キャンプ二日目の朝、私達の今日の日程は、登山じみたハイキングで、朝食後、全員で集合して朝からキャンプ場を出て、昨夜訪れた祠がある社を目指すのだと言う。
かっこ、笑いだ。
現地で、鏡子ちゃんが祠の修復完了を待って
あまりに霊力が溜まっていて危ないからと
霊力を引き受ける大飯喰らいに抜擢された。
お陰で只今絶賛、カラダに力が漲っていて、困る。
前に、船の上でカラダが熱くて堪らなかったときに似ていたが。
今回は、無理のない量だった。
全然、まだまだイケそうだったが……。
「うわっ、エグい量イッテるよ。ストップ、ストップ!!」
何か途中で、菅原先生に止められた。
「えっ、アナタ……底無し?」
傍で見ていた七封じメンバーもドン引きだった。
「前の時も、1つ祠が動作してなくて、力を抜き取って貰ったけど、その時レベルだ。 確か、龍の名の入った男の子で、キミとは違う方法で昨日みたいに襲って来たあやかしも、その子が一掃してくれたんだ。 今、どうしているんだろう?」
龍の名前が入った、鏡子ちゃんのお母さんの同級生か⋯。
「何かママが、危ないかも知れないけど、今の自分が一人で行くより、りりあちゃんとセイレンちゃんが一緒の方がよっぽど安全だって。そういう意味だったんだね」
いや、用心棒じゃないから、セイレンちゃんと菅原先生がいれば、それで充分だったのでは?
「私が一人で力を貰っちゃいましたけど、セイレンちゃんや菅原先生も少し貰って良かったんじゃないですか? 何か、私だけ貰って申し訳ないような」
「えっ、あんな勢いと量で力を浴びたら、雷に撃たれる様なモノだよ。 僕だって、下手したら気が狂うよ」
神様も気が狂うって⋯⋯。
「私も⋯⋯正気を保てないと思う。ごめんね、りりあちゃん。流石に少しは手伝おうって思ったんだけど、もう最初っからエグい勢いで、りりあちゃんが霊力を取り込んでいる姿を見たら、とてもじゃないけど、触れなかった」
何のゴメンだよ、セイレンちゃん。
「前は、男の子が本物の龍に姿を変えたんだ。 すっごい沢山、力を抜き取って、ぴんぴんしてた。 でも、キミは違うのに……。よく似てるけど、違うんだよね……。でも、全然平気だ」
ナニがナニに似ているって言うんだ。
私と、比較する対象として好ましくないが過ぎる⋯。
と言うか。
何か、薄々、いつまで長居するのかな?
こちらも、朝食作りというイベントが……。
「ウチで作った刺身こんにゃく、酢味噌かポン酢て食べるのがオススメなんだ」
他のテントの子達は、朝食作りしてるのに、な。
とか、何か朝から、此処だけ朝食がおかしい。
「隣の富士町名物、双子メロンパン。ミートローフに、コーンポタージュ。僕らからのほんのお礼です」
隣りでキャンプしている七山の地元の双子コンビが声を揃えて言った。
「炊き立てのご飯で握った高菜おむすびと、味噌汁。 卵焼きと切干大根の煮物にほうれん草のお浸しだよ」
おかしいんですけど。
うちら、今から朝の朝食準備なのに。
「丁度良かった。一般クラスで激しく朝食準備に失敗して、食材を駄目にした班があって困ってたんですよ。この班の食材は貰うね」
と言って、菅原先生は、食材を引き上げてしまった。
「「「 お言葉に、甘えていただきます 」」」
何故か、双子コンビと火鳥のおじちゃんと茶々のおばあちゃんも一緒に朝食を食べた。
幸い、火鳥のおじさんと茶々のおばあちゃんの24年前の昔話が楽しくて、良い思い出話になった。
鏡子ちゃんのお母さんと氷室さんとの事であろうその話は。
※
「特別クラスの登山は中止っ、みんなは広場に残って、一般クラスは速やかに登山に出発して」
朝の集合の後、突然、先生達が物々しい様子で、慌てて、一般クラスの生徒と特別クラスの生徒を別々に集合させたか、と思えば。
「菅原先生、どうしたんですか?」
「すまない、非常事態なんだ。 りりあ、セイレン、鏡子。 今すぐ、六封じへ帰らないといけない。 向こうで、カレンや要、宇賀神が持ちこたえているうちに、りりあが帰らないと、ヒッキーが死ぬ」
は、
え。
「えっ、菅原先生…今⋯…何、で?」
「詳しくは分からないけど、大鏡が何者かに封印されたんだ。りゅうとヒッキーの連携が途切れた。ヒッキーは、この世に生まれて来られない先天的な問題で死産する命だったのを、りゅうの魂と同化する事で生を受けたんだ。 それが、途切れたら、生きられない。 今は、カレンや宇賀神が、ハクとコガネの力で繋いでる。 でも、そんなに長くは保たない」
知らない。
初耳だよ。
りゅうと氷室さんの関係なんて、詳しく聞いたの初めてで。
何だよ、そんな……いきなり。
「そんなの初めて聞いたんですけど」
いや、でも、前にりゅうとりょうが、氷室さんと柚木崎さんが、必要に駆られて、そうした的な事言ってた気が。
「兎に角、ドラコンゲートで、今すぐ六封じに帰って欲しい。鏡子はお母さんと一緒に、大鏡の修復または、呪解を。 六封じが崩壊して、街で人やその他の生き物や、死人帰りが始まっている」
死人帰り、なんだそれは。
「早速、菊池さんがうろうろしてるって聞いて、ニュースになるのが時間の問題だって、ひやひやモノだよ」
菊池さんって、誰だよ。
「セイレンはお母さんと鏡子ちゃん達を警護して欲しい。りゅうとりょうの次に戦闘力が高い君らにしか頼めない」
「えっ、菅原先生、私は何をしたら良いんですか?」
「ヒッキーがりゅうなしでも、命を維持できる力を分け与えられるのは、君だけだ。 りゅうが平らげられず、だだ漏れになった霊力を残さず平らげる事の出来る空腹の持ち主も君だけだ。 りりあ、君の使命は、2つ。 ヒッキーを助けて、六封じに溢れる霊力を全て、カラダに閉じて欲しい。 破裂しそうになったら、みんなで必ず割りを喰らうって約束するから」
「やってみます」
「じゃあ、取り敢えず、みんな、ドラゴンゲートを起動して」
鏡子ちゃんに促され、私とセイレンちゃんはドラゴンゲートを起動させた。
「菅原先生、私のドラゴンゲートは、六封じ内で有効な限定アプリです。 発動出来ない可能性が高いんですけど?」
「不可能を可能に変えて欲しい。 昔、僕は京都から六封じまで飛べた。 君のお母さんが出来た事を、君が出来ないなんて、僕が思う訳がないだろ? 君たち三人なら出来ると信じてる」
「分かりました。でも、どうやってですか?」
「それは……、その方法は。 稀代の神木家当主、神木 鏡子サ・マ にお任せするよ」
丸投げしおった。
暫く、鏡子ちゃんは固まって動かなかったが、私を振り返って苦笑いで言った。
「清廉ちゃん、携帯閉じて。私も閉じるから。 りりあちゃん、私達が両肩に手を乗せるから、ドラゴンゲートで、位置測定でヒッキーを特定して。そしたら、転移ボタンを押して。ナニが起こるか、ナニも起こらなかったら、もう謝るしかないけど、それしか思い浮かばない。 私のアプリはそもそも利用者のレベルに応じてしか機能を発揮しないの。だから、理屈上はりりあちゃんが操作するのが一番効力を発揮する筈なんだ」
「合点承知……」
私は、鏡子ちゃんに言われた通り、アプリを操作して、氷室さんの位置情報を操作してして、転移ボタンを押した。
しかし、残念ながら、転移失敗。
エラーコードは、相手側の必要ストレージ不足だった。
私は、泣きそうだったが、鏡子ちゃんは、目を見張って興奮した様子で言った。
「うわっ、すっご、そう来る? そっか、私って、天才じゃん」
いや、先日、命と貞操の危機から救って貰った手前、ドラゴンゲート開発者の鏡子ちゃんが天才であることに賛同する事はやぶさかではないが。
何に、その確証を得ているのか不思議だった。
「瀕死のヒッキーがストレージ不足なのは当たり前だよね。 えっと、ストレージを多く保有しているのは……。ねえ、りりあちゃん、今、位置情報の周囲にいる、カレンさんとママと宇賀神先輩を複数指定してみて、ストレージたまるよね」
えっ、嘘っ。
私は、言われた通りに端末を操作してみると、転移ボタンを押して、ストレージ達成、【転移開始】ボタンが表示された。
「出来た。えっ、でも、良いの?」
「分からないけど、大丈夫だよ。私達、三人に出来ないこと無い。ねえ、セイレンちゃん」
「うん、大丈夫。 鏡子ちゃんに付き合って、今まで何度ろくでもない目に私も遭ってきたか数知れないけど、いつも、死ぬような目には、遭ってない。だから、それは、せめて、大丈夫。 うん、今は鏡子ちゃんを信じよう。りりあちゃん」
セイレンちゃん、辛辣だけど、正直なその感想。
無駄に嘘が無い所が好きだよ。
私も、鏡子ちゃんを信じる。
鏡子ちゃんは、根はおふざけが好きで、すぐ突拍子の無いこと考えたり、快楽主義的発想を口にするけど、気軽にすべすべ色々口が滑る子だけど、有言実行の素晴らしい発明家だ。
私は、【みんなのところに今すぐ帰りたい】。
そう心を込めて、ドラゴンゲート【転移開始ボタン】を押下した。
※
「これって……成功?」
全身に、縦に風を感じながら、制服姿ならスカート捲れて焦っていただろうから、せめてジャージ姿であったことを幸いに思った。
「限りなく失敗に近いと私、思うんだけど……」
セイレンちゃんの言葉に、鏡子ちゃんは苦笑いで言った。
「取り敢えず、りりあちゃん、落下怖いから、浮いてくれる? 前に出来たよね。 安心して、今、レンズサイドだから」
じゃなかったら、こんな高さから落ちてたら気絶してるよね?
高層マンションが遥か下に見える距離から、転移直後から落下しているのだ。
六封じは中央区内と行っていたが、残念ながら、正確な転移には失敗しているようで、ここはそのエリアの近辺ではあるが、おそらく、この前、財布やら何やら買い物に連れて行って貰った、海沿いのエリアだ。
そして、位置的に中央区のその商業施設の向こう側の早良区百道浜の上空だ。
「どうしよう。若葉学園に測位してたのにこの距離じゃ、すぐは行けないよ。 と言うか、それ以前の問題な気も⋯⋯」
鏡子ちゃんの言葉に、私は言った。
「いや⋯⋯充分だよ。ありがとう。 ここなら、行けるかも。 だって、若葉学園が、辛うじて豆粒みたいに見える距離だし。昨日、力を貰って、私、今、力が漲っているから。 鏡子ちゃん、セイレンちゃん、ちゃんと捕まってて」
【学校の校門】 いつも、必ず行きと帰りに通るところ、場所の感じと地面の感触を強く思い浮かべて意識を飛ばすと、いつの間にか3人で校門の前に立っていた。
「えっ、嘘だよね⋯」
「これ、ドラコンゲート? それとも、りりあちゃんの特技?」
「ドラゴンゲートじゃない。 りりあちゃん、本当に凄い」
※
校舎に入り、保健室に急いだ。
ドラゴンゲートのみんなの位置情報がそこだったからだ。
「えっ、うそっ、本当に戻って来た」
柚木崎さんが、驚きながら私達を迎えてくれた。
「良かった、今、息を引き取ったばかりだ。急いでっ」
いや、何から何まで、わけわからん。
「えっ、息を引き取ったって……」
「ごめん、今、完全に呼吸が止まった。みんな限界まで力をくれたけど、もう無理で。 急いで、もうさすがにヤバい」
柚木崎さんの後ろは地獄絵図だった。
うつ伏せに床に倒れたカレンさんと要さん。
ベッドの手前の椅子に折りたたむように寄りかかりぐったりしている宇賀神先輩。
ベッドでは、氷室さんが、白い顔と紫色の唇で眠っていた。
「えっ、お母さんっ。お母さんつ」
「えっ、ママ。 起きてっ」
鏡子ちゃんとセイレンちゃんが、それぞれ自分の母親の元に駆け寄って行った。
私は、眩暈がするような状況にふらつきながら、氷室さんのベッドに向かった。
「ひ、氷室さん」
辿り着くまで待てず、怖くて、心細くて名を呼んでいた。
返事はない。
氷室さんの頬に手を置くと、ひんやりと冷たかった。
手の平を滑らせて、熱のある場所を求めた。
唇も、あごも、首筋もそうだった。左胸に耳を当てると何も聞こえなかった。
「氷室さん、ただいま……」
いや、これ、起きるのかな。
本当に。
目を覚ますのかな?
本当に。
生きてるのかな。
心臓の音、聞こえないけど。
本当に。
「柚木崎さん。氷室さん⋯⋯冷たい」
「りりあなら、できるよ」
いや、だって、冷たいんだって。
冷たいのは、性格だけで沢山だっ。
体温は平常を、保って欲しい。
「柚木崎さん。氷室さん……心臓動いてないっ」
「りりあなら、まだ、大丈夫だよ。 少し、我慢してね」
柚木崎さんが後から、氷室さんに縋りつく私の両肩を抱きしめて、私を抱き上げた。
「僕を見て、僕の目をまっすぐ」
言われて、私は首を後ろに回して、斜め後から、私を見つめる柚木崎さんをまっすぐ見ようとした。
柚木崎さんが、私を見つめ返す。
そして、顔を近付けてくる。
もしかして、まっすぐ自分を見て欲しいのではなく。
柚木崎さんが、私とキスしやすいように、そう求めたのではないか?
折り重ねるように唇を合わせて、何かが唇を通して流れ出て行くのが分かった。
10秒位、がっつりキスした後、柚木崎さんは私の唇から唇を離して、私をベッドから遠ざけて、今度は氷室さんの枕元に屈み込み、唇にキスをした。
王子様のキスで眠れる森の美女は、目覚めたが。
保健室で心臓が停まっている40歳は無理ではないか?
いや、そもそも、心臓停まっているのに、アホな事やっている場合ではない。
「柚木崎さんっ、何やってんですかっ」
「良いから。 ちょっとコツがいるからね。 ほら、りりあ⋯⋯。大丈夫だから」
柚木崎さんはそう言って、私の右の手の平を氷室さんの左胸に押し当てた。
……。
手の平で、氷室さんの鼓動を感じた。
「えっ、何で……心臓……動いてる」
「コツの問題だよ」
今度、是非、教えて欲しい。
でも、こんな事、こんな悲しいこと、寂しい事、心の底から失う事が怖いと思うことは。
二度と御免だ。
「氷室さん。起きて、起きてよっ」
私は氷室さんの胸に額を付けて、叫んだ。
「……うるさい。頭に響く。 大声を出すな。騒がしい」
氷室さんの声が聞こえて、顔を上げると、氷室さんは虚ろだが目を開けていた。
「氷室さん、生きてる。……良かった」
なるべく、ご注文の通り。
五月蝿くないよう落ち着いて、頭に響かないようにゆっくりと、騒がしくならないように簡潔に言った。
「りりあ……な、筈がない。幻聴か? やはり、死んだのか?」
いや、目の前に居るのに、何で現実逃避するんだよ。
この期に及んで、それはないよ。
「氷室さんは、生きてる。 死んでない。 嫌だよ」
「……りりあは、キャンプに行っている。 此処には、居ない」
いや、飛んで来たよ。
まさかの文字通りの方法で。
鏡子ちゃんとセイレンちゃんと、一緒に。
かなり、無理矢理。
なのに、そんな私の存在否定するなんてないよ。
「私の姿が信じられないんですか?」
「……真っ暗で、見えない。電気を付けてくれ」
電気なら、とっくについてる。
夏の昼間に、何言ってんのよ。
「……まさか、目、視えてないんですか?」
「此処が明るい場所なら、その様だ……」
私は氷室さんが自分を視えないからって、存在を否定する事が腹立たしかった。
だったら、思い出せば、良い。
そう思って、氷室さんの唇に自分の唇を重ねた、前の時のように。
初めて、朦朧とする意識の中でした筈の氷室さんとのキスをもう一度した。
5秒程キスした後、そこまでだった。
氷室さんは、びくんっとカラダを震わせて、私の胸元を両手で押し返して、私から僅かに顔を背けた。
重ねていた唇が離れる。
まだ、少し無理に近付けれは、触れられる距離だが、もう、そこまでする勇気と気力は、残ってない。
「正気か?」
氷室さんの反応と、態度と、その言い草に。
自分の心がもう、ズタズタレベルに、傷付いているのが、分かった。
「……やめろ。 馬鹿が」
「ゴメンな⋯⋯さい」
今度は、拒絶するんだ。
嫌なんだ。
私とキスするの。
そうだよね。
大体さ。
柚木崎さんと付き合っている癖に、柚木崎さんの目の前で何やってんだよ。
相手は、24歳も年が離れた、未成年後見人相手に。
只の親代わりなのに。
なんで、こんな事して。
それで、拒絶されて、何でこんなに心が痛いんだよ。
「だって、氷室さんが私を否定するから」
氷室さんは、目が虚ろだったが、いつの間にか目の焦点が戻っていた。
「今、視えた。 お前は、りりあだ。 悪かった。 帰って来ている。 分かったから。 泣くな。 自分を汚すな」
自分を汚すって何だよ?
意味、分かんない。
泣かないのは、無理だよ。
心臓⋯⋯本当に止まってたんだよ。
突き放そうと氷室さんが私の胸元を押し返した両手が私の胸元に触れたままで、氷室さんが何故かそのまま、私のジャージの襟を掴んで今度は私を引き寄せた。
「氷室さん?」
「りりあ……そんな目で俺を見るな。 目をそらせ」
「嫌です。 何で?」
大体、そんな目がどんな目なのか分からないし、目付きが気に入らないからと、氷室さんの注文通りに目をそらすのは癪だった。
「言う事を聞け。……気が狂う。 俺から、離れろ」
何だ。
そう思った時には、何故か氷室さんが私の顎に手を当、て動けないようにして、私の唇を親指と人差し指で撫でた。
「ん、えっ、唇に何か付いています」
「俺から、離れろ。 部屋から出て行け、逃げろ」
えっ、だから、、何でって。
大体
「氷室さん、私に【ご自分の事を例え私が嫌いであっても、親代わりをしているうちは、逃げるな、離れるな】って言いませんでしたか?」
氷室さん、心臓が止まる程衰弱していたから、混乱しているのかも知れない。
もう少し、一緒に居たいので、それは却下したい。
不意に、私の唇を弄んだ手が私の後頭部に滑るように移動し、抑え付けてきた。
前に向かって。
氷室さんの唇が、私の唇に触れた。
重ねた唇から、舌を絡ませ、激しく吸われて。
「んっ……ぁ……ん……」
息が苦しい。
呼吸がうまく出来ない。
片手で、私の頬や瞼、額や耳を撫でながら。
もう片方の腕は、いつの間にか私の腰に手を回して、強く私を抱きしめていた。
ヤバい⋯⋯、何か別な意味の涙が出てくる。
やだ、何かスゴい変な気分。
頭がボゥっとしてくる。
と言うか、氷室さんのやる気のキスって。
こういうのって、氷室さんがいましているのが、私史上ダントツにエロい。
何か、キスされていだけなのに、まるで自分を全部奪われて相手のモノにされてしまうような、自分を征服されてしまうような感覚。
合間に、角度を変えて、額を合わせたり、私の鼻を自分のそれと合わせて、存在を確かめて来るような仕草が好き。
砂漠で水を探し求めて見つけ出した時に溢したような多幸感に満ちた溜め息のような吐息に、頭が痺れる。
前は、私ばっかりだったのに。
絡み合う舌の動きや、重ねる唇の角度も、なにもかも。
何より、自分から、求めてしたキスじゃない。
氷室さんから求められて、しているキス。
あの時とは、違う。
ても、どうして、どちらにせよ、胸が痛くて苦しくて。
どうしようもなく、悲しい気持ちが膨らんでいく。
急に背後で誰かに両肩に手を置かれた。
「氷室さん、正気に戻れるなら、今が潮時だよ。 食べ過ぎはカラダによくない」
柚木崎さんの言葉に、氷室さんは、私を今度は後ろに倒れそうになるぐらい強い力で突き飛ばして、柚木崎さんが私を抱き止めた。
「⋯⋯っ。 柚木崎、りりあと出ていけ。 暫く、一人にしてくれ」
柚木崎さんは私の両肩をしっかり掴んで離さない。
困惑する私に、柚木崎さんはなぜかにっこり笑いかけてから、氷室さんに視線を移した。
「良いよ。でも、一つだけ、絶対破らない約束してくれる?」
「何だ」
柚木崎さんは、皮肉っぽい口調で言った。
「絶対に、りゅうが氷室さんに戻るまで、この部屋から出ない。約束出来ないなら、次はどんな行動に出るか、僕にも検討付かない、りりあから、今、手を離すけど」
人を危険人物扱いしないでよ、思わず口がアヒルみたいなったのを、柚木崎さんは見逃さず、また私に微笑んだが、何の気休めだろうか?
「分かった。 約束する。 りりあを連れて出て行け。 りりあから、離れるな」
どんだけ、私を遠ざけたいんだ。
全く。
「了解。行くよ、りりあ」
「行かなきゃダメですか?」
「りりあは街をバイオハザードにしたいの?」
えっ、何、そのゾンビ世界。
えっ?
「それは、困ります」
「じゃあ、決まりだ」
柚木崎さんは、ベットの間仕切り用のカーテンをめくって出た。
カーテンしてなかったら、【みんなに今のを全部見られてた】そう思ったら、ゾッとしてしまった。
※
私は、目を覚ましたカレンさん達と鏡子ちゃんとセイレンちゃんと一緒に、封印されたと言う、大鏡公園に向かった。
菅原先生から、頼まれた事は2つ。
氷室さんを助ける事。
もう一つは、六封じに充満する霊力を全部平らげる事だ。
「えっ、真っ赤だ」
深紅に染まった水面に、一同愕然とした。
「お母さん、これ、何だろう?」
「分からない。⋯⋯りゅうが閉じ込められる程のナニかって事は、確かね。 これを退けないとだけど、まずは、応急処置で根詰まりしてる霊力抜かないと。主にここらへん、さっきから、色々ウロウロしてるしね」
ええ、あぁ、ここ人の住めない地域だってのが、良く分かる。
「神木 要よ。 概ね大物だけは、屠っておるが、人目に付くのは、好かんのだ。 どうにか、ならんか?」
落ち武者。
絵に書いた様な落ち武者。
月代を剃ったんですねって、感じに頭髪の先端から登頂部分に刈り上げて、側頭部か、後頭部にかけては、髷がほどけてセミロング姿の。
額や頬に痛々しい切り傷、そして何より、何で落ち武者だと思うかって。
件の登場人物が首から下のない生首だからだ。
「菊池さん、ありがとねー。もう、落ち着くから、帰って良いよ」
「なら、良いが⋯⋯」
あっ、この人が菊池さんか。
えっ、要さんの知り合い?
「ん、そなた、げっ、りりあか」
えっ、何か私のこと知っている節があるが。
まぁ、まかり間違っても、あまり良くない印象持たれているような。
「あ、あの、えっと、、ごめんなさい」
「そなた。な、何を⋯⋯謝っておる?」
「えっ、だって、アナタは私の名前、知っているのに、私はあなたを覚えていなくて⋯⋯」
「はっ、わしの髪で三編みして遊びおったことを忘れたのか? わしがもう一度、髷が結いたいと言ったおり、手がないから届かないよね?とか言いよって、唐人の様な三つ編みの一つ結びにしよって。 そうか、未だそれも覚えておらぬか。まぁ、良い。 気を付けよ。 ナニが何をたくらんでおるか分からんが、困った時は、呼ぶが良い。我が名は菊池 武時【きくち たけとき】じゃ」
何か、生首の知り合いが増えちゃった。
いや、前から知り合いだったらしいので、思い出さなきゃかな。
かっこ、笑い……だ。