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第29話  ユメノヨウナ ユメ ニ ネガイヲ

「カレーの収益だけどね。 エグい額、弾き出したね。 売上と利益率、半端ないよ。 とても、高校の学園祭とは思えないよ。 これ、生徒会の予算に組み込んだら、繰越金オーバーだ」


当初の売上目標は、食器買取の売り上げを含めた50万円の売り上げ。


+αでスパイスカレー200食分の500円✕200の10万円。


今回は機材のレンタルや食材代などの諸経費の10万円を差し引いての、純利益50万円だった。




「では、創部した【彩食倶楽部】の予算にしても良いですか?」




「それは、僕が手出しした出資金を使うと良い。⋯⋯元々、そのつもりだった。偉そうに、創部の許可だけ出して、手出ししないじゃ、学園長の僕の立場ないからね。随分厳しい条件をクリアして創部したんだから、胸を張って受け取ってくれ。ただ、売上の純利益50万円の使い途は、生徒会で話し合って1円残らず使い切って。それまでが、今回の僕のお願いだよ。頼んだからね」


創部したばかりの部活に予算をくれるのは、嬉しいが、結局、何から何までてのかかるお願いである。



学園祭明けの登校日の放課後、私達は、生徒会業務の傍ら、50万円の使い道と、生徒会メンバー全員入部した新しい【彩食倶楽部】の予算の使い道を話し合った。



でも、具体的な意見は特に出ず、体育祭と学園祭の後処理の業務に追われた。



「物販の売り上げ一位は生徒会のカレー屋台ですけど、イベント系では、総動員数一位は、特別クラス1年のお化け屋敷でした。今度の全校集会で報告出来る様に、資料を作ります」


「頼むよ、セイレン」



書記のセイレンちゃんが張り切っていた。


そう言えば、お化け屋敷の騒動の時、私は、篠崎さんの姿をした、恐らく篠崎さんではない、何者かに襲われたのだが、その事は、有耶無耶のままだった。



ずっと、引っ掛かっていて、私は、思い悩んだ挙げ句、菅原先生と話したいことがあるからと、柚木崎さんに申し出て、一人で職員室に出向いた。



「どうしたの、懸さん」


「この前、学園祭の初日にお化け屋敷で起こった時の事で、確認したい事があるんです」



私がそう言うと、菅原先生は私と生徒指導室に移動して、話しを再開した。



「何を確認したいんだい?」


「神様を呼んで、聞きたいんです。許可をください」


「……どの神様か、によるけど?」


「一ノ瀬君由来の……です。神様の名前呼ぶと来ちゃうから、名前がまだ言えない」


「そっちか。なら、良いよ。 ユキナリ、だろう?」



あっ、菅原先生が呼んだ。


まぁ、良い。


そうだ。


ユキナリに、確かめたいんだ。


私と菅原先生の前で、シュウッと白く光輝いた後、白い鳩が現れ舞い降りた。


「何じゃ? カミナリの神よ」


ユキナリは呼びつけた菅原先生にそう尋ねた。


雷を繰り出す事の出来る、神様だから、カミナリの神とは、言い得て妙だ。



「僕のことは、センサイと呼んで。 まだ、名乗ってなかったね」


「センサイ……。そうか、我も、千年生きた暁には、名をセンナリに改めようかのう」


「後、500年かかるね」


「ヌシハ,イヤミジャノ……」


ユキナリはそう言ってしょげてしまった。


「ごめん、ユキナリ。用があるのは、私なんだ」


「何だ、りりあがワレに用があったのなら、直接呼び出せば良いじゃろうて」


「色々制約があって、気軽に呼び出せない縛りがあるんだよ」



私は、なかなか本題に入れず、やきもきした。



「ねぇ、一ノ瀬君と篠崎さんがお化け屋敷からみんなを避難させ終わったのと同時に、お化け屋敷が結界に閉じられて、ユキナリが一ノ瀬くんを守ってくれてたじゃん。あの時さ、篠崎さんはどうしてたの?」



「あぁ、いつも、あやつと一緒におるおなごなら、共に倒れておったじゃろう。そのものも、お前の父親達が払い言葉で呪詛を破るまでワレの結界で守っておったが?」


「そうなの?」


気づかなかった。


呪詛が破れて、暫くして、倒れていた篠崎さんは確かにすぐ傍に倒れていたが、呪詛が発動している間は全く気づかなかったし。


何より。



「ユキナリは、あの時、私を足蹴にしていたヤツの事、どんな風に見えた」


私は、篠崎さん、そのものに見えたんだ。


違和感ありまくりで、何か違うな?とも思えたし、あの時のアレには私のお揃いのミサンガがなかった。



「ワレには、禍々しい、黒い、命なきものにしか見えなんだ」


「イノチナキモノ?」


私が言うと、ユキナリは言った。



「強い怨念と魂を、呪詛でかたちどった……不浄のカタマリの様なモノに思えた。おまえはアレが、何に見えたのじゃ?」



篠崎さんに見えた、とは、言えなかった。



「懸さん。君、何か僕に、いや、僕たちに何か隠し事をしていないかい?」



まぁ、ここまで思わせ振りな話の仕方じゃ。


菅原先生にそう疑われても、致し方ない。


でも、この上は、隠していたって仕方ない。


「篠崎さん」


私は白状した。


「え? なんの事?」


戸惑う菅原先生に私は続けて言った。


「菅原先生がお化け屋敷の中に入れなかった時、私が飛び込んでそこで、私を襲ってきたモノがです。 篠崎さんに見えたんです。でも、篠崎さんとは、別人みたいでした」


私は、自分の思いの丈を菅原先生とユキナリに話した。


篠崎さんは、初対面の時は、意地悪で自己中で、私に敵意をむき出しにしてきたが。


あの時は、もっと強烈で容赦なくて、横柄て不遜な態度だった。


件の時の人物とさ、まるで別人の様だったと。



「気になったんです。私が名前を呼び掛けたら、おまえに呼ばれる名前はないって。今、さっき、菅原先生は、ユキナリに名乗ってましたけど。名乗ってない時や呼び名が違う時って、そう言う風に断るものですか?」


「そうだよ。対象を認識して呼ばない名前に、意味はない。相手の納得出来ない呼称も、そうだ。まさに、ヒッキーがそうだろう」



だったら、私のクラスメイトの篠崎さんではない。


そう思った。



「でも、そもそも、篠崎さんって……。篠崎だからね」


「え?」


「いいや、忘れて。今のは……」



菅原先生、今何か意味深だったけど。






「菅原先生、学校の校門に不審者がいるって女生徒が相談に来てます。ちょっと、一緒に来ていただけますか?」



急に生徒指導室に一般クラスの女性教師がやって来た。


「不審者ですか?」


「はい、若い男の人で、女性との下校を見張っているそうです。誰か探しているみたいで怖いって、私もそっと見に行ったんですけど。何か、怖そうな人なんです」



菅原先生は、私に生徒会室に戻るように言って、女性教師と共に、校門へと向かっていった。


ユキナリが何だか寂しそうだったので、私は声をかけた。


「ユキナリ。 最近は、いつも何をしているの?」


「特にすることもない退屈なまいにちじゃ。日中はオヌシタチノ様子を見て、退屈を紛らわしてはおるがのう」


「そっか。折角だから、帰りまでで良いなら、一緒にいこう。勝手に呼び出したりは出来ないけど、今は良いから、一緒にみんなのところにいこう」


ユキナリは渋々、私についてきたが、ちょっと嬉しそうなのがわかった。



「ユキナリは、人の姿にはなれないの?」


ちょっと、疑問だったのだ。


神様は、獣の姿でも、人の姿になれるものばかりで。


りゅうやこがね、姿をまだ見たことないがカレンさんのハクや、セイレンちゃんのレンとか、みな人になれるのだから、ユキナリもなれるのでは?と思った。



「ワレは、人の姿になりたいと思った事がないので、な。……やってみるか」



そう言って、ユキナリは白く光輝くと、白髪セミロングの白装束を着た、私と同い年位の美少女に姿を変えた。



「え、ごめん。失礼な事聞いても良い?」


「何じゃ?」


何って、あれだよ。


ずっと、性別男だと思っていたんだ。



「ユキナリって、女性なの?」


「男神と名乗った覚えはないが?」



心の中で、性別を誤って認識していた事を謝った。



「良かったらさ。服装は、私たちと同じものにしない?」


「そうじゃのう」


そう言うと、ユキナリは制服姿に変わった。


そして、生徒会室で、みんなが漏れなく目を丸くするのを、私はほくそ笑んで見守っていた。



「りりあ。……ユキナリをつれ回して、そそのかして。後で菅原先生にばれたら、僕知らないよ」


柚木崎さんに恨みがましく、そう脅されて、私は苦笑いで答えた。



「大丈夫ですよ。菅原先生は今、何か校門で女生徒を見張っている不審者の対応に追われて校門に行ってましたから、安心です」


そう自信を持って答えたのだが。




「君は、ちょっと目を離したら、何て悪ふざけをするんだい?」


「ひえっ……。も、申し訳ございません。ちょっと、魔が差しまして」



みんなで、生徒会の仕事が一段落したのもあって、ユキナリを取り囲んで、わいわいきゃあきゃあしているところに、突然、絶対、レンズサイドを使って現れただろう!って感じに、部屋の中に忽然と姿を表した菅原先生が肩をバチバチさせて現れて、私は柚木崎さんの背に隠れた。


「ほら、言わんこっちゃない」


柚木崎さんは、ため息をついて私の肩を両手で掴んで、菅原先生の前に押しやった。


「ごめんなさい」


「お説教は後回しだ。ちょっと来て。 ユキナリ、折角生徒に化けたなら、髪は黒髪にして、黒髪で出歩くなら、すこしは校内での自由を赦す、良いね」


「黒は穢れじゃ……が致し方ない」


良かったね、ユキナリ。


これですこしは、日常の退屈も紛れるだろうと、私は心の中で安堵して、菅原先生と再び、生徒指導室に舞い戻された。



「多々良君が、君と面識があるって言うんだけど、間違いない?」



多々良君?


生徒指導室で待ち構えたいた件の不審者に心当たりは、あった。


たしか、先日のチンチン電車騒動の時に、竹中さんとソウさんの他にもう一人いた人だ。


物凄く口の悪い人で、その事が印象に強く残って私は、ほんの僅かな時間だったにも関わらず、思い出すことができたのだった。



「大鏡公園で駆君が居なくなった時に、ソウさんと一緒にいらっしゃった方ですよね?」



「あぁ、あんたを探してた。 駆が言ってたんだ。 電車の中に入るには、白い真珠みたいな玉が必要だったって」



ん? なにこの人。


え?



「え、すみません。話が見えないんですけど。 何のご用件ですか?」


「俺をチンチン電車の中に入れて欲しいんだ。 あの日、俺は駆にチンチン電車の中を見せてやりたくて、新しい遊具の設置の合間の昼休みに、あそこに二人で行ったんだ。ちょっと、板張りの補強を外せば、中に入れると思ったけど、手持ちの工具じゃ開けられなかったんだ」


言っていることが、犯罪まがいだ。


市の職員が安全上の理由から、封鎖した板張りを外そうとするなんて。


この人、倫理観がおかしい。


私が不安げに菅原先生を見つめると、菅原先生は言った。



「彼ね、この学校の卒業生何だ。驚いたよ。 それも、特別クラスだったんだよ。だから、三年、僕が担任だった。 でも、彼は5年前に事件に巻き込まれて、そのショックで、記憶と力を失っているんだ。特別クラスに在校していた時の記憶がないんだよ。学園長に事の次第を報告したら、君に会わせてあげて良いよって事で連れては来たけど」


菅原先生も困惑して、少し、考え込んだ挙げ句、目の前の彼に言った。



「封鎖された遊具を勝手にこじ開けてはダメじゃないかな?」


「分かっている。だから、ちょっと中を見たら、元通りに戻すつもりだった」



いや、何も分かってないようだが?


私は呆れた。


「頼む、一目で良いんだ。俺に、もう一度、チンチン電車の中を見せてくれ」


「何で、電車の中を見ることにこだわるの?」


この人の倫理観の無さには、呆れるばかりだが、なぜ、チンチン電車の中を見る事にこだわるのか、気になって、もう先にそれについてはっきりさせたいと私は尋ねた。



「何年かかっても良い。 いつか、復元したい。  だから、今月撤去されるあの車両を、もう一度、自分の目に焼き付けておきたいんだ」


「えっ。あの車両、撤去されちゃうんですか?」


「あぁ、老朽化が進んで、よその施設に譲渡も不可で、解体の上、廃棄処分されんだ」


そ、それは、私もショックだ。


もう、ボロボロだったけど、レンズサイドで乗り込んだ車両は、とても、今の近代的な車両と違うレトロな雰囲気の特徴のある構造をしていた。


「あれは、俺がガキの頃、設置された間際はピカピカの車両だった。中も自由に入れた。 いつかこれを運転して、みんなで遊ぶのが夢だったんだ。 頼む。 いつか、金を集めて、どっかに、自分でもう一度、俺が作るから、その為に、どんな車両の光景だったか、どんな運転席の様子だったか、どんな部品が着いていたか、俺に見せて欲しいんだ。俺は入れなかったのに、あんたは中に入ったんだろう? 」


「え、昔は、動いたんですか?」


「いや、俺が改造して、動かしてやるって思ってた」



おいおい、公園の遊具を改造すんなよ。





「ちょっと、考えさせてくれますか?」


「ダメか?」


「いや、ダメとかじゃなくて、私はこの学園の生徒で、おいそれと人の頼みを自分の独断で決めて良い立場じゃないんですよ。 えっと、そうですよね?」


私は、言葉の後半、がっつり菅原先生を見つめていた。


「よく分かっているじゃないか? 懸さん」


突然、生徒指導室に学園長が現れた。



「多々良君、やっぱり、僕の事も菅原先生の事も、思い出せないかい?」


「あぁ、この学校の卒業生ってのも、ピンと来ねえんだ。 俺の妹も通ってたってのも、全然記憶がねぇ」


「そうかい。僕は、君たち兄妹の事なんて、忘れたいと思っても、到底忘れられないくらいの凄いことずくしで、いっそ腹立たしいんだけどね」


一体、この人の在学中に、何があったんだろうか?


学園長は頬を引き攣らせながら、今度は私に言った。



「一応……根は悪い子じゃないんだよね。人としての倫理観が皆無なんだけど、人や動物を慈しむ心のある優しい子なんだよ。 でも、慈しむ心が強いあまり、心に潜む阿修羅が出て来たら、手がつけられないんだ」


阿修羅?


何だ、その、けったいな名前は?


「でも、まぁ、本当、相変わらず、自分の欲求は目的を優先させて、公序良俗や法律の範囲内で善い行いを成就するのが難しいみたいだね」


公序良俗と法律を守るのって、そんなに難しいか?


いや、皆が容易くそれらを守って社会に出られるならば、この世に罰金刑やお職する政治家や犯罪者は居ないはずなのだから、一概に容易ならざる事ではある。



でも、3歳程度の幼児を伴って、封鎖された遊具を突破して中で遊ぼうってのは、良くない。


あっ、実際に中に入って遊んだのは、自分とチビりあだったじゃないか?


と、心の中で、自責の念にかられた。



「でもね、もうすぐ、彼女は下校時間だから、今日は無理だよ」


「じゃぁあ、じじい。いつなら、良いんだ?」


学園長に向かって、じじいは無いよ。 


「とりあえず、明日の放課後、16時においで。菅原先生。懸さんと一緒に、彼に付き合ってあげて」


菅原先生はちょっと嫌そうだったが、了承してくれ、その前にまず私の了承を得るって、プロセスは無いのか?とも思ったが、黙って、事のなり行きに身を任せた。



「良いんだな? 白い真珠みたいな玉は、あれから、公園中を探し回って、ひとつだけ見つけたんだ。これで、良いか?」



え、見つけたって、あの時、駆君が見つけたのって、私の涙だ。


私は見てなかったが、力あるものが命が千切れる程、振り絞って流した涙が形に残ったものなのだ。



稀にも見つかるものじゃ無い。


勘違いじゃないかと思った。


「えっ、嘘でしょう」


私は、彼から差し出された白い玉を手にとって、感じた。


「……嘘つき」


私の言葉に、彼はちょっと、驚いた顔をした。


菅原先生と学園長は、私の発言に、何故か表情が青ざめていた。



「何の事だ」


「拾ったんじゃない。アナタは自分の流した涙を持っていただけでしょ。子供の頃に、大事な人が目の前で傷付いた時に、それが赦せず流した涙じゃない?」


「お前、本当にすげーな」


「……アナタ、意外と良い人だね。加減や、限度や、容赦は、無いけど」


私は、複雑な心境で、学園長と菅原先生に言った。


「この涙……。今夜、お預かりしても良いですか?」


「えっ、それ、涙なの?」


この前の騒動の時、自分とちびリアの涙がそもそもの騒動の発端だった事を含め、学園祭の準備に終われ、二人に話せずじまいだった事をめんどうに思った。


「この前の分魂の私が、この涙の事をよく知っていたので、家に帰って、相談したいんです。 事情の説明は、明日します。下校時刻ですので、お暇しても宜しいでしょうか?」


私の申し出に、学園長が答えた。


「明日、登校したら、真っ直ぐ、学園長室に来てくれるなら、構わない。菅原先生も同席してくれ」








夜、私は、何事も無かったかのように、氷室さんと夕食を共にして、就寝の時間を迎え、部屋に戻ってから、彼女を呼んだ。



「チビりあ。 お願い」


来るか、不安だったが、彼女はすぐ呼びかけに応じてくれた。


胸には、チャッピーを抱えていた。


「ボク、チャッピー。……イッショニアソボウヨ」


相変わらず、私の段ボール製の特性出刃包丁でチビりあの胸をとんとんしていた。



「どうしたの?」


「また、涙が見つかって……と言うか、私のところに持ち込んで来た人が居てさ」


私が事情を説明すると、チビりあはチャッピーを床に降ろして、玉を私から受け取って、まじまじと見つめた。


「……りりあ。……りりあ。ボク、チャッピー、イッショニアソボウヨ……」


「おいで、チャッピー」



私は駆け寄ってきたチャッピーを胸に抱き、心臓付近をとんとんさせてあげた。


「これ、精度が良くない。 ……気持ちは強いし、それなりに力もあるけど、何か……これさ、神様の子孫の流した涙ね。 あまり良くない類いの」


あまり良くない類いの神様?


そう言えば。


「阿修羅って、言ってた。ちびリア、知ってる」


「うーん、りょう。 ちょっと来て」


えっ、りょうを呼びつけたよ。


どうしよう?


柚木崎さんには、まだ、今日の事を、何も説明して無いって言うのに。



「どこに呼びつけるんだ。 りりあ、久しぶり」


「うん、久しぶり。……ねえ、りょうが今呼び寄せられたのって、あの、えっと、何て言ったら良いか………もう一人のりょうも気付いたり、今、状況が分かったりしちゃうのかな?」


「いいや、チビりあがボクを単体で呼び寄せたから、大丈夫だよ」


「なら、良かった」


ちびリアは、私が口にした【阿修羅】について、りょうに尋ねた。



「阿修羅は、戦いを好む神様だよ。怒り、憎しみ、傲りを司る、戦いの神だよ。 今、六封じに、居るみたいだけど、何か揉めたの?」


「えっ、じゃあ、この涙を流した人は、神様なの?」


私の言葉に、チビりあは言った。


「神様じゃないわよ。私、言ったわよね。神様の子孫。神木一族みたいに、神と人間から出来た人間じゃない? 子孫代々で神様の力は徐々に弱まるのよ。神木は、自分の一族を呪って、魂が枝分かれになるのを食い止めて維持してるけど、そうしないと千年もすれば、ただの人になる。 これを流した人物は、薄いよ、かなり」


チビりあの話しにりょうは、チビりあの涙に興味を示した。


「僕も、見て良い?」


勿論だ。


りょうも、涙の玉を受け取ってまじまじとそれを観察して言った。



「阿修羅の子孫だね。 この涙を流した人間は。 大丈夫かな?」


「えっ?」


「阿修羅は戦いの神だから、気性が荒くて、度々、争いの渦中に身を投じやすくて、結構、早死にしたり、身内で不幸が多いんだ。 誰か、近くに歯止めになる人が居ないと、とても危険なんだ」


だったら、ソウさんと一緒に働いているから、それは、ギリギリ大丈夫な気がする。


以前は、若葉学園に通って、菅原先生に教鞭を取って貰って、卒業したなら、何の事件でどうなってかは、知らないが、例え、記憶を無くしていても、きっとあの人が大丈夫な人だと信じたいと私は思った。




翌日、約束通り、登校してすぐ、学園長室を訪ねた。


「おはよう。早速だけど、この前の迷子騒動の顛末から聞かせてくれ」


学園長に促され、私は駆君が私の涙で、ちんちん電車の中に入り、チェリーブロッサムまで運転した事をまず話した。


そして、その仕組を私に教え、涙の力が尽きて電車が消えるまで、私の分魂が行動を共にしてくれた事を話した。



「君は、自分の分魂を呼び出す事が出来るのかい?」


「はい、私のところに戻る気は無いようですが、今のところ、度々、呼びかけには応じてくれています。昨日も、寝る前に話をしました」



私は、次いで、駆君の拾った涙が、7つの神の洗礼の折に、氷室さんの妨害に遭って神になり損ねた時に、命が千切れる程の悲しみと後悔で流した涙だった事を話した。


そして、昨日、多々良と言う名で呼ばれていた彼が私に渡して来た涙は、彼自身が子供の頃に流した自身の涙であった事を話した。


「君は、あれに触れただけで、何故それが分かったんだい?」


「触った時に、記憶が見えました。 学園長も、菅原先生も、触れて見ますか?」


学園長は、私から涙の石を受け取り、暫く手の上においた後、菅原先生にそれを渡した。


「私には、分からない」


学園長は言った。


「多々良君の気配は、する。昔の、この学校に在学していた時の懐かしい、荒ぶる魂。 そう言えば、昨日は、ヒヤッとしたよ。君が、いきなり、多々良君を噓つきって言った時。 いつもの彼なら、 てか足が出てもおかしくなかった」


「ワシもヒヤッとしたよ。 でも、全く、彼は君に怒りを向けなかった。 何でかな。 彼は男女分け隔てなく、キレたら年下だろうと老人だろうと容赦なかったからね」


あぁ、それで二人共、私が彼の涙の嘘を看破した時、青ざめていたのか。



「阿修羅の子孫だから、気を付けるように忠告を受けました。 傍で、歯止め役が居ないと危ないよって」


「分かっておる。 3年、在学した折、兄妹ともども、骨身に染みてるよ」




事情の説明が一段落するのを見計らって、私は、学園長と菅原先生に尋ねた。


「昨日、この涙の使い方を教えてもらいました。確認ですが、彼を電車の中に入れるだけなら、この石は使わない方が良いと思います」


「と言うと?」


「涙の精度が、良くない。 悲しみと憎悪で出来てる。 私の涙は、悲しみと後悔で、幸い、憎しみは無かったんです」


氷室さんに、騙すような誘い文句で、引きずり降ろされたのに、憎い、憎いと言っていたのに。


あの涙には、憎しみが無かった事が不可解だったが、チビリアは、こうも言っていた。


【憎悪で流した涙は、人の心を阿修羅に変えると】


「そうか⋯。ぬきめがねを放課後までに、容易させよう。それで、事足りるだろう。 この涙は⋯⋯彼に返すのも、困りものだ。折角、眠っている魂だ」


「眠っているんですか?」


「あぁ、猿の神、猩々【しょうじょう】と言う神憑きが、ここの土地に目を付けて、土地に火を点けたり、人を脅したり、いざごさを持ち込んでは、その土地の持ち主を苦しめていたんだ。 卒業生の有志で、対処していたけど、最後は、彼が対峙して、お互い再起不能になって、決着したんだ。 彼は、自分の友達みんなの為に、イノチをかけて、相討ちに持ち込んだんだ。相手も、彼も、命があって良かったよ」


「イノチがけで戦ったんですか?」


「そうだよ。普通、血の薄い神の子孫が、ホンモノの神を降ろした神憑き相手に、相討ちになんて、持ち込めないんだけどね。まぁ、よりにもよって、祖先が他ならぬ阿修羅だから、かな」


学園長と菅原先生は複雑そうにそう言って、放課後の予定を憂いていた【憂鬱な態度だった】。


私は、シュウさんの事を、危険な所はあるけど、倫理観がおかしいけど、悪い人ではないとは思っている。


そう思っていたのだが、いざ、シュウさんとの約束の放課後、私は度肝を抜かれる事態に呆れてしまったのだった。





「カレーの収益だけどね。 エグい額、弾き出したね。 売上と利益率、半端ないよ。 とても、高校の学園祭とは思えないよ。 これ、生徒会の予算に組み込んだら、繰越金オーバーだ」


当初の売上目標は、食器買取の売り上げを含めた50万円の売り上げ。


+αでスパイスカレー200食分の500円✕200の10万円。


今回は機材のレンタルや食材代などの諸経費の10万円を差し引いての、純利益50万円だった。




「では、創部した【彩食倶楽部】の予算にしても良いですか?」




「それは、僕が手出しした出資金を使うと良い。⋯⋯元々、そのつもりだった。偉そうに、創部の許可だけ出して、手出ししないじゃ、学園長の僕の立場ないからね。随分厳しい条件をクリアして創部したんだから、胸を張って受け取ってくれ。ただ、売上の純利益50万円の使い途は、生徒会で話し合って1円残らず使い切って。それまでが、今回の僕のお願いだよ。頼んだからね」


創部したばかりの部活に予算をくれるのは、嬉しいが、結局、何から何までてのかかるお願いである。



学園祭明けの登校日の放課後、私達は、生徒会業務の傍ら、50万円の使い道と、生徒会メンバー全員入部した新しい【彩食倶楽部】の予算の使い道を話し合った。



でも、具体的な意見は特に出ず、体育祭と学園祭の後処理の業務に追われた。



「物販の売り上げ一位は生徒会のカレー屋台ですけど、イベント系では、総動員数一位は、特別クラス1年のお化け屋敷でした。今度の全校集会で報告出来る様に、資料を作ります」


「頼むよ、セイレン」



書記のセイレンちゃんが張り切っていた。


そう言えば、お化け屋敷の騒動の時、私は、篠崎さんの姿をした、恐らく篠崎さんではない、何者かに襲われたのだが、その事は、有耶無耶のままだった。



ずっと、引っ掛かっていて、私は、思い悩んだ挙げ句、菅原先生と話したいことがあるからと、柚木崎さんに申し出て、一人で職員室に出向いた。



「どうしたの、懸さん」


「この前、学園祭の初日にお化け屋敷で起こった時の事で、確認したい事があるんです」



私がそう言うと、菅原先生は私と生徒指導室に移動して、話しを再開した。



「何を確認したいんだい?」


「神様を呼んで、聞きたいんです。許可をください」


「……どの神様か、によるけど?」


「一ノ瀬君由来の……です。神様の名前呼ぶと来ちゃうから、名前がまだ言えない」


「そっちか。なら、良いよ。 ユキナリ、だろう?」



あっ、菅原先生が呼んだ。


まぁ、良い。


そうだ。


ユキナリに、確かめたいんだ。


私と菅原先生の前で、シュウッと白く光輝いた後、白い鳩が現れ舞い降りた。


「何じゃ? カミナリの神よ」


ユキナリは呼びつけた菅原先生にそう尋ねた。


雷を繰り出す事の出来る、神様だから、カミナリの神とは、言い得て妙だ。



「僕のことは、センサイと呼んで。 まだ、名乗ってなかったね」


「センサイ……。そうか、我も、千年生きた暁には、名をセンナリに改めようかのう」


「後、500年かかるね」


「ヌシハ,イヤミジャノ……」


ユキナリはそう言ってしょげてしまった。


「ごめん、ユキナリ。用があるのは、私なんだ」


「何だ、りりあがワレに用があったのなら、直接呼び出せば良いじゃろうて」


「色々制約があって、気軽に呼び出せない縛りがあるんだよ」



私は、なかなか本題に入れず、やきもきした。



「ねぇ、一ノ瀬君と篠崎さんがお化け屋敷からみんなを避難させ終わったのと同時に、お化け屋敷が結界に閉じられて、ユキナリが一ノ瀬くんを守ってくれてたじゃん。あの時さ、篠崎さんはどうしてたの?」



「あぁ、いつも、あやつと一緒におるおなごなら、共に倒れておったじゃろう。そのものも、お前の父親達が払い言葉で呪詛を破るまでワレの結界で守っておったが?」


「そうなの?」


気づかなかった。


呪詛が破れて、暫くして、倒れていた篠崎さんは確かにすぐ傍に倒れていたが、呪詛が発動している間は全く気づかなかったし。


何より。



「ユキナリは、あの時、私を足蹴にしていたヤツの事、どんな風に見えた」


私は、篠崎さん、そのものに見えたんだ。


違和感ありまくりで、何か違うな?とも思えたし、あの時のアレには私のお揃いのミサンガがなかった。



「ワレには、禍々しい、黒い、命なきものにしか見えなんだ」


「イノチナキモノ?」


私が言うと、ユキナリは言った。



「強い怨念と魂を、呪詛でかたちどった……不浄のカタマリの様なモノに思えた。おまえはアレが、何に見えたのじゃ?」



篠崎さんに見えた、とは、言えなかった。



「懸さん。君、何か僕に、いや、僕たちに何か隠し事をしていないかい?」



まぁ、ここまで思わせ振りな話の仕方じゃ。


菅原先生にそう疑われても、致し方ない。


でも、この上は、隠していたって仕方ない。


「篠崎さん」


私は白状した。


「え? なんの事?」


戸惑う菅原先生に私は続けて言った。


「菅原先生がお化け屋敷の中に入れなかった時、私が飛び込んでそこで、私を襲ってきたモノがです。 篠崎さんに見えたんです。でも、篠崎さんとは、別人みたいでした」


私は、自分の思いの丈を菅原先生とユキナリに話した。


篠崎さんは、初対面の時は、意地悪で自己中で、私に敵意をむき出しにしてきたが。


あの時は、もっと強烈で容赦なくて、横柄て不遜な態度だった。


件の時の人物とさ、まるで別人の様だったと。



「気になったんです。私が名前を呼び掛けたら、おまえに呼ばれる名前はないって。今、さっき、菅原先生は、ユキナリに名乗ってましたけど。名乗ってない時や呼び名が違う時って、そう言う風に断るものですか?」


「そうだよ。対象を認識して呼ばない名前に、意味はない。相手の納得出来ない呼称も、そうだ。まさに、ヒッキーがそうだろう」



だったら、私のクラスメイトの篠崎さんではない。


そう思った。



「でも、そもそも、篠崎さんって……。篠崎だからね」


「え?」


「いいや、忘れて。今のは……」



菅原先生、今何か意味深だったけど。






「菅原先生、学校の校門に不審者がいるって女生徒が相談に来てます。ちょっと、一緒に来ていただけますか?」



急に生徒指導室に一般クラスの女性教師がやって来た。


「不審者ですか?」


「はい、若い男の人で、女性との下校を見張っているそうです。誰か探しているみたいで怖いって、私もそっと見に行ったんですけど。何か、怖そうな人なんです」



菅原先生は、私に生徒会室に戻るように言って、女性教師と共に、校門へと向かっていった。


ユキナリが何だか寂しそうだったので、私は声をかけた。


「ユキナリ。 最近は、いつも何をしているの?」


「特にすることもない退屈なまいにちじゃ。日中はオヌシタチノ様子を見て、退屈を紛らわしてはおるがのう」


「そっか。折角だから、帰りまでで良いなら、一緒にいこう。勝手に呼び出したりは出来ないけど、今は良いから、一緒にみんなのところにいこう」


ユキナリは渋々、私についてきたが、ちょっと嬉しそうなのがわかった。



「ユキナリは、人の姿にはなれないの?」


ちょっと、疑問だったのだ。


神様は、獣の姿でも、人の姿になれるものばかりで。


りゅうやこがね、姿をまだ見たことないがカレンさんのハクや、セイレンちゃんのレンとか、みな人になれるのだから、ユキナリもなれるのでは?と思った。



「ワレは、人の姿になりたいと思った事がないので、な。……やってみるか」



そう言って、ユキナリは白く光輝くと、白髪セミロングの白装束を着た、私と同い年位の美少女に姿を変えた。



「え、ごめん。失礼な事聞いても良い?」


「何じゃ?」


何って、あれだよ。


ずっと、性別男だと思っていたんだ。



「ユキナリって、女性なの?」


「男神と名乗った覚えはないが?」



心の中で、性別を誤って認識していた事を謝った。



「良かったらさ。服装は、私たちと同じものにしない?」


「そうじゃのう」


そう言うと、ユキナリは制服姿に変わった。


そして、生徒会室で、みんなが漏れなく目を丸くするのを、私はほくそ笑んで見守っていた。



「りりあ。……ユキナリをつれ回して、そそのかして。後で菅原先生にばれたら、僕知らないよ」


柚木崎さんに恨みがましく、そう脅されて、私は苦笑いで答えた。



「大丈夫ですよ。菅原先生は今、何か校門で女生徒を見張っている不審者の対応に追われて校門に行ってましたから、安心です」


そう自信を持って答えたのだが。




「君は、ちょっと目を離したら、何て悪ふざけをするんだい?」


「ひえっ……。も、申し訳ございません。ちょっと、魔が差しまして」



みんなで、生徒会の仕事が一段落したのもあって、ユキナリを取り囲んで、わいわいきゃあきゃあしているところに、突然、絶対、レンズサイドを使って現れただろう!って感じに、部屋の中に忽然と姿を表した菅原先生が肩をバチバチさせて現れて、私は柚木崎さんの背に隠れた。


「ほら、言わんこっちゃない」


柚木崎さんは、ため息をついて私の肩を両手で掴んで、菅原先生の前に押しやった。


「ごめんなさい」


「お説教は後回しだ。ちょっと来て。 ユキナリ、折角生徒に化けたなら、髪は黒髪にして、黒髪で出歩くなら、すこしは校内での自由を赦す、良いね」


「黒は穢れじゃ……が致し方ない」


良かったね、ユキナリ。


これですこしは、日常の退屈も紛れるだろうと、私は心の中で安堵して、菅原先生と再び、生徒指導室に舞い戻された。



「多々良君が、君と面識があるって言うんだけど、間違いない?」



多々良君?


生徒指導室で待ち構えたいた件の不審者に心当たりは、あった。


たしか、先日のチンチン電車騒動の時に、竹中さんとソウさんの他にもう一人いた人だ。


物凄く口の悪い人で、その事が印象に強く残って私は、ほんの僅かな時間だったにも関わらず、思い出すことができたのだった。



「大鏡公園で駆君が居なくなった時に、ソウさんと一緒にいらっしゃった方ですよね?」



「あぁ、あんたを探してた。 駆が言ってたんだ。 電車の中に入るには、白い真珠みたいな玉が必要だったって」



ん? なにこの人。


え?



「え、すみません。話が見えないんですけど。 何のご用件ですか?」


「俺をチンチン電車の中に入れて欲しいんだ。 あの日、俺は駆にチンチン電車の中を見せてやりたくて、新しい遊具の設置の合間の昼休みに、あそこに二人で行ったんだ。ちょっと、板張りの補強を外せば、中に入れると思ったけど、手持ちの工具じゃ開けられなかったんだ」


言っていることが、犯罪まがいだ。


市の職員が安全上の理由から、封鎖した板張りを外そうとするなんて。


この人、倫理観がおかしい。


私が不安げに菅原先生を見つめると、菅原先生は言った。



「彼ね、この学校の卒業生何だ。驚いたよ。 それも、特別クラスだったんだよ。だから、三年、僕が担任だった。 でも、彼は5年前に事件に巻き込まれて、そのショックで、記憶と力を失っているんだ。特別クラスに在校していた時の記憶がないんだよ。学園長に事の次第を報告したら、君に会わせてあげて良いよって事で連れては来たけど」


菅原先生も困惑して、少し、考え込んだ挙げ句、目の前の彼に言った。



「封鎖された遊具を勝手にこじ開けてはダメじゃないかな?」


「分かっている。だから、ちょっと中を見たら、元通りに戻すつもりだった」



いや、何も分かってないようだが?


私は呆れた。


「頼む、一目で良いんだ。俺に、もう一度、チンチン電車の中を見せてくれ」


「何で、電車の中を見ることにこだわるの?」


この人の倫理観の無さには、呆れるばかりだが、なぜ、チンチン電車の中を見る事にこだわるのか、気になって、もう先にそれについてはっきりさせたいと私は尋ねた。



「何年かかっても良い。 いつか、復元したい。  だから、今月撤去されるあの車両を、もう一度、自分の目に焼き付けておきたいんだ」


「えっ。あの車両、撤去されちゃうんですか?」


「あぁ、老朽化が進んで、よその施設に譲渡も不可で、解体の上、廃棄処分されんだ」


そ、それは、私もショックだ。


もう、ボロボロだったけど、レンズサイドで乗り込んだ車両は、とても、今の近代的な車両と違うレトロな雰囲気の特徴のある構造をしていた。


「あれは、俺がガキの頃、設置された間際はピカピカの車両だった。中も自由に入れた。 いつかこれを運転して、みんなで遊ぶのが夢だったんだ。 頼む。 いつか、金を集めて、どっかに、自分でもう一度、俺が作るから、その為に、どんな車両の光景だったか、どんな運転席の様子だったか、どんな部品が着いていたか、俺に見せて欲しいんだ。俺は入れなかったのに、あんたは中に入ったんだろう? 」


「え、昔は、動いたんですか?」


「いや、俺が改造して、動かしてやるって思ってた」



おいおい、公園の遊具を改造すんなよ。





「ちょっと、考えさせてくれますか?」


「ダメか?」


「いや、ダメとかじゃなくて、私はこの学園の生徒で、おいそれと人の頼みを自分の独断で決めて良い立場じゃないんですよ。 えっと、そうですよね?」


私は、言葉の後半、がっつり菅原先生を見つめていた。


「よく分かっているじゃないか? 懸さん」


突然、生徒指導室に学園長が現れた。



「多々良君、やっぱり、僕の事も菅原先生の事も、思い出せないかい?」


「あぁ、この学校の卒業生ってのも、ピンと来ねえんだ。 俺の妹も通ってたってのも、全然記憶がねぇ」


「そうかい。僕は、君たち兄妹の事なんて、忘れたいと思っても、到底忘れられないくらいの凄いことずくしで、いっそ腹立たしいんだけどね」


一体、この人の在学中に、何があったんだろうか?


学園長は頬を引き攣らせながら、今度は私に言った。



「一応……根は悪い子じゃないんだよね。人としての倫理観が皆無なんだけど、人や動物を慈しむ心のある優しい子なんだよ。 でも、慈しむ心が強いあまり、心に潜む阿修羅が出て来たら、手がつけられないんだ」


阿修羅?


何だ、その、けったいな名前は?


「でも、まぁ、本当、相変わらず、自分の欲求は目的を優先させて、公序良俗や法律の範囲内で善い行いを成就するのが難しいみたいだね」


公序良俗と法律を守るのって、そんなに難しいか?


いや、皆が容易くそれらを守って社会に出られるならば、この世に罰金刑やお職する政治家や犯罪者は居ないはずなのだから、一概に容易ならざる事ではある。



でも、3歳程度の幼児を伴って、封鎖された遊具を突破して中で遊ぼうってのは、良くない。


あっ、実際に中に入って遊んだのは、自分とチビりあだったじゃないか?


と、心の中で、自責の念にかられた。



「でもね、もうすぐ、彼女は下校時間だから、今日は無理だよ」


「じゃぁあ、じじい。いつなら、良いんだ?」


学園長に向かって、じじいは無いよ。 


「とりあえず、明日の放課後、16時においで。菅原先生。懸さんと一緒に、彼に付き合ってあげて」


菅原先生はちょっと嫌そうだったが、了承してくれ、その前にまず私の了承を得るって、プロセスは無いのか?とも思ったが、黙って、事のなり行きに身を任せた。



「良いんだな? 白い真珠みたいな玉は、あれから、公園中を探し回って、ひとつだけ見つけたんだ。これで、良いか?」



え、見つけたって、あの時、駆君が見つけたのって、私の涙だ。


私は見てなかったが、力あるものが命が千切れる程、振り絞って流した涙が形に残ったものなのだ。



稀にも見つかるものじゃ無い。


勘違いじゃないかと思った。


「えっ、嘘でしょう」


私は、彼から差し出された白い玉を手にとって、感じた。


「……嘘つき」


私の言葉に、彼はちょっと、驚いた顔をした。


菅原先生と学園長は、私の発言に、何故か表情が青ざめていた。



「何の事だ」


「拾ったんじゃない。アナタは自分の流した涙を持っていただけでしょ。子供の頃に、大事な人が目の前で傷付いた時に、それが赦せず流した涙じゃない?」


「お前、本当にすげーな」


「……アナタ、意外と良い人だね。加減や、限度や、容赦は、無いけど」


私は、複雑な心境で、学園長と菅原先生に言った。


「この涙……。今夜、お預かりしても良いですか?」


「えっ、それ、涙なの?」


この前の騒動の時、自分とちびリアの涙がそもそもの騒動の発端だった事を含め、学園祭の準備に終われ、二人に話せずじまいだった事をめんどうに思った。


「この前の分魂の私が、この涙の事をよく知っていたので、家に帰って、相談したいんです。 事情の説明は、明日します。下校時刻ですので、お暇しても宜しいでしょうか?」


私の申し出に、学園長が答えた。


「明日、登校したら、真っ直ぐ、学園長室に来てくれるなら、構わない。菅原先生も同席してくれ」








夜、私は、何事も無かったかのように、氷室さんと夕食を共にして、就寝の時間を迎え、部屋に戻ってから、彼女を呼んだ。



「チビりあ。 お願い」


来るか、不安だったが、彼女はすぐ呼びかけに応じてくれた。


胸には、チャッピーを抱えていた。


「ボク、チャッピー。……イッショニアソボウヨ」


相変わらず、私の段ボール製の特性出刃包丁でチビりあの胸をとんとんしていた。



「どうしたの?」


「また、涙が見つかって……と言うか、私のところに持ち込んで来た人が居てさ」


私が事情を説明すると、チビりあはチャッピーを床に降ろして、玉を私から受け取って、まじまじと見つめた。


「……りりあ。……りりあ。ボク、チャッピー、イッショニアソボウヨ……」


「おいで、チャッピー」



私は駆け寄ってきたチャッピーを胸に抱き、心臓付近をとんとんさせてあげた。


「これ、精度が良くない。 ……気持ちは強いし、それなりに力もあるけど、何か……これさ、神様の子孫の流した涙ね。 あまり良くない類いの」


あまり良くない類いの神様?


そう言えば。


「阿修羅って、言ってた。ちびリア、知ってる」


「うーん、りょう。 ちょっと来て」


えっ、りょうを呼びつけたよ。


どうしよう?


柚木崎さんには、まだ、今日の事を、何も説明して無いって言うのに。



「どこに呼びつけるんだ。 りりあ、久しぶり」


「うん、久しぶり。……ねえ、りょうが今呼び寄せられたのって、あの、えっと、何て言ったら良いか………もう一人のりょうも気付いたり、今、状況が分かったりしちゃうのかな?」


「いいや、チビりあがボクを単体で呼び寄せたから、大丈夫だよ」


「なら、良かった」


ちびリアは、私が口にした【阿修羅】について、りょうに尋ねた。



「阿修羅は、戦いを好む神様だよ。怒り、憎しみ、傲りを司る、戦いの神だよ。 今、六封じに、居るみたいだけど、何か揉めたの?」


「えっ、じゃあ、この涙を流した人は、神様なの?」


私の言葉に、チビりあは言った。


「神様じゃないわよ。私、言ったわよね。神様の子孫。神木一族みたいに、神と人間から出来た人間じゃない? 子孫代々で神様の力は徐々に弱まるのよ。神木は、自分の一族を呪って、魂が枝分かれになるのを食い止めて維持してるけど、そうしないと千年もすれば、ただの人になる。 これを流した人物は、薄いよ、かなり」


チビりあの話しにりょうは、チビりあの涙に興味を示した。


「僕も、見て良い?」


勿論だ。


りょうも、涙の玉を受け取ってまじまじとそれを観察して言った。



「阿修羅の子孫だね。 この涙を流した人間は。 大丈夫かな?」


「えっ?」


「阿修羅は戦いの神だから、気性が荒くて、度々、争いの渦中に身を投じやすくて、結構、早死にしたり、身内で不幸が多いんだ。 誰か、近くに歯止めになる人が居ないと、とても危険なんだ」


だったら、ソウさんと一緒に働いているから、それは、ギリギリ大丈夫な気がする。


以前は、若葉学園に通って、菅原先生に教鞭を取って貰って、卒業したなら、何の事件でどうなってかは、知らないが、例え、記憶を無くしていても、きっとあの人が大丈夫な人だと信じたいと私は思った。




翌日、約束通り、登校してすぐ、学園長室を訪ねた。


「おはよう。早速だけど、この前の迷子騒動の顛末から聞かせてくれ」


学園長に促され、私は駆君が私の涙で、ちんちん電車の中に入り、チェリーブロッサムまで運転した事をまず話した。


そして、その仕組を私に教え、涙の力が尽きて電車が消えるまで、私の分魂が行動を共にしてくれた事を話した。



「君は、自分の分魂を呼び出す事が出来るのかい?」


「はい、私のところに戻る気は無いようですが、今のところ、度々、呼びかけには応じてくれています。昨日も、寝る前に話をしました」



私は、次いで、駆君の拾った涙が、7つの神の洗礼の折に、氷室さんの妨害に遭って神になり損ねた時に、命が千切れる程の悲しみと後悔で流した涙だった事を話した。


そして、昨日、多々良と言う名で呼ばれていた彼が私に渡して来た涙は、彼自身が子供の頃に流した自身の涙であった事を話した。


「君は、あれに触れただけで、何故それが分かったんだい?」


「触った時に、記憶が見えました。 学園長も、菅原先生も、触れて見ますか?」


学園長は、私から涙の石を受け取り、暫く手の上においた後、菅原先生にそれを渡した。


「私には、分からない」


学園長は言った。


「多々良君の気配は、する。昔の、この学校に在学していた時の懐かしい、荒ぶる魂。 そう言えば、昨日は、ヒヤッとしたよ。君が、いきなり、多々良君を噓つきって言った時。 いつもの彼なら、 てか足が出てもおかしくなかった」


「ワシもヒヤッとしたよ。 でも、全く、彼は君に怒りを向けなかった。 何でかな。 彼は男女分け隔てなく、キレたら年下だろうと老人だろうと容赦なかったからね」


あぁ、それで二人共、私が彼の涙の嘘を看破した時、青ざめていたのか。



「阿修羅の子孫だから、気を付けるように忠告を受けました。 傍で、歯止め役が居ないと危ないよって」


「分かっておる。 3年、在学した折、兄妹ともども、骨身に染みてるよ」




事情の説明が一段落するのを見計らって、私は、学園長と菅原先生に尋ねた。


「昨日、この涙の使い方を教えてもらいました。確認ですが、彼を電車の中に入れるだけなら、この石は使わない方が良いと思います」


「と言うと?」


「涙の精度が、良くない。 悲しみと憎悪で出来てる。 私の涙は、悲しみと後悔で、幸い、憎しみは無かったんです」


氷室さんに、騙すような誘い文句で、引きずり降ろされたのに、憎い、憎いと言っていたのに。


あの涙には、憎しみが無かった事が不可解だったが、チビリアは、こうも言っていた。


【憎悪で流した涙は、人の心を阿修羅に変えると】


「そうか⋯。ぬきめがねを放課後までに、容易させよう。それで、事足りるだろう。 この涙は⋯⋯彼に返すのも、困りものだ。折角、眠っている魂だ」


「眠っているんですか?」


「あぁ、猿の神、猩々【しょうじょう】と言う神憑きが、ここの土地に目を付けて、土地に火を点けたり、人を脅したり、いざごさを持ち込んでは、その土地の持ち主を苦しめていたんだ。 卒業生の有志で、対処していたけど、最後は、彼が対峙して、お互い再起不能になって、決着したんだ。 彼は、自分の友達みんなの為に、イノチをかけて、相討ちに持ち込んだんだ。相手も、彼も、命があって良かったよ」


「イノチがけで戦ったんですか?」


「そうだよ。普通、血の薄い神の子孫が、ホンモノの神を降ろした神憑き相手に、相討ちになんて、持ち込めないんだけどね。まぁ、よりにもよって、祖先が他ならぬ阿修羅だから、かな」


学園長と菅原先生は複雑そうにそう言って、放課後の予定を憂いていた【憂鬱な態度だった】。


私は、シュウさんの事を、危険な所はあるけど、倫理観がおかしいけど、悪い人ではないとは思っている。


そう思っていたのだが、いざ、シュウさんとの約束の放課後、私は度肝を抜かれる事態に呆れてしまったのだった。






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