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第9話・【バイキング・オブ・カリビアン その4】

 ——僕がバルバトスに雇われてから三日がたった。


「殺せ」


 城の裏手から忍び込もうとしたカルロスとミゲルは、あっさりと捕まって、サラっと処刑を言い渡された。多分、たまたま真面目に仕事をしている巡回兵に見つかったのだろう。


「バルバトス王、海賊の国らしく、水を使った残酷で非情な方法で処刑するのはいかがでしょう?」


 と、僕は彼が興味を惹きそうな単語を交えて進言した。当然のごとく『新参者が!』と言いだす輩がいるが、こちらには水魔法と言う魅力的な武器がある以上、バルバトスの関心も高くなる。


 彼は口を挟んだ男をギロリと睨んで黙らせ、僕に話を続けるようにとあごでうながしてきた。


「ただし余興には準備が必要です。明日まで時間を頂きたいのですが」

「ふん、いいだろう。人手は好きに使え」


 そしてカルロスとミゲルの二人は一旦牢屋へ。僕は明日の処刑の為の準備にとりかかった。


 ここまでは順調だ。彼ら二人が捕まり、処刑を言い渡される。これが第二段階。


 翌日、大広間には僕の指示通りの水槽が用意されていた。この時代の技術では全面ガラス張りは不可能だったため、一畳ほどの背の高い木箱に小さなのぞき窓をいくつも設けた、簡素な造りのものだ。


 そしてその中には、手足を縛った上に”さるぐつわ“をかませたカルロスとミゲルがいる。


 ——これから僕は、大勢の前でこの水槽に水を入れる。重鎧を着た二人が溺れる所を小窓からのぞくという趣味の悪い趣向だ。


「ヒィハヒィハムホォー……」

「ヒィハムゥ……」


 窓からのぞいている僕に気がついたのだろう、二人が変なうめき声を上げていた。多分『ミナミナ殿』と言っているのだろう。やはりさるぐつわしておいて正解だった。


「ほう、それが非情な余興か」


 バルバトスが現れた。アン王女に首輪をつけ、まるでペットのように引っ張りながら。


「その通りでございます」


 彼は支配欲が非常に強い。他人を屈服させる事に生きがいを感じるような男だ。そのため、護衛を余興として処刑するこの場に彼女を連れてくるのは必然だった。


 ——しかしここで想定外の事が起きた。


 僕は動揺が顔にでないように必死だった。状況がわからずに、頭の中がグルグルしていた。なぜならば、そこにいるアン王女はなのだから。


 ……まさかとは思うけど、本人じゃないよな? 


 僕は王女から視線を外し、平静をよそおいながら話を続けた。


「今からこの中に、我が魔法で水を満たします」


 バルバトスはくたびれた玉座に座り、肩ひじをつきながらニヤリと笑う。


「この者どもが溺死するさまをご覧ください」

「うむ。我好みの余興よなぁ。存分に楽しませてくれ、あとでキサマの、その残虐性に報酬をくれてやる」


 王座の横に立つアン王女には手錠がかけられ、首輪に繋がっている鎖をバルバトスが握っていた。救出するには、バルバトスがアン王女の鎖を手放す瞬間を作る必要がある。


 その為に、彼の興味と支配欲を最大限に掻き立ててやる。我を忘れて水槽をのぞき込むほどに。


 ……それが僕の役目であり最大の見せ場だ。


 水槽に水を入れ始めてからそろそろ三十分はたつだろう。鎧の重さで浮かび上がれないカルロスとミゲルは、つま先立ちで口を水面にだして、処刑の危機に耐えていた。


「カルロス! ミゲル!!」

「ほぉうひょ、ほひげくだ……」

「はれはは、ごぼっ……ばいひょう……」


 アン王女の悲痛な声が響く。さるぐつわをされた二人は、それでも彼女の声に必死でなにかを訴えている。騎士を心配する王女。なにがあっても真っ先に王女を気に掛ける忠臣。まさしく、姫と騎士の尊き関係だ。


 しかし、残念ながらこの場においては、バルバトスや周りの海賊どもを喜ばせる為のスパイスでしかなかった。


 国王バルバトスは海賊上がりだ。数年前までは海に出て商船を襲い、略奪、強姦、殺しに放火、なんでもやったと聞いている。

 その残虐性は間違いなく本物で、水槽の中の二人がよろけたり悶えたりするたびに、膝を叩いて喜んでいる事からもわかる。


「バルバトス王、数ある戦で死体の山を築いた貴方でも、人が溺れる瞬間までは見た事がないのでは?」

「うむ、うむ! 面白いぞ!」


 身を乗りだすバルバトス。居並ぶ海賊たちも最高潮の盛り上がりを見せている。……あと少し、もうちょっとだ。


「みなも見よ。あの血走った目が、我を憎しとにらんでいる」


 カルロスとミゲルは、バルバトスと僕を交互ににらみつけている。彼らからしてみたら、僕に処刑されるなんて考えもしなかったはず。 


 実は、二人には捕まったあとの流れを話していない。『城に忍び込めば僕が誘導する』と言っておいた。多分彼らは、僕がアン王女の部屋に案内するとでも思っていたのだろう。


「だが、届かぬ。ゴミクズの命なんぞそんなものよ」

「どうぞ、せっかくなので小窓からのぞいてみてはいかかでしょう?」

「おお、そうよのう」


 と、バルバトスが王座から腰を上げたその時——。


 遠くの方から複数の爆発音が聞こえて来た。続けて、わずかな振動をともなって別の爆発音がした。これはかなり近い。


 城の廊下をバタバタと伝令が走る。僕は一旦、水の放出を止めてバルバトスへの報告内容に耳を傾けた。


「城門付近で爆発が起きました」

「港が襲撃され、死傷者がでています」


 伝令の焦った様子に反して、バルバトスは平然としていた。多分この程度なら問題ないと思っているのだろう。しかし、一足遅れて来た伝令を聞いた瞬間、彼の顔色が変わった。


「船が次々と爆破されています……」


 海賊が海賊たりえるのは船があってこそ。そしてこの海賊の国は、名前の通り海賊行為こそが国是こくぜだった。


「バルバトス王。私が制圧にまいりましょう」


 僕は役目を買ってでた。しかし、彼は許可しないだろう。


「残念ながら、処刑は延期しなければなりませんが……」

「それはダメだ。この苦悶の表情は今だからこそのもの。止める事はゆるさん」


 それは、買ってもらったオモチャの箱を、我慢できずに帰りの車の中で開ける子供に似ていた。目の前にある最大の楽しみをバルバトスは先延ばしにしたくなかった。


 僕は、誰にもわからないように、をとっていたのだ。


「では、港はどういたしますか?」

「おい、てめぇら。ブチ殺してこい!」


 バルバトスは居並ぶ海賊どもに号令をかけた。自分自身の愉悦の為だけに、だ。


「クッソ」

「タイミング悪りぃな」

「最後まで見せろってんだ」


 爆破犯人に悪態をつく海賊たち。その言葉には、バルバトスに対する批判も含まれているのだろう。『自分たちばかりあごで使いやがって』と。

 しかしそんな事を直接言ったら、太陽が沈む前に胴体と首がおさらばするのは明白。だから彼らは、爆破犯人に怒りをぶつけるフリをして、ガス抜きをするしかなかった。


 そして、この場にはバルバトスと取り巻き数人が残るだけになった。僕は全員を見渡すと、わざと演出がかったショーマンのようなセリフを口にした。


「さあ、王よ。命の灯が消える最後の瞬間を、とくとご覧あれ!」



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