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第20話・物語が存在する異世界

 本の内容だけじゃなく、映画を観た人の記憶もおかしい。すり替わっているのだろうか? 


 もしくは、


 仮にそうだとすると、僕の行動が物語を変えてしまっただけでなく、映画やそれに関わる人、観た人も含めて歴史を変えてしまった事になる。


 ……そして、なぜか僕だけが元の話を覚えたままだ。


かなめはさ、どんな世界だったの?」

「なんか普通の冒険ファンタジーって感じっスね。剣と魔法って世界の」

「勇者パーティーの名前わかる?」


 要に異世界の事を聞いた理由は、僕と同じ状況にあるかどうかを判断するためだった。しかし、よくよく考えてみれば、それを聞いたところで僕が物語を知らなければ意味がない。


「え~と、戦士のバーンとドワーフのギリリ、弓使いがエルフのビートイット、あとは魔法使いのブレインと僧侶のマトっス」


 ……案の定、まったく記憶にない名前ばかりだ。


あおいさん、鈴姫べるさん、今の名前に記憶ある?」


 首をかしげたり、左右に振ったりして否定する二人。冒険物語って、あまり女性向けじゃないから当然なのかもしれない。


「だよねぇ。あとは、颯太そうたか……」

「なにが気になるの?」

「もしかしたら、要も物語の世界に行ったのかと思ったんだけど、僕にはわからなかった」

「それが、このスゴロク攻略の手掛かりになるかもって事?」

「うん。そんな感じ。あ、そうだ。みんな、ちょっとこれ見てほしいんだけどさ」


 と、スマホで撮って来た異世界の写真をみんなに見てもらった。


 キラキラした港の風景、そして銘無ななしのジャックやアン王女、カルロスにミゲル。ブラック・サファイア号に海賊の面々、クラーケンとの戦い。


 改変された内容に関して、なにかひとつでも『みんなの中に違和感があれば』と思ったんだけど、単なる記念写真にしか見えなかったようだ。


 その中で、やはりみんなの目を引いたのはアン王女だった。


「これ、葵ちゃん? じゃないよね」


 目を丸くする鈴姫さん。長いつき合いの彼女でも、見間違うレベルだ。


「さすがに葵さんじゃなかったよ。アン王女って、高飛車で人の話を聞かなくて唯我独尊で自信家で……」


 ……あれ? 葵さんそのまんまな気がしてきた。まあ、そんな事は口が裂けても言えないけど。


「まるっとあおちんにクリソツっスね~」


 裂けるまでもなく口にする要。当然、葵さんの眼光が彼を射抜いた。思った事を口にしてしまうのは要の悪い点だけど、個人的には美点でもあると思う。時と場合を考えれば、だけど。


「はいはい、オレは隅っこ行ってますよ」


 要は部屋の隅に行くと、ごろっと横になった。彼の声に少し寂しさを感じた僕は、なんだか居たたまれなくなっていた。


 正直、ちょっと葵さんもやり過ぎだ。鈴姫さん絡みで怒っているのはわかるけど、要はきちっと謝ったし、鈴姫さんも『気にしないで』と許しているのだから。


 ……いったいなにが、葵さんをあそこまで怒らせるのだろうか?


 と疑問に思ったけど、とりあえずは触れない方がよさそうだ。


「あ、ところで葵さん」

「なに?」

「葵さんって実は、南米出身って事はないですよね?」

「はあ? なによそれ」

「ですよね~……」





 そんな事があってから、一時間ほどして颯太が戻ってきた。ポロッククの串焼きと高級フルーツのボボンボ、そして涼をとれる氷魔法を持って。


 腹ごしらえが終わって、僕は颯太に転移先の情報を聞いた。どんな世界だったのか、どんな冒険だったのか、危険はなかったかなどなど。


「全然大丈夫だったよ。薬剤師として開業して、100万G稼ぐってミッションだった」


 地球上にはいない動物やモンスター、初めて見る食べ物に文化様式。颯太もスマホで撮った写真を見せながら、少し興奮気味に解説していた。


「あとさ、バーンとかギリリって名前に記憶がある? 要が行った世界の仲間だったみたいだけど」

「えっと……それ、【ローディス島戦記】じゃない?」


 初めて聞くタイトルだった。颯太曰く、ラノベ黎明期に流行った物語だそうだ。呪われた島が舞台で、勇者に憧れる青年と魔王の闘いを書いたものらしい。


 僕の【バイキング・オブ・カリビアン】と、要の【ローディス島戦記】。二人とも、物語が存在する異世界に転移したのは間違いがなさそうだ。あとは颯太の世界だけど……僕にも本人にもまったく見当がつかない。


「あ、そうだ。マジックバッグってのを手に入れたよ。容量は押し入れの半分くらいだけど、異世界行くときに持って行けば役に立つと思う」


 颯太は地味な灰茶色のボディバッグをスゴロクの横に置いた。これひとつあるだけで格段に冒険がしやすくなる。慌てて木箱持ってきて『ウイスキーでした』なんて事もなくなるだろう。


「颯太やるぅ! ミナミナなんて、イチャラブハーレムとか言って喜んでいたんだよ」

「喜んでいません。もおお、誤解される言い方しないで下さいって」

「え、水瀬みなせくん、なにやってたの?」


 ……ジト目が痛い。


「なにもやってないから、ホントに。本棚を調べていただけだって」

「ふうん、そうなんだ」


 ……微妙に距離感を感じる返答じゃないか。


「あと、中級のポーションもいくつか作って来た。要くんの青ポーションの半分程度の性能だけど、役には立つと思う」


 颯太お手製の回復や解毒等のポーションが数本ずつ、マジックバックの中にあるそうだ。生産は異世界でしかできないらしいから、今あるだけになる。


 ……そして。


「次は葵さんの番だね」


 ディフォルメされた葵さんのコマが、例によって伸びたり縮んだり膨らんだりして、派手に主張を始めた。


「やっぱり私もやらないとダメ?」

「ダメ……だと思うな、さすがに」

「だよねえ……」


 彼女はボディバッグを肩から下げ、ジーンズで手汗を拭いてからルーレットに手を伸ばした。力が入り過ぎたのか、最初はガタガタガタ……と音をだしながら回転を始め、葵さんがす~っと消える。


 毎回毎回不安になる、不思議な光景だ。


 ……でもこの異世界スゴロクってなんなんだろう? 存在している意味が全く分からない。『ゴールすれば部屋からでられる』って事になっているけど、本当にそれだけでよいのだろうか?



 ——カチリッ



「えっ?」


 葵さんが転移してから三秒後。ルーレットが回り、薄緑の魔法陣が現れて彼女が戻って来た。同時に、全ての駒が3マス戻るのが見えた。間違いなく⑦を選択したのだろう。


「どうしたの?」

「無理無理無理無理無理——。あんなの無理だって!」


 初めて見る、涙目の葵さん。怯え、膝を抱えて震えていた。


 ……いったい、異世界でなにがあったのだろうか?

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