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第4話・紫のポーション

「腕が治ってる……」


 骨折したはずの左腕を見ながら、手を開いたり握ったりして感触を確かめる颯太そうた


 かなめが彼の腕にヒーリングポーションをかけてから、時間にしてわずか十分だった。あっと言う間に腫れが引いて、何事もなかったかのように骨折が完治していた。


「最高級の超お高いヒーリングポーションっスから。ちな、飲めば三十秒くらいで治ったっス」


 あおいさんや鈴姫べるさんもこれには驚き、信じられないといった表情で要と颯太の腕を交互に見ている。

 もちろん僕も驚いている。しかしそれと同時に、漠然と考えていた”超常の力の存在“を強く認識した瞬間でもあった。


「モンスターを倒して稼いで、資金がたまるまで二カ月かかったっスよ」

「え……それ、自分なんかに使ってよかったのですか?」

「なに言ってんスか颯ち〜ん、そんなの当たり前っしょ!」

「でも、なにか目的があったんじゃ?」

「また買ってくればいいんスから。それに金策していたらレベルが上がりまくって、魔王ワンパンだったっス!」


 本当にワンパンだったかは横に置いといて、僕は彼の言う『二カ月』が気になった。ポケットからスマホを取りだして時刻を確認すると、要が消えてから二時間くらいしかたっていない。


 つまり、異世界とこちらでは、時間の流れにかなりのズレがあるようだ。大まかに見て、その差は異世界の一カ月がこちらの一時間くらい。


 ……もちろん確証はない。要の言葉から推察しただけなのだから。


「このスゴロクについて、もうちょっと詳しい情報があった方がいいと思う。異世界とこちらの時間のズレやモンスターの種類、それから……」

「魔法についてなどですね? 黒い本ルールブックに書いてないか確認してみます」


 鈴姫さんは僕の言葉が終わるよりも早く、内容を把握して調べ始めていた。異世界とか魔法とかの話は、女性にはなじみが薄くて理解されないと思っていたけど、それは僕の偏見だったようだ。


「じゃ、それは鈴姫さんにまかせて、次は僕の番……か」


 スゴロクの盤上では、ディフォルメされた僕のコマが、伸びたり縮んだり丸くなったり四角くなったりと、全力でアピールしていた。


「できるだけ情報集めてくるから、こっちの調査はよろしく」

「十分気をつけるっスよ」


 そう言いながら、要が護身用の短剣と紫色のポーションをくれた。紫は毒や麻痺等の異常を緩和してくれるそうだ。もちろん、患部にかけても使えるけど『緊急時には超超超我慢して飲むっス』と念を押された。


 ……メチャクチャ不安だ。


 そして彼からは、もう一つ重要なアドバイスをもらった。異世界に転移すると、最初に選択肢が六つでてくるらしい。そしてこのスゴロクと同じルーレットを回してひとつを選び、それがクリア条件となるそうだ。


 余談だけど、要が当たったミッションは、かなりハードルの高いだった。『運よく勇者パーティーに加入できたからクリアできたんスよ』なんて言っていたけど、それは運なんかじゃなくて、彼の持つコミュ力の賜物だと思う。


 ……僕には、彼みたいに”人の心に入り込むスキル“はないから、できればそんな難易度の高いミッションは当たってほしくない。


「じゃあ、行ってきます」

「あ、ミナミナちょっと待って」

「……?」


 葵さんは『重要な任務だよ』と前置きをした。重要って念押しして言うからにはよほどの事なのだろう。


「戻る時に、食べ物と水を買ってきて。できるだけ美味しいヤツ!」


 確かにこれは”最重要“とも言える内容だ。特に『美味しいヤツ』って部分。


「了解です。全員分、手に入れてきます」


 興奮しているのだろう、顔が熱くなっているのがわかる。本当にこんなもので異世界転移が出来るのか。そしてちゃんと無事に戻って来られるのか。


 希望と不安とワクワクとドキドキが身体中を駆け巡り、僕はルーレットに手を伸ばした。




 ——無機質な音を立てて、運命の輪が回転する。




 矢印が6を示した瞬間、目の前が青白くなり、すぐに暗転した。上下の感覚もなく、浮いているのか落ちているのかすらわからない。


 ……ただひたすら、暗闇にとけてゆくだけだった。





 いつの間にか、地に足がついている感触があった。少し生臭い風が頬を撫で、まぶたの向こうに光を感じる。


「……ここは」


 ゆっくりと目を開けると、そこは港湾都市を一望できる丘の上だった。


 スカッと抜ける青空にキラキラ輝く海。港に停泊しているキャラック船や石造りの街並みは、中世後期のヨーロッパを彷彿とさせる。多分ここは、王道ファンタジーの世界なのだろう。


 オーシャンブルーが広がる遥か海上には、サソリの紋章が入った黒い帆船が見える。まるで世界的大ヒットの物語、バイキング(注)・オブ・カリビアンの世界にそっくりだった。


「すげぇ……すげぇ!!」


 心の奥でワクワクと感動が激しく震えている。異世界に確かに立っているという実感が、湧き上がる高揚感とともに全身を駆け巡っていた。



 ——そこには、夢でさえ追いきれなかった壮大な冒険が、僕を待っているのだから!


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