「腕が治ってる……」
骨折したはずの左腕を見ながら、手を開いたり握ったりして感触を確かめる
「最高級の超お高いヒーリングポーションっスから。ちな、飲めば三十秒くらいで治ったっス」
もちろん僕も驚いている。しかしそれと同時に、漠然と考えていた”超常の力の存在“を強く認識した瞬間でもあった。
「モンスターを倒して稼いで、資金がたまるまで二カ月かかったっスよ」
「え……それ、自分なんかに使ってよかったのですか?」
「なに言ってんスか颯ち〜ん、そんなの当たり前っしょ!」
「でも、なにか目的があったんじゃ?」
「また買ってくればいいんスから。それに金策していたらレベルが上がりまくって、魔王ワンパンだったっス!」
本当にワンパンだったかは横に置いといて、僕は彼の言う『二カ月』が気になった。ポケットからスマホを取りだして時刻を確認すると、要が消えてから二時間くらいしかたっていない。
つまり、異世界とこちらでは、時間の流れにかなりのズレがあるようだ。大まかに見て、その差は異世界の一カ月がこちらの一時間くらい。
……もちろん確証はない。要の言葉から推察しただけなのだから。
「このスゴロクについて、もうちょっと詳しい情報があった方がいいと思う。異世界とこちらの時間のズレやモンスターの種類、それから……」
「魔法についてなどですね?
鈴姫さんは僕の言葉が終わるよりも早く、内容を把握して調べ始めていた。異世界とか魔法とかの話は、女性にはなじみが薄くて理解されないと思っていたけど、それは僕の偏見だったようだ。
「じゃ、それは鈴姫さんにまかせて、次は僕の番……か」
スゴロクの盤上では、ディフォルメされた僕のコマが、伸びたり縮んだり丸くなったり四角くなったりと、全力でアピールしていた。
「できるだけ情報集めてくるから、こっちの調査はよろしく」
「十分気をつけるっスよ」
そう言いながら、要が護身用の短剣と紫色のポーションをくれた。紫は毒や麻痺等の異常を緩和してくれるそうだ。もちろん、患部にかけても使えるけど『緊急時には超超超我慢して飲むっス』と念を押された。
……メチャクチャ不安だ。
そして彼からは、もう一つ重要なアドバイスをもらった。異世界に転移すると、最初に選択肢が六つでてくるらしい。そしてこのスゴロクと同じルーレットを回してひとつを選び、それがクリア条件となるそうだ。
余談だけど、要が当たったミッションは、かなりハードルの高い
……僕には、彼みたいに”人の心に入り込むスキル“はないから、できればそんな難易度の高いミッションは当たってほしくない。
「じゃあ、行ってきます」
「あ、ミナミナちょっと待って」
「……?」
葵さんは『重要な任務だよ』と前置きをした。重要って念押しして言うからにはよほどの事なのだろう。
「戻る時に、食べ物と水を買ってきて。できるだけ美味しいヤツ!」
確かにこれは”最重要“とも言える内容だ。特に『美味しいヤツ』って部分。
「了解です。全員分、手に入れてきます」
興奮しているのだろう、顔が熱くなっているのがわかる。本当にこんなもので異世界転移が出来るのか。そしてちゃんと無事に戻って来られるのか。
希望と不安とワクワクとドキドキが身体中を駆け巡り、僕はルーレットに手を伸ばした。
——無機質な音を立てて、運命の輪が回転する。
矢印が6を示した瞬間、目の前が青白くなり、すぐに暗転した。上下の感覚もなく、浮いているのか落ちているのかすらわからない。
……ただひたすら、暗闇にとけてゆくだけだった。
♢
いつの間にか、地に足がついている感触があった。少し生臭い風が頬を撫で、まぶたの向こうに光を感じる。
「……ここは」
ゆっくりと目を開けると、そこは港湾都市を一望できる丘の上だった。
スカッと抜ける青空にキラキラ輝く海。港に停泊しているキャラック船や石造りの街並みは、中世後期のヨーロッパを彷彿とさせる。多分ここは、王道ファンタジーの世界なのだろう。
オーシャンブルーが広がる遥か海上には、サソリの紋章が入った黒い帆船が見える。まるで世界的大ヒットの物語、
「すげぇ……すげぇ!!」
心の奥でワクワクと感動が激しく震えている。異世界に確かに立っているという実感が、湧き上がる高揚感とともに全身を駆け巡っていた。
——そこには、夢でさえ追いきれなかった壮大な冒険が、僕を待っているのだから!