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第8話・【バイキング・オブ・カリビアン その3】

 バルバトスの居城はかなりボロい。ジャックの言葉を借りるなら『うちのバラックの方が上等』だ。それもそのはずで、海賊がこの領地を奪ってから五十余年、今の今までなにひとつ整備がされていないからだった。


 偏見になるかもしれないけど、海賊なんてものは、ルールを守るとかきれいにするとか、そういった秩序とは無縁だと思う。それに、城をどうやって管理していくか、整備や補修はどうすればいいのか、そんな知識は当然持ち合わせていないだろう。


 汚したら汚しっぱなし、壊れたら壊れっぱなし。そんな状態が半世紀も続いた。それは、バルバトスの代になってからもなんら変わる事がなかったのだから、廃墟と見紛みまがう外観になっていても不思議はない。


 そして僕は今、そんなボロ城の前にいる。一応、門番らしき二人がいるが、彼らは酒を飲みながらサイコロを振って、一喜一憂していた。周りには食べ終わった魚や肉の骨が散らばり、その周りをハエが飛び回っていた。


 ……どうやら偏見ではなかったらしい。


「あの~」


 腐敗とアンモニアの混ざった悪臭を我慢し、それでもミッションクリアの為と自分に言い聞かせて話かけた。が、門番は全く無反応、つまりガン無視だ。


 ……こうなるとこちらも意地になってしまう。


 僕は、背を向けたままこちらを見ようともしない門番の耳元で、声のボリュームを上げてもう一度話しかけた。


「スミマセ~ン!」

「なんだ、うるせえな」


 ビクンッと驚きつつも、すごむ門番。 


「バルバトス王に謁見したいのですが」

「はあ? 知るか。帰れ帰れ」

「いいんですか? あなたたち、首が飛びますよ?」

「ああ? てめぇ、なにふざけてんだよ」

「今日の午後には、酒を飲む口もサイコロを振る指もなくなるって言ってんだよ」


 僕は少し挑発気味に声を荒げながら、人差し指で天を指差し、真水を放出してみせた。さながら水芸ではあるが、この地域に日本の伝統芸能が伝わっているはずもなく、彼等はキラキラと輝くシャワーに見惚みとれていた。


「な、これは……」

「真水、なのか?」

「言ったでしょ、謁見を取り次いで下さい。この貴重な水魔法を持つ僕の心証を悪くしない方がよいと思いますよ?」

「……待ってろ」


 僕が使ったこの水魔法は、カルロスとミゲルにもらったものだ。  


 最も基本的な真水の生成と操作の魔法だった。水の精霊ウンディーネの力を借り、なにもないところから水を発生させる事ができる。


 これは、飲み水の確保に苦労しているこの街において、破格の能力だ。


 そして、水を変幻自在に動かせる操作能力。つまり、水さえあれば攻撃にも防御にも使えるのだが、なにもない場所で使おうとするのなら、まずは水の精製から魔法を行使しなければならない。


 汎用性は高いけど、戦闘においては使い勝手が悪い。それが僕が習得した水魔法だった。それでも、この魔法の存在はかなり大きい。なんたって飲み水を確保できたんだ、廃墟部屋で待つみんなも喜んでくれると思う。


 ちなみに、水の生成と射出を同時に行う”攻撃のみに特化させた魔法“も存在する。要が使ったクラッド・ストライクが、攻撃特化の系統なのだろう。


「入れ。さっさと行け。ボスを怒らすんじゃねぇぞ」


 少しして報告に言った門番が戻ってきた。国の王を”ボス“と呼んでいる時点で、この国の存立基盤がいかにいい加減なのかよくわかる。


 ……そして僕は、ゴ〇ブリが這い回る城門をくぐった。







 僕は謁見の間に通され、王座の前でバルバトスを待った。壁はボロボロにくずれ、無数のヒビが木の根のように這っている。燭台はくすんで輝きを失い、玉座から伸びる赤いカーペットは、ところどころにカビが生えていた。


 元々は豪華であったはずの内装が、今は見る影もない。これも栄枯盛衰と言うのだろうか?


 ここからは慎重に言葉を選ぶ必要がある。彼の怒りに火をつけると、”貴重な水魔法持ち“だろうが即処刑されてしまう。


 バルバトスは、おべっかを使う太鼓持ちが嫌いだった。上目遣いですり寄ってくる人間に、まともなヤツはいないと思っている。


 だからこの先、下手におだてるのは厳禁。自分の力のみを示して興味を持たせるのが最良の一手だ。どのタイミングでなにを言えばいいのか、いいまわしは、話す順序は、全てわかっている。俗に言う知識チートの類があるのだから。


 ギギギギギ……と、玉座の右奥にある扉が開き、そこから赤い派手なマントを羽織った男がでてきた。


 ——バルバトスだ。


 彼のギロリとした視線が僕を貫いて来る。これが殺気なのだろうか、背中にゾクリと悪寒を感じ、一瞬身体が硬直してしまった。王としての器はないかもしれないが、虐殺者ジェノサイダー暴君タイラントとしての素養は吐いて捨てるほどありそうだ。


 この場は余計な言葉は不要、僕は門番に見せたのと同じように、天井を指差して真水をだして見せた。


 ここは常に水不足にあえぐ国、これを見れば『飲み水にできるのか?』とか『どのくらいの量がだせるのか』と聞いてくるのが普通だと思う。


 しかしバルバトスの思考は、そこにはなかった。


「毒はだせるのか?」


 これが彼の第一声だった。国民の為でも海賊仲間の為でもなく、他国を侵略する道具として使えるか? と言う視点だ。


「恐れながら王よ。他国を侵略、蹂躙する力はすでにお持ちかと存じますが?」

「我を愚弄するか?」

「とんでもない。その威光、その威名だけでも隣国は震える始末。私なんぞが毒をだせたところで、御身にとってはなんの役にも立ちますまい」


 ……我ながら似合わない、普段使う事のない言葉使いだ。映画のセリフをまねているけど、もし観てなかったら相当ヤバい所だった。


 相手を褒めるのではなく、自虐的に言いまわす事で相対的に相手を持ち上げる。これなら彼の怒りを買う事もない。



 ここまでは順調そのもの。”僕がバルバトスに雇われる事“、これがアン王女救出作戦の第一段階だ。




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