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第19話 イノチガケのイノチのやり取り

改めて、考えると。


私は昨夜、予期せず、県外キャンプで訪れた七山でお裾分けに良質な力をしこたまお裾分けして貰い、朝は力が漲っていたが、七山からの転移で大量に力を使ったことと、氷室さんに大量に力を流し込んだせいで、今はすっかり元通りだ。


転移は、100キロを超える長距離で、かなりの力を要した。


氷室さんに流した込んだ力だって、停まった心臓を動かす為、失った視力を取り返す為、本人がおかわりして欲しがるだけの力を流し込んだんだ。


よく空っぽにならずに済んだ、と誉めて欲しい位だ。



大鏡が封印されたことで、六封じの結界内は通常は、その力のほとんどをりゅうが喰らっていたのに、それがなくなってしまったと言うが……。


濃度の濃い力が溢れ出して、充満しているのだと言うが……。


はて、さて。


それにしては、おかしい。


私はある疑問を口にした。



「そんなに力が充満しているように思えないのですが? いつもと、違うようには、感じない。 至って、いつも通りな気がするんですけど?」


「それは、りりあは、そうだよ。 君は、ここではそもそもいつだって、君が必要なだけ無制限に力を与えられているから変わりないだけだよ」


「そうなんですね」



私は柚木崎さんの説明に耳を傾けながら、事の成り行きを見守っていた。



「えっ、まさかだけどさ……。もしかして、六封じに充満している力を全部、りりあに取り込ませるつもりじゃないよね」



柚木崎さんは、鏡子ちゃんと要さんが打ち出した方針を聞くと、なぜか、急に慌て出した。


私は、二人の話を予め知っていたので、二人を擁護した。



「えっ、その件でしたら、私は聞いてますよ。 七山からここに出発する間際、菅原先生からそう言う趣旨の指示受けました。 もし、破裂しそうになったら、みんなで割りを喰らってあげるから、遠慮なくいけって!!」


私がそう言うと、柚木崎さんは怒った。



「もし、割りを全部喰えなかったら、大惨事だよ」



柚木崎さんの言葉に鏡子ちゃんが、反論した。



「……確かにそうですけど、大鏡を元に戻す方法、まだ分からないし、さっき、菅原先生に無事戻れた事を報告したら、助っ人連れてもうすぐ着くから、そしたら、りりあちゃんに喰べて貰うって言ってましたけど」


「助っ人? えっ、僕聞いてないけど」


それは、私も聞いてない。



「えっ。鏡子ちゃん、助っ人って、誰?」


「私達だ。 六封じ達よ」


私達の背後から、そう声をかけてきたのは、キャンプ場で出会った七封じの人達だった。


全員ではなく、祠の修繕などを共にしたメンバーだった。


火の鳥、火鳥【かとり】を従えたおじさん。


土色のいたち、茶々【ちゃちゃ】を従えたおばあちゃん。


私達と同い年の男の子の双子。


蒼い猿、蒼猿【あおざる】と茶色のねずみ、宙【ちゅう】。



「頼もしいでしょ。イレギュラーで来て貰ったんだ」


菅原先生の引率で来てくれたらしい。


「学園のバスだから、すぐ出発できて良かったよ」


私達はドラゴンゲートを使ったが、自力で来たのか。


「やだ、お久しぶり。24年振り。かとり、ちゃちゃ」


要さんが感動して駆け寄って行くと、火鳥は要さんの周りを飛び回り、茶々は要さんの足元にすがり付いた。


「すっかり、大人になったね」


「かとりさん、全然変わってない。ちゃちゃさんも、昨日会ったみたいに、そのままですね」


「僕はあの後結婚して、子供達ももう結婚しておじいちゃんだよ」


「あれ、この子達は、新しい山神の子達なの?」


「はい、お初にお目にかかります」


「神木 要様」






「あの……いや、後にしましょう。先に、どうぞ。 始めて下さい」


七封じのねずみの宙【ちゅう】が何か言いたげだったが、兎に角、まず、私がここの霊力を全部平らげないと、埒が明かないとの事で、私は、菅原先生に指示を仰いだ。


「えっと、昨日みたいに、祠の前で力を吸い上げたみたいな感じでやっちゃって良いんですか?」


「うん、準備は出来てる。 でも、その前にドラゴンゲートで、割りを喰うメンバーを追加してからだ。鏡子、準備できてる?」



「はい、特別クラスの全校生徒のアカウントのグループ設定完了済みです。 りりあちゃん、若葉学園特別クラスチームってグループ作っているから、後はりりあちゃんがそのグループ追加承認して、連携ボタン押下すれば、みんなで力を共有できる」


私は、鏡子ちゃんの指示通りに、ドラゴンゲートを操作して、一連の作業を終えた。


「もしかして、最悪の場合、みんなも無事じゃ済まなくない?」



私は、一つの疑問を鏡子ちゃんに投げた。


鏡子ちゃんは苦笑いで言った。




「最悪は嫌だけど、りりあちゃん一人を犠牲にして、それで、 はい終わり はないよ。 死なばもろともってね。 でも、そうはさせないよ。 私とりりあちゃんなら、出来ない筈ない。セイレンちゃんもいる。 他のみんなもいる。 そう信じよう」


「分かった。私も、みんなを信じる。 柚木崎さん、顔色悪いですけど……」


やると心に決めたが、柚木崎さんの戸惑う態度が気になった。



「りりあ。念のため、君と手を繋いでいて良いかな?」


「えっ、別に私は良いですよ。……柚木崎先輩、でも、あの……一つ聞いても良いですか?」


「何かな……」


「りょうは、柚木崎さんと居ないんですか? さっき、ドラゴンゲートで測位した時、転移に失敗したのは、言い訳ですけど、転移中に指定したお母さんとカレンさんと宇賀神先輩のストレージが足らなくなったのが原因です。 当たり前ですよね、ずっと、力尽きるまでヒッキーに使い果たして倒れてたから。でも、柚木崎先輩は、測位もできなかったし、倒れても居なかった。 ヒッキーに力を分けられず、測位指定もされないのは、力の宿主のりょうと途切れているからじゃないですか?」


「……そうだよ。ヒッキーみたいに、遮断はされていないけど、りょうは今、別な場所で。僕のために、僕の大切な人の傍に居てくれている。でも、安心して。 力はいつものように溜め込めるから」



柚木崎さんの大切な人。


そんなの始めて知った。



「りりあ、始めて」



菅原先生に促されて、私は大きく息を吸って、目を閉じて、レンズサイドに切り替えた。


閉じた暗闇の先に、広がる景色の中、私は唱えた。



「スベテヲ ヒキウケル。 ココニアツマリ、ワタシノカテトナレ」



りゅうに犯された時、お腹の中に入って来た時のような熱いモノがカラダ全体に集まってくる。


夏の暑い日差しの何倍もの熱さで、それを四方からくまなく照射されているような。


昨日のは、割りと平気だったのに。


「やっ、ちょつ、熱いっ!! やっ、あっつっ」


「りりあちゃん、無理しないで、溜め込まないで。無理な分は、ドラゴンゲートに、流して」


鏡子ちゃんに言われるがまま、ドラゴンゲートに向かってカラダに入った力を流し込むと、気休め程度に熱は引いたが、またすぐ熱くなってしまった。


「火鳥、飛べ。視える限りの死人を焼いて冥土に送ってやれ」


「茶々、従えられる限りの仲間を呼んで掃除して参れ。 一匹も残すな」


おじさんと、おばあちゃんに言われ、火鳥は空に舞い上がり、いたちは走り出した。



ジャマスルナ……。


コザカシイマネシオッテ……。



えっ、何だこれ。



ふわふわと、着物を着た形の紙人形が無数現れた。



「何これ」 


戸惑う私に鏡子ちゃんが言った。



「式紙人形だよ。 呪詛がけしてある。 大鏡に細工した時に、細工を壊されないように、ご丁寧に仕込んでたんじゃないかな。 妨害対策に……。 りりあちゃんは、気にしないで。柚木崎先輩、お願い出来ますか?」


「勿論だよ。 力が溜まったからね。  滅びろ」


柚木崎さんの言葉に、式紙人形とやらは、絶叫しながら燃え上がった。



ギャアアア


ダレダッァア



ボトッボトッ、と音を立てて燃え尽きた式紙人形の灰は、赤黒い液体に変わって、地面に落ちて、ジュウジュウと音を立てて地面を焼いてそこだけ黒く変色した。



何か、汚い。



ナカマヲ、コロシタナ……


ユルサン


ユルセン


ミナゴロシジャ……



式紙人形がさっきとは比べ物にならない数、紙吹雪のように舞い降りてきた。



いや、もしかして、柚木崎さんがやったみたいにしたら、倒してもあれをみんなが浴びたら、無事じゃ済まないよね。


「……嘘だろ」


柚木崎さんも、私ときっと、同じこと考えているようで、さっきみたいに滅びの言葉を紡がなかった。


「式紙は僕に任せて。蒼猿、拾って」


双子の一人の指示で蒼い猿が華麗に空に舞い上がり、空から舞い降りる式紙人形を鷲掴みにして、捕らえた。


「蒼猿、そんなもの素手で触って、大事ないか?」


「水の猿だからね。べったり絡めとって、不浄は遮断できるんだ。限度はあるけど、幸い水が近いからね」


大鏡の水は真っ赤だが、側面に人口の川があり、そこを水源に水の猿がいくつも這い上がって増えて、あっと言う間に、式紙人形は目減りした。


最初こそ、蒼猿だけで拾っていたが、それを傍の川に捨てるのが億劫だったのか、後は量産された水猿に任せていた。


そして、肩を竦めて恥ずかしそうに【ちょっと火傷しちゃったよ】って言いながら、川に手を突っ込んで冷やし始めた。


どうやら、めんどうだったからではなく、素手はダメだったらしい。



「だから、言わんこっちゃない。若者は怖いもん知らずで困る」


おばあちゃんが言った。




「人の命を、何だと思っているのかな? これ、一つ一つ、人が命を通して具現しているのに、一つ一つ壊すごとに、一つずつ人の命をこわしているんだよ」


ん?


えっ、誰の声だ。



「ヒドイよ。 ここを独り占めする、悪い龍を滅ぼして、ここをその支配から解き放ってあげようって、親切なのに。 そんな、僕らの仲間を殺した。君ら、悪い人達だ」


目の前に、白い虎がいた。


大きさは、動物園で見た事のあるサイズだった。



「虎が喋った」



驚きの声をあげる私に、虎は呆れ気味に言った。



「キミ、呑気だね。相変わらず……」



相変わらずって?


えっと、あれだ。


自分的には、初めましてだが 


相手的にとってそうじゃないなんて事は、此処のところ


通常パターンだ。



「えっ、それ、私に対して」


でも、ワンチャン、隣の鏡子ちゃんに言っている何て事ないだろうか?


と言う淡い期待が、あったが。


「懸 凛々遊【あがた りりあ】。4年前に、殺せなかったけど、やっぱ、キツネを皆殺しにしてでも、殺しておけば良かったかな」



えっ、キツネ達って、私は宇賀神先輩の方を見て、驚いた。


コガネがキツネの姿で、虎に向かって走っている。



「こがねっ」


「懸 凛々遊。そいつ、だっ。 この声だっ。ずっと、俺達を惑わして、呪いをかけたっ。 お前が、倒れている場所で、俺はひいらぎとこの声と話もしたっ。 こいつがっ」



こがねは、虎に向かって体当たりをしたが、すっぽりと通り抜けて、虎を突き抜けた。



「うるさい、邪魔だ」



すっぱりとこがねの背中に赤い筋が走って、次の瞬間、血飛沫が上がった。



「はがっ」


こがねは地に落ちる所を黒いモヤが抱き止め、こがねを空で抱きとめて地に降ろした。


レンの気配がした。



「すまん。恩に着る」


「これで、セイレンに勉強を教えた借りはチャラだ。2度と付き纏うな」


「⋯⋯借りの件は良いが、お前達はタイプだ。それには、添えん」


おいおい。


次いで、背後で宇賀神先輩も前屈みに倒れこんだ。


「セイレン、僕の事も⋯⋯」


「宇賀神先輩は、これ以上、落ちようもない。地に足着いてるじゃないですか? 埋葬して欲しいんですか?」


セイレンちゃんは、仕方なさそうに、傍に寄り、宇賀神先輩に屈んこんで、肩に手を当てた。


「しっかりして、下さい。ドラゴンゲート経由でりりあちゃんの割りの力を受けていれば、すぐ癒えます。 これくらいでへたばるなんて、格好悪い」


「セイレン⋯⋯好きだよ」



宇賀神先輩の背も、こがね同様裂けて、出血していた。


傷ついた宇賀神先輩は、セイレンちゃんに心配して貰え、幸せそうだった。


セイレンちゃんは、何だかんだ言って、優しい。


「知ってます。⋯⋯でも、私は、宇賀神先輩が好きではありません」


でも、相変わらず、素直で辛辣だ。



「懸 凛々遊【あがた りりあ】に忠告する。大鏡はこのままにしておくことだ。これ以上、誰も殺すな。 この封印は、続けるべきだ」



「さっきの式紙で人の命が損なわれたの?」



「りりあ、騙されないで。式紙人形は、呪いだ。命を封じ込めたなら、その時にもう、人の命はもう、人には戻らない。念を込めたなら、念だけで済むものを、命を込めたら死ぬんだ。もう、式紙にいのちを吹き込んだ瞬間、死んでたんだ。殺しては居ない。僕も、柚木崎君も、蒼猿も、誰一人、誰も殺しちゃいない」


菅原先生の言葉に、忌々しげに虎は言った。


「あぁ、もう、五月蝿いな。 邪魔しないでよ。 皆殺しにしたって良いんだよ。君達みんな」


「そう⋯⋯やすやすと殺す、殺すって、随分な言い草だけど、僕は、そう言うの好きじゃあない」


菅原先生の背後に黒いもやが吹き出して、曇った雲が空を覆い、バチバチと空が音を立てて地響きがした。


「⋯⋯何処の何だよ⋯その力⋯」



菅原先生の激怒に、虎は若干引いていた。


恐れをなすとか、そう言う類ではなく、白けた類に近いような反応だった。


「まあ、ここの霊力は、そこにいるみんなで喰らうのは良い。 でも、出来るかな? 別に少しばかり、人々が気が狂うのも、死人が返るのも、魑魅魍魎が沸いたって良いじゃない? それが恐ろしくて命を危険に晒す程度の弱者なら、この地を去れば良いんだ。この国には、沢山の住む場所があるだろ? 他に行く当てが無いわけでもない。君達ぐらいの選ばれた優れたモノだけが暮らす一等地で良いじゃないか? 誰の願いで、誰の望みなの? この地を、誰が、誰の為のものだって言うんだい? ねえ、そこの龍の娘達」



娘達?


複数形で、且つ、新しい話だけど。


それって、私にじゃないような。


「……えっ、龍の娘?」


「あぁ、キミは初耳か。 ほら、二人いるけど、一人は君の隣の子だよ」


鏡子ちゃん?


思わず、鏡子ちゃんを見ると、鏡子ちゃんは始めて私の前で怒った顔をしていた。


「龍の娘だから、龍の為に。自らいくつも呪いをかけて、不老でも不死でもない、人間の身で一体何代この先、隷属し続けるんだ。虚しくないの、哀れだ」


「……違う」


「違わないよ。 君がそうであるように、これからも、ずっと君の……」


「やめてっ。 それ以上、言わないで」


えっ、何なんだそれ。


知りたいけど、駄目だ。



やめさせないと駄目だ。


鏡子ちゃん、嫌がってる。


「えっ、何で駄目なの? 良いじゃないか、だって」


「良かないよ。 黙れ、虎」



私は叫んだ。




「懸 凛々遊【あがた りりあ】。 今、まさか、僕に、今、口汚く、黙れと言った? もし、そうなら、謝罪してくれないかな……」



「嫌だ。相手が見るからに嫌がっているのに、分かっていて、わざと。  人に知られたくない事をを平気で言う奴に、黙れと言って、何が悪い。 お前こそ、謝れ」



「えっ、誰だい、キミっ? 本当に懸 凛々遊【あがた りりあ】? ふっ、はは? マジ? あはは、それをキミが言う」


「何がおかしいのよ」


「だって、キミ。昔は、りゅうとりょうが居れば、後はなにも要らない。 神様になって、永遠に二人とここで暮らしたいって言ってたじゃん。 何、頭でも打って、忘れたの? 誰がキミが神様になって、キミが死んでしまって悲しんでも構わないって言ったじゃん。だから   神様のこの僕が 手ずから殺してあげようと思ったのにさ」



……ん、私。4年前。


そんな事、言った?


言ったかな?


言ってない自信が、実はない。


ちびりあなら、言いそう。


私の分魂が私にその時あったなら、言わなさそうな事でもない。


正直な本音だ。




「キミを愛してくれる両親や、キミを心配してくれる沢山の人や神様に見守られながら、贅沢に人間続けておいて、何て身勝手な娘だって思ってたけど。いっそ、僕は、そんなキミが好きだったんだよ。見損なわせ無いで欲しいよ。 約束は本当だったんだよ。 何で、あの時、僕に殺されてくれなかったの? 最後の最後で、何で僕から逃げたんだか……」


いや。まったく、覚えてないから、答えようがない。



「りりあ。あいつに、心当たりある?」



柚木崎さんが言った。



「いえ。まったく」


「そう……か。まだ、カラダに霊力は流れ込んでる? 破裂しそうじゃない?」


「はい、まだ余力あります。 きついけど、話をしていて、気が紛れているうちに慣れてきました」


「怖いこと言うね」


柚木崎さんは私の首に手を当てた。


前に氷室さんに首を絞められた時のように、身体から力が沢山抜ける感覚を覚えた。


「柚木崎さん?」


「少し多めに引き受ける。このまま、力を取り込んで良いよ」


首って沢山力取れるんだ。



「さて、忠告はしたからね」



そう言って、白い虎は私達の前まで歩み寄って来た。


「次会う時は。  僕は今、念だけでキミの前に居るけど。 僕が、この虎と自分の生身の両方で、キミの命を取りに行く。 君をカミサマにしてあげる時だ。  だからさ、りりあ。  それ迄には、残りの魂を取り返しなよ。 キミの魂は、キミと共に在るべきだ。 ほら、返すよ」


そう言って、虎が顔を上げると。


私の肩で何かが弾けた。


「もう一度、言う。  呪いに触るな。 あれには、最後、僕の仕掛けた罠があるよ。 無傷じゃあ、済まないからね。 じゃあね」




「呪いが解けた」



私は自分の髪に手を触れ、すっかり真っ黒に戻った毛先に目を見張った。


虎が消えた後、霊力が尽きたのか、熱さが止んで。


要さんが、霊力の取り込みが終わった事をみんなに告げた。


負傷したこがねと宇賀神先輩は、最終的に完治にまでは至らなかったので追加で菅原先生が癒やしてくれた。


私が取り込んだ霊力を使ったから、負担は無いそうだ。


残るは、大鏡を元に戻すことのみだった。



「ちゅうに頼みがあるの」



鏡子ちゃんは、言った。



「何だい?」


「ちゅうは、鼻を使ってみんなの事を言い当てたよね。 あの仕組みも、どうにかならないかなっと思ってさ。 何か、嫌な感じがして」


「あぁ、そうそう。 僕も気になってたんだ。 真っ赤になった池の中に、人の匂いがするんだよ」



はっ?


池の中って水の中じゃん。


人って魚みたいに、水の中で息できないのに。


居るわけがない。



「まさか」


みんな口々にそう言って、青猿が言った。



「僕の水猿入れてみる? 水猿なら、何が起こっても、僕に影響ないよ」


おばあちゃんが顔をしかめて、青猿の頭を殴った。


「慎重になれ。何が起こるか分からん事に、絶対はない」


要さんと鏡子ちゃんで、話し合って色々考えているうちに、スマホをイジっていた宇賀神先輩がみんなに言った。


「ネットニュースだけでも、今日だけで、ナイフを振り回して暴れたり、陸軍墓地近くで兵隊の行進を見たとか、妖怪に襲われていたところを生首にたすけられったとか、火葬場で心臓発作で死んだ家族が息を吹き返したとか、無茶苦茶だね」


「心臓発作で死んだ人って、生き返っても、大鏡が元に戻っちゃったら、また死んじゃうんですか?」


「ギリギリ大丈夫じゃないかな? その人の状況にもよるけど。まぁ、ラッキーだったんだよ。力の加減の問題だからね。 ヒッキーと一緒。 予期せず、途切れたイノチを取り戻した後は、安定すれば命は続くんだ」



1時間くらいして、夏でも夕暮れに空が染まる頃、要さんと鏡子ちゃんは、方針を定めて、みんなに打ち明けた。


「仕組みは分かった。人柱があって其処に呪いがある。鏡子とりりあちゃんで池に入って」


要さんの言葉に、柚木崎さんが反論した。


「二人だけで行かせるなら、反対だ」


「アナタも行くなら、私が反対よ。 二人じゃなきゃ、駄目。 この池に入って無事で済む自信があるなら、良いけど。りょうが居ないのに、今、生身で池に入ったらどうなるか分からない訳じゃ無いでしょ? 柚木崎君の事情は分かっているつもりよ」


「要さん⋯⋯」


「今、アナタがもし、命を落としたら、意味ないでしょ」



要さんの言葉に、柚木崎さんは俯いてしまった。


でも、そもそもだ。


何か、私と鏡子ちゃんで池に入ると言う話だが。



「えっと、池の中って空気ないですよね?」


「レンズサイドで行くから、空気はいらないわ」



さよけ(左様ですか)⋯⋯。


ま、もう、今まで充分、常識はずれの事態のオンパレードで、これ以上説明を求める理由もないか。



みんなに見守られる中、私は鏡子ちゃんと手を繋いで、大鏡の白石橋の中央の欄干に登った。




「りりあちゃん、私ね。  りゅうの子孫なの」


「えっ⋯⋯」


急に何だ。


さっき、虎が言ってた。


龍の娘って。


「ヒッキーの宿主のりゅうが祖先で、私の一族の最初の人は、それと結ばれたの。一つの生涯に子は一人。生まれるのは、娘限り。 2つの呪いを末代までって、自分で自分の一族を呪ったの。 誰が誰の為にって、あの虎言ってたけど、それは、私は⋯⋯だけど。 私は⋯それを愛してないけど、もう一人のご先祖様は、愛するモノの為だったと思うんだ。私は⋯それを忌み嫌ったりしないし、恨んだりもしてない。 でもね、誰にも知られたく無かったんだ。 ありがとう、あいつから、私とママの秘密を守ってくれて」



鏡子ちゃんはそう言って、私の手を引いて池に身を投げた。


私も、鏡子ちゃんに手を引かれながら、池の中に一緒に沈んだ。


水の中だけど、苦しくない。


息をする必要がないから、言われてみれば、それはそうだ。



青い水の中に赤いもやがかかっている。




青と赤が混ざる水の中で、ひたすら鏡子ちゃんと池に沈んだ。



えっ、こんなにも、深いものだろうか?



と、不思議に思う位、沈んでも、沈んでも、底はなかった。



真っ赤な水の中は、熱くも冷たくもなく、ただ液体に満ちた中の感覚が全身を包んだ。



チガウ⋯


チガウノ⋯



聞き覚えのある、女の声だった。



カエリタイ⋯


コンナコト⋯⋯



私は足で水を蹴って少しだけ浮いて、手を繋ぐ鏡子ちゃんの手を引っ張った。



「何、この声?」


「えっ、りりあちゃん、何か聞こえるの?」



鏡子ちゃんは聞こえないらしい。



タスケテ⋯⋯


キャンプ⋯⋯



ん。


今⋯キャンプって、言った?


それは、私達が朝、強制終了させられた学校行事に似ている。



ハヤクカエラナイト⋯⋯


オイテイカナイデ⋯⋯



私は足で水を蹴って、鏡子ちゃんの手を引いて声のする方へ、進んだ。



「りりあちゃん。どうしたの」


「何か、さっきから、声が聞こえるの。女の人、何か聞き覚えもある、若いって言うか、うちらとおんなじ位の女の子の声」



ダレモ、ウランデナイ⋯⋯


ニクンデモナイ⋯⋯


アノコノコト⋯⋯ネタンデモナイ


ウラヤマシイ⋯⋯



クヤシイケド⋯⋯



「誰、アナタは?」



声のする方に問いかけると、水の中のモヤが急に目の前に集まりだした。



「りりあちゃん、なんかおかしいよ。嫌な感じが集まってくる」



私も、鏡子ちゃんと、同じ感想だった。



眼の前に、赤いモヤが集合して形を成していく。


うちの学園の制服を着た人間になった。


制服を着た身体は手先や足先、頭も頭髪もくっきりしていくと、それは、確かに自分が知る人物だった。


ミナミだ。


「えっ、アナタ。この前の⋯⋯」


「あっ、人だ。でも、誰、りりあちゃん。⋯あっ、この前、生徒会室に来た、柚木崎先輩の元カノっ」


そうだ。


その子だ。


【愚かものには、死を】


虎の声が聞こえた。



ワタシハ⋯⋯イヤダ。


ミナミの声が聞こえた後、彼女は両手で首を抑えて苦しみだした。



クワァァア⋯⋯



思わず、鏡子ちゃんを掴んだ反対側の手でミナミに手を伸ばすと彼女は目を見開いて、私を見据えて、水の中なのに、涙をこぼした。


赤いモヤよりはっきりとした、血のように濃い赤色の涙を。


シニタクナイ⋯⋯


シニタクナイ⋯⋯


「なら。⋯⋯だったら、死んじゃ、駄目。帰ろう」


私の言葉に、ミナミは両目を閉じて下唇を噛み締めた。


「りりあちゃん、危ない」


鏡子ちゃんが私の前に飛び出して、私を抱きしめた。


鏡子ちゃんの後ろで、首から短刀を抜き出したミナミが鏡子ちゃんの肩にそれを振り下ろして、鏡子ちゃんは沈んだ。


私が手を繋いでいるから、私に引きずられて留まっているが、背中が血で真っ赤だった。



【やれ、しくじるな】


また、虎の声がした。



⋯⋯あぁ、あの時も、そうだった。



目の前で、虎の爪に引き裂かれた。


それは、トモだ。


トモと言う名の、生身は誰かも知らない。


私のトモダチだった。


あいつは⋯⋯。


「消えろっ、白夜【びゃくや】」


私は、叫んだ。




片手に動かない鏡子ちゃんを抱き、もう片手にピクリともしないミナミを捕まえ、青く戻った水の中で、私はりゅうと対峙していた。


「そうか、それが、その名か。 何だ、大鏡だけでなく、自らの呪いも解けたのか⋯⋯」


「りゅう、鏡子ちゃんを助けて」


「断る」


そうか、誰が誰の為に、私と一緒にここまで、お前を解放しに来てやったと思っているのか。


ふざけるのも、大概にして欲しい。


「鏡子より、そっちの女のほうが今にも死にかけて居るじゃないか。まぁ、無理ないことだ」


「あのさ、本気で言ってんの?」


「何を怒っている? その女は死んでも良いなら、別に無理には、すすめんが」


ん、話が噛み合ってない。


ミナミより、刺された鏡子ちゃんが心配でそう言ったが、勿論、彼女も漏れなく無事に戻りたいけど。


ん?


私は鏡子ちゃんの背中を確認して、顔をしかめた。


「りゅう。  もしかして、もう、まさかだけど、鏡子ちゃんの傷治ってる?」


「当たり前だ。大事な子孫を、損なうような事はせん。律の子達だ」


「律って誰?」


「前に一度だけ、俺の子をなした妻の名だ⋯⋯神木 律【しんき りつ】。鏡子と要の……。俺と片割れの祖先の名だ」



よし、鏡子ちゃんはクリアだ。


今は、もう一人の命の担保に集中だ。


すっごい事、カミングアウトされたけど、それはこの際、置いといて。



何か、色々ツッコミどころ満載すぎて、目的を見失いそうになるが、今はそれに集中しなきゃ。



「お願い、この子も助けて⋯⋯」


「ただでか?」


「はい」


「嫌だな」


「えっ、人に頼み事しておいて、ご褒美もなし?」



指示された、記憶の回顧を達成したに留まらず。


加えて、呪いまで解いたのに。



「そうか。お前が、そう望むなら、それはアリだが、勿体ない。もっと、贅沢なものをねだれば良いものを」



いや、今のところ、二人の無事以外に、何もこの際望まんよ。


良いよ。


みんなが無事で。


今日、ここに、ここで一緒にいる誰もが、何も悲しまず、苦しまないで済むなら、それ以上、何も望まない。



「お願い。願いを叶えて」


「良かろう」





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