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第17話 カレンとセイレンの事情 七封じ

キャンプ当日。


1年の特別クラスだけ、バス会社に外注せず、運転手だけを雇って、学校の部活動等の遠征に使う学園のマイクロバスで現地に向かった。


私達、特待生3人は、座席が生徒席の最前列で、その前の席に座る菅原先生と話せる距離に座っていた。



「菅原先生、特別グラス、1年全員で16人って、少ないですよね?」


私の質問に菅原先生は、なぜか笑った。


「そうだね。4年前から減る一方で年々特別クラスの人数は減少する一方だったから。でも、2学期から、7人の途中編入が予定されているし、来年はもっと増えると思うよ」


「えっ、何で増えるんですか?」


「君が此処に帰って来て、力が戻った子達が希望したんだよ。そして、来年以降の入学資格者も増えるからね。全部、君のお陰だ」




変な情報を聞いてしまった。


【私が此処にいるだけでみんなの力を増やす効果がある】


と言う事は、前にも聞いてはいたが


そんな事にまで影響を与えていた事には、改めて驚かされる。



「そう言えば、六封じを出るから。  私達、力が弱まりますよね?」



鏡子ちゃんが言った。


前にそれに似た言葉なら、聞いたことがあった。


【シチフウジ】


だったから、数が違う。



「六封じって何?」


「あぁ、ヒッキー達から、まだ説明を受けてない?」


「初耳です」


「簡単に言うと、君が力を無限に使えるエリアだよ。 エリアを6つの神木の松で区切って、その内側に封じ込めたから、六封じ。 エリアの区分定義は分かりやすく言えば、福岡県 福岡市

中央区全域」


「えっ、じゃあ、天神・薬院はエリア内」


「そうだよ」


「中洲、博多駅、西新、百道浜はエリア外」


「正解」


「其々に、何代か前の当主が6つの神木の松を植えて、木の成長を待って、霊力が外に漏れないようにしたんだ。だだ漏れしてたら、あやかしも人も狂うからね」


「えっ、逆に封じ込めたら、外は良くても⋯⋯。逆に中が過密で危なくないですか?」


「大飯喰らいが、それを残さず引き受けるから、安全なんだよ。 以降、沢山の人々がそこに住めるようになった。 それが、誰か分かるよね?」


りゅうだよね。


りょうは、何かを通してじゃないと力を得られ無いって言ってたから、りゅうが一手に引き受けていると菅原先生は言いたいのだろう。



「その名を口には、敢えてしませんが、分かりました」


「優秀だ。 でも、今は君が望むだけ、キミが必要とするだけ、それよりも優先して、力を得られるんだよ。君が持っているトクベツの名前は、もう聞いてる? 神の洗礼の事は、もう聞いた?」


前に自分の分魂が言っていた、あれだろうか?




「私が神になれず、【最愛】の祝福だけを貰った事ですか?」


「そうだよ。 ヒッキーから聞いたの?」


「いいえ、私の分魂から説明を受けました」


「えっ、分魂って……、君、力戻ってないだろ?」


「はい、向こうに⋯⋯分魂自体に拒絶されて、私の元には無いです」


「今、何処に居るんだい?」


「時々、現れますけど、いつも、消えてしまいます。 この前は、件の大飯喰らいが迎えに来て、 あの人の胸に消えて行きました。 いつも、そこに居るみたいです」


俺の胸に帰れ、とりゅうは言っていた。


だから、きっといつもは、りゅうの胸の中なんじゃないだろうか?


胃じゃ無いのが幸いだ。


消化されたら、かなわないから。





キャンプ場に到着後、学年全員でのオリエンテーションの後、私達は三人で屋根付きの蓋のない箱を横に寝かせて、空いた様な木製の中に張られたテントの中に荷物を運び込んだ。



三人で一つのテントは結構広かった。



他のテントは6~4人でメンバーを組んでいたが、どれも、各々のレベルに応じたメンバー同士で編成されており、私達のレベルだと特待生ではないにせよギリギリユキナリと一緒にここまで来た一之瀬 和総【いちのせ かずさ】が居たが、今回はまさか男子と同じテントには出来ないので、別になった。



「一之瀬君なら、別に一緒でも良いと思うけどね」


鏡子ちゃんの言葉に、セイレンちゃんが続いた。


「私もそう思う。 一之瀬君には、異性を感じないくらい親しみ持てるよ。 最初は、色々あったけど、彼は大丈夫って思える。ダレカとは、大違い⋯⋯」


セイレンちゃん、絶対、逆に異性を感じる&親しみ持てなくて&大丈夫の反対だと思う人物を彷彿している筈だ。


良かった。


一之瀬君が同級生で、宇賀神先輩が文字通り先輩で。



「おい、懸、神木、松永、誰か居るか?」



突然、テントの外から、ちょっと焦った声の一之瀬君の声が聞こえて、3人で外に出た。



「どうしたの?」


「こっちのセリフだ。 あれ、何だよ」


一之瀬君に言われて外の様子を、見て思わず仰天だった。



50代位のタンクトップのおじさんと70歳位の老婆と30代位の背広を来た男の人と、10代のうちの学園とは違う学校のジャージを来た見た目がそっくりの男子生徒。


この6人は何だ。


「この人たち、みんなウロウロしながら、お前らのテントを見つけた後、集まってんだ。 懸、狙いか?」


一之瀬君の質問に私は首を傾げたが、セイレンちゃんが首を振って驚きの事実を告げた。


「ごめん、今回は私だよ。 お母さんと私は、ここで、ここの神獣と生まれたの⋯⋯」


セイレンちゃんはそう言って、集団の前に立ちはだかり、みんなに言った。




「みんなに会うのは、大晦日の日没から初日の出があがるまでの約束だよっ。それ以外は、嫌だって。 今日は、学校のキャンプなのっ」


セイレンちゃんの主張をスルーするように、口々に人々は言った。



「セイレン。そして、カミサマ、お帰りなさい」


敬語だが、本人の希望を無視した発言に、私は眉を細めた。



「お帰りを無視出来ません。 お戻りを心からお喜び致します」


喜ばれて、全然⋯嬉しそうじゃないけど。


ん?


私はある事に気が付いた。


実は高床式になったテントサイトを降りた所にウッドテーブルと両サイトに長椅子が2つ付いたモノがあるのだが⋯⋯



「ハク様は?」


「レン様に⋯⋯どうぞ、一目お目にがからせて下さい。老い先短い我が身です」


「「夜は一緒に肝試ししよっ。僕達もキャンプ」」



セイレンちゃんの周りに黒いもやが吹き出して、大激怒のレンが出て来た。



「セイレンの生活を乱すなっ。   何も供えるなっ。 五穀豊穣の祈祷は年に一度限りだっ!!」


よく分からないが、やはり、一般の生徒と敢えて別のバス、別区画の一番奥にされた、学園の判断は正しいとしか言わざるを得ない。



「そうか、セイレン由来の氏子達【氏神の配下の民】か? 異邦人枠【ヨソモノ】と言うのは、知ってたけど、此処が君の本来の居場所なの?」


一之瀬君の質問に、セイレンちゃんは苦笑いした。


「違うよ。ただ、私は、ここで生まれただけ。たまたま、なの。住んだ事ないの、だだ、それだけ。 なろうと、思ってなってない⋯⋯。此処は、私の居場所じゃない」




テーブルの上に。


精米されていない玄米 20キロ。


夏野菜のかぼちゃ、ゴーヤ、人参、ピーマン、トマト。


そして特大サイズのスイカ⋯5玉。


佐賀の銘菓小城羊羹・一口香・白玉饅頭・大原松露饅頭、どれも熨斗付きだ。


「今、先生がさが錦と村岡羊羮を買いに行ってます」 


「いや、余計にセイレンちゃん、怒ると思うよ」


「では猪肉を、折角のキャンプでしたら、一頭仕留めて参りま……」


「血抜きが間に合わんじゃろ。……家の冷蔵庫に丁度良く寝かせた」


「あの……落ち着いて下さい。お供え物と、猪肉の事は置いといて、良かったら、少し事情を教えていただけませんか?」 



じゃないと、これからの対処に困る。



それにしても、みんながみんな、変なペットの様なものをしたがえている様だが。


「と言っても、余所者に分かるものか、視えるものか。 あの背広の男の肩に、何か視えるかい? お嬢ちゃん」


「オレンジに近い、赤い鳥がいる」


取り敢えず、私はひとつそう持ちかけてみた。


「火鳥【かとり】が視えてる⋯⋯」


それを肩に乗せていた背広姿の男が、そう感嘆の声をあげた。


「はい。まあ⋯」


視えるんだと、感心されると言う事は、通常は視えないもの⋯⋯なのかも知れない。


大体、オレンジに近い赤い鳥なんて、図鑑でも見たことが無い。





私と、鏡子ちゃんと一之瀬君で、取り残された人達の話し相手をしている。



セイレンちゃんは怒ってレンと、テントに入って出て来ない。



「そこの君も、視えるのかい?」


「土色のイタチ」


一之瀬君の答えに、おばあちゃんはびっくりしていた。


「アナタも視えるの? 今度は、僕達のを当てて」


「夕方の空みたいな青色の毛並みの猿に、油粘土みたいな灰色の尻尾の長いねずみ」



そう答えたのは鏡子ちゃんだった。


セイレンちゃんを尋ね求めて訪れたのは。


人が6人。


獣はそれぞれ6つの個体だった。



「あなた方は、どのような方々なのですか?」


「セイレンちゃんのクラスメイトです」


そう答えると、油粘土色のねずみさんが、私の前に駆け寄って、さも可愛い仕草で鼻を私にクンクンして言った。


「呪いと、物凄いものが⋯⋯カラダの中に入っている。 よく生きていられる。普通の人間なら、死んでいてもおかしくないのに」



ねずみはそう言うと、今度は鏡子ちゃんに駆け寄って行き、また、同じように鼻を鳴らして言った。


「アナタも、さっきとちょっと違うけど。呪いと、作りが人とは少し違っているナニカだ。……アナタのお名前、聞かせて欲しい。 もしや、アナタ様は……。 僕は七封じの霊獣、名を宙【ちゅう】」


鏡子ちゃんは、答えた。



「神木 鏡子【しんき きょうこ】」


鏡子ちゃんの言葉に、どよめきが走った。


「ようこそ、いらっしゃいました」


「神木様……とんだご無礼を」


鏡子ちゃんも、有名人らしい。


「後、もう1人……」



そう言って、ねずみは一之瀬君の所に走って、また同じようにした。



「君は……びっくりするほど、ただの人だ」


「当たり前です」


一之瀬君は、苦笑いだった。







取り敢えず、話を整理すると。


この七山の地は


元々、人の立ち入る事の出来ない獣やあやかしの棲み家だった。


そこに、どうしても移り住みたいと願ったのが彼らの先祖なのだそうだ。



元々は、七山の麓の海沿いの民だったが、何百年前だか大儲けできる作物だからと始めたみかん作りがうまく行かず、困って居たところ、街道を行く旅人から、六封じを知ったのだそうだ。



博多の港町の近くで、肥後の街道の便宜を欲しいままにして豊かに栄えていた時の神木家当主に


七山も封じて欲しいと願い、そして、成ったのが七封じ。



そして、海沿いの痩せた土地から、緑豊かな七山に移り住んだのが、みんなのご先祖様なのだそうだ。




六封じとは、理【ことわり】が全く違う方法だったと言う。



七封じは、霊力を喰らう大飯喰らいは、誘致出来なかったので、山から充満してにじみ出て、人や獣やあやかしを狂わす霊力をそれぞれの山のいただきに間歇泉を作り、人の子と一緒に生み降ろす神器を置いたのだ。


それによって、稀に山の神や獣と共に生まれてくる子供が生まれ、神と共に生まれた子供を山神の子と呼んで敬まうのだそうだ。


生まれる獣は、通常は人の言葉を話すモノを霊獣、人に姿を変えられるモノを神獣と区別している。


因みに私はまだ、見たこと無いが、前に会ったカレンさんのカミサマのハクも、レンのように、人に姿を変えられるのだと言うと。


母子で連続して、山神の子で神獣と共に生まれて来たのは、前代未聞なんらしい。


そして、地元を離れて暮らしているのも、そうらしく。


皆、一様にそれを嘆いていた。



「年に一度、五穀豊穣の祈祷を約束して、必ず戻ってくれるだけでも感謝すべき事はわかっているのだけれど、やはり、寂しくてね。私は、もう後何年生きられるか分からない身で」


最年長らしき、おばあちゃんが言ったが、まだまだ元気そうに見える。



「おばば、俺がモノゴコロついた時から、言っているけど、今、いくつだ?  少なくとも、40年前から言っているぞ」



ん?


背広姿の男の言葉に、違和感があった。


見た目、30前後に見えるのに、まず【この人の物心って、いつからだ?】と思った。



「女性に歳を聞くのは、失礼の極みじゃ……」


「大正か? 明治か?」


「違う。これ以上はノーコメントじゃ」



昭和……であることを切に願おう。





さて、気を取り直して、セイレンちゃんとの面会を諦めてみんなが帰った後、何とかセイレンちゃんを宥めて、夕食作りに取りかかった。



「スイカはみんなでお裾分けしてもらって良いの?」


「特大サイズ5玉も3人家族で消費出来ません。お願いします」


「残りの野菜とお米は、ご両親に取りに来て貰おうね」



菅原先生は、クラスの子達何人かに声をかけて、全員の夕食のデザートにスイカが行き渡るように手配してくれた。


夕食に作ったカレーも美味しかったが、デザートのスイカも美味しかった。



夜、キャンプに併殺された温浴施設で入浴を済ませ、テントに戻って就寝したかったのだが……。



「神木様に、折り入ってお話があります」



テントの前でまたまた、先程の面々が集合しており、またテント前のテーブルにこれでもかって位のみかんの山盛りがあり、献上と熨斗がされていた。


セイレンちゃんは、最初凄く不機嫌だったが、ターゲットが鏡子ちゃんと知って少し溜飲を下げた。



「えっ、私に」


「はい、実は、お母様が以前、同じようにここに来ていただいた時に、七封じのメンテナンスをして下さったんです。 その時、2つだけ経過観察したいと仰せの祠があり、30年以内に娘が、おなじように此処に来た時に、とお約束していただきました。ただ、当主の娘さんとは言え……」


「ご心配なく。 実は、確かに伺っております。 母から、先代当主に神木 要【しんき かなめ】に変わって、当代当主 神木 鏡子【しんき きょうこ】が役目を引き継ぎます」


笑って、そう言って胸を叩く鏡子ちゃんは、本当に立派だと思った。


「要様も若くして当主になられたと聞き及んでおりましたが、あなた様も既に当主で、要様は、貴方に代を譲られたのですか?」


「代は譲られるモノじゃないの。 次の人が新しい作品を世に出すまでのものなの。 私が作品を完成させたから、代替わりしたの」


「そうでしたか。 昨日の事のように、覚えております。 火鳥【かとり】と私で、お世話をさせて、いただきました。 申し遅れました。私は、土色のいたちの主で茶々【ちゃちゃ】です。今は、この地の最年長になってしまいました」


そう話すおばあちゃんは、まだそんなに高齢そうにみえないのだが。




「生徒達にお供物を供えたり、献上品を差し入れたり、外出に連れ出すのは、困ります」



菅原先生が現れて、まず特に、隣の区画の他校の双子に声をかけた。



「勝手に抜け出してきたのかな?」


「事情は説明して、許可も貰ってます。 昔、祠が一つ壊れた時、あやかしが沸いて大変だったんです。 お願いします」


「祠が正常な時は、冬の雪の降り方も違うんです」



学校に説明済みって、本気か?


なんて、言える立場ではない。


こっちも学園ぐるみだ。



「……僕も同伴させていただくのを条件にさせていただけますか? 僕は、この子達3人の担任です」


ねずみのちゅうが、先生に駆け寄り、鼻をくんくんさせた後、一番の驚きっぷりを見せた。



「あなた……人じゃない。……カミサマ、神様だ」



凄い審美眼だな。


氷室さんと柚木崎さんも、言い当てるかな。


龍と龍人のりゅうとりょうを。




「僕も仲間外れは嫌です」


そう言って、一之瀬君がやって来た。


肩にユキナリが居た。



「あれ、ユキナリ、一之瀬君に呼ばれたの?」


「違うわい。 ワシが勝手に現れてやっただけじゃい。ワシの意志じゃ。 お前の呼び出しには何時でも応じるが、こんなこわっぱに呼びつけるられるほど、落ちぶれておらんよ」



「うわぁ、祟り神……」


ねずみのちゅうが言い、七封じメンバー達が少し引いているのが分かった。



「元、です。只今。更生中なので、ご心配なく」



菅原先生の言葉に、どよめきながらもちゃちゃという土色のいたちを従えた年齢不詳のおばあちゃんが言った。


「確かに、浄化が始まっている」


「えっ、そうなんですか?」


一之瀬君が、その言葉に一番驚いて、一番喜んでいた。


「我の事は、お主に関係なかろう?」


「この中で唯一、アナタの土地の純粋な氏子なのに、嬉しくない訳がない。 それじゃ、駄目ですか?」


「……ふんっ、青二才が」



一通り、話がまとまった後、おばあちゃんは言った。



「さて、件の祠へは、常世の闇で行くが、良いか? 夢渡り出来るのか?」



何か聞き慣れない言葉だが、つまりは、レンズサイドの事だろう。



「僕達はみんな、六封じの中で力に目覚めた者達ですのでご安心下さい」


菅原先生の言葉に、おばあちゃんは少し驚いていた。


「ほう。 六封じは、異能が、多いのか?」


「外から来る異邦人も、多いので」


「カレンもセイレンも、そうか」


「僕も京都から来ました」


「京都……それは、遠いところから来なすったな」



七山の夜は、正に常闇のような夜だった。


道路には外灯があるが、山道にはなく、遠くに蛍のひかりの程度の僅かな点の光が僅かに見えたのを最後に、山道を行くとそれも消え失せ。


頭上の月と満点の星の灯りだけで、大抵の山の空は、福岡方面の空だけは僅かに青白く光を帯びるのに、ここではそれがない。


「プラネタリウムみたいだね」


私の言葉に、鏡子ちゃんは言った。


「うん。科学館のみたい」


「鏡子ちゃん。寝てたよね、始まりから、最後まで」


「セイレンちゃん、ひどい。ちゃんと、途中で一瞬起きたもん。見たもん」



私達の会話に、火鳥【かとり】を従えたおじさんが言った。


「前のご当主と、全く同じ話をする。 あなた達を見ていると、懐かしくなる。もう20年以上前のことなのに」


「全く、昨日の事のようじゃて」


「おばばは、生きてる時間が長過ぎるからじゃないか?」


「うるさいわ」





バサバサバサ……。


ん、何か視界がぶれる。


何かが、視てる。


「ん、何か嫌な感じ。 嫌なものがいる。  変だよ」


ねずみのちゅうが鼻を鳴らした。


「かとりに見てこさせようか?」


「やめよ。  数で来られたら、不利じゃ。 祠が壊れているのなら、皆、狂い出す。我らは力を持って生まれたから平気じゃが、そうじゃないものは気狂いする」  


おばあちゃんの言葉に、菅原先生が言った。


「人間もですか?」


「そうじゃ、夢渡り出来るほどの者なら平気じゃし、カミサマ、祟り神でも、平気じゃ。ここらは私有地で、普段はだれも近づかない。 だから、問題は獣や虫や魑魅魍魎レベルのあやかし……」


そう言いかけるおばあちゃんが横に吹き飛んだ。右斜めにカラダが浮き上がり地に突っ伏した。


「おばば、かとり、灯りを」


火鳥【かとり】は、おじさんの肩から羽ばたいて羽を広げた。


広げた羽から炎が沸いて、輝いて私達が居るところを照らした。


集合体恐怖症なら、卒倒したことだろう。


カサカサカサ……。



「えっ、これ、全部、何?」


シヤー   シヤー    シャァッ


「模様と、頭の形から推測するに、まむしだね。知ってる? ハブより毒性は弱いけど、毒の抽出量が格段に多い為に、致死率、マムシの方が高いんだよ」



宙【ちゅう】が言った。


頭上で、バチンッと、音がしたと思えば。


ボトリと、黒焦げの蛇が落ちてきた。



「随分、物騒な課外活動だね」


菅原先生の雷が落ちたらしい。



「雷神様でしたか……」



おばばが、カラダを起こしながら呟いて、今度は首を抑えて苦しみだした。


「くっはっ……」



えっ、あれ、何でだよ。



「ユキナリ、どういうこと……」


「何かの怨念かのう? 山で殺生した……何か、ん~、おい、ダレか何か心当たりは無いか?」


「六日前に猪を罠でしめた位しか」


「阿呆……それじゃ、祟られておるぞ」


祟られるって……。


「菅原先生、どうしたら良いですか?」


「ごめん、流石に分野外で、七封じでは、何か解決は?」


「神職で、払うのですが、昼には居たのですが。今夜は、都合が悪く……」



ん~。


かなり、苦しそうだ。



私は、おばあちゃんの所に行き、苦しむおばあちゃんの傍で、両手を差し出して言った。



「かんながらたまちはえませ……」


ぞわぞわと両手に生ぬるい何かが絡み付いて来る。


ぐにゃぐにゃしていて、ゴロゴロしていて、きつく絞まり出す。



「やめよ。あなたまで喰らう事はない」


「かんながらたまちはえませ」



絡み付くものは、だんだん熱くなってきた。


最初は生温かったのに今は熱いお風呂のお湯位ある。


ぼとぼとと音を立てて、両手を締め付けるものが溢れていく。



「口惜しい……」


そう声が聞こえた気がした。


一瞬だけ、記憶が見えた。


逃げて行く、瓜坊の背中を見つめていた。



「かんながらたまちはえませ」


私が最後に唱えた後、私とおばあちゃんの四方に一瞬だけ、火柱が立って、完全にナニカは消え失せた。


「あんた、ナニモノダイ?」


「……」


言葉が出なかった。


ひたすら、悲しくて。


いつの間にか、涙が止まらなかった。


「りりあ。 君、祓い言葉、お父さんから習ったの?」


「えっ」


「今の言葉、神職がお祓いで使う言葉だよ。今は使わない、かなり、昔に使われていた。⋯⋯そう言えば、祓詞だ。ずっと、忘れていたけど、僕も知っているよ。その言葉、後、一つある」



ん?



今まで、たまに何となく使っていたけど、覚えてない。


「しゆうたりだり、しゆまりそわか……これも、併せて使えば良い。 君は祓う力がある。 前はなかったのに、不思議だ」




ナニが不思議かは、分からないけと。



菅原先生は、目の前の集合体に向かって、言葉を紡いだ。



「しゆうたりだり、しゆまりそわか」



目の前の集合体の、中央が弾け飛ぶ。



「りりあ。後は、君が……」



菅原先生に促され、目の前の残りの集合体が、やけくその様に飛びかかって来るのを目前に、私は呟いた。



「しゆうたりだり、しゆまりそわか」








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