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第19話・罠

 結局、みんなが持っている”空になったペットボトル“に順次補充する事になりました。ゴミを捨てずに持ち帰る日本の文化が、ここに来て役に立つなんて思わなかった。


 二十日間もの間、海賊たちと一緒だったから、いろいろと感覚がズレているのかもしれない。時代も違うし、衛生観念や倫理観も違う。それはわかる。


 だけど、彼らはあんなに喜んでくれたのに、ここではこんなにも反応が違うなんて……僕の指をくわえようとしてきた彼らが懐かしい。


「それで水瀬くん。さっき話そうとしていたのはなに?」


 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、鈴姫べるさんが話をうながしてきた。


「ああ、異世界で気がついた事を、情報共有した方がいいと思ってね」

「あら、ミナミナにしては気が利くじゃない」


 ……あおいさん、ひと言余計です。


「スゴロクの、僕のコマが止まっているマスを見て」


 みんなの視線が一点に集中する。そこには、〔選択肢+1 旅費を1200G貰う〕と書かれていた。


「異世界に行くと、かなめの言った通り、6つの選択肢がでたんだ。そしてルーレットでミッションを選ぶんだけど……」


 これはある意味だと思っている。人道的な配慮に見せながら、その実、ゴールさせるつもりがないのだろう。


「それとは別に7つ目の項目があってさ。『冒険をやめて元の世界にもどる』って内容だったんだ」

「それが選択肢+1、なのね」


 葵さんは、あごに手をあてて考えはじめた。ドラマとかで見る探偵のような仕草だけど……美人はなにをしても絵になるな。


「うん。ただ、『これを選択した場合、全てのプレイヤーは3マス戻る』ってペナルティがあって……」

「じゃあ、使わない方がいいって事?」

「いや、ミッション内容がどれも危険だと思ったら、迷わず使った方がいいと思う」


 ――情報共有したいのはこの一点。


「かなり厄介なミッションもあったし、異世界で、その……なにかあった時にどうなるのかわからないから……」


 なにかあったらなんて言葉を濁してしまったけど、つまりは死んだらって事に他ならない。

 その場合どうなるのか、まったく不明なままなのがものすごく不安だ。


「あと、ルーレット回してからだと選択できないから、判断は慎重に」


 そして多分、後半に行くほど7番目の存在が重くなってくるはずだ。


 みんなの事を考えれば考えるほど、選択しづらくなるのだから。


「あ、水瀬みなせくんゴメン。話の途中だけど行ってくるよ。コマが『早くやれ』って急かしているみたい」


 僕の時よりも激しく動く颯太そうたのコマ。数字こそでないものの、これもカウントダウンしている感じか。


「くれぐれも気をつけて。本当にヤバイと思ったら構わず逃げて」

「わかった。あとは戻ってから聞かせてよ」


 颯太はペットボトルの水を一気に飲み干すと、すくっと立ち上がって自分の頬を両手で叩いて気合を入れた。


 僕がかなめから預かった、紫のポーションと青のポーションの残りを渡すと、彼は躊躇なくルーレットを回した。


 コマが動くのと同時に、フッと消える颯太。転移する彼を見送り、僕は引き続きこの部屋の謎を調べる事にした。


「ねえ、僕が異世界に行っている間に、なにかわかった事はある?」

黒い本ルールブック鈴姫べるが読み進めたんだけど……」

「ごめんね、途中からよくわからない言語になっていて読めなかったの」

「英語だったら私にもわかるけど、見た感じフランス語やドイツ語でもなさそうなのよ」


 と、鈴姫さんが開いて見せてきたページには、意味不明な記号の羅列が書かれていた。


 ——ᚪᚾᚪᛏᚪᚾᛟᛒᛟᚢᚴᛖᚾᚺᚪ, ᛗᛟᚾᛟᚵᚪᛏᚪᚱᛁᚥᛟᚴᚪᚴᛁᚴᚪᛖᚱᚢ 

 ——ᛗᛟᛋᛁᛁᛋᛖᚴᚪᛁᛞᛖᛋᛁᚾᛞᚪᛒᚪᚪᛁ, ᛏᚪᛗᚪᛋᛁᛁᚺᚪᛋᛟᚾᛟᛋᛖᚴᚪᛁᚾᛁᚾᛟᚴᛟᚱᛁ, ᚴᚪᚱᚪᛞᚪᚺᚪᚵᛖᚾᛋᛖᛁᚾᛁᛗᛟᛞᛟᚱᚢ


 たしかにこれは全く読めない。暗号でもないし、漫画とかで見るような、未知のナントカ文字って感じだ。


「あの本棚は調べた?」


 部屋の隅にある古い本棚の事だ。高さは僕の胸くらい、幅は両手を広げた程度なので、そんなに大きくはない。


 そこには端から端まで書籍が詰め込まれはいるが、大きさや背表紙の装丁がバラバラで統一感は皆無。単行本も文庫本も、順不同でなんだか気持ち悪い。


「そこは調べてないかな。見た感じ、本屋で見かけるものばかりだし」


 言われてみれば、と思いつつも、なにかおかしな印象を受ける。


 この建物は長いあいだ放置され、床も壁もボロボロだ。しかしその本棚、いや、そこに並んでいる本は、差し込む太陽の光に色あせる事も無く、新刊のように輝いていたからだ。


「あ……」

「なにかあった?」

「……【イチャラブ ハーレム パラダイス・フルスロットル】?」


 王道ファンタジーの【ドラゴンソード戦記】や、ミステリーの傑作【ゲームの職人】、それから【野菜を育てて異世界スローライフ】みたいなラノベ色が強いタイトルまでもが並んでいる中に、一冊だけあまりに場違いな桃色の本があった。


「え~、ミナミナってそんな”えっちぃキャラ“だっけ?」

「そ、そうなの? ……水音みなとくん」


 ……最悪だ。女性陣二人が白い目で、グサグサと俺を刺してきた。


 タイトルが目に飛び込んだ瞬間、思わず口にだしてしまったのが原因なのはわかっている。でもこれは明らかな濡れ衣、全ての元凶は目の前の本棚なのだから。


「ちょっと待って、僕じゃないですって。イチャラブハーレムってここに書いてあるじゃないですか」


 恥の黒歴史、あらぬ濡れ衣をかけられそうで、僕は本の背表紙を指差しながら、暑さで流れるのとは違う変な汗が吹きでるのを感じていた。


「書いてあってもね。口にするのはちょっと……ミナミナ、それ、セクハラだから」

「え~……」


 その時、泳いだ視線のさきに、


「あっ、【バイキング・オブ・カリビアン】がある。わーなつかしいなー、よし、よんでみよう!」

「あ、ごまかした」

「うん、棒読みだね」


 女性陣、容赦ないな……


 ページを開いてみると、ついさっきまで一緒だった銘無ななしジャックや、アン王女たちの冒険譚が書き綴られ……


「あれ?」

「どうしたの?」


 ――そこにある違和感。


「二人は、この本読んだ事ある?」

「ないけど」

「映画は?」

「それは観た。鈴姫と行ったんだ」

「その映画ってさ、最後どうなった?」

「ん? イカの化け物倒したら、ジャックが行方不明になって終わるんでしょ」


 ――やはりおかしい。小説の内容が書き変わっている。


 アン王女を助けるシーンでは、生きているはずのバルバトスが死んでいるし、グラナドの船が爆破されてブラック・サファイア号で逃げている。


「なんか中途半端だったよね~。それがどうかしたの? 水瀬くん」

「えっと、ジャックとアン王女が結婚するんだけど」

「あれ……そんな場面あったっけ?」


 と、首をかしげる鈴姫さん。


 本当ならジャックとアン王女の結婚まで書かれて、そこまでしっかりと映画化されていたはずなのに。



 これじゃまるで……



 僕が冒険して来た内容じゃないか。



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