目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第27話 ケンケンガクガク 学園祭 中編

「カレーの販売価格は1000円」



鏡子ちゃんの言葉に、私は耳を疑った。


高校生の学園祭で、カレーを一杯、1000円は高いと思ったからだ。



但し、次の条件が追加されるのだと、言う。



在校生は、500円。


但し、食器とスプーンは要返却。


食器とスプーンを、買い取りする場合は、 定価で購入するものとする。


一般参加者は、食器返却で500円の返金あり。



「そうだね。流石に、工芸品レベルのお皿とスプーンだもんね」



私は、出来上がった件の木の皿とスプーンを手に取り、まじまじと見た。


ちゃんと、食器用の釉薬で腐食加工の施されている。


ただで、ましてや、使い捨て容器には出来ないし、カレーを買って貰うが為に大盤振る舞い出来る品物ではない。



「でも、カレー食べた後の食器って持ち帰りづらくない?」


柚木崎さんが言った。



「それ、俺も思った。 食器作りの傍ら、みんなに意見したら、工芸スペースの管理人のお姉さんが、皿に霧吹きで水をかけてそこにサランラップ敷いてからカレーをよそえば、ラップを外して、軽く水洗いで終わるってさ。 スプーンは無理だけど、それくらいなら水洗いで持って帰れるって即答で、それ以上、検討の余地ないと思った。 食器が返却されても、洗うの断然楽だって」


宇賀神先輩の言葉に、調理班を担ったメンバーは、納得した。



「結局、かなり、出費抑えられた訳だけど。もし、今回、500人分のカレーを完売できた時の収益、やばいですよ。 食器も全部買い取ってもらえた場合、50万円です。必要経費は、機材のレンタルを始め材料費込で10万で収まりました」


「それと、追加で100人分、スパイスカレーを出す事になった件ですが。これも、同額で販売予定です。食器の返却を見込んでの販売なので、食器は追加購入しない方向です」



計画は着々と進んで行き、来週の週末の三連休を心待ちにしていたのだが、ここに来て、まさかの事態に見舞われた。



「⋯⋯助けて、懸さん」


「⋯⋯助けて、神木さん」


「⋯⋯助けて、松永さん」


月曜日のホームルーム。


菅原先生に見守られながら、二学期から、学級委員になってくれた一ノ瀬君と篠崎さんの司会の元、行われたのだが。


クラスの生徒が口々に私達に助けを求めて来たのだ。



「えっ、どういう事?」


私が、尋ねるとみんなを代表して、女子の1人がおずおずと事情をせつめいしてきた。



「3人の作ってくれた……お化け屋敷のオブジェ⋯⋯が怖すぎて、洒落にならない」


はて?


当初、特別クラスの1年はお化け屋敷をする予定だったのだが、生徒会の出店があるので、私達は3人でお化け屋敷で使うお化けスーツやちょっとした仕掛け等の小道具作りを担ったのだが。



「えっ、この13日の金曜日のジェイソンの事?」


私が、尋ねると。


みんなを首を横に振った。


鏡子ちゃんが発泡スチロールで安全面を第一に心がけてつくったのだが、生々し過ぎたか?


チェーンソーの完成度、エグいなんてもんしゃないから、それか?と思ったのにな。



「じや、じゃ⋯⋯もしかして、エルム街の恐怖のフレディ?」


これまた、縫い物上手のセイレンちゃん力作で、服装を原作に忠実に素材の布こそ歯切ればかりで、色合いが異なるが、中々良い出来だった。


「違いますっ。英語で【子供が遊ぶ】って題名のチャッピー人形ですよ。 電池もないのに、動いて怖すぎっです」


「違う。チャッピーじゃない」


そ、それは、私が小さい頃に遊んでいた赤ちゃん人形をアレンジして作ったやつじゃないか。


「えっ、動くの?」



黙って聞いていた菅原先生が、動いた。


「今、掃除用具入れにいます。兎に角、懸さん⋯持って帰って」


菅原先生が掃除用具入れを開けると、ダンボールで作った出刃包丁を片手に。


「ボク⋯⋯チャッピー⋯。イッショニ⋯⋯アソボウヨ」


と言って、とてとて出てきて、菅原先生の足元に縋りついてきた。


意外と可愛いと思ったのも束の間、菅原先生の足を一生懸命、ダンボールの出刃包丁でトントンしている事に気がついて、私は思わず目を背けた。



「懸さん⋯これは、流石に⋯⋯没収⋯⋯かな。 後、金輪際、人形作ったりするのは、禁止ね」


「はい⋯⋯」




「なあ、懸」


人形騒動でちょっと落ち込み気味のところ、一ノ瀬君が声をかけて来た。


「どうしたの?」


「篠崎が当日、クラスの出し物の店番の合間なら、販売手伝いたいって言ってるんだけど、どうする?」


「えっ、良いの?」


一ノ瀬君は、生徒会じゃないので、生徒会副会長に私がなった事で彼女と私に一悶着あった事は知らず、大鏡の封印で私が彼女の命を救った事しか知らないだろうからか?


元カノ騒動で、柚木崎さんを始め、生徒会メンバーは気まずいし、それは、彼女自身もそうなはずだか。


「あぁ、この前、お前に助けて貰ったお礼がしたいって」


「じゃ、じゃあ⋯⋯、お願いしようかな? あっでも、彼女とは、一ノ瀬君は学級委員で、彼女と話す機会も多いけど、私達、あまり面識ないから、その⋯⋯一ノ瀬君が彼女と一緒に行動してくれるならありがたいんだけど」


「それもそうだな。 分かった。 その時は、必ず、付き添うよ」



何だか、ちょっと不自然な気はしたが、逆に断わってしまうのも、突き放してしまうみたいで、やるせなかった。


取り敢えず、放課後、生徒会室でその事をみんなに報告した。


「えっ、りりあちゃん、柚木崎先輩の元カノだよっ。色々、気まずくない?」


鏡子ちゃんのストレートな意見に私は言った。


「⋯ないよ。ちゃんと、柚木崎さんの恋人だって、説明して、その事はもう良いって話もしたし」


「「「はぁっ」」」


鏡子ちゃんとセイレンちゃんと、宇賀神先輩が声を合わせた。


「えっ、付き合ってるの? 柚木崎先輩と⋯」


「うん。だって、告白されたし、見てたじゃん。 みんな」


「返事は場所を移してからって、肝心なところで、消えたじゃん。 後で柚木崎先輩に聞いたら、みんなの想像に任せるよって、想像に任せて、私の想像の柚木崎先輩はりりあちゃんに、振られてたよっ」 


「鏡子⋯⋯。失礼が、過ぎる」


柚木崎さんの抗議に、狐憑きの癖にキツネに頬をつままれたと、言わんばかりに宇賀神先輩は言った。


「柚木崎、今日からお前の事を、恋愛の師として仰⋯⋯」


「宇賀神は、恋愛の才能は無いけど、生徒会の仕事をこなす才能があるんだから勿体ないよ。 そんな事より、手を動かして⋯⋯体育祭のパンフレットと学園祭のパンフレットの校正、終わらせる。 良いね?」






「懸さん⋯」


一ノ瀬君の申し出で、カレー屋台の手伝いをかって出てくれた篠崎さんが声をかけて来た。


鏡子ちゃんとセイレンちゃんは、課題の出し忘れの提出の為に席を外していたが、それを狙っていたかのようにも見受けられた。


「どうしたの?」


「私は、あなたを護りたい。信じて欲しい」


そう言って、篠崎さんは、3色の糸の束で編まれた紐を私に手渡してきた。


「これは?」


「ミサンガだよ。特別なの。受け取って⋯⋯」


「ありがと⋯⋯」


私がミサンガを受け取ると、篠崎さんは、自分の左手首のブレザーの裾を捲って、左の手首を私に見せた。


私に手渡したものと、同じミサンガが結ばれていた。


「お揃い?」


「嫌かな?」


ん〜、突拍子なさ過ぎて、ちょっと戸惑うが、ミサンガを受け取った時、何だか、とても温かい気がして、悪いものじゃ無いという直感があった。


少し、考えて、私は言った。



「どうやって⋯⋯結んだら良いのかな?」


私が、そう言うと、一瞬だけ、篠崎さんはホッとしたような顔をした気がした。


「貸して、結んであげる。この紐は一度結んだら、絶対ほどけない。  でもね、もしこの紐が切れた時には」


篠崎さんは、一度言葉を切って、少し感慨深気げに何か躊躇った後、改めて言った。


「その時には、あなたの悲願が、必ず叶う。私が叶える。 約束するから」


そう言った後、篠崎さんは、そのまま、自分の席に帰って行った。




「お前、何だ。 それは?」


夜、氷室さんとの夜の散歩の時。


氷室さんは、私が着るトレーナーの裾から垣間見えたミサンガを見つけて、そう声をかけて来た。


「ミサンガですよ。紐が切れた時に、願いが叶うんです」


「呪【まじな】いか⋯⋯。何を、願った?」


願いなんて、かけてはいない。


どう答えようか迷った。


そう言えば、篠崎さんは、私の悲願が叶うと言っていた。


だったら。


「私のせいで失われた、イノチを取り返す⋯⋯」


事が、私の悲願だ。


「⋯⋯そうか。りりあ⋯言っておくが。そのイノチは、お前のイノチの為に、奪われたイノチだ。 勿論、それは。誰が、何としても取り返すつもりだ。 だが、お前がイノチを落としたら、意味がない。 それは、忘れるな」


氷室さんは、複雑そうにそう言った。





体育祭当日。


私は、整列や行進、マスゲームには参加したものの、競技全般は見学だった。


元々、いつも、虚弱なので、体育祭自体に参加できなかったが、こちらに戻ってから少しずつ、体力が付いてきて、これだけでも、参加出来たのが奇跡だった。



もしかすると、氷室さんの散歩で体力かついたのかも知れない。


心の中で感謝しておこう。


体育祭が無事終わり、私は柚木崎さんと一緒にソウさんの迎えの車でチェリーブロッサムに向った。

そこで野菜のカットをしながら、解凍の終わった猪肉を煮込んだ。


学園祭当日、菅原先生が血相を変えて、学園内をうろつき回っていた。


何でも、私が作った殺戮人形、命名チャッピーが、菅原先生の目を盗んで逃げたのだと言う。


恐ろしくて、とてもじゃないが、声をかけられなかった。


朝、7時に学校に入り、ソウさんが軽トラで運び込でくれた食材を、レンタルしたプロパンガスとイベント用の大型鍋で急いで煮詰め、カレーを作り、販売開始まで、とろ火でかき混ぜながら様子を見つつ、同時進行で家庭科室で私は初日に出す、スパイスカレーを作った。


ご飯はレンタルした大型のガス釜で一気に炊き上げ、本番を迎えた。



「学食のカレーは300円で食べられるから割高感あるよな。って、なんだ、このおいしそうな匂い⋯⋯」


「食器は要らないと思ったけど、やっぱ欲しいかも」


全く売れなかったら、どうしよう⋯⋯。


って、不安はあったが、かなり好評だったのだが。


「何か、お化け屋敷超怖かった。 ジェイソンも悲鳴を上げるって、マジカオスだったね」


「そうそう、何か、【何でぇっ、ここにお化け人形がいるのおっ】て、お客さんと一緒に鬼気迫る顔でお化けまで逃げ出すってさ」



どうやら、こっちを放って置く訳に、行かないらしい。


私は、柚木崎さんに、自分のクラスでの出し物でトラブルが遭っていると説明して、1人で自分のクラスで行われているお化け屋敷に行った。



「懸さん⋯、何で来たの?」


教室の前で、菅原先生が立ち尽くしていた。


「いや、何か、お化け屋敷がベツな意味でスゴいって聞いて⋯⋯」


私がそう言うと、菅原先生は深刻そうな顔で私に言った。


「そうだね。本当にスゴいよ⋯⋯。さっき、一ノ瀬君と篠崎さんがね、危険だから、生徒やお客さんを避難させてたんだけどね。 二人が出てこない。  そして、僕でさえ、今、中に入れないんだ」


えっ、神様の菅原先生も入れないって、どういう事だ?



「嘘っ」


私は教室の扉に暗幕を張っただけの入口に入った。


しかし、菅原先生は【入れない】と言ったのに、私は苦も無く、中に入れた。


でも、その瞬間。


背筋がゾワッとした。


カカッタナ⋯⋯。


へっ?


誰かの声が聞こえた。


肉声ではない。


何だ?


「りりあか?」


目の前で名前を呼ばれ、目を凝らすとうつ伏せに倒れた一ノ瀬君の傍らに佇むユキナリの姿があった。


「ユキナリ。どうしたの、これ?」


「コッチヘコイ⋯⋯。どうしたも、こうしたも、急にナニかが、閉じ込めおった。 こやつともう一人のおなごが、外にみんなを避難させた直後じゃ。 急に術が発動して、結界の中に閉じ込められ、力を奪われ続けておる。無茶苦茶じゃ、こんなに力を吸われては、魂が尽きる。 奈落の先まで落ちぬよう結界の中に、ワレの結界で防いでおる。早く、コッチへ参れ。  大体、なぜお前は中に入れた?」


ユキナリが心底、不思議そうに言った。


「えっ、私は苦も無く入れたよ。 何か、変な感じするね⋯⋯。何だろ」


私の言葉にユキナリは突然、血相を変えた。



「たわけっ。苦も無く入れたのなら⋯⋯。コレの狙いは、お前じゃ。  なぜ、来たっ」


ユキナリが怒鳴ったのと、ほぼ同時に、私は急に力が抜けて、腰が抜けてその場に尻餅を着いた。


「この前は、よくも、姿を隠して見てたのに。 だからって、一方的に⋯⋯よくもワタシを罵ってくれたわね?  ダレが卑怯者だって?」


背後から聞こえた声に振り返ると、そこには、制服姿の篠崎さんが立っていた。


「愛されたいなら、自ら、乞え、だと、オマエに、ワタシの何が分かる? 関係ない癖に」


ん、何の⋯事だ。


いつの事だ。


「篠崎さん?」


「オマエに呼ばれるナマエはナイワ⋯⋯」


いや、私に呼べる名前がないって、どういう事だ?


何を、怒っているんだ?



「コロしてやる。コロさせてやる。 お前を」



篠崎さんは、そう言うと、私の背中を蹴りつけて、地面に足で抑えつけた。


「でも、その前に、土下座しなさいよ。私を侮辱した事を、【最愛】だが何だか知らないけど、私を誰だと思ってんの。あんたなんかに、卑怯者呼ばわり、される筋合いないのよ」


やばっ、あれ、篠崎さんって、たしかに最初こそ、意地悪で嫌味も言う人だったけど。


こんなに横柄で、口の悪い人じゃ無かったのに。


「あんたみたいな、ブスが私に意見してんじゃないわよっ」


篠崎さんはそう言って今度は、あたしの頭を足の踵で踏みつけた。


「やめよっ」


ユキナリが声を上げて、羽ばたこうとしたが、篠崎さんは左手を上下に、振った。


それと、同じ動作でユキナリのカラダがしたたか浮いた後、地面に落ちた。


「フギャツ……りりあ、オヌシダケデモ、ニゲヨ」


「黙れ、虫けら。はぁっ。全くさ、私ほど、美しく、才に溢れたレンズサイドウォーカーに、なぜ、神も祝福を無いものかしら?」


そう言うと、篠崎さんは私に屈み込んで来て私の首に手を当てた。


「アナタノ⋯⋯祝福は、離せ無いのね。何かが、あなたのイノチと祝福を閉じ込めて、身体から離れなくしてる。キツネの時に言ってたけど、アナタはダレに何をされたの?」


キツネの時、私がダレかに何かされたと言う話があったか?


分からない。


ん?



その記憶はないが、私はその時、おもいもがけず。


あの時、そうだ。


私は、言った。


「忌々しい、見苦しい、みっともない。  愛されたいなら、自分でその相手にそれを請えば良いだろう? ヒトのモノを欲しがるな。 隠れてないで出て来い卑怯者……だ。ちょっと、違うね」


みるみるうちに、篠崎さんは表情に憎悪を浮かべた。


「貴様ぁあっ」


篠崎さんは、私の首を締めた。


彼女が私の首に両手をかけた時、私はある事に気が付いた。


決して解ける事がないと言っていた。


篠崎さんの左手首にも結ばれて居るはずの、ワタシとお揃いのミサンガが無いことに。


ミサンガが切れて、そこに無いのか。


或いは。



「かけまくもかしこき いざなぎのおおかみ」


お父さんの声?


「いざなきのおおかみ つくしのひむかのたちばなの」


もう一人、聞いたことあるけど思い出せない男の人の声と一緒にそれは聞こえた。


「おどのあはぎはらにみそぎ はらえたまいしときに なりませる はらえどのおおかみたち」


辺りが少し明るく感じた。


「もろもろの まがごと つみ けがれ あはんをば はらえまたい」


これ、お父さんがたまに神社でやる、お祓いの儀式の祝詞?


「きよめたまえ ともうすこと きこしめせと

かしこみかしこみもうす」


眼の前の篠崎さんがまるで空気に溶けるように薄くなり、消えた。


消える間際、彼女は呟いた。


「あきらさん、ゆうひ⋯⋯」






「りりあ」


信じられない。


何て事だ。


「お父さんっ。お父さんっ」


目の前にお父さんが居たんだ。


私に駆け寄り、抱き締められて、私は泣いた。


別に、怖くはなかったんだ。


篠崎さんが不気味な事言っても、私の事をどんなになじっても、何をされても。


でも、お父さんに会えて堪らなく嬉しかった。


「会いたかった。お父さん」


暫く、抱き合った後、気持ちが落ち着いたら、教室の電気が着いていて。


一ノ瀬君が目を覚まして、こちらを見ていた。


そして、私が落ち着くのを待っていたかのように、私と私のお父さんに頭を下げた。



「本当に申し訳ございませんでした。 僕は、4年間、りりあに身代わりを押し付けました」


一ノ瀬君の謝罪の意味を理解したお父さんが、言った。


「もう良いんだ。君も妹さんも無事だった。 りりあも無事だったんだから」



菅原先生が駆け寄って来た。


傍らに少しだけ覚えのある男の人とともに。


この人、柚木崎さんのお父さんだ。


「大丈夫かい?」


「はい」


「良かった⋯⋯。今のは、何だったんだろうね?」


「⋯⋯分かりません。えっと、篠崎さんは?」


私の問いかけに菅原先生は、言った。


「君の後ろで倒れてるよ」


振り向くと、確かにうつ伏せに倒れた篠崎さんが居た。


私は、どうしても、確かめたくて、彼女の左手首のブレザーの裾を捲った。


「ミサンガがある……」


じゃあ、さっきの篠崎さんは、何なんだ。


「あきらさんって、ゆうひってお父さんの名前だよね」


「あきらとゆうひなら、あきらは僕で。ゆうひは君のお父さんだと思うけど」


柚木崎さんのお父さんが言った。


「二人が神社の祓詞を唱えた後、私を襲った人が消える間際、そう呟いたんです」


私はそう答えたが。


私を襲ったのは、篠崎さんです、とまでは言えなかった。






「父さんっ、神社を出たの?」


「あぁ、たつみが今日は自分が傍にいたいから、出て行けって、追い出された。久しぶりに、氷室カレーが食べられると聞いて⋯な」


氷室カレーって、どんな名前付けてんだよ。


そうか、私も今度から、そう呼ぼうと心に決めて、店番に戻ろうと思ったが。


「きゃー、何、このイケメンさん達っ」


「えっあれ、伝説のキラキラマップのバーテンさんじゃない」


「やだっ。嘘っ⋯3人揃ってる」


セイさんの旦那さんとソウさんと初めて見る銀髪のイケメンさんが受付に立って、もう近寄り難いほどの人だかりである。


「ど、どういう事?」


バツクヤードでカレーをよそうのに大忙しの鏡子ちゃんとセイレンちゃんに声をかけると


「何か、お化け屋敷でトラブってりりあちゃんが抜けて、一ノ瀬君と篠崎さんも来なくて困ってたら、ソウさんが、助っ人連れてきて、そしたら、余計にお客さん増えて、てんてこ舞いだよ〜」


私も大忙しで提供に回り、お父さんや柚木崎さんのお父さんの分のカレーをよそって、家庭科室で食べるよう進めて、仕事に戻った。


「嬢ちゃん、菅原と氷室さんが来たから、2人分、スパイスカレー追加で、家庭科室に持って行ってくれ」


そう言われ、2人分のスパイスカレーを家庭科室に運ぶとみんな仲良さそうに話していた。


お父さん、最初は、氷室さんと初対面ですって、よそよそしい態度だったのに、違ったのか?


今は、まるで、みんな顔なじみの友達みたいに和気藹々としていた。


そう言えば、お父さん以外は、みんな同級生だ。


いつもは、みんな大人なのだろうが、今は、私達と同じ高校生みたいに私は見えた。





「今日はありがとうございました」


「いや、良いんだよ。楽しかったから」


「この前のカレー、俺も食べたいと思ってた。護の代わりに店番で食べ損ねたからね」


「えっ?」


聞けば、初見だった銀髪のイケメンさんは、市丸さんのお兄さんで株式会社ベアローズのもう一人の代表取締役だった。


言われてみれば、市丸さんの人たらしっぽい優しい笑みが銀髪のイケメンさんと共通していた。




学園祭1日目は夜18時に出店は終了し、後片付けの後、19時までに完全下校なのだが。


15時過ぎに、予定を2時間以上残してカレーはスパイスカレーも含めて完売してしまった。


だからと言って、はい後片付けとはいかない。


明日の仕込みに時間を使えるのは良いのだが。



「えっ、明日はスパイスカレーオンリーって何で?」


「いや、うちの学食でもカレー出しているのに、ちっとも、今日、売れなかったからだよ……」


明日の仕込みに取りかかろうと言うとき、学園長に伴われ、やって来たのは我が学園の料理長だった。



「何人分残ったんですか?」


「100人分だよ。毎年、300食作っているんだ。幸い、後2時間ちょっとある時間、君たちが販売しないって聞いて、ホッとしているけど。売れ残りは必須だ。 いつもなら、楽勝でいつも売り切っていたのに。 今まで、カレーを出店して来るところは、何度もあったのに、こんなの初めてなんだ」



と言われても。



「事情は学園長から聞いた。お願いだ。君たちが、明日のカレーを仕込む為に用意している材料は、食堂で書いとるから、明日せめて、甘口カレーは出さないで欲しい」



そう懇願され、私は考えた。


明日使う、野菜を買い取って貰えるなら、スパイスカレーへの変更は難しくもないだろう。


いや、ダメだ。


スパイスカレーを作るのには、セイさんの惣菜店で販売されているごろごろ野菜の野菜スープが必須だ。


明日の必要量を担保出来ないうちは安請け合い出来ないし、何より、みんなと相談して決めないと自分が独断で決めて良い事じゃないと思った。



取り敢えず、私は応急措置として、完売した屋台の前に、【本日のカレーは完売しました。食堂のカレーは引き続き販売中です。ぜひ、どうぞ】と段ボールに一筆書きして、みんなの所へ向かった。



「困ったことになったね」


柚木崎さんが言った。


「でも、必要材料が揃えば、逆に、好都合ですよ。今から明日の野菜をカットして明日また昨日と同じ時間から煮込んでたら、明日は最終日で15時には終わるから、万全の状態でカレーを作るために、今日より断然手早く作業しなきゃいけなかったけど。明日、出来上がりの野菜スープと下味まで付け終わった具材を、大鍋で一気に炒めたスパイスと煮込むだけに作業を絞れたら、断然、楽です。 野菜をカットして作るより、野菜スープの買い取りで、利益率は下がるけど、もう充分だと思う」



京子ちゃんの言葉に、一同が納得してそう頷きかけた時、背後から思わぬ人物が声をかけて来た。



「でも、折角、やるなら、とことんやるのも、良いんじゃないかな?」



それは、セイさんの旦那さんだった。


由貴さんと言う名前で、鏡子ちゃんのお父さんの様に、男の人にしては綺麗な名前だが、こっちは名前以上に別な美しさのあるとびきりのイケメンだ。


「……と言いますと」


「さすがに、明日必要になる僕の野菜スープをはける程の余力はないんだ。でもね、だったら、作れば良いだろ? あれ、1時間位で、出来るから、完売して空になった鍋は空いてる? 僕が教えてあげるよ」 



結局、話はまとまって、学園長と料理長に、野菜の買い取りは不要だが、明日はスパイスカレーのみを販売する旨を伝え、二人はお礼を言って帰って言った。



材料はセロリ、ニンジン、玉ねぎしかない。


セイさんの夫の由貴さんは、追加の食材を次の様に教えてくれた。


生姜、なす、ピーマン、パプリカ、まいたけ、トマト。



「良いんですか? 折角の秘伝のレシピを私達に教えてしまっても?」


申し訳なくてそう言うと、由貴さんは笑った。


「いや、秘伝じゃないよ。HPで公開してるよ。ただ、みんな大量にいっぺんに作っても保存に困るから、定期販売しているんだ」



そう言うことか。


「秘伝じゃなくてごめんね」


「いいえ、飛んでもない事です。嬉しいです」


「えっ」


「秘伝じゃなくても、直伝なんて、恐れ多いです」


私の言葉に、由貴さんは笑った。



必要な追加資材は、土曜だと言うのに、チェリーブロッサムの野菜部のオーナーが宅配してくれた。


それをみんなで手際良くカットして、17時前に煮込み始め、18時に火を止め、残りの時間でなるべく覚まして、家庭科室のカレー鍋に移して冷蔵庫に保管して何とか時間通りに作業を終えた。


「本当にお世話になりました」


私は、最後まで一緒に残ってくれた由貴さんにお礼を言って別れ、みんなで解散と言う時に氷室さんが居ないことに気が付いて慌てた。


「りりあ、今日は僕と二人で帰るよ」


「どうしてですか?」


「君の両親が、ご飯を作って君を待ってる」


「えっ?」


「僕は、自分の家に帰るから、君の前の自宅まで送るよ。明日の11時の新幹線で帰るそうだから、明日の朝までになるけど。 りりあ、うんと甘えておいで」



何から、何まで、本当に。


なんて、サプライズだ。


涙腺崩壊させないで、欲しい。


「りりあちゃん、また明日」


鏡子ちゃんが、要さんと遥さんと3人で帰って行く。


「りりあちゃん、また明日」


セイレンちゃんも、カレンさんとお父さんと帰って行く。


「鏡子ちゃん、セイレンちゃん、また明日」


私も、家に帰れば、お父さんとお母さんが私の帰りを、待っている。


そう思うと、こんな幸せな事は、ないと思った。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?