季節は7月。
学期末試験を終え、渡り廊下に学年トップ50の成績が張り出されていた。
要ちゃんは上位にランクイン。
私は圏外ながら100位内の成績でまずまずだった。
セイレンちゃんは後一歩で赤点だったが何とか踏みと止まって胸を撫で下ろしていた。
「私、国語が苦手なんだ。危なかったよ」
「僕の教え方、悪かった?」
放課後、生徒会室で成績を見せ合っているところに、宇賀神先輩が話しに入ってきた。
セイレンちゃんは嫌がっていたが、宇賀神先輩がそこを押しきって国語の勉強に付き合っていたので、気にしていたのだろう。
「……ちゃんと、教えて貰ったところは、点が取れました。 アリガトウゴザイマス」
「じゃあ、今度はもっと勉強しないとな。 良かったら、僕の家で一緒に……」
「りりあちゃん、この人、怖い……」
「宇賀神先輩、親切と、煩悩が暴走してますよ」
「悪い……つい、熱が入った」
それは、勉強ではなく、セイレンちゃんを口説く方に、で間違いないな。
「鏡子ちゃん、成績良いんだね」
「うん、卒業後は進学希望だからね。セイレンちゃんは、調理学校に行くんだよね」
「うん、ママと一緒に調理師専門学校に行くって約束してるんだ」
「えっ、お母さんと一緒になの?」
「ママ、中学卒業して、今のパン屋さんで働いてて、いつか独立してカフェ併設のベーカリーカフェをするのが夢なの。 でも、中々、家庭と両立難しくて、それでね私が高校卒業したら、一緒に進学したら良いじゃん?って言って、約束したの。りりあちゃんは卒業後の進路決めてるの?」
「ノープラン、考えたこともない」
どうしよう。
正直、振っても、叩いても、将来の事なんて考えたことないので、言葉がない。
「じゃあ、りりあ。 僕のお嫁さんなんて良いんじゃないかな」
生徒会室に、静寂が走った。
鏡子ちゃん、セイレンちゃんだけでなく、宇賀神先輩までも、キョトンだった。
イマコノヒト……ナニイッタノ……エッ……ハテ……オヨメ……ハ
Σ(゚◇゚;) (´・ω`・)? (;゚д゚) Σヽ(゚Д゚; )ノ
「柚木崎さん、いきなり、からかわないでください」
私は、さすがに、冗談だと思った。
この前、氷室さんに私と付き合う許可は必要か? 何て聞いてたし、付き合おう? くらいは、【いずれ意思確認があるか?】の覚悟はあった。
だが、【私が柚木崎さんのお嫁さんになる】なんて選択肢は、地平線の向こうまで話が飛躍しすぎてないか?
下手したら、私の心臓が大気圏を突き抜けて宇宙に出ていかんばかりだが。
「からかってないよ。 本気だよ。 マジだから。 高校卒業したら、結婚して欲しい」
「いやっ、私達まだ付き合っても無いのに、そんな」
「えっ、あっ、返事まだ聞いてなかったね。 答えを聞かせてよ。 今ここで」
…………ま、まさか。
うまく、話を持ち出して、実は本題は。
この前、有耶無耶だった、【付き合うか?】の返事か。
「えっ、ここでは、ちょっと、恥ずかしい」
「えっ、じゃあ、ふたりっきりになれるところに行こうか?」
いや、この静まり返った生徒会室をどうすんだよ。
みんな、固まってんじゃないか、宇賀神先輩まで。
と思ったら、セイレンちゃんの前に立って、嫌な予感しかしない。
「セイレン、専門学校卒業してからで良いから、僕のおよ……」
「宇賀神先輩、手が勝手にスマホの110番押しそうです。ちょっと、黙ってて貰えませんか。 えっ、りりあちゃん、柚木崎先輩と付き合うの? えっ、お似合いだよっ。私は大反対 」
セイレンちゃん、あれ、どういうこと。
「えっ、セイレン。りりあと僕が、お似合いで大反対ってどういうこと?」
鏡子ちゃんは、私も感じたセイレンちゃんの言葉の違和感を指摘した。
「柚木崎先輩は。良い人だし、りりあちゃんの事、いつも大事に扱ってますけど、りりあちゃんは……えっ、ご自身が……一番……分かってらっしゃるんじゃないですか?」
「セイレン……は、知ってるんだ」
「時々、甘い香りがします。 魅了……ですよね。 女の人を惹き付けて、…………遊んでますよね」
ん、魅了って、そう言えば前に観覧車に乗った時、柚木崎さん何か言ってたな。
「りりあが居ない間は、付き合ったり、そうじゃなくても、何人ともそうだね。そうだよ、だって、僕は自力で力を得ることが出来ないから」
( -_・)?ん……ドイウコト?
「でも、全然、女性関係清算出来てませんよね。 前にりりあちゃんに副会長候補降りろって言ってきた女の子、調べたら、自分は柚木崎先輩の元カノって言ってましたよっ。 柚木崎先輩と付き合ったら、りりあちゃん嫉妬されて嫌がらせされたり、悪口言われたりするんじゃないか、気がかりです」
はうっ。
薄々、この前、柚木崎さんが生徒会室に乗り込んできた女生徒と出ていった後、戻るまで結構長かった割には、その後、その説得も虚しく、激しく件の女生徒にかなり喰ってかかられたな? と思ったら、色恋まで絡んでいたか。
鏡子ちゃんも、思うところがあるらしく口を開いた。
「柚木崎先輩……因みに、私もりりあちゃんが戻る前まで、結構、とっかえひっかえ、色んな女の子……だけじゃなく、あの……大人の女性とも一緒のところ目撃したことがあるんですけど、その人とも……その……」
「…………まぁキス……位はしたり、されたりだよ」
柚木崎さん、意外だ。
結構、誰とでも気軽に付き合ったり、キスしたりするんだ。
だから、私とも?
でも、私それでも……。
※
結局、取りあえず私は、柚木崎さんと生徒会室を出て、学校の外にある裏山の神社の石段の先で話をする事になった。
氷室さんが居ないのに、学校を、出るのに抵抗があることを伝えたら、りょうの自分と一緒なら問題無いことを説明され、納得して外に出た。
「何か、気持ち良いです」
「えっ、何が?」
「放課後、学校の外に出られたの、初めてなんです。 私、変ですよね? 今、感動してるんです」
学園の外にいられる解放感に心が踊っていた。
「りりあ……」
柚木崎さんは、何故か表情を曇らせた。
どうして、暗い顔をするのか分からず、狼狽える私に柚木崎さんは言った。
「りりあ、ごめん……黙ってて」
「えっ、柚木崎さん、黙ってませんよ。 無口のヒッキーの百倍とは言いませんが10倍位は、よく私に話しかけてくれて、私、いつも、柚木崎さんの気さくな声かけに救われてます」
「…………りりあ、違う。ごめん、簡潔に言わないと誤解を生む元だ。 僕、君が帰ってくるまで、見境なく大人の女性や同年代の女の子ととっかえひっかえ、付き合ったり別れたりしてきた。 今は全部切っているけど、この前のミナミの事も、とぼけて隠してた。 それを謝りたい」
なるほど、そのごめん、なのか、それを黙っててか。
だったら。
「誰にも、言いたくないことや秘密にしておきたい事はあるんで、謝らなくて良いんじゃないですか?」
「でも、それって卑怯だし、ミナミの事は先に言っておけば、もっと違う対処ができたかも知れない」
「まず、卑怯の意味が判りません」
「卑怯だろ? 幻滅されて嫌悪されるような事を隠してたんだよ」
あっ胸に刺さる。
私がりゅうに、されたことが逆に私の柚木崎さんへの秘密だ。
幻滅されたり、嫌悪されるのが、怖くて言えないんだ。
本当は知っていて、秘密で無いかも知れないにせよ。
私は、言えない、言わない。
だから、柚木崎さんの暴かれてしまったその秘密に、幻滅も嫌悪をしない。
したくない。
「私、柚木崎さんが誰とどうしてでも、気持ちは変わらない」
「えっ」
「柚木崎さんがキスしてくれた時、私、嬉しかった。 柚木崎さんが私を好きじゃなくても、どんな理由でも、変わらない。 私が柚木崎さんを好きだから、キスが嬉しかったんです。 気にしないでください。 柚木崎さんを好きな人の影に怯えたりもしません。 卑怯と言うなら、好きな人を好きで居たいのに、それを避けて、その選択から逃げる方がよっぽど卑怯だと思います」
「えっ、りりあ…………じゃあ……僕と付き合って良いの?」
「好きですから、そうなります。 私、柚木崎さんが好きです」
「うそ…………この状況で。本当に良いの?」
「良いです」
柚木崎さんは、私を抱き締めた。
自分で考えて、自分で決めた。
私は、柚木崎さんが欲しい。
束縛するつもりはない。
柚木崎さんを独り占めするつもりもない。
でも、ただ柚木崎さんとの間に特別な何かが欲しくて、手を伸ばせば届くその関係を望んだ結果だ。
私と柚木崎さんの間に恋人同士と言うかたちの無い恋愛関係が結ばれるだけで、満足だ。
「キス……して良い?」
「ヒッキーの迎えの時間が5分後に迫ってます」
「楽勝だよ。 好きだよ、りりあ」
柚木崎さんのキス、小鳥がエサをついばむように重ねては離して、また重ねて、それを繰り返した後、息が出来なくなる位激しく吸って舌を絡めて来た。
苦くない。
激しく求められるキス。
沢山のキスの仕方を教えてくれる多才なキス。
何で、柚木崎さんとキスしてるのに、氷室さんとのキスが甦るのか分からない。
【ファーストキスとは異なる、対称的なキス】と分析している自分が嫌になる。
セイレンちゃんが言ってた、甘い匂いもする。
嫌いじゃない、思考ははっきりしている。
柚木崎さんの魅了にどれ程の力があるか知らないが、自分はそれに惑わされては……ない、と思う。
でも、嬉しいのに、苦しい位、胸が痛む。
何でだろう⋯⋯。
楽勝の定義を見失う3分超のロングキスの後、柚木崎さんと恋人繋ぎで手を繋いで、学校の裏門にたどり着き、柚木崎さんにここで待つよう言われて間もなく生徒会室に置いておいた私の荷物を持って現れた。
おかしい。
30秒で行って帰れる距離じゃない。
「はい、カバン」
「柚木崎さん、レンズサイド使いました?」
「まあね。ほら、車来た。 ギリギリセーフ」
柚木崎さんは、氷室さんと帰っていく私を見送ってくれた。
なに食わぬ顔で、ポーカーフェイス旨い。
見習いたい。
「車の中では寝るな」
「……すみません」
何だか、氷室さんに全て見透かされそうで、眠ったふりしてやり過ごそうとしたが、目を閉じてものの数秒で淘汰されて、仕方なく必死で窓の外の風景に目を凝らした。
「どうした? 外に何かあるのか?」
「眠たくて、なにか見てないと、意識が」
「そうか? じゃあ⋯⋯今日の予定だったが、夕食の買い出しはやめておくか?」
「目が覚めました。卵と牛乳が明日の分までしかないです」
やばい、危うく食材が尽きるところだった。
※
7月に入って、夏の暑さが本格化して来た。
夜は20時くらいまで明るいし、朝も5時頃にはすっかり夜明けのこの頃。
私は、夏休みに学校で2泊3日のキャンプが予定されている事を知った。
今まで、氷室さんの同行無しで、殆ど外出の自由が無かったが、まさか不参加を強いられたら、最悪だ。
折角仲の良い友達がいるのに、自分だけ不参加なんて。
でも、だ。
まかり間違っても、無いとは、思うが。
そう願いたいが。
まさか、氷室さんが同伴なんて、嫌過ぎる。
「どうしたの? そんな深刻そうな顔して、相談があるって」
私は、キャンプ行事の説明の合った日、放課後、菅原先生に相談したいと申し出た。
鏡子ちゃんとセイレンちゃんは、先に生徒会室に行ってもらい、菅原先生と二人きりになって話をする事が出来た。
「実はキャンプの事なのですが⋯⋯」
「ん? 何か心配なの?」
「はい。私、今、あの⋯⋯その⋯⋯、ヒッキーの同伴無しでの外出禁止されてて、こっちに戻ってから、殆ど一人で行動した事無いんです。だから」
「えっ、ヒッキーに付いて来て貰いたいの?」
「違いますっ。困りますよ。何が悲しくて、高校生にもなって、学校行事のキャンプに保護者降臨なんて辱め受けないと行けないんですかっ!!」
私は、地団駄を踏んでそう訴えた。
そうしたら、菅原先生は爆笑のあまり、お腹を抱えて、涙をこぼしながら、言った。
「何だ、そんな心配してたの? だったら、心配いらないよ。だってさ、ヒッキーは君をいつも学校に送り届けて、そして学校が終わってから、迎えに来るだろう?」
「そうですけど」
「じゃあ、学校に君が居る間、ヒッキーは何で学校に居ないと思う?」
「⋯⋯柚木崎さんが居るから?」
「半分正解」
「もう半分は?」
「りりあを、僕も護るからだよ。 僕を誰だと思っているの?」
「私の担任の先生っ、そんでもって、神様です」
全くもって色んな意味でも。
正に神様だ。
だって、キャンプは1学年の行事だから、2年の柚木崎さんは来ない。
でも、菅原先生は私のクラスの担任だ。
「菅原先生、来年の修学旅行も一緒に行って下さるんですか?」
「当たり前だよ。 卒業まで面倒見るから、安心して」
「うわ〜ん、先生〜」
心の底から、菅原先生に感謝した。
私は、真剣に悩んで居たばかりに、ホッとして泣きながら、答えた。
菅原先生が担任で本当に良かった。
「泣かないの。君が名前を口にしたから、柚木崎君が飛んできたじゃないか」
菅原先生の言葉に窓側を見ると、焦った顔の柚木崎さんが本当に立っていた。
「りりあ、どうして泣いてるの?」
「菅原先生が神様なのっ、本当、マジ、神で」
「えっ、今更、何言っているの? どういう事ですかっ、えっ」
※
その日は、安心して帰宅の途に付くことが出来、家に着いた後で、いつもの様に、書斎で仕事して帰るという氷室さんに、声をかけた。
「氷室さん、私、お願いがあります」
「何だ?」
「夏休みに1年はキャンプがあるんです。佐賀県の七山と言うところに2泊3日です」
「キャンプ⋯⋯あぁ、そう言えばあったな。そんな行事」
氷室さんも、卒業生だから行ったんだろう。
要さんも遥さんも、菅原先生も。
みんな行ったんだ、だから勿論私も漏れなく行くつもりだ。
「行っても良いでしょうか?」
「良いに決まっているだろう? 何を心配している?」
そんなの氷室さんの未成年後見人としての意見と、参加の許可でしか無い。
「私、ここに来てから、氷室さん無しで行動した事なかったので⋯⋯」
ちょっと、まわりくどく言っちゃったかな?
そう戸惑ったのも、束の間。
「まさか、つい来て欲しいのか?」
氷室さん⋯。
「いえ、そんな訳無い。 行って良いと言う許可だけで、充分です。 絶対、付いて来ないで下さい。 私の居ない二泊三日を存分に謳歌して下さい」
「それがお願いか?」
いや、ここまだ本題のさわりである。
本題は。
「キャンプの準備で土曜日に鏡子ちゃんとセイレンちゃんとモールに行きたいです。 3人で」
「そうか、却下だ」
「えっ、ど、どうしてですか?」
「許可出来ない。 セイレンは兎も角、鏡子は前科がある。 そもそも⋯⋯俺か、柚木崎⋯⋯どちらかの同伴なら良い。それで、検討の余地が無いなら却下だ。 お前が決めろ」
⋯⋯氷室さんか、柚木崎さんか。
私が考え込むのを無視して氷室さんは、書斎に行ってしまった。
結局、その後、私は氷室さんと夕食をとって夜の散歩を共にしたが、キャンプ参加に必要な買い物については触れてこなかったので、こちらも持ち出さなかった。
次にその事について触れるのは、自分からだ。
氷室さんか柚木崎さんの同行を決めるか、それ自体を諦めた時だ。
氷室さんは、駄目とは言わなかった。
自分で決めろって、言ったんだ。
だったら、そうするしなかない。
翌日、放課後。
私は生徒会室で、みんなが居るときに事情を説明した。
「ヒッキーか柚木崎先輩か、私はどっちでも良いかな? セイレンちゃんは?」
「ヒッキー、絶対」
セイレンちゃんが、異常な程取り乱して答えるから、私は迷わず宇賀神先輩を見た。
「柚木崎が良いだろ、僕もついて行けるし」
誘ってないよ。
「宇賀神、激しく邪魔しないでくれる? まとまる話もまとまらないから。セイレン、僕じゃダメ?」
「柚木崎先輩だと、変質者が……」
「セイレンちゃん、仲間外れは良くないよ」
「神木 鏡子、全然タイプじゃないけど、何て優しい子なんだ。 柚木崎、僕も行きたい。 仲間外れは無しだよ。 これでも、心を入れ替えたんだ。頼む」
自分で、これでも、って言ってる時点で、セイレンちゃんと休日を共にしたい下心が見え透いているが?
「……りりあちゃんは、どう思っているの?」
セイレンちゃんがそう言って、私を見て来た。
私の意見は。
「私は、鏡子ちゃんとセイレンちゃんと買い物に行ける事が第一優先。……でも、確かに、セイレンちゃんが、見境なく隙あらば、アプローチしてくる宇賀神先輩を避けたいのも分かるけど、確かに、鏡子ちゃんが言う仲間外れもよくないと思う。 ヒッキーにすれば、その心配ないけど、私、今回は柚木崎さんと買い物に行きたい。 なら、宇賀神先輩が居ないときに、話せば良かったとも、こうなってみて初めて思うけど、そうしても、仲間外れは変わらない。 宇賀神先輩」
「はい」
「最大限の節度を発揮すると、セイレンちゃんに真摯な態度で臨むことを誓って……譲歩を乞うてはいかがでしょうか?」
「分かった。 松永さん、君の嫌がる態度や行動を慎しむ事を誓う。 邪心は一切捨てる。 だから、デートに同行させ……」
「「「「買い物っ」」」」
私とセイレンちゃんは愚か、鏡子ちゃんと柚木崎さんとも声を合わせてそう突っ込みを入れた。
結局、大揉めに揉めたが、最終的には生徒会メンバー全員での買い物に話はまとまった。
※
買い物、当日。
柚木崎さん同伴での買い物に行く旨、氷室さんには直ぐ報告して、許可を得て、無事、みんなでショッピングモールに行くことが叶った。
「リュックサックに水筒に、後、何だっけ」
「えっと、私は寝巻き用のジャージ買いたい」
「私も」
意外と宇賀神先輩の存在が役に立った。
私も鏡子ちゃんもセイレンちゃんも、来足るキャンプへの期待や買わないといけないものに夢中だったので、柚木崎さんが一人だったら退屈だっただろう。
グッジョブ、宇賀神先輩。
買い物を一通り終えて、昼食に迷ったあげく、フードコートにたどり着き、みんな思い思いのお店で昼食を買い求めた。
私とセイレンちゃんは、サンドウィッチ専門店のローストビーフサラダサンドセットにした。
鏡子ちゃんは博多ラーメンの老舗のラーメンギョウザセット。
柚木崎さんは、カツカレーセットだった。
そして、宇賀神先輩は、某うどんチェーン店のきつねうどんとお稲荷をトレーに載せてテーブルに戻って来た。
やはり、狐憑きなだけあって油揚げ尽くしなのに、みんな目を見張りつつ、敢えて其れには触れなかった。
※
帰りは、唯一宇賀神先輩だけ、著しく家が近所じゃないにも関わらず、ちゃっかり、桜木町まで着いて来た。
挙げ句、セイレンちゃんとの別れ道で。
かましやがった。
「送っていくよ。家まで」
「何処の世界に、変質者と思ってやまない先輩に、家まで送って貰いたい人が要ると思います? 住所知られたくないんで、お願いですから、このまま、さよならで帰ってくれませんか? 今日ギリギリ楽しかったと思っておきたいので」
「誤解しないで欲しい。今日の僕は純粋に君を家まで無事に送り届けたいだけだから。安心して欲しい。 そもそも、だって、君の住所なら、もう知ってるから」
こいつ、何、言ってんの?
えっ、どうやって?
セイレンちゃんは、衝撃と絶望のあまり、固まっていた。
すかさず、セイレンちゃんの神様のレンが、セイレンちゃんの足元から飛び出してきてセイレンちゃんを抱き締めて叫んだ。
「セイレンに近づくな」
「誤解しないで欲しい。 僕は……」
「いや、取り敢えず、セイレンちゃんの住所の入手経路から、話して貰えますか?」
と、兎に角、まず聞きたいとおもった。
マジどうやってだよ。
「……つい、職員室に忍び込んだ」
つい、でやって良いこの範疇を超えている。
この人は……。
「鏡子とりりあでセイレンを家まで送ってあげなよ。送った後は二人で大鏡神社に戻ってきて」
「えっ、何で?」
「レンを呼んでもないのに出て来るほど、正気を失っているセイレンをこのまま返せないだろ? 宇賀神の事は俺に任せて、ねっ」
「「はい」」
※
何てこった。
折角、楽しかったね。
で、この買い物をおわらせたかったのに。
「セイレンちゃん、ごめん。私が宇賀神先輩もって言っちゃったから」
「り……ぃ……りりあちゃんは、関係ない。謝らないで。 私、今日は、楽しかった。 本当だよ。 みんなで、色んな買い物して、ご飯好きなもの食べて、おやつに食べたチュロス、美味しかった。 りりあちゃんのオススメの抹茶フレーバー」
抹茶フレーバーは氷室さんの受け売りだが。
今日のみんなでの買い物を楽しかったと言って貰えて嬉しかった。
「買い物が、問題じゃない。先輩の執着が怖いの……。私、本当は、先輩に勉強教えて貰えたこと、本当に感謝してた。 だから、今日も、納得してたんだ。 私、今までの定期考査で、国語で良い点数取れた事無かったの。だから、今日も折角だし、そのお礼が言いたいって思ってたんだ、けど……でも、【私の住所を職員室に忍び込んでまで入手する】ような変態行為は無理……で、最後の最後に、こんなにしちゃって私こそごめん」
「ええ~、私はいっそ清々しい位、先輩はセイレンちゃんにぶれてないところ、単純だと思うよ」
「えっ、それ、どういう意味、鏡子ちゃん」
「だってさ、先輩と初めて会った時、即座にセイレンちゃんに一目惚れして、今まで全く脇目も振らず、堂々と露骨にアプローチして来たじゃん。 あの手この手で。りりあちゃんはともかくさ、少なくとも私とセイレンちゃんは元々、力ずくでは刃が立たなかったわ相手だよ」
「あの時は、数が違った。私、そんなに弱くないもん」
宇賀神先輩と対峙した時、
宇賀神先輩はさ、 手に入らないからって、セイレンちゃんが嫌がったら、いつも、引いてくれるでしょ? 一応、ギリギリ、そこは真摯な態度じゃん。 だからさ、私はそんなに怖がらなくて良いと思うよ。 好きになれない、関係なく考えてみたら? 先輩、結構……便利じゃん」
おい、鏡子ちゃん。
便利は無いよ。
優しいとか、親切とかの言葉で、オブラートしてあげようよ。
「鏡子、そんな危険な便利ってないよ。 アイツの記憶から、セイレンの住所と僕とセイレンの記憶を消す道具って作れない?」
いや、レンも何言ってんだか。
「ごめん、神木家の私の代での作品は、一生一代の縛りがあるから、ドラコンゲートで終了だよ。後、20年位待って、恐らくもうさすがにその頃には生まれてるであろう私の娘に頼んで」
えっ、何か、色々引っ掛かる事言ってない。
「えっ何で娘なの?」
「あっ、気にしないで……あはは」
乾いた笑いの鏡子の様子に、彼女がまた何か意図せず口を滑らせた事を悟った。