「ミナミナ、と言いましたわね」
アン王女は、わざわざ王座の上に立ち、腕を組んで僕を見下ろしてきた。
「さあ、説明なさい」
「えっと……なにをですか?」
「なにをですって? 全部です、ぜ・ん・ぶ!」
「……はあ、そうですか」
僕は仕方なく、王女救出の
「カルロスたちとの出会いとか、そんな退屈な事はどうでもいいのです!」
「え〜……、全部って言ったじゃないですか。(……もう、わがままだなぁ)」
「なにか言いまして!?」
おっと、心の声が漏れていたようだ。
「いえいえ、なにも。二人が生きていた理由を聞きたいって事ですか?」
「そうです。最初から言っていますでしょう!」
「はぁ……」
なんか疲れる人だ。カルロスとミゲルも、いつもこの相手をさせられているのかと思うと、ちょっとだけ同情してしまう。
「単純な事です。水操作の魔法で、彼らの周りだけ水が無いようにしただけですよ」
つまり、空気の膜で覆われた状態にしたのだ。非常に薄い膜だから数分しか空気がもたないけど、あの場はそれで十分だった。
僕が作戦として彼らに伝えたのは、『三日後に城に忍び込む事』と、『どんな文脈であっても、僕が
それ以外は話していないのだから、処刑されるなんて青天の霹靂だったと思う。
でも、素のリアクションでないと、バルバトスは騙せなかっただろう。ピカピカの鎧を着て『貧民です』と主張するズレた彼らに、苦しんで死ぬ演技を頼んでも上手くいかないと思ったからだ。
「そういう事は先に言いなさいよ。心配するじゃない!」
……またこの人はメチャクチャを言ってくれる。そんな状況じゃなかったでしょうに。
「それにしても、あの水魔法でそんな繊細な操作ができるなんて」
「えっ……そうなの?」
「うむ、通常は塊にして攻撃したり盾にしたり、あとは畑の上で破裂させて水を撒いたりと、その程度ですよ」
と、補足するカルロス。
これはもしかして、異世界におけるあの有名なセリフを言うタイミングなのかもしれない。僕はちょっとワクワクしながら、わざとらしくならないように注意して口を開いた。
「僕、なにかやっちゃい……」
と、言いかけた時だ。部屋の入口の方からガヤガヤと大勢の声が聞こえ、その集団のリーダーらしき人物と、そのつき人らしき小柄な男が入って来た。
「——ああ? なんやこれ。びしょびしょやないか」
なにを考えているのか、表情からは全く読めない糸目の男。黒いボロボロのベストに、薄汚れて黄ばんだシャツ。腰には曲刀をぶら下げていた。
彼らの姿はどう見ても海賊そのものだ。どこに隠れていたのかはわからないが、バルバトスの配下がまだいたのか。
「あっ、カシラ、あれ!」
と、下っ端が指さしたのは、首のないバルバトスの体と、少し離れたところに転がる赤く染まった頭だった。
カシラと呼ばれた男は僕らをにらみつけ、低く凄みを効かせたた声でゆっくりと問いかけてきた。
「これ、
廊下から聞こえる大勢のガヤガヤとした声。一斉に襲われたらひとたまりもないだろう。ここは誤魔化さないとまずい事になりそうだ。
「あの、僕らがここに来た時には……」
「そうですわ!」
「ちょっ、姫さん!?」
「悪漢バルバトスを倒したのは、我がグラナド騎士団のカルロスとミゲルです!」
いきなり話に割り込んで来たかと思うと、バルバトスを倒したと宣言してしまったアン王女。空気が読めない人だとは思っていたけど、この状況はかなりヤバイ。いろんな意味でヤバイ。
「姫さん、ここは誤魔化して逃げる所でしょー!」
「なにを言っているのです。そんな腰が引けた事で、人生と言う過酷な戦場を勝ち抜けると思っているのですか! スイッチを入れるのです。貴方のやる気スイッチを!!」
急に啓蒙セミナーみたいな事を言いだすアン王女。これは、新人コンパとかで絡んでくる厄介な先輩タイプだ。
「あ~、そうゆうのはええねん。もちっと人の話聞こか?」
虫でも追い払うような仕草をしながら、微妙に呆れ口調の糸目の男。彼は彼で感情を表にださないらしく、なにを考えているのかわからない。こちらも厄介なタイプだ。
そもそも、こんな展開は僕の記憶、つまり、バイキング・オブ・カリビアンの物語には無い展開だ。
「なあ、アンさんやろ?」
「……はい?」
糸目の男は僕に問いかけてきた。しかし真っ先に反応
「グラナド王国の姫に向かって『アンさん』とは何事ですか!」
「あ~いや、アンさんってそないな意味とちゃうで」
「まだ言いますか、万死に値します。カルロス、ミゲル、やっておしまいなさい!」
どこかで聞いたようなセリフとともに、ビシッと細目の男を指さすアン王女。僕は振り返りながら、カルロスとミゲルに懇願の視線を送った。
「二人ともすまないけど……」
「心得てますよ」
「アン王女、ささ、こちらへ」
「ミゲル、なにをするのです!」
カルロスとミゲルは『国王への報告のまとめを』とか『貧民救済の進捗報告』とか、もっともらしい理由をつけて、糸目の男から注意を引き剥がしてくれた。
「ホンマ、けったいな姫さんやで……」
「そ、それで……僕らになんの御用ですか?」
「アンさ……いやいや、アンタなんやろ? ミナミナってのは」
「――っ」
彼はなぜ、僕の名前を知っているのだろうか?この三日間で見た事がない顔だし、あの独特な糸目と話し方は、一度会ったら忘れないだろう。
そもそも彼らは今までどこにいたのか、わからない事だらけだ。
なにより、どこから情報が漏れたのだろうか。僕は身構えながらも、『はやくここから脱出しなきゃならないのに』と、頭の中は不安と焦りで一杯だった。