菅原先生に月曜日の、放課後。
学園長に、再び、創部の願い出をしたい旨、アポを取って貰った。
そして、セイレンちゃんと鏡子ちゃんと3人で、活動理念や活動方針を固めるべく意見を出し合った。
他のメンバーの柚木崎さんと宇賀神先輩と一ノ瀬君は、不参加だった。
意見が散発しないように、発起人を中心に取り組んだ方が良いと言う、柚木崎さんの意見を採用した結果だった。
「本当に良いの、りりあちゃんのお家で。 私、楽しみだよ」
セイレンちゃんが言った。
「うん、許可は貰えた。日曜日の午後から、18時までだけど」
私の言葉に鏡子ちゃんは、感激の声を上げた。
「嬉しい。お母さんとお父さんが忍び込んだ事あってさ、私も入ってみたいって思ってさ。小学生の時に、忍び込んでさ……ヒッキーに即見つかってさ、すっごい怒られたんだ。 やったー」
親子揃って、何やってんだ。
まぁ、嫌だと拒絶されたらどうしよう?って、案じていたので、私はほつとした。
週末、私は金曜の夜から土曜の午前中一杯を、日々の食事の作り置き作りや掃除に徹し、明日の料理作りの仕込みに取りかかった。
「お前は、本当に大丈夫か?」
最近、本当に家に居続けで、滅多に自宅に帰ることのない氷室さんに、声をかけられた。
「えっ、私、何か変ですか?」
「ずっと、働き詰めだ。 お前は、もっと、家で寛ぐ事は出来ないのか?」
「……私、寛いでるじゃ無いですか? 自分のペースで、自分の好きな時に、好きな事が出来て、好きに過ごしてます。 氷室さんには、私がここで不自由そうにしているように見えるんですか?」
私の言葉に、氷室さんは、きょとんとして、しばらく沈黙した。
ずっと、リビングに居ると、書斎で過ごしていても、気になるのだろうか?
「りりあが、良いなら、俺は良い。 変な事を聞いて、すまなかった」
「いいえ。 あのやっぱり、私がリビングに居ると、お仕事の邪魔になりますか? 」
私の言葉に、氷室さんは、首を僅かに左右に振った。
「そんな事は無い。 気にするな。 お前が居るから、俺はまた……ここに居られるようになった」
「へっ……」
氷室さんは、そう言うと、私に背を向け、書斎に戻って行った。
さっきの最後の言葉の意味が、何故だか、妙に気になった。
※
「氷室さんは、学園長の食の好みって分かりますか?」
土曜の夕食時、
「なぜ、俺に聞く」
「この前、氷室さんのお姉さんから、学園長が氷室さんの未成年後見人だったって聞いて⋯⋯」
「はっ、 他に、俺の姉から、何を聞いた。お前は、俺の姉に何を話した」
「他には、何も⋯⋯」
無いはずがない。
「いけしゃあしゃあと、嘘を付くな。 思い付く限り、言え」
間髪入れず、飛んでくる罵倒と詰問に、私は苦笑いした。
確かに、色々、聞いたし、話もした。
「本当です、今のところ、何話したか何て一杯あり過ぎて絞れません」
「そうか⋯⋯。じゃあ、食事の後、ノートを持ってくる。全部書き留めて整理するから、ゆっくり、思い出しておけ」
いやいや、私が聞きたいのは、学園長の嗜好なのだが。
私は、呆れた。
※
「かえさんと話した内容をお伝えするのは構いませんが、対価を下さい」
「対価だと?」
「はい。学園長の食の好みです。卵焼きの味付け、甘いのにしようか、しよっぱいのにしようか? とか、嫌いなものはないかとか?」
「だったら、お前の卵焼きは甘いから、出すな。 卵4個に砂糖大さじ1、塩は親指と人指指で一つまみ、味の素はビンを逆さにして一振り、顆粒だしは親指と人指指と中指で一つまみ、マヨネーズプチトマト1個分で作れ。 好き嫌いは、ない。先に対価をやった。 大人しく、応じろ」
気前が良い。
氷室さんの今の言い方は、普段料理する人な気がした。
氷室さんに料理は似合わない気がするのだが。
「ありがとうございます」
私は、氷室さんのお姉さんと話した事を、時系列にまとめて、正直に話した。
「そうか⋯。まさか、お前が姉さんに入知恵するとはな⋯⋯。次、来た時に、見つけにくいじゃないか? あの人、直ぐ居なくなるんだから⋯⋯全く」
何か、氷室さん。
いつもより、人間らしい顔。
なんか分からないが、胸がチクチクする。
「それは、申し訳ございませんでした」
「他には、無いな?」
氷室さんのお姉さんのかえさんから、聞いたことは【氷室さんの出生の秘密】についてを除く、漏れなくゲロった。
でも、遥さんから聞いた氷室さん絡みの昔話と龍の絵の事は、隠し通した。
聞かれてないし、ね。
「姉さんは、お前を気に入っていた。⋯⋯俺の両親も好感を持っていた。 本当に、意外だ」
それは、氷室さんが私に抱いた感想だけ、この上なく失礼なのが残念でならない。
まぁ、氷室さんのご家族に好感を持って貰えたのは、嬉しい。
けど、何より、私は氷室さんが家族の居ない天涯孤独の身の上では無かった事が嬉しい⋯⋯なんて、本人には言えない。
「おやすみ⋯⋯りりあ」
えっ、わた、私に氷室さんか。
自発的に、嘘っ⋯。
「えっ、あっ、⋯⋯おやすみ、なさい」
氷室さんは、ノートの見開きにびっしりと書き留めた供述調書を閉じて、書斎に帰って行った。
翌朝、朝食で私は早速氷室さんから教わった卵焼きを朝食で出した。
「早速、作ったのか、一度分量を教えただけで?」
「工程に工夫が必要でなければ、充分です。 でも、あまりにも、氷室さんのお味と違っていたら、その時は、工程も実物も欲しいところです。 取り敢えず味見して欲しいです」
氷室さんは朝食の用意を終えた席について、箸を取って卵焼きを口にして、私を見つめて言った。
「少し塩が薄いだけだ。 俺が教える事はない。 問題ない」
それは、ありがたい。
私も朝食の席に着いた。
※
13時丁度に、インターフォンが鳴り、モニタを確認する。
セイレンちゃんと鏡子ちゃんだ。
私は、急いで玄関を出て外門に向かう。
なんてリーチの長い距離だ。
柚木崎さんの時から思っていたが。
「二人とも、来てくれてありがとう。 でも、無理しないで。 具合悪くなったら、すぐ言ってね」
「うん、大丈夫だよ。 私は、前、平気だったし」
そうだ。
鏡子ちゃんは前に、忍び込んだ事があるんだった。
経験者か。
後は、セイレンちゃんだが、スウーっと、セイレンちゃんの足元からレンが人の姿で現れた。
えっ、何で?
「えっ、レン。何で?」
セイレンちゃんの意図しない出現のようだった。
「セイレンが今から、この先を行くなら、僕も一緒に行く。 良いかな? りりあ」
「良いよ。でも、何で?」
「危険……な場所に思えて、身震いするからだよ……」
危険な場所。
レンには、そう感じるんだ。
「じゃあ、行こうよ。 レン大丈夫だよ。 ここは」
鏡子ちゃんが何故か、そう太鼓判を押してくれたのは、嬉しかった。
外門から中に入り、屋敷までの道のりを行くと、レンが言った。
「何かが、視ている」
柚木崎さんも、そう言えば、そんな事言っていた。
私は、ここに足を踏み入れ、中に居ると、何だか安心するのだが。
「気にしないで。 悪いことしない限り、何も起こらないよ」
鏡子ちゃんがレンを宥めてくれて、ホッとするのと裏腹に、鏡子ちゃんがここに詳しいことが引っ掛かってならない。
でも、直球で尋ねるより、自由に話て貰って、口を滑らせて貰おうと期待した。
玄関にたどり着いた所で、玄関の扉が開いて、氷室さんが出て来て言った。
「良く来た。 気分は悪く……、お前はセイレンの神か」
「そうだよ。 初めまして、七封じの山神、レン」
「初めまして、セイレンが心配で、共に来たのか」
「ええ、お嫌ですか?」
「いや、無理ない。 今のところ、カラダに触り無いか?」
「はい、視られている……変な感じはあるけど」
氷室さんに招き入れられるかたちで、みんなで中に入り、リビングに着くと、氷室さんは言った。
「何かあれば、声をかけろ。書斎にいる。 くれぐれも、具合が悪くなったら、すぐに言え」
「「はい」」
鏡子ちゃんとセイレンチャンはそう答えた。
「お前も、だ。 レン」
「はい。氷室さん」
※
「今日仕上げちゃうと明日の夕方には、傷まないにしても、味が落ちるから、約束は17時だから、お昼休みに仕込みして、放課後、約束の時間までに完成させようね」
「タイムスケジュールは私に任せて、昼休みにする工程と放課後にやる工程は私が書き留めて、ちゃんとみんなに共有するから」
セイレンチャンはタイムキーパー。
「私は、ご要望の折り詰め作って来たんだけど。これで良かったかな?」
鏡子ちゃんには、作った料理を見栄えよく盛り付けられる、器作りをお願いしていた。
前に、セイさんのお惣菜店で買い求めた。 9マスの惣菜パックの画像を見せた所。薄い木の板を組んで作った、お弁当箱を紙袋から出してくれた。
「ありがとう。さすが、鏡子ちゃん」
「こう言うの得意だから、任せて」
次に、当日のメニューをみんなで改めて確認した。
栗おこわ。
白ご飯のごま塩のせ。
いなりに入った銀杏の茶碗蒸し。
竹の子と猪肉の煮付け。
柿生酢。
卵焼き。
かぼちゃの煮物。
栗きんとん。
金柑の果肉とシロップのソースがけみたらし団子。
「猪肉……本当に、りりあちゃんが処理したの?」
「うん、試しに500グラムだけ持って帰ってやってみたけど、実際味見して確認しよう。煮付けは今日作って明日出した方が味が染みてて丁度良いしね」
レンは、私が出したホットミルクを後生大事そうにちびちび飲んでいた。
ずいぶん、大人しい。
そして、可愛い。
何でそう思うのか、不思議だった。
男の子なのに、何か可愛い。
「金柑のシロップだけど、ここに、無いよね?」
「うん、柚木崎さんが明日、持って来てくれるの。手作りだよ。 学園のじゃなくて、大鏡神社で収穫したやつで作ったやつだけど。創部の暁には、私達が学園の金柑で作りますって、言えるからお願いしたの」
「ありがとう。りりあちゃん。 私、明日、ちゃんと学園長にその事も熱弁するよ」
セイレンちゃんはそう言って、気を引き締めた。
「明日の行程だけど、私達、三人じゃ全部は無理だから。ちゃんと部員希望のみんなにも、協力して貰おうと思ってて。柚木崎さんは、みたらし団子なんだ」
「えっ、じゃあ、一ノ瀬君にも、宇賀神先輩にも?」
「うん、あらかじめ、話をしてて、一ノ瀬君が柿生酢。宇賀神先輩が……」
「何か、クレイジーなのあると思ったら、いなり茶碗蒸しは……」
「ご名答。宇賀神先輩に家に銀杏が無いか尋ねたら、このレシピを言って来たんだよ。ちゃんと作り方聞いて昨日試しに作ってみたら、美味しかったの」
試食は夕食時に行った為、ご多分に漏れず、勿論、氷室さんにも出した。
【これは、お前の家の食卓で頻繁に出る料理なのか】と尋ねられ、事の次第を説明して失笑をかった。
味自体は悪くないが、奇抜が過ぎる⋯⋯との事だったが。
「揚げ……甘いの?」
セイレンちゃんが呆れ気味に言った。
「甘くない出汁で似てるから、大丈夫」
「汁がにじみ出して、じゅくじゆくにならない」
それも、クリアだ。
何故なら。
「揚げを煮詰める仕上げに片栗粉を入れてとろみを付けてるから大丈夫だよ」
意外と、奇抜さを除いては、本当に良く出来たアイデア料理なのだ、銀杏を楽しむなら、ド定番はやはり茶碗蒸しなのに、器が欠かせないから、折り詰めで出すならもって来いなんだ。
「私の推しメニューだから。 お昼休みに蒸しあげて冷蔵庫で冷して、放課後に盛り付ける工程でお願い」
「りりあちゃんがそう言うなら、分かった。 ありがとう」
「美味しかったら、宇賀神先輩にも、言ってあげてね」
「うん、嫌」
さよけ【左様ですか】、まぁ仕方ない。
今日の作業は、下処理が完全に終わった猪肉と竹の子で煮付けをみんなで作った。
そして、鏡子ちゃんとセイレンちゃんの二人にそれぞれ、1品ずつ、明日の料理をそれぞれ作り切って貰った。
鏡子ちゃんには、かぼちゃの煮付け。
セイレンちゃんには、栗きんとん。
「りりあちゃんは、明日、卵焼きと栗おこわをするんだね」
「うん、あっ、白ご飯も一緒に炊くよ」
※
「あっ、これね、ママからりりあちゃんにって」
そう言って、MAMEDA ベーカリーと書かれた紙袋を取り出して来た。
そう言えば、カレンさんに最初に会った時、仕事着で来た彼女の上着にこのプリントが施されていたが。
「良かったら、食べて」
中を見ると、ドライフルーツが練り込まれたものと、紅茶の匂いのするソフト型の大振りのパンが2斤も入っていた。
「良いの? 嬉しい」
「あっ、私もお父さんが朝作ってくれたの」
そう言って、出して来たのは、ドライイチジクと栗の渋皮の入ったパウンドケーキだった。
「お茶淹れるね」
私の言葉に、ソファで居眠りしていたレンが目を覚まして言った。
「僕、ミルク……が良い」
とろんとした目で見つめるレンは可愛いかったが、何か、違和感を感じる。
「温めたのが良いよね」
「うん、ありがとう」
ケーキを切って、紅茶を淹れて、先に私は、お盆に一人分のお茶セットを載せて、書斎に行き、ドアをノックして出てきた氷室さんにそれを渡した。
「何だ。これは……」
私は、氷室さんがきちんとお盆を持ち終えるのを待って答えた。
「鏡子ちゃんから貰った、遥さんの作ったパウンドケーキです。断られる前に、渡したくて。 良かった。 私、突き返しても受け取りませんから、ごゆっくり召し上がって下さい」
笑顔でそう言って、私は逃げるようにリビングに戻った。
滞りなく、その日に予定していた調理を終えて、後片付けをして、時計を見上げると17時半だった。
「折角だから、みんなで写真取らない?」
鏡子ちゃんが言った。
「良いね」
セイレンちゃんも乗り気だった。
「僕が撮ってあげるよ」
レンが言った。
「えっ、レンも一緒に撮ろうよ」
「えっ、僕は良いよ」
そう言っていると、氷室さんがリビングに入ってきた。
「……何をやっている?」
手に、空になった食器がのったお盆。
片付けに来たのか。
「えっ、みんなで最後に記念写真を撮ろうと思って。 レンも一緒が良いんですけど、あっ、氷室さん、お願いします」
私がスマホを差し出すと、氷室さんは受け取らずに、鏡子ちゃんに言った。
「鏡子、お前のスマホが一番ハイスペックだ。 撮るなら、それで撮って、みんなに送ってやれ」
「了解。……撮影は?」
「貸せ。……文句言うなよ」
氷室さんは、鏡子ちゃんが起動させた撮影モードで、写真を撮ってくれた。
まさか【はい、チーズ】等のかけ声は期待して居なかったが、【撮るぞ】と言って、即バチリと撮影されて、私たちは慌てふためいた。
でも、そこは、氷室さんの事を私より勝手知ったる鏡子ちゃんで。
撮影を連写モードにしてくれたため、結構良い写真がそれも結構沢山取れた。
大満足で、私はみんなを外門で見送った。
そして、リビングに戻ると、氷室さんが待ち構えて居て、驚いた。
「えっ、氷室さん?」
「帰ったか?」
「はい。 ありがとうございました」
「何の礼だ? ここは、お前の家だ。お前が人を呼ぶのに、俺に礼を言う必要はない」
氷室さんは、心底不思議そうな顔をした。
「違いますよ。 私の親代わりで、今日、一緒に居てくれた事への感謝です。 氷室さん、本当にお父さんみたいでしたよ 」
実際、私の父より歳上なのだが、独身の氷室さんにちょっと失礼かも。
でも、本当に嬉かったんだ。
だから……、本当に、心底、素直に。
氷室さんは、私の肩を片手て掴んで、引き寄せた。
「氷室さん?」
無言で、氷室さんはもう片方の腕で、私の後ろに手を回して腰を抱き上げた。
かかとが浮いて、爪先立ちになった。
「……俺は、あくまで、親代わりだ。 父親じゃない」
顔近い。
でも、前みたいに、嫌じゃない。
触られたくないと言う、気持ちが無くなっていた。
前は怖かったのに。
「すみません……でした。失礼でした。保護者をして下さってありがとうございました」
でも、私を抱き締める必要が見出だせないのだが。
「分かったなら、良い」
氷室さんは、そう言って、私を降ろして、書斎に戻って行った。
何なんだ。
分からなかった。
※
当日は大忙しだった。
朝、資材や食材を家庭科室に運び込むのから一苦労で、氷室さんは荷物の殆んどを持ってくれて、家庭科室に付き添ってくれた。
「氷室さん」
家庭科室には、柚木崎さんと宇賀神先輩が先に来ていた。
「柚木崎。 ……お前は、キツネの」
「お久しぶりです。 宇賀神 柊【うがじん ひいらぎ】です。 ご無沙汰しています」
氷室さんは、訝しげに宇賀神先輩を見る。
「ここに、編入したとは聞いていたが」
「はい。安心してください。彼女に、こがねの命を救って貰った日から、自分は出来うる限り、りりあを助け、セイレンを愛します」
「……そ、そうか」
ここに、セイレンちゃんが居なくて本当に良かった。
氷室さん、ドン引きしてる。
「お前は、何故、昨日、来なかった? お前も一枚噛んでたなら、来れば良かっただろう?」
「僕も行くと、そこの宇賀神ともう一人、男子が増えるので、女子だけにしたんですよ」
「後、一人は誰だ」
柚木崎さんは言った。
「おいで、一ノ瀬 和総【いちのせ かずさ】」
すると、間もなく、目の前に一ノ瀬君が現れた。
忽然と目の前に、出てきた。
「わっ、えっ!」
かなり、驚いている。
「えっ、懸、柚木崎先輩、宇賀神先輩っ、えっ、あのこの人は?」
「柚木崎……誰だ、こいつは?」
氷室さんに、一ノ瀬君を引き合わせないでよっ。
彼は。
「以前、四国で、りりあが死にかけた元凶だよ。 まあ、良くも悪くも、彼の行いで、僕ら、ここにいるようなものだから」
「……そうか、こいつか」
氷室さんは、冷ややかな眼差しで、一ノ瀬君を見つめた。
「朝から、禍々しい気配を醸し出さないで。 特別クラスの子達が怯えるだろう?」
突然、菅原先生が現れた。
呼んでもないのに、いきなりみんなの輪の中に入っている。
「菅原、何故、こいつがこの学園の制服を着て、ここに居る?」
「言って無くて、ごめん。祟った神もろとも、この学園で引き取ったんだ。……でもね、ユキナリ、おいで」
ああっ、神を呼び出したっ。
勝手に校内で呼びつけたら、停学位覚悟するよう言って置いて。
シュッと、白く光輝きながら白い鳩姿のユキナリが姿を表した。
「何じゃ?」
「……菅原、何だこの鳩は?」
「ワレハ……セキザンノ、ウジガミ……。 ナンダ……コノ……りりあ。 これは、ナンジャ」
私は、怯えるユキナリの傍に寄った。
「えっと、因みに、このカミサマが、君と柚木崎君が滅ぼし損ねた大物だったんだ」
「……そうか、では、今、改めて滅ぼしておこう」
「やめて、下さい。 お願いします」
誰より早く、一ノ瀬君がそう言った。
「ユキナリは、この地にいる限り、りりあをイノチガケで護ると誓願して、実際にキツネ憑きの時に、みんなを護ってくれたんだ。 だから、それを話して置きたかったんだ」
「りりあに誓願したのか? 本気か……」
氷室さんは、ユキナリに、直接語りかけた。
「あぁ、この地にいる限りの期限付きでの、主は誰じゃ?」
氷室さんは、顔をしかめて、ユキナリに言った。
「俺は、りりあの保護者だ」
名は名乗らず、目下法律上の肩書きだけ告げた。
お昼休み、セイレンちゃんの時間管理の元、滞りなく作業を終えて、全部の、工程を終えることが出来た。
「結構な量になったね」
柚木崎さんが言った。
「みんなも一緒に食べたいと思って」
学園長に作る分だけでなく、顧問をお願いした菅原先生の分も、部員全員の分も作るので、確かに結構な量になった。
「一緒に食べる時間まではないから。家に帰ってからですけど」
「でも、嬉しいよ」
昼休みの後、午後の授業を終えて、迎えた放課後、みんなで仕上げに取り掛かり、鏡子ちゃんが折り詰めに料理を盛り付けて行った。
「じゃあ、頑張って」
「頑張れ、セイレン」
「うまくやってくれ」
柚木崎さんと、宇賀神先輩と、一ノ瀬君にそう見送りの言葉を貰って、私たちは菅原先生と共に、学園長室に向かった。
※
「よく来たね。先週、君たち、うちの出入りの植木屋さんに頼んだ庭木の手入れを手伝ってくれたんだってね。 とても助かったって誉めていたよ。 彼、気むずかしいところあるのに、本当べた褒めで驚いたよ。前に、うちの生徒がここの桜の木を折った時には、【目の前に連れてこい、そいつの足も折ってやる】って、大変だったんだ」
ん? それは、氷室さんの事か?
と思ったが、敢えてスルーした。
「で、改めて、創部の願い出を聞こうか?」
セイレンちゃんは、大きく息を吸って、折り詰めに詰めたお弁当箱を学園長の座る机の上に置いて言った。
「私たちの創部する活動理念から説明させて、いただきます。 私たちの部活動の名前は 彩食倶楽部【さいしょくくらぶ】です。 このお弁当は、箱は、鏡子ちゃんが作ってくれました」
「この、木のお弁当箱をかい?」
「はい、使い捨て容器ですけど、廃材から作ってます。 工程も、そんなに難しくないので、みんなでも作れます」
「ほう。」
学園長は、感心した。
「クラブの活動理念は、【食に彩りを用いる】です。 この学校に植樹された沢山の食材で一年の食卓に彩りを加える事です。 活動方針は、四季折々の食材で、みんなに自分で素材から手間のかかる食材を料理する知識と興味を持って、大人になって行って貰うことです。 男女関係なく、四季折々の食材で、その時々にしか取れない食材を楽しんで、食べる事が出来るようになって欲しい。それが、我が部の活動方針です。 学園長、 創部の許可をお願いします」
学園長は、お弁当箱に手を伸ばして、蓋を開けて、中を見て、言った。
「まぁ、取りあえず。食べてからじゃ、ないとねえ」
学園長はそう言って、鏡子ちゃんが作った割りばしを割って、お弁当に箸を付けた。
「この栗のおこわと栗きんとんの栗は?」
「この前、庭木の手入れの時に、お裾分けでいただいた栗を甘露煮にしました。柿生酢の柿もそうです」
私の答えに、今、話題に出た順番に箸を進めて、学園長は言った。
「これは、それぞれ、誰が作ったの?」
「栗きんとんは私です。 鏡子ちゃんはかぼちゃの煮付け。 一ノ瀬君が柿生酢。宇賀神先輩はいなりの茶碗蒸し。 柚木崎先輩は金柑の果肉とシロップソースのみたらし団子です。 後は、全部、りりあちゃんが作りました」
「みんな、一品は必ず作ったのか。 そうか」
学園は、更に感心して食べ進め、猪肉と竹の子の煮物を食べた後、私に言った。
「懸さん、このお肉……もしかして」
「臭み、気になりますか?」
「いや、君、これ、七封じから届いた猪肉だよね」
「えぇ、うまく処理出来るか、少し調理しました」
「やるね。……うまいよ」
あっ、うまいって言われた。
そう言えば、みんなは美味しいって言ってくれるけど。
鏡子ちゃんも、セイレンちゃんも。
柚木崎さんも、宇賀神先輩も、一ノ瀬君も。
みんなは美味しいって言ってくれるけど。
私、氷室さんから、美味しいも、うまいも、言われた事が無いことが、何故か今更、実感が沸いて、胸がモヤモヤした。
学園長は、卵焼きに箸を付けた時に、何故かキョトンとして私をガン見して言った。
「この、卵焼き。……不思議なんだけど。 まさか、これ彼が作ったんじゃないよね」
「えっ、いいえ。私がちゃんと焼きました。……ヒッキーに、学園長の好みを聞いたら、学園長は塩み強めのが好きだと言って、教えて貰いました」
「君は、彼と向き合えるのか。驚いた……」
「えっ?」
「正直、君が泣いて、彼の元から逃げ出すんじゃないか心配していた。 でも、キミは逃げ出さなかった⋯⋯」
否、大きな声じゃ言えないが、一度、逃げた。
その時に、無意識に体得したのが、無差別中距離空間移動。
後日、アレンジして、少しの距離なら自由に空間移動も出来るようになったんだ。
「菅原先生、彼女はどういう事なんだい?」
「学園長。 僕も詳しくは分かりませんが、僕は信じています。彼女は正に、この地の最上主に選ばれ、最愛【さいあい】 の 二文字の祝福を得るに相応しい人物だったと」
よく分からなかいが、誉めて貰っているらしいが。
誉めるのは、私ではなく、【私たちの渾身のお弁当やクラブについてに、して欲しい】と、切に願った。
※
いつもの時間に、氷室さんは迎えにやって来た。
柚木崎さんと宇賀神先輩が、持ち帰りの資材を持って付き添ってくれた。
「今日はありがとうございました」
柚木崎さんの言葉に、氷室さんは言った。
「どうなった、創部の件は?」
「無事、許可がおりましたよ。 併せて、松永 清廉【まつなが せいれん】の寄付に認められました」
「そうか。 セイレンの寄付か」
学園長は、創部の許可と共に、この部を初代部長になるセイレンちゃんの特待生が必ず何かを学園に寄付するものが、それだと言った。
異邦人枠【外部生】は、私達と、違って金銭の援助が無いので、お金のかからない物を寄付して貰うそうで。
菅原 慶太と言う、菅原先生の宿主は、分魂した菅原先生を寄付と受け取り。
分魂した後、再入学した菅原先生は、この学園の次期学園長になる約束をして寄付としたと言う。
「菅原先生が次期学園長なんて、びっくりです」
「学園長もいずれ、寿命が尽きるからな」
氷室さんの言葉に、私はある疑問を投げかけた。
「学園長って、おいくつなんですか?」
「知らんが、太平洋戦争の時は、兵役に当たらない歳で、兵役を免れたと聞いている」
その口ぶりでは、老齢による兵役免除か?
今が戦後何十年経っていると思っているんだ。
一体、いくつなんだよ。
帰宅後、私は夕食に、今日みんなで作り上げたお弁当を氷室さんと分け合って食べた。
「この卵焼きは、学園長の好みだが、俺は甘い方が好きだ」
「えっ、本当ですか?」
「あぁ、甘い方が好きだ」
氷室さんの好みは、私の普段の甘いやつか。
「今日のシチュー、パンによく合う」
お弁当二人で食べるから、それだけでは、夕飯に足りない。
丁度、セイレンちゃんのお母さんさんがくれたパンをより美味しく、いただきたいと思っていたのもあって。
残った猪肉でブラウンシチューを作って、パンと一緒に夕食に出した。
赤ワインで野菜と猪肉を煮込んで、市販のルゥで味を整えて、出したのだが。
「うまい、コクがある」
ん、誉めた?
「美味しいんですか?」
氷室さんからの【うまい】の言葉を聞いて、驚愕する私に氷室さんは狼狽えた。
「何故、尋ね……泣くな」
頬に何か流れてる。
手で、頬を撫でて、涙を拭った。
うわっ、泣いてる私……。
「いや、すみません。昨日、剥いた玉ねぎが今頃」
「馬鹿な言い訳が過ぎる。 どういう事だ」
バレたか。
「たまに、で良いんで。 料理……美味しいって、言って貰えると、泣きません。……ご面倒でしょうけど」
私の言葉に、氷室さんは淡々と言った。
「だったら、食事の度に、言えば良いか? いつも、うまいと思っていたが」
いけしゃあしゃあと、今頃、ズルい。
「じゃあ、とびきり……とびきり、美味しい時だけで結構です」
「だったら、とびきりなら、今だった。 こんなうまいシチューは、店でも、食べた事はない」
やだ。
ちゃんと、誉めるんだ。
氷室さん。
嬉しいよ。
「満足か?」
「はい」
一言、多いよ。
もう。