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第28話 ケンケンガクガク 学園祭 後編

夢の様な一夜を過ごした。



家に帰ると、お母さんが台所でご飯を作って待っていた。


「お母さん、会いたかった」


「お帰り、りりあ。髪、伸びたわね」


「前髪切って」


「夕ご飯、食べてからで良い?」


「うん」


半年振りに、私はお父さんとお母さんと食卓を囲んだ。


夕食は瓦そばだった。


ホットプレートで茶そばを焼いて、その上に、スライスした牛肉を炒めたものと、錦糸卵、刻みネギを盛り付けて、スライスしたレモンを飾る。


それを、ざるそばのように、そこから箸をつついて食べるのだが。


前に、ここに住んでいた時は、よく食べて居たが、四国では、スーパーに瓦そばのセットが売ってなかったので、4年ぶりだった。


「私の大好物だ」


そう喜ぶ私に両親は微笑んだ。


食後、みんなで片付けをした後、私はお母さんに前髪を切って貰いながら、話しをした。


「貴方も、そろそろ髪はお店に行ったら? 顎の下まで前髪伸びて」


私は、春にこの地に戻ってから前髪が目にかかるようになってからずっと、前髪を左右に分けて、前髪をやり過ごしていた。


「あんまり、人に頭を触られるの好きじゃない。お母さんが良いの」


「……もう、仕方ないんだから」


髪を切り終わると、お母さんは私に、お風呂に入るように言った。


私は素直にお風呂に入り、リビングで両親と寛いだ。


「りりあが、早速、生徒副会長って聞いて驚いたよ」


「でも、お父さんも生徒会長だったんでしょ」


私の言葉に、お母さんが懐かしそうに言った。


「そうそう。 生徒会長だった」


学校の事や家での日常の話をした。


話は弾んだが、あまり長くは話せなかった。


明日、6時半に氷室さんが迎えに来る。


夜更かしは駄目だと11時には寝床に追いやられた。



こんなに興奮して夜眠れるか心配だったが、その日は、和室に3枚布団を並べて私が真ん中の布団で両端に両親が眠った。


疲れていて、あまり起きて居られず、すぐ眠ってしまった。


朝、起きると両親は既に起きていた。


朝の支度を済ませて、リビングに行くと両親は朝食の席につき、私が席に着くのを待って朝食を摂った。


二人に見送られて、家を出る。


玄関の前では、氷室さんが車を停めて、運転席から降りて待っていた。


私は、両親を改めて見つめ直した。



「お父さん、お母さん⋯⋯」




行って来ますが、言葉に出ない。



もう、今日、また。


ここに、二人の待つこの家に。


帰ることは無い。



泣きそうだった。


「かんながら たまち はえませ」


お父さんが、言った。


「えっ? お父さん、その言葉、やっぱり、お父さんだったの?」


「何だ、憶えてないのか? カミサマと仲良く、共に、幸せであれ。お前が、最初、夜が怖いって泣いた日に、俺が教えたお呪いだよ。今じゃ考えられないし、 仲良くなり過ぎて、結局、困ったが。 これが、 お前の、お前だけの生き方だ。 いってらっしゃい。⋯⋯りりあ」



お父さん。



「行って来ます。お父さん、お母さん。⋯⋯またね、また、絶対。またねっ」



最初、【元気でね】って、言おうと思ったが躊躇った。


氷室さんが以前、その言葉を、2度と会わないみたいな言葉だと、その別れの言葉を嫌がったから。





「昨日は寛げたか?」


「はい」



学園に向かう車の中で、絶賛、素っ気ない氷室さんの言葉に私は、力強く返事を返した。


「そうか」


「⋯⋯あの、両親を呼んでくれたのって、もしかしてですけど、氷室さんですか?」


私がそう言うと、氷室さんは私に信じられない事を言った。


「あぁ、お盆に話しを持ちかけたが、神社はお盆と正月は忙しいから、予定が付かなかった。 まさか、この三連休がこんなに慌ただしいものになるとは思っていなかった。分かっていたら、別な日にしていた」


いや、ちょっ、ちょっ、ちょっ待てよ。


私、てっきり、お盆に両親と会わせてくれなくても、【会いたいか?】の一言も無くて。


私、氷室さんの事、冷血漢って思ってた。


でも、違ったか。


言ってくれたら、良かったのに。



「いいえ、ありがとうございました。氷室さん、大好きっ」


「⋯⋯バカを言うな」



私は、勢いに任せて、とんでもない事口走ってしまったと。


言ってしまって、はっとするあまり、俯いた。


車を降りても怖くて氷室さんの顔が見れなかった。



家庭科室に向かい、スパイスと小麦粉と茶色になるまで炒めた玉ねぎを大鍋で炒めて、そこに保冷していた野菜スープと最後の猪肉を全て投入して、煮込んで居るところ、やや疲れた様子の菅原先生がやって来た。


「懸さん。あのさ、人形、見つからないんだよ。昨日、騒動の後、特別クラスの校舎ごと結界で封じて、出ては居ないと思うんだけど」


「えっ。一晩中、探してたんですか?」


「いや、さすがに僕も夜は休みたいし、昨日は僕も慶太達と夜遊びしたからね」



か、神様も夜遊びするのか?


どんな夜遊びか、聞いてみたかったが、やめた。


神様だって、遊びたいよね。


「悪いけど、さすがに今日は折角の出し物だし、お化け屋敷を再開させてあげたいんだ」


「分かりました。私も、一緒に探します。⋯⋯申し訳ございません」


結局、一ノ瀬君と篠崎さんが手伝いをかって出てくれて、3人で結界の中に入った。


菅原先生は、無いとは思うが、私の念人形だから、何が出来るか分からない、と。


結界の外に人形が出た時の為に、外で待つ事にしていた。


静まり返った特別クラスの校舎は、何事も無かったかのように、一見異常は無かったが、やはり、私達の催していたお化け屋敷会場は、異常だった。


お化け屋敷の入口に、チャッピー人形がうつ伏せに倒れて居たのだ。


「何だ⋯⋯居たじゃん」


私が、徐ろに近寄り、人形に手をかけようとした時、私は一ノ瀬君と篠崎さんに怒鳴られた。


「「迂闊に触るなっ」」


ひえっ、ハモったよ。


「警戒心って無いの?」


「篠崎の言う通りだ」


2人は仲が良いよね。


そう思いつつチャッピーに触れる寸前で留まっていた。


ユキナリの気配がした。


「りりあ、どういう事じゃ?」


「何が?」


「そのおヌシの念の籠もった人形は、昨日、術が発動した時に、事切れて別な場所に、あった。ひとりでに、ソレが、今、ここにある筈は無い」



なんだって。


ユキナリの言葉が終わるのを待たず、ムクリと人形は起き上がった。


「ボ、ボク⋯⋯ボクチャッピー。ミンナ アソボウヨ」


チャッピーは私に飛びかかりその手には、ダンボールで作ったはずの私の特性出刃包丁ではなく、刃先かピカッと光る刃の出たカッターナイフを持っていた。


「逃げよ。りりあ」


ユキナリの言葉に、私は身を捩らせて、飛びかかるチャッピーを間一髪で交わした。


「何だよ。これっ」


一ノ瀬君が言った。


「作り変えられてる。昨日と人形から感じられる気配が違う」


篠崎さんは、そう言って、私に駆け寄ってチャッピーの背中を掴んだ。


「ウガッ⋯オマエガ⋯⋯ジャマヲスルナヨ」


ん、この声は。


チャッピーじゃない。


篠崎さんじゃ無い。


「白夜」


私の呼びかけに、チャッピーは私を見た。


「久しぶり、会いたかったよ。  一緒に遊ぼう」


私は、カッターナイフを振り上げるチャッピーに向かって、言った。


「白夜⋯⋯チャッピーから、出て行け。 私の大事な人形から、今すぐ出て行け。 ストーカーは、【りゅう】だけで沢山だ。 今、呼んだ。 私が名を呼んだ、 来ない筈無い」


私の言葉の通り、私の前で風が起こり、光り輝きながら、大鏡公園に姿を現した龍が大人一人分の大きさで姿を現した。


この前のサイズで現れたら教室どころか、校舎が破裂していただろう。


最悪、巻き添えで死んでいてもおかしくない。


危なかった。



「良くやった。りりあ」


何を、だ?


と思ったが、そうだ。


りゅうは、コレに会いたがっていた。


「うっわっ、ヒドイよ。ちょっとした、遊び心で遊びに来ただけなのに、イキナリエグい手を使うね⋯⋯。仕方ない」


チャッピーは、ぐたりと動かなくなり、白いもやを背中に浮かべもやは、逃げるようにうつろいで行こうとするところを龍にバクリと一飲みにされた。


「うっぎゃあっ」


「ふんっ、分魂にも満たない思念か。僅かに本体と繋がっていた様だか、掠り傷位にもなれば良いが」


龍はそう言うと、上半身だけ人の姿に変身した。


「これなら、服を着ずとも良いだろう?」


「うん、ギリギリ良いよ」


私の傍で、一ノ瀬君と篠崎さんが目の前の出来事に呆然自失状態だった。


「りりあの大切なモノは、何も奪わせない」


そう言って、私の唇に触れるだけのキスをした。



「な、何するのよ」


「お前の力を少し抜いた。人形を貸せ」


私が言われるままに、チャッピーを抱き上げりゅうに渡すと、りゅうは人形の胸に手の平をそえて、すぐに離した。


「ボクチャッピー、イッショニアソボウヨ」


元気に、教室を走り回り、何処からか、私のダンボールで作った特性出刃包丁を探し出して私の元に戻って来た。


「随分、愉快な人形を作ったな」


「⋯⋯」


私は、何処をどう突っ込んで良いか、分からなかった。


「また、な」


りゅうはそう言い残すと、空気に溶けるように、姿を消した。


私はチャッピーを抱いて、一ノ瀬君と篠崎さんと一緒に、私達の帰りを待つ、菅原先生の元へと戻った。


「⋯⋯おヌシ、スゴいものを守護に持っておるな」


ユキナリの言葉に私は苦笑いだった。



「人形は、元に戻さなくても、良かったんじゃないか?」


一ノ瀬君の言葉に私は、全くもってその通りだと思って、俯いた。


「個人的にだけど、私は好きだよ。⋯⋯絶対、人を傷付けないもので、とんとんしているだけだし」


篠崎さんの意見に私は若干、救われた。


「取り敢えず、ごめん。さっきのは、口外無用で」


とお願いしたが、校舎を出ると、菅原先生 だけじゃなく、学園長まで私達を待っていた。



「何があったの? 僕の結界が破裂して、アレの気配がしたんだけど」


「この前の虎に襲われて、思わず、呼んでしまいました。菅原先生、学園長、申し訳ございません」


口止めするまでもなく、バレてしまっていた。






「非常時を除く神の呼び出しは禁止だけど、正に、非常時だから、今回は不問だよ。被害もない」


「あぁ、勿論だ」


菅原先生と学園長は今回の事は不問としてくれた。


「チャッピーを預かるよ」


勿論、一度、完全にただの人形に戻ってしまったチャッピーをりゅうに元通りにしてもらった事は秘密にした。


一ノ瀬君も、篠崎さんも、秘密にしてくれた。


「菅原先生、そのこ、ゲージに入れてですけど、受け付けで飾ってあげては駄目ですか?」


「ええっ、何でだよ」


「その子、【ボクチャッピー、イッショニアソボウヨ】しか言えないし、ギリギリ電動で話す人形で通ります。 この後、どうされるか、知りませんが、今日はみんなが居るところで、みんなと一緒に遊ばせてあげましょう」


篠崎さんのまさかの申し出を、菅原先生は渋々、了承して、その日、お化け屋敷の受け付けで客寄せにチャッピーは貢献してくれた。


受付を担当した事情知ったるクラスメイトも最初は怖がっていたが、次第にチャッピーを友好的に迎えてくれた。


「確かに、可愛く無いことも無い」


「棒でとんとんしてくれてると、思えばだけど」


クラスメイトは苦笑いで、チャッピーの演技を見守りながら、沢山の来訪客をお化け屋敷へと案内していった。



学園祭二日目のカレーは、結局、14時を待たず完売して、お皿とスプーンの食器も完売して、最後の30食は、家庭科室の食器で賄った。






カレー屋台の片付けは早めに終わり、鏡子ちゃんとセイレンちゃんと宇賀神先輩か集計作業に徹する傍ら、柚木崎さんと私が生徒会業務に当たった。


売上の計算も済んで、売上金を菅原先生に預けに行こうと思って、菅原先生のとこに行くと、猫や小型犬を外出させる時に入れておけるゲージを持って、一ノ瀬君と篠崎さんと何か話していた。



「チャッピーがまた、逃げた」


一ノ瀬君の言葉に私は頭を抱えた。


何回目だよ。


「も、もう、やっぱ、僕にも、流石に手に負えないから、ごめんけど、次、見つけたら、人形を無効化するよ」


「えっ、チャッピーを無効化出来るんですか?」


「ああ、中の力を抜けば、完全に元の人形に戻る」


「チャッピー、私が子供の頃から大事にしてた赤ちゃん人形で作ったんです⋯⋯。ちょっと忍びないです」


私の言葉に、菅原先生は言った。


「懸さん⋯。君は、よくも、そんな思い入れのある大事な人形を⋯⋯無差別殺戮人形の特徴に、オマージュしたね⋯⋯」


いや、だってさ。


「やり出したら、興がのったんです。名前を間違っておぼえてしまっているようで、正しくはチャッキ⋯⋯」


「いや、それは、いっそ、どうでも良いよ⋯」


「チャッピー、チャッピー、出ておいで」


今は、りゅうに息を吹き込んで貰って元気一杯のチャッピーだ。


私が呼べば、来るかも⋯って。


すると、目の前に駆け寄ってくるチャッピーが居た。


とてとてとて。


廊下の向こう側から一目散に走ってきた。


私に向かって駆け寄り、目の前まで来ると、私の胸に飛びかかって両手一杯に私を抱きしめて来た。


勿論、私のダンボール製特性出刃包丁を片手に、一度私を抱きしめた後は、それで、私の胸元をとんとんしながら嬉しそうに言った。


「ボク、チャッピー、ミンナとアソベテ⋯⋯タノシカッタ⋯⋯」


へっ、定型文しか言わない、チャッピーが別な言葉を喋った。


「もう、チャッピー。勝手に出て行っちゃ、駄目。アナタは、私と行きましょう」


チビりあが目の前に現れた。


「「「ええっ!!」」」


菅原先生と一ノ瀬君と篠崎さんは、驚きの声を上げた。


「ボクチャッピー、チビりあ⋯⋯ズツト、イッショダヨ」


「うん、分かったから。帰ろうね。りりあ、この子は、私が連れて行く。 ちゃんとお世話するから、探さないでね」


チビりあはそう言うと、不意に篠崎さんに目を止め、思わず歩み寄って、彼女の顔をまじまじと見た。


「アナタ⋯⋯似てるけど、違う。嫌な心がない。 でも、雰囲気が似てる。何でかな……」


チビりあはそう言って少し留まった後、チャッピーと共に姿を消した。


「懸さん⋯、もしかして、今のが君の?」


菅原先生の言葉に私は答えた。


「はい、そうです。私をずっと、拒絶する。 私の分魂、そのものです」





金曜日に体育祭、土曜と日曜の2日間で学園祭。


月曜日は体育の日で祝日で、お休みだった。


私は、学園祭の終了の時間に迎えにやって来た氷室さんの車に乗って、家に帰った。



「夕食は外出でも良いが?」


「出来れば、お家で食べたいです。氷室さんがお嫌じゃなければ」


「なら、帰ろう」


絶賛素っ気ないが、今は、家族との別離で、氷室さんとの淡々とした熱のない会話も心の救いに思えるほど、心が麻痺していた。


「これは、何だ」


「ピカタです。豚肉に卵を絡めて、表面に香草とパン粉を眩して焼いて、マヨネーズと粒マスタードを和えたソースをかけたものです」


「お前は、随分、短時間で凝ったものを作る」


「凝ってません。特に下ごしらえも要らない料理です。作り置きのサラダを添えただけで、スープは定期購入してる出来合わせのスープで本当に簡単に作ったんですよ。私、帰ってから、ご飯を早炊きしている間に完成出来ましたもの」


私の言葉に、氷室さんは言った。


「確かに⋯⋯。だが、今日は、これ以上、余計な仕事はせず、早く休め」


「はい」


氷室さんは、食事を始めて、珍しくまた、言葉を紡いだ。


「⋯⋯また、作ってくれ」


「えっ?」


「このピカソ⋯⋯うまい」


嬉しいが過ぎる。


うまい、以外の褒め言葉。


また、作ってくれ……か。


でも、どうしよう。


ピカソではない。


ピ・カ・タだ。


どうしよう。


折角、ほめられたのに水を差すようで、私は、訂正出来なかった。



夕食の片付けを終わらせ、お風呂に入って歯を磨いて、氷室さんに言われたように、今日は、早く寝ようと思って、自分の部屋に向かっていたが、リビングで氷室さんが珍しくソファに座って居眠りをしていたのを見つけた。


起こすのは、申し訳なくて、私は以前、同じようにソファで居眠りしてしまった時に、氷室さんからかけて貰ったチェックのブランケットをしまっていた戸棚から取り出し、氷室さんにかけた。


後で、自分にかけてくれたブランケットの処遇を氷室さんに尋ねたら、ブランケットの定位置を教えられ、自由に使って良いと言われていた。


氷室さんが家族と暮らして居た時から、使っていモノだと言っていた。



氷室さんが生きている時に、眠っている姿を見たのは、初めてだった。


前に眠っていた時は、心臓が停まっていたので、思い出したくも無かったが、今は生きている。


今日は、流石に、ちょっと眠るのが怖かった。


一人ぼっちで、眠りに付くのは。


嫌だった。


そっと、隣に座って、ブランケットの余った布を自分にかけて息を殺した。


オート電源オフで、暫くしてリビングの電気が消えるのを待って、私はゆっくり目を閉じた。



氷室さんの温もりを片側に感じると心細いのが紛れたが、やっぱり、両親が恋しくて切なかった。


朝、目が覚めると、何故か私は自分のベッドで眠っていた。



リビングには、チェックのブランケットだけ残っていた。


思わず、外に出て、氷室さんの車を探すといつもの所に車が停まっていて、私はホッと胸を撫で下ろした。


折角なので、私はそのまま、玄関の掃除をして戻ると、氷室さんがバスルームから部屋着で出て来た。


「おはようございます」


「おはよう」


素っ気無くそう答え、氷室さんは、書斎に行ってしまった。


昨日の事は、夢だったのだろうか?


私は、洗面所で顔を洗って、歯を磨いて、朝食の準備の後、いつものように、書斎に声をかけに行った。





「お前、全然、食料を購入してないようだが、問題ないのか?」


「はい、ありまくりです。卵も、牛乳も、消滅寸前です。今すぐ、買いたいです」


「午後からなら、良い」


「ありがとうございます」


午後、氷室さんと買い物に出掛け、クーラーボックスに冷凍の豚バラ肉、牛細切れ肉、鶏モモ、鶏むね肉を各、1キロずつ買って納めた。

保冷バックには、卵、牛乳、とろけるスライスチーズ、バター。

もう一つの保冷バックに、ブリの切り身【腹がわ】、塩鮭の切り身、鯵の干物、冷凍赤魚など、盛り沢山に買った。


野菜は、実は最近、ソウさんがダンボール一杯に野菜をお裾分けにくれたので、買わなくて良かった。


「冷蔵庫を買い替えるか?」


「えっ、何故ですか?」


「入り切らんだろ?」


氷室さんの言葉に私は言った。


「今の冷蔵庫気に入ってます。ちゃんと、計算して買ってます」


「そうか?」


「ええ、今使っている掃除機も、キッチンも、炊飯器も、洗濯機も、バスルームのシャワーヘッドも、全部気に入ってます。 氷室さん、家電のセンス良いですよね」


私の家電への賛辞に、氷室さんは何故か複雑そうな表情だった。


「ちょっと、寄る所がある。付き合え」


買い物の帰りにそう言われて、連れてこられたのは、カビリアンと言うジャズ喫茶だった。


店内にはジャスが流れ、ピアノと演奏スペースのある瀟洒な店内に私はちょっと、緊張してしまった。


「いらっしゃいませ。メニューをどうぞ」


店に入り、店員の人にテーブル席に通され、メニューを受け取り、氷室さんはあるページを捲って、私に見せた。


「チョコとフルーツの2種類がある」


何のだ?


とメニューに目を凝らして、私は目を輝かせた。


「パフェだぁっ」


ちょっと、声が盛大に出た。


「りりあ、流石に、声が大きい。静かに、喜べ」


「はい⋯⋯フルーツパフェが良いです」


桃にみかんにナタデココ、さくらんぼ。


オレンジとザクロとキウイフルーツの3色のソースがかかつていて。


その下にクリーム、その下にバニラ、ストロベリー、ゆずシャーベットのアイスが順に盛られて、下にはコーンフレークの代わりにお米のポンポン菓子が敷かれていた。


冷えた口を和らげるウエハース代わりのスティッククッキーも美味しかった。


氷室さんは、ホットコーヒーを頼んでいた。



「ひぃむぅろぉふぁんは、パフェたべないんでふか」


「口のモノを片付けてから話せ、はしたない」


私は肩を竦めて、改めて尋ねた。


「氷室さんは召し上がらないんですか?」


「俺は、明日、人間ドックだ」


「えっ、氷室さんは人面犬なんですか?」


「阿呆が⋯⋯。健康診断だ」













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