目次
ブックマーク
応援する
10
コメント
シェア
通報

バイキング・オブ・カリビアン

第6話・【バイキング・オブ・カリビアン その1】

 街に入り、中央に進むにつれて露店が増えてくる。食べ物や雑貨、金物を売っている店が並ぶ。

 そんな中、串焼きのいい匂いが漂って来た。なんの肉かはわからないけど、香ばしく焼き目のついた肉々しい見た目が、鼻孔から入って胃袋を襲撃してきた。


「おじさん、二本ちょうだい」


 柑橘かんきつ風味の甘辛いタレが肉に絡み、軽く焦げた苦みがアクセントとなって脂身の甘さを引き立てる。赤身は口の中でホロリとほぐれて、ジュワっと広がる脂の中を泳いでいる。


「美味しいね、兄ちゃん」

「うん、かなりいけるな、これ……いや、マジでヤバイ」


 これはもう、豚の角煮を遥かに超える美味さだ。みんなにも食べさせたいぞ。……ミッションクリアしたら買って帰らなきゃ。


 僕は串焼きを頬張りながら、確認の為ジャックに質問してみた。


「なあ、ジャック。この街に魔法を売っている店ってあるのか?」


 と聞いてはみたものの、ここが【バイキング・オブ・カリビアン】の世界であるならば、街に魔法屋は存在しない。物語での魔法入手経路は、囚われた姫の護衛役からスクロールをもらって習得する事になっている。


 生活する上で最も必要なのは火と水。火は、火打石があれば起こせるが、水は簡単には入手できない。海水をろ過したり、山に登って湧水を汲んで来る、もしくは井戸を掘り当てるしかなかった。


 だから、飲み水を確保する意味での水魔法は、最も重要な魔法と言える。


 しかしこの国では、魔法を使える者は片手で数えられるくらいしかいなかった。魔法そのものが高額な事もあるが、そもそも”魔法適正“がないと習得できないからだ。


「魔法……? あれって絵本の話でしょ?」

「まあ、そうだよな~」


 だから魔法は御伽噺ファンタジーの産物としての認識が強く、ジャックが魔法の存在を知らないのも当然なのだろう。


 そして、ミッション④の囚われている姫の正体は、隣国・グラナド王国のアン王女だ。


 グラナド王国は、誰でも魔法が使えるほど普及した魔法大国だった。

 ある日、港近くの海岸に一人の男が打ち上げられた。彼は海賊の国の貧民で、時化しけの最中に密漁にでて転覆し、流れついたらしい。


 その男から伝え聞いた貧民の惨状。奴隷制度こそなくなったものの、扱いはなにも変わっていない。アン王女は人道的な見地から”海賊の国“に魔法技術を供与し、生活水準の向上を図ろうとした。


 大臣や貴族はこぞって賛同し、その使者には王女が適任だと口を揃えて言う。

 だが、この計画の裏には、彼らの政治的思惑があった。成功すれば海賊の国への影響力を強め、失敗すれば——つまり、王女が亡き者にでもなれば、戦争の口実を得られる。そんな打算だ。


 つまり、アン王女は権力争いの道具にされたのだ。


 しかし、彼女は純粋だった。どんな物事でも『話し合いで解決できる』と思っている世間知らずな小娘でしかなかった。

 アン王女は大臣たちの思惑には全く気がつかず、貧民を救いたい一心で、使者の役目を全うしようとこの地に降り立った。


 しかし、海賊の国の国王バルバトスは、『内政干渉』『住民の扇動』などの理由をつけてアン王女を監禁してしまった。そして彼は宣言する。『グラナドの姫を我が妃にする』と。

 これが実現すれば両国は同盟国となり、海賊の国は国際的な信用と、実質的な人質を手に入れる事になる。


 ……バルバトスは、グラナドの大臣や貴族の思惑などは最初から看破していたのだった。





 そんな悲劇の姫・アン王女救出のために、僕が最初にやる事は人探しだ。


 彼女が監禁された際、控え室で襲撃され、殺されそうになりながらも逃げ延びた護衛の二人。このグラナド国の騎士が、今回の作戦の肝になる。


 そして、【バイキング・オブ・カリビアン】の通りなら、小高い場所の宿屋に彼らは潜伏しているはず。王城を見張り、アン王女救出のチャンスをうかがっているからだ。


「あの宿屋がそうだよ」


 と、ジャックが指さした先にあるのは、外壁はボロボロにくずれて窓ガラスにヒビが入った建物だった。INN宿屋と書かれた看板は半分割れて落ち、風雨にさらされて黒ずんでいた。


「廃墟みたいだな……今にも倒れそうじゃないか」

「うちのバラックの方が上等だよね」


 あっけらかんと話す彼は、弱冠十三歳にして人生を達観しているようなところがあった。貧民街に生まれながら、卑下する事もふてくされる事もなく、生きる事に貪欲な少年だった。


「そうだな。ずっと上等だよ、家も人も」


 僕はこの世界に転移してから三日間、ジャックの家にお世話になっていた。両親とも慎ましくも清廉な人で、彼の前向きな姿勢はきっと二人から受け継いだのだと思う。


 それに、まあ、なんと言うか……ひとりっ子の僕としては、弟ができたみたいでなんか嬉しかった。キラキラした目で「兄ちゃん」って呼ばれると、それだけでいい気分になる。


「お兄ちゃん、あそこ」

「ああ、いたいた……って、なんだあの恰好は」

「自警団に見つかってたらアウトだったね」

「そうだよな。いなくてよかったよ」


 と言いながら、僕は知っていた。この辺りは貧民街に近いため、自警団の巡回は皆無だという事を。

 そもそも自警団を名乗る連中は、仕事にあぶれた元海賊たちが勝手に名乗っているに過ぎない。彼らは『この街を守ってやっている』と称して金をせびるが、その実態はヤクザの見ヶ〆料みかじめりょう集めとなんら変わる事がなかった。

 そのため、金の取れないエリアに足を踏み入れる自警団はいない。故に、この辺りの宿屋には訳ありの客が多く、店主も慣れたもので、多少怪しい客でも見て見ぬふりをするのが常だった。


「あの……」


 そして僕は、この辺り一帯でに声をかけた。


「あれ、君は確か……ミマセミマセ殿」

「ええ、先日はありがとうございます」

「いやなに、お主はなにも悪くないのだから気にいたすな」


 僕は彼らと面識がある。野菜泥棒を追っている時に、真犯人の進路をふさいで、捕縛に力を貸してくれたからだ。


 ハリウッド映画にでてくるような爽やかイケメンがカルロス。僕を『ミマセミマセ殿』と呼んでくる、ちょっと残念属性がたまきず

 そして、颯太そうたみたいにガッシリとした体格の人がミゲルだ。こちらはドワーフをそのまま大きくしたようなヒゲ面だった。


「これは……助さんと格さんだな」



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?