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第17話・【バイキング・オブ・カリビアン その12】

 アン王女が僕よりも年下!? 嘘だろ。あの態度、あの性格、あの威圧感。どう見ても女子高生なんて思えないぞ。


 ……物語では年齢に触れてないから、まったく気にしてなかったな。


「兄ちゃん、今だよ!」

「お、おう。まかせろっ!」


 ジャックの声に思考を引き戻された僕は、大量に用意された真水を操作して、クラーケンの頭上で破裂させた。水は熱帯雨林のスコールのごとく降り注ぎ、クラーケンの体表を覆っていく。


 最初に異変が起きたのは、魔法障壁マジック・シェルを壊そうとしていた触腕だった。所々に気泡が現れては破れ、茶色いドロっとした液体が流れ出す。触腕自体がブヨブヨしてきて、動きが鈍くなった。


「カシラ、あそこ狙って!」

「おう、まかしとき!」


 彼は腰からフリントロック式ピストルを抜くと、触腕を狙い一撃を放った。二発三発と弾丸が触腕を貫き、その衝撃波が大穴をあける。そして触腕は千切れ、ズルリ……と海に落ちて行った。


「なんや、きっしょいなぁ」


 それはクラーケン本体も同じだった。砲弾で撃ち抜かれ、木片やガラスの破片に切り裂かれ、全身から茶色い体液を吹きだして、最後は腐った果物のようにグチャリとくずれ落ちた。


 「「「「「——うおおおおぉぉぉぉぉ!!」」」」」


 湧き上がる歓声。抱き合って健闘をたたえ合う者、曲刀をクラーケンの死骸に投げつける者、海に落ちた仲間を救助する者、喜びの表現はさまざまだ。


「これは……ミナミナ、いったいなにをやったのですか!」

「そやなぁ。大将ボス、説明たのんまっさ」


 そんな中、アン王女と糸目のカシラが僕に詰めよって来た。そのすぐうしろには、ジャックやカルロス、ミゲルもいる。

 あまりの圧力に一瞬たじろいでしまったけど、僕は『当然の結果だ!』と虚勢を張りながら、今起こった事象を解説し始めた。


「イカの細胞って、塩分濃度が高いんだよ」

「えんぶんのうど……ってなんですの?」

「簡単に言うと、海で生活しているから身体も塩水で出来ているんだ。だから真水で包んでやると、身体から塩分がでて、代わりに真水を吸い込んでしまう」

「ようわからへんが、水を吸ってブヨブヨになったっちゅー事でええんか?」

「そうだね、大体そんな感じかな」


 ——もちろん、真水をかけただけでそうはならない。


 カルロスとミゲルを処刑する時に、彼らの周りにだけ空気の層を作った。僕が今やったのはそれの逆。頭上から降らせた真水で、クラーケンを包むように操作をしただけなんだ。


 それでも、状態は”真水に放り込まれたイカ“そのもの。体中から真水を吸い込み、やがては死に至る。


 これは、王女が放った炎魔法が、クラーケンを覆っている海水に阻まれたのがヒントだった。



 この異世界に降り立ってから約二十日。もし、バイキング・オブ・カリビアンのストーリーを知らなかったら、ここまでたどり着くのにどれだけの時間がかかっていたかわからない。


 そう考えると、かなめが魔王討伐に二カ月かかったのもうなずける。




 ——ピコンッ!




 「えっ?」


 ポケットのスマホに着信が入った。なぜ鳴ったのかなんて考える間もなく、僕はスマホの画面を見た。そこに表示されていたのは、ミッションの終りを告げる文言だった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

[MISSION COMPLETE]


Congratulations!


元の世界へ戻りますか?

[YES/NO]


00:02:58

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「終わったのか……」


 いや、待て。なんか数字がカウントダウンしているんだけど……02:56……02:55……


「まさかこれって……」


 僕は走りだした。歓喜にわく仲間たちをすり抜け、船尾に向かってまっしぐらだ。


「ちょと、ミナミナ。話の途中でどこに……」

「兄ちゃん、どうしたのさ」

大将ボス、厠ですかい?」


 みんなの声がうしろに流れて行く。たった二十日間だったけど、苦楽を共にした仲間だ。本当ならちゃんと別れを言いたい。でも……


「間違いない。このカウント、選択の制限時間だ——」


 スマホに表示されている[戻りますか?] の問い。当然YESしかない。だけど、僕には重要な任務がある。そう、食料の確保だ。あの暑い廃墟部屋で待つ、みんなの食料と水。


 船倉に飛び込み、食べ物が入っていそうな木箱を探した。できたら干し肉とか生で食べられる野菜がいい。


 ここにはかなりの数の木箱が積まれていたが、クラーケンとの戦いで崩れて壊れ、食材が散乱していた。無事な物がないかと見渡した時、隅の方に壊れていない箱を見つけた。ロープでかなり頑丈に固定し、他の箱と区別されている。


 ——これだ!


 僕は迷わずその箱に飛びつきロープを切ると、スマホ画面の[YES]を押した。なんか泥棒するみたいで申し訳ないけど、きっと許してくれると思う。


 周囲が暗くなり、目の前から薄緑の光が流れて来る。要が戻って来た時、部屋に広がったのと同じ光だ。僕は軽いめまいを感じながらも、あの部屋に戻っていく安心感に包まれていた。


 ……それでも、やはり寂しさを感じる。楽しかった。正直、残りたいって気持ちも少しはある。でも、戻らなきゃ。ここは僕の世界じゃないんだから。


「みんな、元気で……」


 突然いなくなったミナミナは、海に落ちて行方不明って事にして忘れ去って欲しい。


 この先、彼らの旅路は困難を極めるはずだ。物語を知り、なにをすればよいのか知っている僕がいなくなるのだから。


 ——でも、まったく心配はしていない。


 彼らなら、どんなに大きな障害であろうと跳ねのけて進むだろう。


 僕が知るこの物語【バイキング・オブ・カリビアン】の、本当の主人公の名前はジャック。のちにグラナド国から爵位を与えられ、海賊の国を法治国家へと導く少年、銘無ななしのジャックなのだから。




 あ、そうそう。ジャックはのちに、三歳年上の姉さん女房をもらうんだよね。アンって名前の隣国王女なんだけど。きっと、尻に敷かれるのだろうな。


 ……がんばれ、ジャック!




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