オイデ……オイデヨ……
コッチ……コッチよ……
アナタガイイワ……
【誰?】
ホラ……ワタシタチノコエ……
キコエル?
キコエタデショウ……オメデトウ
6 歳の誕生日の前夜、私は何故か、これから、6歳になるのに、なぜか、七つを迎えるお祝いに、自分が住んでいる場所のナニカに、一文字だけの祝福を貰った。
空高い所で目覚め、祝福を貰って、天に続いて伸びる石段を登った。
一段、一段、登り進める毎に、異常に疲れて行き、私はそれを登り切ることが出来ず、足を踏み外し、地面に向かってまっ逆さまに向かって落ちた。
地面に落ちていく途中、ウロコの一つ一つが蒼く光る、綺麗な龍が舞い降りてきて、まっ逆さまに落ちてくる私を頭に乗せた。
地上では、見るも醜い化物が私の下に集まってきていたが、その龍がそれらを蹴散らして、私の家まで送ってくれた。
「いつものように、自分の部屋で、眠れば、良い。
キミが貰ってしまったモノは、もう今更返せないけど。 それは、悪いものではない。 キミは、ちゃんと、人間のままだから⋯⋯」
龍は、自分より少し年上の男の子に姿を変えて、地上で自宅の前まで歩いて私に付き添ってくれた。
「アナタは誰?」
「俺は、りゅうだ」
その日の事を、私は今でも忘れず覚えている。
もしも、また、夢の中でも、また会えたなら、ちゃんとお礼が言いたくて。
名前を答えてくれた少年に私も、名前を名乗ろうと思ったが、少年は私を叱った。
【夢で、軽々しく本名を名乗っては、いけない】と。
どうしても、名乗りたいなら、一つ自分が呼んで欲しい名前を決めて名乗るようにと。
「私は、トモ。 祝福の友【トモ】の名と同じ、私の名前、忘れないで」
「分かった。トモ、いつまでも、元気で……」
まるで、もう会う事は無いかのような物言いで、少し戸惑いながらも少年は、私に笑いかけて、手を振って去っていった。
※
あれから、結局、あの子と会えないまま、10年経っちゃったな。
あの日から、夜眠ると、時々だが、寝ているベッドの上で目が覚めて、朝までそのままだ。
最初はじっとしていたが、ある日、退屈で起き上がると自由に動けて、外に出ると、私以外誰もいない世界で散歩して遊ぶようになり、いつしか、夢を見る毎に、その子を探すようになった。
私以外誰もいない。
は、間違いで。
その夢の中で、ちいさな子達が楽しそうに遊び回っているのをたまに見かける事があった。
たまに、一緒に遊んでもあげた。
でも、あの少年には会えなかった。
「ねぇ、ともえ。 バイトしよっ。バイト」
「えっ?」
高校の昼休み、私は数少ない友達に声をかけられた。
私は、ちびで140センチで成長が止まり、幼なじみの彼女は私とほぼ同じタイミングでその背になったのに、春の竹の子みたいに、にょきにょき伸びて行って、160オーバーなんてさ。
この裏切りものめ。
「お姉ちゃんと一緒にバイトするって約束だったのに、お姉ちゃん妊娠しちゃってさ、ばたばた籍入れて、お正月は相手の両親に挨拶に行くし、そもそも、それどころじゃないって言うのよ、もうっ」
「でも、私、背、低いし、カラダ弱いから、力仕事得意じゃないし、人と話すの苦手だし……」
まぁ、それ以前にまず、面接でハネられるだろうけど。
「安心して、近所のおばさんの口利きで雇って貰えることになって、バイト先は、お姉ちゃんの顔も私の顔も知らないの。だから、私が大学生のお姉ちゃんになるから、ともえは、私って事にすれば、万事OKだから」
「ナニイッテイルノ? たつみ……ちゃん」
ヤバい、この子、言い出したら聞かないから、どうしよう。
何て、思っていたら、あれよあれよと言う間に、大鏡神社の巫女のバイトが決まり、冬休みに突入してしまった。
大鏡神社は、私達の家の近所にあって通勤は、大雪で交通網が全滅しても休む理由にし難い近場だった。
いっそ、遠くて。
年末年始、空前絶後の寒波が来て、公共の交通機関全てが全滅してしまえば良いと思った。
「今日から妹とお世話になります。松野 勝美【まつの かつみ】 と妹の達美【たつみ】で…………えっ、あれ、はえっ」
バイト初日、挨拶に訪れた社務所で応対した若い宮司姿の我が校の生徒会長の姿に。
「あ〜、目と耳がおかしくなってんのかな、俺」
大学生だと、お姉ちゃんの名前を騙った たつみちゃんと、たつみちゃん本人にに祭り上げられだ私は、震え上がった。
「俺の記憶が正しかったら、お前ら、2年のうちの生徒じゃないか?」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
私も、たつみちゃんも言葉にならなかった。
「何で大学生の振りしているのかな? 二十歳って聞いてたけど、労働基準法って知ってる? 説明して貰おうか、嘘の挨拶は良いから」
これじゃあ、挨拶じゃなくて、説明でもなくて。
お説教で、釈明を求められているようなものだ。
いや、実際、それに値する事をやったのだから、仕方ない。
たつみちゃんが、事の次第を私達の正体を見破った生徒会長に説明した。
若い宮司だと思っていたが、良く見ると、私達が通う学園の生徒会長だったなんて。
高校生なら高校生で良いが、大学生を騙るのは悪いことなのだと、諭された。
私達は何とか持てる限りの神妙な態度で謝罪して、何とか雇って貰えることになった。
「若葉学園 二年 特別クラス 松野 達美【マツノ タツミ】です 」
「同じく 二年 特別クラス 結城 友枝【ユウキ トモエ】です」
「はあ、それも特別クラスだったか。まぁ、兎に角、宜しく。 たつみに、ともえ。高校生は俺ら3人だけだから、仲良くやろう」
何で、名前の方で呼ぶんだよ。
何か、釈然としない。
そして、バイトのメンバーがそろう広間に案内されて、続々、大学生以上の人達と集合して、仕事内容の説明を聞きながら、更なる衝撃を受けた。
何か、私の記憶が、正しければ、去年入学したての時に、生徒会に居た、生徒副会長だった柚木崎先輩じゃないか、今年の春、卒業したばかりの。
やだ、どんな状況で嘘ついてんだよ、私たちは。
兎に角、最初の日は年末年始に向けて、境内やその周辺の大掃除をする事になって、生徒会長とたつみちゃんと三人で境内に続く道に落ちる落ち葉の掃除に励んだ。
「会長も、バイトですか?」
「いいや、俺は知り合いの伝で、ここで住み込みで雇って貰いながら、学園に通わせて貰ってる。まぁ、居候みたいなもんだ」
「へぇ、勤労学生だったんですね」
たつみちゃんみたいに、異性同性関係なく誰とでも、気さくに話が出来るのは良いな。
私は、苦手だ。
二人が仲良く話しているのか羨ましい反面、何故かとても、居心地が良かった。
夕方、初日のお勤めを終えて帰り支度をしていると、他の人達から声をかけられた。
「貴方達さ、高校生?」
巫女のバイト生は、全員で10人だったが、なぜか、集まったのは9人だったが、その約半数が集まって声をかけて来たらしい。
「はい、そうですけど。何ですか?」
何か、先頭の女の人。
腕組んで、こっちを睨んでいるみたいで、怖いよ。
「ずっと、世話役の宮司さんと喋ってばっかで良くないよ。 遊びに来たんじゃないでしょ」
「⋯⋯口より、手を動かしなよ」
確かに、おしゃべりは多かった。
私、もうヘビロテしたいBGMだと思ってツボってた。
でも、他の人より広い範囲掃除したのだが。
たつみちゃんは、掃除上手だし、生徒会長は手際良かった。
「えっ、初日から、イジメですか? アナタ達は、無言で作業してたんですか?」
たつみちゃんの座右の銘は【攻撃は最大の防御】で。
私はそれに【或いは暴挙】と思っている。
でも、思った事をすぐ正直に口に出来るその性格も、これも、また羨ましいところだ。
「はあ? 今は、あなた達の話をしてるんだけど、遊びで来ているんなら、辞めたら?」
「だったら、遊びで来ているつもりないんで、明日も来ます。 人の仕事にケチつける前に、自分が使ったモノを早く整理した方が良いんじゃないですか? そこの休憩スペースに広げている荷物やゴミを片付けた方が良いですよ。 行こ、ともえ」
「うん」
この人達が今日、どれくらい仕事をこなしたか、知らないが、確かに彼女達が使っているスペースの荷物やゴミは気になっていた。
「はぁ?」
「この子の言う通りよ。辞めなよ、見てて、気分悪いから」
不意に、傍で話にかたって居なかった女の人がそう言ってくれて、私達に絡んで来た人達は少し怯んだ。
「それにしても、さっきから一言も喋って無いけど、その子、本当に高校生? ちっさ⋯⋯小学生?」
「⋯⋯違う」
「声が小さくて、聞こえない」
「まさか、歳ごまかんしてんじゃ無い?」
「ねえ?」
囃し立てられるように言われて、私言葉が出なかった。
「ともえは高校生です」
たつみちゃんに結局弁明させてしまった。
みんなに見られている。
そう思うと、委縮してしまって、私は俯いた。
「何か、ずっと黙っているし、この子、大丈夫なの? 接客無理じゃない?」
「仕方ないから、売場はうちらで回して、外で案内係決定だね」
「本当、高校生なんて、夜遅くまで働けないし、使えない労働力なんだから、調子にのんなって感じ」
「そうそう」
確かに、高校生は22時から翌朝5時までの時間帯働けなくて、確かに使えないのだが。
「いい加減にしなよ。恥ずかしいわねっ」
急に、今日一緒にバイトを初めたメンバーじゃない人が部屋に入ってきて、私達の話しに乱入してきた。
「はあっ、何よ。ってか、あんた、今日居なかったでしょ。 何のつもりよ」
「何って? 私は、あんたらと一緒のバイトよ」
「はぁっ? 今日の顔見せの時、居なかったのに、そんなはずない」
「あったりまえよ。わたしは、正月用の飾り付けも任されて、先週からもう働いてるっつうの。 そんな事より、この子らは、あんたらの倍以上働いてたわよ。 ピーピーぎゃーぎゃー、餌待ちのヒナみたいに騒いでんじゃないわよ。本当、五月蝿い。外まで筒抜けよ。 柚木崎と懸が、女性の控え室入れないから、止めてこいって頼まれたのよ。世話やかすんじゃないわよっ」
柚木崎って、今年、うちの学園を卒業した、この神社の跡取りで、うちらの監督してくれてた宮司さんの名字だし。
懸は、今日一緒に行動を、共にしてたうちの学園の
生徒会長の名字じゃないか。
二人共、この部屋の外で聞いてたのか。
そう思うと急に恥ずかしくなった。
でも、それは、他のみんなも同じようで、みんな静まり返った。
「高校生のバイトイジメはしない。それで、良いかしら?」
「分かったわよ⋯⋯」
そう言って、そさくさと荷物をまとめて文句を言いに来たメンバーは部屋を出て行った。
まとめるのは荷物だけでなく、散らかしたゴミも一緒にして行って欲しかった。
私が彼女達が使ったスペースのゴミを無言で片付け始めると、たつみちゃんだけでなく、他の残ったメンバーも手伝ってくれて嬉しかった。
「あんま、気にしちゃ駄目だよ」
「何処にでも、意地悪な人って必ずいるから」
そう言って、励まして貰えたのは、正直に嬉しかった。
掃除を終えて、たつみちゃんと一緒に部屋を出ようとすると、さっき、一番、私達に突っかかってきた相手に抗議してくれた女の人が声をかけてきた。
「二人共、私の卒業した学園の可愛い後輩だから、困ったか事があったら、気兼ね無く言ってね」
えっ、この人も私達の通う学園の卒業生なんだ。
ん、そう言えば、あれ、見覚えある。
「もしかして、神木先輩ですか? 今年、卒業された、特待生だった⋯⋯」
「そうよ。 神木 要【しんき かなめ】。要で良いよ。本当、気軽に声をかけて。何でも、相談してくれて良いんだから。 巫女の実働が始まる大晦日までは、私は飾り付けの方にかかりっきりだけどね」
※
バイト初日は、そもそも。
終わったら、マックで何か食べて帰る予定だった。
その筈だった。
なのに、なぜ。
自分の両隣にたつみちゃんと要さんが座り。
向かいの席に、生徒会長と宮司の柚木崎さんと、要さんの彼氏だと言う遥さんが居るんだ。
何でだよ。
「柚木崎まで誘って無いよ。何、付いて来てんの?
公私混同良くないよ。 この前、酷い目あったんだけど」
神木先輩がなぜか、柚木崎さんを嫌煙しているのが不可解だった。
「いやぁ、ごめん。だってさ、キミなら良いと思ったんだよ。へっちゃらだったろ?」
「私、恋人居るのに、やめてよね。ねえ、遥?」
「あぁ、恋人の変わりは別を当たれよ。 大体、要は加減を知ら無いんだ。 万が一、相手に怪我でもさせた日には、お前、逆に責任取らされる羽目にならないとも限らないだろ?」
何の話だが。
「あの、先輩方、私達、何でここに呼ばれたのか、ちょっとよく分からないんですけど」
たつみちゃんの発言に私も⋯激同【激しく同意】だった。
「こんなに、うちの学園の特別クラスの生徒が揃うなんて、スゴいと思ったんだ」
柚木崎さんの言葉に私達は衝撃を受けた。
「ん? みんなって、えっ、この見慣れない女子二人も、特別クラスなのか?」
神木先輩の彼氏が、いち早くそう言って私達を見てきた。
「私とともえは、若葉学園の特別クラスの2年です。懸生徒会長以外の皆様は、OB⋯⋯卒業生の元特別クラス生だったんですか。えっ、みんな?」
たつみちゃんのその言葉に、みんな同意する。
「確かに、スゴいよね。私達、校外でこうやって、特別クラス生同士でつるんだりした事ないし、何かわくわくするじゃん」
要さんは嬉々として、身を乗り出してそう断言した。
「いや、まぁ、つつが無く楽しんでくれると有り難い。色々、別な意味で、迷惑にならない様に気を付けるから、二人の事、どうかみんなで見守ってあげて」
何か、柚木崎さんが私達の事を、皆に頼んで居るようだが。
「明日から、俺も飾り付けに参加して良いのか?」
「大物の飾りもあるのに、要に全部任せられないから、遥も参加してくれると逆に助かるよ。 後、やり過ぎを事前に止める歯止め役もお願いしたい」
「人を、ブレーキのない車みたいに言わないでよ」
神木先輩の彼氏も、明日から彼女に同伴で従事すなら本当に全員で今回の仕事に従事すると言う事なのだが。
男の人なのに、遥と言う名前は可愛らしいが男性陣の中では一番大柄で逞しい見た目だが、話す物腰は優しい人だった。
「まぁ、取り敢えずね。実は、ここからが、本題なんだ。実はね、二人のうち、どっちでも良いから、このバイトの間だけ、俺の恋人の振りしてくれないかな?」
「「はあっ」」
私とたつみちゃんは、驚き過ぎて席を立って、前のめりになって立ち上がっていた。
他のメンバーは、柚木崎さんに白けた表情を浮かべていた。
「本気ですか? あんた⋯⋯」
生徒会長の言葉に柚木崎さんは弁明した。
「いや、だって要を恋人って言い張ってたのに、お爺に遥と要が付き合っているのバレちゃっただろ? じゃあ、お前は失恋だなって、縁談まとめにかかって困ってるんだよ。懸だって、篠崎と俺が結婚して、俺達の神社で偉そうに振る舞ったら、たまったもんじゃないだろ?」
「だからって、今度は高校生の二人に頼むのは、やめた方が良い。他ならぬ要だから、無害で済んだようなものを」
「いや、マジでこのままだと、最悪、強制的に結婚させられ兼ねないんだって。向こうは、ずっとその気で、事あるごとに言い寄って来て、何度断っても埒あかないし」
取り敢えず、事の成り行きを見守りつつ、私とたつみちゃんは、柚木崎さんが全員分奢りだと好きなものを大盤振る舞いして、お言葉に甘えて頼ませてもらった自分の注文の品を大急ぎでぱくついた。
私はパンケーキのハッピーセットで、すぐ片付くが、たつみちゃんはクオーターパウンダーのLセットという大物相手に咀嚼に大忙しだった。
「ねえ、頼むよ。引き受けてくれたら、お礼に何でも、一つ、お願いを叶えてあげるから」
だったら、私は、【もう一度、龍の少年と会いたい】位しか、お願い事ないので、柚木崎さんには叶えられない。
よって、却下だ。
そう思った。
「私で良いなら、引き受けますよ」
たつみちゃん、何言ってるの?
「本当? えっと、君は、松野⋯さんで合ってる」
「合ってます。松野 達美【まつの たつみ】です。 このバイトの期間、だけで、良いんですよね」
「うん」
「分かりました。私が引き受けます」
「ありがとう。じゃあ、改めて俺の名前は、柚木崎 彰【ゆきざき あきら】。たつみもともえも、俺の事はあきらさんって呼んでくれて良いからね」
なんか、面倒な事になって来たな。
たつみちゃん、何で、引き受けちゃうかな。
※
私達は大晦日まで、お守りや護符作りの作業の傍ら、大晦日から三ヶ日にかけての巫女の接客業務に当たるべく、礼儀作法の研修を受けた。
「誰よ! このへったくそな、護符包んだのっ。 本当、これだから、遊び半分で来ている人って迷惑だわ」
あからさまに、私の包んだ護符の束から見栄えが極端に悪いものを抜き取って、私の目の前にかざして来たのは、初日に絡んできた女の人だった。
「⋯⋯そうですね。やり直します」
私は、翳された、護符を手に取り、包み直して束に戻した。
「気を付けなよ」
「はい、でも、他人が包んだものですから」
「何よ、人のせいにするの?」
「⋯⋯いいえ」
淡々と作業を続ける私に、相手は苛立って、私が取り掛かっている護符を取り上げた。
「人が話している時は、作業やめたら?」
困った人だな。
邪魔しないで欲しいのだが。
「今は、護符を作る時間です。 護符の出来を嘆いて議論するのは、違うと思います。 ⋯⋯あの私の作っている護符は、最初から開運の護符で、ご指摘の不出来だった護符は、家内安全の護符です。私が作りかけた訳がない」
私の言葉に、女の人は更に感情的な態度で喰いかかってきた。
たつみちゃんは、丁度、一通り完成した護符を境内に納めに行っていて、今は私だけ。
昨日頃から、あからさまに、朝の挨拶も要さん以外、みんな無視してきた。今も、他のバイトのメンバーは、まるで私と彼女何て見えても居ないがごとく、今日はこちらを気にもとめて来ない。
何か、そう言えば、いきなりみんなの雰囲気変わったな。
でも、だからと言って、怖気付いてもいられないのだが⋯⋯。
「はぁっ、だったら、何で。あんた、さっき、私から護符を受け取って作り直したのよ」
そんな事言われても。
「貴方が、その護符の包み方を気に入らないと私に、訴えたからですが? すみません。貴方は私に何を求めているんですか?」
私は、護符を包む手を止めず、彼女の話しに耳を傾けながら、せっせと護符を包み続けた。
※
「ねえ、懸君。 護符の作業、何かへったくそがいて、みんなの空気を乱すんだけど、どうにかならない。この護符の山」
暫くして、新しい護符の用紙を持って来たゆうひさんに、女の人は馴れ馴れしく声をかけ始めた。
生徒会長 名前は懸 雄飛【あがた ゆうひ】。
柚木崎さんの事を【あきらさん】て呼ぶなら、自分は雄飛【ゆうひ】と呼んで欲しいと言われて、そう呼ぶ事になった。
「えっ、皆、きちんと護符作ってくれてるみたいですけど」
「ほら、そこの束とか、ぐちゃぐちゃじゃん」
そう女の人が告げる先には、確かに粗雑に包まれた護符の山がある。
見慣れない護符の山が、いつの間にか私の傍に積まれていた。
「⋯⋯これは、流石にひどい」
ゆうひさんは顔をしかめてその束を手に取って、私に声をかけた。
違うのにな。
そう思うと、気鬱だった。
「ともえ」
ん、私の事。
みんなの前で、名前で呼ばれるの恥ずかしい。
「は、はい」
「悪いけど、これやり直して貰って良いか?」
やり直すのは、構わない。
そう思いつつも、ゆうひさんの隣で、ほくそ笑む女の人に、私は良い気持ちがしなかった。
「はい⋯⋯分かりました」
私はそう答えて、護符の山をゆうひさんから受け取った。
「本当、真面目にやって欲しいですよね」
「確かに、そうですよね。篠崎さん。 この子が作っている開運の護符はもう此処にあるだけで全部作り終わっているんですけど。 この雑に包んだ家内安全の護符を作ってもらっている貴方の班の護符は、まだ予定の3分の1も終わってないから、やり直しまでは頼みません。僕、今やっている残りを手伝いますから、残りの半分下さい。後は、今日中に、真面目に丁寧にやって終わらせて下さいね」
そう言って、ゆうひさんは、篠崎と言う名字が判明した女の人の護符作りの班から、残りの護符の用紙を半分貰い受けて、私の隣に座って作業を始めた。
「ごめんね。早速、迷惑かけて」
「えっ」
「あきらさん、本当に、たつみと付き合ってるって、自分のじいさんと縁談相手のあの人に言ったんだよ。これから、多分、本格的に行動に出て来るから、さっきみたいな事あったら、必ず言って。あの人も、特別クラスだった卒業生何だよ。ちょっと癖悪いから、苦手なんだよな。ちょっと力が強いからってさ、態度も悪いけど、時々、有り得ない事してくるから。 なるべく俺も、二人を守るから」
暫くして、たつみちゃんが何故か、さっき別れた時と違う格好で戻って来た。
「どうしたのたつみちゃん、その服どうしたの」
「何か、背後から水の入ったバケツ飛んできた⋯⋯。 お陰で、肩から下が水浸しで、ゆうひさんから、服を借りたの」
「たつみ も ともえ も、これからは、なんかあったら、必ずあきらさんか俺に言え。 もう、今更、後に引けないから、本当悪いことしたと思っている。ごめん」
どういう事だ?
困惑する私に、たつみちゃんがすごく嫌そうな顔をして、ゆうひさんに言った。
「服、ありがとうございました。事の成り行きとは言え、婚約までサセラレルナンテアリエナイ……」
は、今、コンヤク……って、言ったけど。
コンヤクって、まさか、結婚の約束の婚約の事か?
「まさか、そこまでかますとは、俺も思ってなかった。止められなくて、悪い」
「えっ、嘘」
「本当だよ。あきらさんのおじいさんがやって来て、高校生と付き合うんなら、婚約する位の仲じゃないと認めない。遊びで付き合うつもりなら、バイト辞めさせろって言ってきて……まぁ、私がだったら婚約します?って、聞いたら、婚約するって答えたんだよっ。 はは、ご褒美、電動自転車でも買って貰おうかな、うんと高いやつ……」
いや電動自転車買ってもらうってのもどうかと思うが、婚約って。
※
大晦日、私たちは白粉の化粧をして、白の装束に緋色の袴姿でお守りや護符を手渡す巫女の業務に就いた。
高校生なので、夜22時迄で、翌朝の元旦の朝7時から、夜勤と交代して夕方まで三連勤の後、このバイトを終える。
幸い件の嫌がらせをしてくる、篠崎さんとはシフトが、被って居ないのが幸いだった。
大晦日は大忙しであっと言う間に仕事が終わり、徹夜組の夜勤メンバーと変わって着替えようとしたところ、私とたつみちゃんは未だかつて無い危機に見舞われた。
着替えがない、そして、荷物もない。
「きゃっ」
突然、控え室の電気が消えて、そう言えばいつも部屋を温めているストーブも、他の人の荷物もない。
やばっ、部屋を出て助けを呼びに行こうにも閉じたドアが鍵もかけていないのに開かないし、窓も何故か開かない。
寒い。
「えっ、勘弁してよ。年越しそばがのびちゃうよ」
いや、今ここで、なんの心配しているんだよ、たつみちゃん。
「どうする、窓割っちゃう?」
「怪我すると危ないから、やめよ」
どうしよう……。
取り敢えず、張り上げられるだけの声を張って大声で呼びかけてみたが、反応はない。
もう、1時間と少しすれば年越しだ。
参拝客か増え、みんなそれどころでは、無いのだろう。
「ともえっ、大丈夫っ?」
私は寒さで立っていられなくなって、その場にうずくまっていた。
何か、もともと朝から熱っぽい感じで、だるかったが、仕事の忙しさで気が紛れていた分、今更になって本格的に辛くなって来た。
目の前がぼやける。
きつい。
誰か、助けて。
助けて。
【りゅう】
初めて、私は心の中でだが、あの時の少年の名を心から呼んだ。
ただ、呼んだだけでなく、助けて欲しいと願いを込めて。
ガチャ
今まで、びくともしなかったドアが開いた。
そして、そこには見覚えはあるが、自分が呼んだ少年では無い人が立っていた。
「誰だ。 何故、閉じ込められている?」
男の人の問いかけに、たつみちゃんが言った。
「えっ、あ、アナタ、誰?」
すると、怪訝な顔で彼は答えた。
「お前らこそ、こんな寒い部屋で何をしている?」
でも、この人、だ。
「りゅうなの?」
私の問いに、まじまじと私を見て、彼は言った。
「トモか?」
私が唯一、りゅうにだけ名乗った名前。
間違いない。
「良かった。 また、会えた……」
私は、駆け寄りたかったが、気が抜けてしまって。
そのまま、その場で倒れて、気を失った。
※
「りゅう」
「何だ?」
「私、もう一度、アナタに会いたかった」
「そうか……」
「助けてくれてありがとう。 前に、初めて会ったとき、お礼……言いそびれちゃったから。ずっと、言いたかった。会いたかったの。…………こんなに、時間がかかるなんて思ってなかった」
「そうか……気にするな。 お前が無事なら、俺は本望だ」
目が覚めると、知らない部屋のベッドで寝ていた。
顔の白粉は綺麗に落ちていたが、服は装束のままで、隣の部屋でたつみちゃんとゆうひが楽しそうに話していた。
「マジで洒落にならん。大体、そもそも、何でお前が、あきらさんと付き合うなんて言うんだよ」
「だって。あきらさん、本気で私かともえにやらせようとしてたじゃないですか? ともえがやらされたら、嫌だったからですよ。 勢いで言っちゃっただけです。 悪いけど、全然タイプじゃないから」
「ふ~ん、見かけに寄らず、友達想いなんだな」
「結局、一緒に嫌がらせされて、世話無いですけどね」
二人とも、本当に仲良いな。
何か、やだっ、涙出てきた。
何で、何で、二人が羨ましいんだろ。
何で、こんなに寂しいんだろ……。
何で、たつみちゃんが優しさで、【私の身代わりになろうとして、あきらさんの恋人になる事を引き受けた事実】を歯痒く思っているんだろう。
たつみちゃんの優しさを、何で素直に喜べないんだろう。
そう思うと二人に声がかけられず、さっき寝せて貰った部屋に戻ろうとしたら、すぐ傍にいつの間にか、人が立っていた。
「何で、行かないの?」
あきらさんだった。
後ろに振り返ろうとして勢い余って、彼の胸にぶつかって、思わず避けようと身じろぎしただけなのに、肩を両手で掴まれた。
「大丈夫? まだ、ふらつく?」
いや、ふらついたんじゃない。
「……っ……」
言葉にならない。
すごく近くで見つめられると、緊張して声が出ない。
「氷室が連れて来てくれたんだ。部屋のドアと窓に呪詛がけまでされたら、もう黙ってられないからね。 安心して、もうみんなにたつみとの婚約は嘘だってちゃんと説明して、篠崎には辞めて貰ったから」
「えっ、篠崎さんをやめさせちゃったんですか?」
「あぁ、要とたつみと君以外の全員を脅して、君らを無視させて、控え室の暖房と、荷物を運び出して、部屋に呪詛がけしてとじ込めるなんてするような人なんて、縁談どころか境内への鳥居も金輪際跨いで欲しくない。お爺も、今回は了承してくれた」
柚木崎さんは何故か、私の手を取って、そしてさすってくれた。
温かいと、感じると云うことは、逆に柚木崎さんには、冷たいと感じられているのだろう。
「氷室が君を抱いて、連れてきてくれたんだ。 君を寝かせたあと、俺をひっ捕まえてさ、呪詛がけした本人をどうやってか知らないけど突き止めて、篠崎に向かって【神社は神様の家だ。そんな神聖な場所に呪いを持ち込む人間に、神職に携わる資格はない】って言ったんだ。んでもって、俺に【こいつをつまみ出せ】って言ったんだよ」
氷室……。
そう言えば、さっきのりゅう。
柚木崎さんと、一緒の学年の元生徒会長だ……。
りゅうが、あの時の少年が、実在していたなんて。
えっ、一年間だけだけど、一緒に学園に通っていたなら、その時、知りたかった。
「あいつが、人のために何かするところって、俺、初めて見たよ。君、あいつと知り合いなの?」
「……分かりません。 でも、きっと、そうです」
「えっ? どういう事?」
知り合いと言うには、僅かすぎる。
たった、一度きりの短い想い出の少年と、また会えた。
夢みたいだった。
だって、彼は、私の初恋だったのだから。
※
あれから、何年も経って。
結局、以降のお盆とお正月には、決まって大鏡神社で特別クラス繋がりのお馴染みメンバーでバイトをして、高校卒業を期に、たつみとゆうひさんが付き合い始め、翌年、私は柚木崎さんに付き合っても無いのに、結婚を申し込まれ、断った。
でも、何度も何度も、めげずに好きだと言ってくれる柚木崎さんを私も本当に好きなり、私が二十歳になるのを待って彼と結婚した。
私と柚木崎さんの結婚式には、あきらさんのトモダチとして、氷室さんも参列してくれた。
大晦日のあの日から、会うことも、言葉を交わすことも無かったが。
彼に【おめでとう】と、声をかけられ、私は一言だけ彼に言った。
【ありがとうございます。 あなたも、いつか、お幸せに】
※
不思議だわ。
あの日貰った祝福の一文字も、イノチも、取られてしまったのに。
もう、目覚めることも、話すことも、聞くことも、見ることも、出来ないのに。
みんなが傍に居てくれている様に感じるの。
要さんに、遥さん。
たつみちゃんにゆうひさん。
愛するあきらさんに、ワタシの一番の宝物、りょうが叶えてくれたワタシの息子まで。
みんなすぐ傍にいるみたいに、気配を感じることができる。
何も出来ないけど、このまま、眠り続けるのも、悪くない。
そんなはず、ありはしないはずだけど。
どうしてだろう。
胸のところが温かいのは。
小さな何かの雫のような玉から少しだけ流れてくるそれは。
龍の頭に乗った夜、光輝くそれから感じた温もりに似ていた。
第二部 クロスオーバー ラプソディー 【了】 2025年1月30日