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第14話・【バイキング・オブ・カリビアン その9】

「ねえ、姫さま。この時計でなにをするの?」 


 ジャックがアン王女に問いかける。この質問の答えには、僕も海賊たちですらも耳を傾けていた。

 太陽と時計。彼女がなにをしようとしているのか、まったくわからないからだ。


「ジャック、その懐中時計の短針を、太陽のカケラが指し示す方角に向けてみて」

「え……と、こうかな」

「その状態で、12時の位置と短針(注)の間が南ですわ」


「え、マジ!?」


 思わず声がでてしまった。そんな事で方角がわかるなんて、人類の英知って凄い。帰ったらみんなに自慢……じゃない、教えてあげよう。


「なるほどなぁ。姫さん、そんな事よう知ってはりまんな」

「当然ですわ。一国の王女のたしなみです」


 アン王女は『たしなみ』と言ったが、実はこれ、カルロスの知識だったらしい。王女を守る立場にある騎士として、幅広い雑学知識は必須なのだそうだ。


 護衛騎士の知識を自身の『たしなみ』と言い切ってしまうあたり、どれだけ見栄っ張りなのかと思う反面、僕はアン王女に対してある種の尊敬の念を抱いていた。


 彼女は頑固で自惚れが強いけれど、人の上に立つ者として周りに不安を与えない自信に満ち満ちた姿勢は、紛れもなく為政者としての資質なのだろう。


「どうです、ミナミナ。わたくしをグラナドで降ろさなくて正解でしたでしょう!」


 悔しいがその通りだ。……それはそれとして、太陽と時計の話で、僕にはひとつだけ引っかかる事があった。


「えと、今、時計を持っている人どのくらいいるかな?」


 アン王女の提案にケチをつけるつもりはない。でも、太陽の方向と時計の針で方角を測る以上、確認しなければならない事だと思う。


「私とカルロス、ミゲルも持っていますわ」

「わても持っとるで。あと、バルバトス元ボスの船室にもあるはずや」


 この時代、時計はかなりの高級品。持っている人は、王族や貴族くらいだろう。


「アン王女。今、何時ですか?」

「午後一時と四十五分ですわ。それがなにか?」

「では、みんなはどうですか?」


 しかしその希少性ゆえか、正確性の部分ではかなりお粗末だった。メンテナンスしなければすぐにズレる上、修正しようにも日時計を見て合わせなければならない。

 世界基準となるグリニッジ天文台なんてまだ存在しないし、もしあっても見に行く事すら出来ないのだから。


「わてのは午後一時丁度や。姫さんのは大分進んどるな」

「なんですって? ズレているのはあなたの方でしょう」

「そんな訳あらへん。昨日合わせたばかりやで」

「ふざけないで下さいな。王女わたくしの時間が基準です!」


 またメチャクチャ言いだしたな……


「カルロスとミゲルは?」


 僕はしかたなく騎士の二人に話を振った。しかし、彼らは時間を口に出来ずにとまどっていた。多分、二人の時間も王女とは違うのだろう。


「正確な方角を調べるには正確な時間が必要です」 

「え〜と、姫と同じです」

「あ、うん。俺もそんな感じで……」


 王女の手前、お茶を濁す二人。……まあ、仕方がない。


「正確な時間は、午後一時七分です」


 僕は、スマホの時計を印籠のようにしてみんなに見せた。あらかじめデジタル表示をアナログ表示に設定し直した上でだ。


「なんやその板切れは。そないなもんに時計が入っとんのかいな」

「まあ、概ねそんな感じかな。」


 理由はわからないけど、スマホの時間とこの世界の時間が一致しているのは、ここ数日で確認している。もちろん、スマホの時計もわずかにズレていくけど、コンマ数秒の話。この場において最も正確な時計なのは間違いがない。


「こ、これは、どういう魔法ですか?」


 ミゲルが画面を食い入るように見ている。アン王女もカルロスも興味津々といった感じだ。


「5Gを力の根源とする、コミュニケーション・テクノロジーと言う魔法です」


 かなりメチャクチャ言っている自覚はあるけど、他に表現のしようがない。でも、とりあえずこれで、正確な太陽の位置と正確な時間が手に入った訳だ。


「聞いた事がありませんわ。ミナミナ、あなた本当は月から来たのではなくて?」

「いえいえ、みんなと同じ人間ですよ。それに月面は空気がないので住めませんって」

「それは嘘ですわ。だって、月にはウサギさんが居るのですよ」

「え~……」


 月にウサギが居る。そんな迷信ファンタジーはアジア圏だけだと思ってた。そして、そこにガッツリと食いついたのはジャックだった。


「王女さん、それ本当なの?」

「もちろんです」

「それなら、もし月に行っても、飢えなくてすみそうだね」

「えっ……食べるのですか……あの、可愛らしいウサちゃんを……」


 バルバトスの生首にも平然としていた彼女。それでも、可愛らしい小動物を食べるのには抵抗があるらしい。絶句しながらも無理やりに言葉を絞りだしているみたいだった。


 ……『ウサちゃん』とか言って、少女らしいところもあるじゃないか。







 魔の三角地帯、バミューダ・トライアングルに入ってから丸二日ほどたった頃だ。


 突如として海風が止み、魚が一斉に移動し始めた。その勢いは波を作り、ブラック・サファイア号を大きく揺らすほど。

 ウミネコは北の方角へ飛び去り、やがて大海は、音の無い静寂の世界になった。


 波は穏やかで日差しはうららかなのに、明らかな異常自体の発生だ。


大将ボス、姫さん。ようきばりや」


 海賊の経験と勘ってやつなのだろう。糸目のカシラが、クラーケンの襲来を告げた。


「――全員、なにかに捕まるんや! 来るで!!」



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