと落ち着いて」

「——なによ?」


 僕は普段、他人の喧嘩に首を突っ込む事はない。だけど今回は間に入るしかなかった。葵さんは怒り心頭で失念しているみたいだけど、扉がなくなったのは要が消えた後。彼が知らなくて当然の話だ。


「要には僕から説明するので。……鎮めて下さい」


 葵さんが要を嫌っているのはわかっていた。廃村ここに来るバスの中での、ちょっとした言葉の行き違いトラブルが原因だという事も。

 その時は、僕も颯太も『そこまで怒る事なのかな?』とは思ったけど、彼女には彼女なりの譲れないものがあるのだと思い、その件には触れないようにしていた。





「……で、その黒い本ルールブックを読み進めている時に、要が帰って来たってわけ」


 僕は、この二時間の間に起きた事をできるだけ丁寧に伝えた。


「そうだったんスか……みんな、迷惑かけて申し訳ないっス」

「見た目や感触は木の板なんだけど、叩くとコンクリートや鉄板でも入っているような感じなんだよね」


 要はコンコンッと壁を叩くと、『なるほど』とつぶやいて数歩下がった。


「ぶち壊せるか、ちょっと試してみるっスよ!」


 要は扉があった場所の正面に立つと、呪文を唱え始めた。普通に日本語で『闇の炎よ〜』とか『我が剣となりて〜』とか厨二病漫画のような言葉を発している。


 呪文が終わる頃に、要の手から小石が現れた。それはどんどん大きくなっていき、直径にして約二メートルほどの大岩になった。


「初級の魔法だけど、けっこう威力あるんス」

「これで初級なんだ……」


 これがスゴロクのマスに書いてあった【土魔法】なのか。間近で見る魔法は、思っていたよりもずっと迫力があって不思議で……とにかく凄かった。


「行くっスよ! クラッド・ストライク!!」


 要の手から放たれた魔法が、壁に向かって飛んでいく。これだけ質量のある大岩だ、例え壁の中がコンクリートだろうと鉄板だろうとひとたまりもないだろう。


 ——しかし


 要が放った魔法は、壁に激突する瞬間、。先ほどと同じように、ぼんやりとした黒い穴が現れ、今度は大岩を吸い込んでしまったのだ。


「やっぱりか~。なんとなく予想はしていたけど」

「え、なんスか……」

「ゴールするまではでられないようにする、修正の力みたいなのが働いたんだと思う」


 ……きっとこれが『人知を超えた未知の意思』なのだろう。


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