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第13話・【バイキング・オブ・カリビアン その8】

 ギラギラとした太陽がオーシャンブルーの海を照らし、潮風が軽やかに吹き抜けてゆく。


 ここは大海原のど真ん中。果てしない地平線に囲まれたこの場所で、僕らは、海賊たちが「史上最速」と誇るキャラック船、ブラック・サファイア号に乗っていた。


 本来なら、アン王女たちが乗ってきたグラナド国の船で逃げるはずだったが……なぜか成り行きでこうなってしまった。


「大丈夫か? ミナミナ殿」

「ああ、カルロス。うん……大丈夫……」


 海賊の国を脱出してから一夜明けて、僕は船尾楼甲板せんびろうこうはん(注1)に上がる階段に腰掛け、ぐったりとうつむいていた。


「慣れるまでは我慢ですぞ!」

「しっかりしなさい。船酔いなんて情けないわね!」


 ミゲルもアン王女も僕を気遣ってくれるのはありがたいけど、実はこれ、船酔いではない。


 ——原因は、昨晩の夢に首の無いバルバトスがでて来たからだった。


 アン王女を助ける時、『どうせ物語の通りに展開するんだ』と甘く見ていたせいもあると思う。とりあえず映画のセリフを真似ていれば大丈夫だろう、と。


 しかし、どこかで選択を間違ったのだろう、あの場では死なないはずのバルバトスを倒してしまった。


 だがそれはいい。物語の先が見えないのは不安だけど、今の僕には、それほど重要な事ではないのだから。


 ……気分が沈んでいるのは、人間の死を目の当たりにしたせいだ。


 あの時はアン王女を助ける事に必至だったと思う。不安はあったけど、冒険のワクワクが勝って興奮していた。

 だけど一夜明けて冷静に考えたら、目の前でひとりの人間が首を切られて死んだ現実が、重く圧し掛かって来た。


 吹っ飛び、血が噴きでて、真っ赤に染まりながらボールのように転がった頭。目の当たりにした現実が、今になって僕の心を揺さぶってくる。


 しかしそんな事は、海賊たちだけでなく、グラナド騎士のカルロスやミゲル、アン王女に至るまで日常の話だった。


 改めて認識させられた。ここは日本じゃない。人の死が身近にある、サバイバルの世界なんだと。


「兄ちゃん、水ためるの手伝ってよ〜」


 十三歳のジャックですら、生きるための狩りで動物の命を奪っている。


 この場において、僕だけが覚悟がなかったのだと痛感させられ、正直、落ち込んでいた。


「兄ちゃんってば!」

「あ、ああ、ごめん。なに?」

「みんなの飲水をためるんだってば」


 今この船には、糸目のカシラをはじめとする海賊と、航海経験のある貧民街の人たちが乗っている。


 急な出立だったから、飲水の積み込みが十分でなく、グラナド国までギリギリ持つかどうかだった。

 しかし、現状をかんがみたアン王女のはからいでスクロールが配られ、ジャックをはじめとして、乗船している貧民の約四割が水魔法を習得していた。


 業なのか、それとも単なる脳筋遺伝なのかはわからないが、海賊の血筋からは、魔法適正を持つ人間が全く出現しない。


 しかし、奴隷の末裔である貧民街の人たちの中には、魔法適正を持つ者が多かった。これは、彼らが世界中からさらわれて来たからに他ならない。


 白人、黒人、さらにはアジア系の人まで、貧民街はまさしく人種のるつぼであった。


「ジャック、空き瓶はあとどれくらい?」

「2ダースくらいだよ」

「結構少ないな……」


 キャラック船の甲板には、日陰なんてほぼ無かった。作業する人は常に水分補強をしなきゃならないから、空き瓶につめた水なんて作るそばからなくなっていく。


「もっとないのかな?」

「空き瓶なら作ればあるで」

「え、あるの? 持ってきてよ、水いれるからさ」

大将ボス、『作れば』ゆうたやろ。船倉にぎょうさんある酒瓶を開ければ作れるで」


 昼間から酒盛りはちょっとな。それにしても、酒は大量に積んであるのに飲水がないとか……さすが海賊と言うべきなのだろうか。


大将ボス、水たのんます!」


 筋骨隆々の手下が汗だくで懇願してきた。彼に続くように、次々と限界を迎えた海賊や貧民が集まってくる。


「ちょっと待って。すぐ作るから」

「もう、そのまんまでいいっすよ」

「そのままって……」


 僕の指から直接飲む気なのか……


「指に吸いつくのは禁止な!」


 半分ヤケになりながら、僕は指先から真水を生成して放出した。飲む者や、頭からかぶる者まで、大の大人がまるで子供のように喜んでいた。


 その光景は、飲水がいかに大切なのかを教えてくれた。蛇口をひねれば水がでる。それが当たり前の日常が、どんなにありがたい事なのかと。


 きっと葵さんたちも、のどが渇いているだろう。早くクラーケンを倒してみんなにも届けなきゃ。


「これを見たかったのですわ!」


 アン王女は、自身の考えと判断の正しさに満足しているようだった。水不足に悩む国に善意の魔法提供。たかが水、されど水。だけどその水に一喜一憂する人たち。


 ……これが彼女の見たかった光景なのか。


「アン王女、グラナドに寄りますからそこで……」

「降りません!」 

「でも危険なんですって」

「そんなタコなんてカルロスとミゲルだけで十分ですわ」


 なにこの自信。……あと、クラーケンはイカです。





大将ボス、姫さん、この辺りからが魔の三角地帯、バミューダ・トライアングルや」


 ここまで約二週間の航路だった。途中、アン王女だけでも降ろそうと思ってグラナドに寄港したのだけれど……まったく言う事を聞いてくれず、彼女はそのまま、なし崩し的についてきてしまった。


「いよいよか……」

「そんで、コンパスの代わりはどないすんのや?」

「これを使います」


 アン王女の言葉を受け、カルロスが黄色い宝石のようなものを取りだして見せた。


「これは?」

「太陽のカケラですわ」


 アン王女曰く、遥か昔に一度だけ、空から太陽のカケラが降って来たらしい。世界が暗黒に支配された時、降り注ぐカケラとともに光を取り戻したと。


 一応、現役大学生としては、カケラの存在は『(注2)』だと言っておこう。暗黒に支配されたとか降り注ぐカケラにしても、日蝕や流星群の事だと思う。


「この太陽のカケラに光魔法を注ぐと、常に太陽の方向を指し示してくれます」

「でも王女さま、太陽の位置がわかっても方角がわからないと駄目なんじゃないの?」


 と、キラキラと好奇心で輝く瞳をアン王女に向けるジャック。


「そこで、これですわ」


 アン王女も年下のジャックには弱いと見える。得意気ではあるものの、優しさあふれるまなざしで彼を見ていた。


「これは……懐中時計?」


 アン王女が提示したのは、太陽の方角と懐中時計。……彼女は、これでなにをするつもりなのだろうか?

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