目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第5話・7つ目の項目

 港町特有の海産物の生臭さに、石炭の焦げ臭さが混ざって、海風に運ばれてきた。丘の上から見下ろしてわかるのは、港から離れるほど煙突から黒い煙を吐き出している家が多いって事だった。


 多分この国は、漁業者だけでなく鍛冶屋も多いのだろう。もしかしたらあの物語みたいに、刀や銃を生産しているなのかもしれない。


 この海はどこにつながっているのか


 この空はどこまで広がっているのか


 そんな想像を膨らませていたら、視界に入る全てが燦然と輝いて見えてきた。


 これが、あこがれの異世界なんだ。と、夢の欠片を噛みしめていたら、足元にパサリと一枚の紙が落ちてきた。端はボロボロで乳白色、この世界で流通している羊皮紙なのだろう。


 拾い上げるとその下には……あのルーレットがあった。


 そこに書かれているのは、①から⑥までの数字とミッション内容。ルーレットを回して僕のクリア条件を決める為のリストだった。


 ここまではかなめに聞いていた通りだったけど……なぜかそこには、7つ目の項目が記載されていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


プレイヤー:ミナセ ミナト

ルーレットナンバー:6

ギフト:選択肢+1

所持金:1200G


~ミッション一覧~


①野菜泥棒の捕獲

②貧民街の迷子探し

③水魔法の習得

④囚われた姫の救出

⑤荒海のクラーケン討伐

⑥千年紀財宝の発見

――――――――――――――――――――――――――――——

⑦冒険をやめて元の世界にもどる。これを選択した場合、全てのプレイヤーは3マス戻る。

※ルーレット使用後は選択不可。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 この⑦は自由選択項目らしい。どうやら①~⑥の項目がどれも達成不可能、もしくは危険なミッションと判断した時の、人道的救済処置のようだ。多分、ギフトの項目にある“選択肢+1”の効果なのだと思う。


 ――そして、気になる点が二つ。


 ひとつは『魔王討伐』がこのリストにない事。つまりここは、要が転移した異世界とは別なのだろう。


 そして二つ目は、このミッション内容が、バイキング・オブ・カリビアンの内容に酷似しているって事だった。


 物語の序盤で、主人公は野菜泥棒に間違えられて、仕方なく本物の泥棒を捕まえる事になる。その時、謎の男から隣国の姫の話を聞き……って内容だ。そして最後はクラーケンと戦って倒し、伝説の宝物を手に入れてハッピーエンドになる。


 僕の大好きな物語だし、似ているのならそれはそれで楽しそうだと思う。ただ、それぞれのミッションの難易度が違いすぎるのがネックだ。

 多分、①の野菜泥棒なんてすぐに終わるだろう。②や③も、物語に準じているのならそれほど難易度は高くないはず。


 ……問題は④以降。特にクラーケン討伐や財宝発見なんて最悪だ。一年かかっても終わる気がしない。


 リスクを考えて⑦の帰還という選択もあるけど、ギリギリ④の姫さん救出は行けそうだし、安全圏を引く確率の方がちょっとだけ高い。

 でも、もしハズレを引いて一年かかってしまったとしたら……現実世界ではあの蒸し部屋の中で食料も水もないまま十二時間過ごす事になる。


 下手したら熱中症になる人がいるかもしれない。ましてや僕は、食料と水の確保を頼まれている、長くても二カ月くらいでクリアしないとみんなの体が持たないだろう。


「くっ……なんなんだよ、これ」


 せっかく異世界に来たのに、始める事すら出来ないじゃないか。


 転移してきた以上は楽しまなきゃ! なんて思っていた数分前の自分を、思いっきりぶん殴ってやりたい。ここは、そんな単純な考えで乗り切れるほど、生易しい世界じゃなかったんだ。


 ——ガサガサッ


 不安な気持ちに追い打ちをかけるように、うしろの草むらからなにかが動く音が聞こえてきた。誰かいるのか、それともモンスターなのか。

 僕は音がした方向から視線を動かさずに、要に貰った短剣を取り出した。


 ——ガサガサッ……


「あれ? お兄さん誰?」

「え……」


 草むらから出てきたのは、腰に野ウサギをぶらさげた十二~三歳くらいの少年だった。彼は”銘無ななしのジャック“と名乗った。話を聞くと、彼ら貧民街に暮らす人々は、老若男女問わず狩りで生計を立てているそうだ。


 海があっても管理組合の許可無しで漁をすると、即吊るされる。だから、港湾都市でありながら山に登らないと生きていけないと言っていた。


 ……そして、ここで悲報です。


 ジャックがでてきた時、驚いてあとずさりした僕は、


 ヤツはそのはずみで回転を始め、あろう事か……【⑤荒海のクラーケン討伐】で止まりやがった。


「マジかよ……クラーケンって……どうしよ……」


 ガックリとうなだれる僕に、心優しき少年は『街の案内をするよ』と言ってくれた。もちろん有料だけど。それでも僕はジャックに案内を頼んだ。彼が一食でも飯が食えれば、と思ったからだ。


「ああ、ゴメン待って」

「どうしたの?」

「ちょっと記録をね」


 不思議そうに見てくるジャックの視線に気がつかないふりをしながら、僕はスマホのシャッターを切った。


 画面には、僕の心と正反対の、澄み切った爽やかな空と海が表示されていた。





 ジャックに案内されて街に入ると、すぐに野菜泥棒の疑いをかけられた。『貧民と一緒にいるから』と言う胸くそ悪い理由だった。仕方がないので真犯人をさがして捕縛。

 疑いをかけてきた男たちからは、謝罪ひとつなかった。まあ、偏見に満ち満ちた人なんてそんなものだろう。


 次に、ジャックの仲間が行方不明だと言うので捜索する事に。

 貧民街に住む人々には戸籍がなかった。空き家があると、誰かが勝手に住み着くからだ。


 ここは、元々奴隷が住まわされていた場所エリアで家……と言うかボロ小屋は、人員管理をしやすくするために、等間隔に整然と並んでいた。

 奴隷制度がなくなった今でも、その様相はなんら変わる事がなかったが、おかげで入り組んだ場所はほとんどなく、迷子はすぐに見つかった。


 どうやらミッションは、【⑤荒海のクラーケン討伐】を達成しようとしたら、①〜④までは事前クエストみたいな感じで発生するようだ。


 だとすると次は、囚われた姫救出のため、水魔法の習得か。と、ここまでのクエストをこなして気がついた。


 この世界は、発生するクエストや街の構造など、まるっきり、バイキング・オブ・カリビアンだと言う事に。



 ……そっくりなんてものじゃない。これは、物語の世界そのものだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?