「えっ、何で、妹さんも居るの?」
「おひさ、じいじ。元気してた?」
何だ、この、キラキラしたギャルは?
放課後、学園長室に菅原先生と行くと、そこに丁度、昨日の彼の隣に学園長をじいじ呼ばわりするギャルが居た。
シュウさんが、連れて来たのだ。
自分の妹を今日のまさか、この場に、だ。
「私もチンチン電車乗りたいって思ってたんだよね。 元々、私、特別クラスで最弱で最強だったじゃん。 でも、夜なら、私だって、レンズサイドで入れるって思ったのに、あれさ、封印してるでしょ。扉を物理的に閉じただけじゃない。 レンズサイドウォーカーも入れないように、そもそも、ダレかが何かしててさ」
「えっ、そうなの?」
「子供が迷い込まないように、4年前の封鎖作業の業者はそうしたと聞いておる。 だから、無闇に入ろうとするものでは無い。 兄妹揃って、公序良俗と倫理もへったくれも無い。 羅々【らら】、君は今は結婚して娘も居る身だろう? 少しは、常識のある行動を心がけたり出来ないのかい?」
「夢の中なら、何したって良いでしょ。 子供をほっぽり出して、夜遊びしてる訳じゃなし」
兄妹揃って、マジぶっ飛んでんな。
夢の中なら、何しても良いなんて事無いし。
夢の中なら、夜遊びじゃないって理屈もどうかと思うが。
「娘が夜泣きしたら、どうするんだい?」
「旦那が起きれば、旦那が見るし、旦那が起きなきゃ私が目が覚める。意識しか飛ばしてないから、身体は布団にあるんだから。それから、あやせば、良いじゃん。 何、娘の夜泣き対策って、母親が一晩中、起きて娘を見てなきゃいけないの?」
「いや、意外とまともに母親していて、ちょっと、見直したよ」
「今日は、早番で仕事終わって、旦那に全部押し付けて来たから、安心してよ。ほどほどに遊んで来いって、送り出して貰ったんだから」
えっへん、と言わんばかりの勢いで、いたずらっぽく笑う姿に、学園長も菅原先生も顔を見合わせ、ため息を付いていた。
「良かった。予備で2つ持って来てて」
そう言って、菅原先生は、ぬきめがねを2つ取り出して、シュウとララに手渡した。
改めて、学園長は私に、阿修羅の子孫の2人を紹介してくれた。
兄の名は 修【シュウ】。
妹の名は 羅々【ララ】。
二人合わせて、正に【修羅】という訳か。
「もう、時間勿体ないから、試運転も兼ねて、今から、このぬきめがねを付けて」
菅原先生は柄にも無く、ちょっとやけくそ⋯⋯と言うか投げやりな様子が気にかかった。
※
「夕方なのに、レンズサイドだ。何か、いつもより、意識もはっきり保てるし、快適だね。これ、どっかで売ってないの?」
「非売品だよ。 絶対、あげないから、絶対返して、そして、絶対壊さないでね」
「ええ〜、欲しいよ〜」
菅原先生とララさんの間にバチバチと稲光が走っているが、ララさんは全く気にする素振りを見せない。
それが、本当に恐ろしかった。
菅原先生の怒りよりも、それを平然とするララさんの神経がだ。
りょうの昨夜の【阿修羅の子孫】への畏怖の真髄を見た気がした。
「あの、ララさん。聞いて良いですか?」
「何? そう言えば、アナタの名前、何ていうの?」
「懸 凛々遊【あがた りりあ】です。聞いてます? あの駆君とチンチン電車に乗った者です」
「それは、聞いてるよ。 りー、宜しくね」
何故に、りー?
私が首を傾げていると菅原先生が言った。
「懸さん、これがララの実力だよ。 無理やり、呼ぼうとして、呼べる限界がそこまでなんだ。 ララ、在校中より、力があがっている」
「あんま、興味ない。 私はチンチン電車に乗れればそれで良いのっ」
兄妹揃って、並々ならぬ執念だな。
歩きで向かえば20分はかかる距離だが、レンズサイドでは5分かからない道のりで、件の場所についた。
閉じた扉に、身体でぶつかり、私はスーと中に入った。
だが、菅原先生とシュウさんとララさんは、いつまで経っても入って来ないから、私は一旦外に出た。
「懸さん⋯、さっきの話し、聞いてた? 市の職員がわざわざ選り抜きの卒業生に頼んで、封じてるんだ。 君は、入れても、2人は入れないの」
「そうなんですか? 全然、抵抗ありませんでしたけど」
私の言葉に、シュウは言った。
「じゃあ、俺が昨日渡した石で中に入れてくれ」
いや、それは、遠慮したいから、わざわざ、要さんから、ぬきめがねを借りてきたんだ。
「菅原先生、ぬきめがねで入れない対抗策は?」
「俺が開けるよ」
不意に、声をかけられ、振り向くと、そこには菅原 慶太さんが居た。
「えっ、菅原さん」
「シュウ。勝手な事をするな。ララまで⋯⋯」
ん?
何で、慶太さんが来た。
開けるって、何でだ。
「げっ、社長」
シュウさんが言った。
シュウさんと初対面の時、竹中さんとソウさんが居たが、そう言えば、この人、誰の何なんだ。
「ごめん、うちの社員が迷惑をかけた」
「えっ、シュウさんって、慶太さんの会社の社員さんなんですか?」
「そうだよ。若葉を卒業してから、ずっと面倒をみてきた。 最初は雇われの身で、後輩としてだったけど、独立してからは、社員として僕が面倒見てた」
慶太さんは、事情を説明してくれた。
市の職員の依頼で、修繕を請負った業者は万が一の為に、自分より格上のレンズサイドウォーカーにレンズサイドの封鎖だけ別注したのだと言う。
その業者の白羽の矢を受けたのが慶太さんで、請われるまま、この車輌を封じたのだと言う。
「俺は、本当は嫌だけど、もうここまでするなら、入れば良い」
そう言って、慶太さんは封印を解いた。
そして、みんなで中に入った。
「えっ、何だよ。これ⋯」
だが、入った中の車輌は、前に駆君とチビりあと見た光景とは、別物だった。
カラースプレーで至る所をペイントされ、両脇の座席には、ゴミが散乱し、後部座席には、マットレスやダンボールが敷かれていて、運転席付近には、運転席の操作レバー、ボタンやコックが転がっていた。
「嘘だろ。こんなんじゃ⋯⋯。こんなんじゃ、無かった」
「ホント⋯⋯ヒドイ」
シュウさんとララさんは、肩を震わせていた。
ピリピリと肩に何かが当たって弾ける。
カミナリの様な類ではなく、火の粉のようにチカチカするものだった。
「落ち着け、二人共」
「嘘だよね。シュウまで」
菅原先生と慶太さんよ呼びかけを無視して、二人は地団駄を踏んで、更に怒りを露わにした。
その瞬間、私のポケットの中で涙の玉が光を放った。
シュウの感情に、反応しているのか?
「誰だよっ、こんな事をしやがったのは」
シュウさんの怒りに呼応するように、玉が私のポケットを飛び出して、シュウさんの背中に飛び込んだ。
「えっ、嘘っ⋯」
「赦さねえ。 絶対、赦さねえっ」
これ、今から、どうなるの。
【教えて、チビりあ】
特に、狙ってそう念じた訳では無い。
どうしようか、考えあぐねて、思わず出た思念だった。
「誰を赦さないの?」
突然のチビりあの出現に、シュウさんとララさん以外は、驚きの表情を浮かべたが。
シュウさんとララさんは、チビりあを睨み付けた。
「ダレだ。オマエは」
シュウさんは言った。
「アナタも⋯⋯この電車で遊びたいの?」
「そうだ。元に戻せっ、俺のユメを返せ。 俺のタカラモノだった。 もう、戻れねえ。 俺の過去を返せっ」
シュウの感情が炎になって、チビりあに向かって行く。
そんなの喰らって大丈夫かと、慌てて飛び出そうとしたら、手を引かれた。
りょうだった。
行けない。
チビりあが危ないっ。
「やめてっ」
私は叫んだ。
シュウさんの絶叫から繰り出された火の玉が、チビりあに、届く間際、その前に蒼く光る炎が上がって、それを打ち消し、姿を現した。
りゅうだった。
「キサマ⋯⋯、死にたいらしいな」
上半身が人、下半身が龍の姿だった。
「バケモノか?」
「キサマも同じ様なモノだろう。 ワレを忘れて、オレのモノを損おうとする、戯けがっ」
りゅうの一喝で、シュウさんは壁に吹き飛び、背中を打って壁際に膝を付いた。
「シュウに何済んだよっ、バケモノ」
この状況で全く怯むことも恐れる事もなく啖呵を切るララさんに、私は目眩がして来た。
無謀を絵に書いたようだと思った。
時々、無茶だ無謀だと、周囲に言われて、全く要領を得なかったが、正に、こんな心境だったのだろう。
これが、無謀と言うものか。
「五月蝿いわっ。がちゃがちゃ、言うな。 この電車とやらが、綺麗だった時に戻れば良いなら、戻してやる。オレのりりあ達を、困らせるなっ」
※
涙無くても、戻るじゃん。
りゅうが、目を閉じて、暫くすると。
この前、駆君と、乗った車輌の様に、真新しい車輌にあたりは一新され、りゅうが目を開け、シュウさんに言った。
「海までで、満足か?」
「は?」
「動かさなくても、良いのか? と聞いている」
シュウさんは、立ち上がってふらふらと運転席に向かって歩き、運転席を目の前に言った。
「あぁ、これだ。 こんな⋯⋯だった」
そう呟いて、ゆっくりと運転席に座り、鐘を鳴らした。
チーン チーン チーン
もう、菅原先生と慶太さんは、渋々、座席に座ってだんまりで。
ララさんはシュウさんの隣で、大はしゃぎで。
何か、セイにも見せたかったと言っていたが、【まさかな】と思った。
りゅうとりょうとチビりあは楽しそうに、座席から海までの眺めを楽しんでいた。
もしかして、昔の自分は二人とこんな風に遊んでいたのだろうか?と、思って、感慨深い気持ちにさせられた。
※
大鏡公園の最寄りの海まで、電車は走り、そして、海にたどり着いた所で、りゅうは言った。
「もう、帰って良いか?」
「あぁ⋯⋯誰か、知らねえが、ありがとなっ」
シュウさんがお礼を言うと、りゅうは【ふんっ】と鼻を鳴らして、チビりあの手を取り、帰って行った。
【帰るぞ、チビりあ。チャッピーが待っている】
と、言い残して。
「なんで、海で降ろすかな」
そうだ。
もう帰って良いか?と海にたどり着き、降りた場所は海沿いのモールだったんだ。
チーン チーン チーン。
【帰って良いか?】とりゅうが尋ねて、シュウさんが良いと答えた直後、チンチン電車の鐘が鳴って、ハッとしたら、案の定、車輌が消えたんだ。
「ヤバい⋯⋯ヒッキーのお迎えの時間、過ぎてる」
「うわっ19時。これだから、二人に関わると、徹頭徹尾、碌な事無い」
菅原先生が嘆いた。
「すっちー悪い。迷惑かけたな」
「へっ?」
シュウさんの言葉に、菅原先生は目を丸くした。
えっ、今、菅原先生の事を、スッチーって。
「えっ、シュウ。まさか、記憶が」
慶太さんの言葉に、シュウさんは言った。
「あぁ、途中から、めがね無くてもイケたわっ。失くすなっ、壊すなっ、だったよな。 ほら、サンキュっ」
シュウさんは、そう言って、ぬきめがねを菅原先生に渡し、ララさんもぬきめがねを同じように返した。
「楽しかった」
ララさんは、そう言って、上機嫌だった。
「取り敢えず、シュウ、ララ」
「何だよ、社長、悪かったって、もう、やらねえから」
「当たり前だよ。君達、責任持って謝って貰うか〜ら〜なっ」
「はあ? 謝るって、若葉のじいじに?」
シュウさんとララさんの問いかけに、慶太さんは物々しい雰囲気で二人に言った。
「君の願いを叶えてくれたりりあちゃんの保・護・者にっ、だよっ。もう〜」
※
いや、菅原先生と慶太さんは災難だと、思うが。
それは、二人のみならず、私も、学園長も巻き添えだった。
学園で、私の不在を知って、ちょい怒【おこ】の所、大急ぎでレンズサイドで学園に戻った所、事の次第を知って、件の張本人の大胆不敵な倫理感の欠片も無い、謝罪に氷室さんは、龍に姿を変えやしないか、ヒヤヒヤさせられたからだ。
「また、お前らか。あの時、お前ら仲良く、桜木町の広場の穴に埋めて置けば良かった」
何の話だ。
「あんた、前に、会ったな? う〜ん、何の時だったかな?」
「あっ、そうだ。 セイの店燃やそうとしてた奴らをとっ捕まえて、どうしてやろうか?ってなってさ、燃やしちゃおうって火遊びしてた時に、怒ってたおっさんじゃん」
ん。
何か、色々、本当に、色々してんな。
セイの店って、私の知るセイさん?
まさかね⋯⋯。
「菅原に、慶太。 こいつらは、埋めて良いだろう。今、穴を開けてやる。 学園長も異存無いな」
「「「駄目っ」」」
※
随分、遅くなってしまって、帰り着くと21時前だった。
夕飯は、学園長の奢りで、てんぷらの揚げ立てが続々銀製の揚げ皿に盛られて行く、お店に連れて行って貰った。
「早く風呂に入って来い」
「はい」
私は言われるまま、お風呂に入り、就寝しようとリビングを通って、自室に帰ろうとしたが、氷室さんがリビングに居て、私を呼び止め、私にソファに座るように言った。
そして、私が座ると、私の隣に腰を下ろした。
「りりあ。もう、遅い。レンズサイドに切り替えろ。出来るな?」
「えっ」
「話がある。だから、切り替えろ」
「はい」
レンズサイドに、切り替えて、話をするのは、構わないが。
「レンズサイドって、寝てるのと同じ効果があるんですか?」
私の質問に、氷室さんは言った。
「生身は、使わないから、そうなる」
「そう言えば、今日、会った阿修羅の子孫のご兄妹って、言って分かります? 敢えて、呼び寄せ無いように、そう言いますが……」
「あの倫理も常識もへったくれも無い兄と妹の兄妹か? 阿修羅コンビとでも、言え。俺は、別な意味で名前を呼ぶのも、好かん」
「あはは。 ですよね? 今日は、流石に、怖いと思いました」
私の言葉に、氷室さんは眉根を細めた。
「お前、今日、怖いと思ったのか? そう感じたのか?」
「はい」
氷室さんは、傍らの私の肩を掴んだ。
「お前は、何故、俺に阿修羅の話をしなかった。 なぜ、俺に助けを求めなかった?」
そう言えば、昨日の事、何となく、渦中の人以外に話す気になれなくて、鏡子ちゃんやセイレンちゃんにも、柚木崎さんにも宇賀神先輩にも相談してない。
「……ごめんなさい」
思い付かなかった。
嫌だったとか、当てにしてないとか、そう言うんじゃない。
「俺は、理由を聞いている」
氷室さんは、イラついた表情を浮かべた。
「……氷室さんだって、仕事あるだろうし。 あんまり、氷室さんの手を煩わせたくないからです。 ちゃんと、学園内では、決まりを守って、先生の言うこと聞いて、良い子にしてます」
「じゃあ、何で、お前は、今日、怖いと思う目に遭ったんだ。お前が、俺の仕事に遠慮して、俺に話も出来ない、俺に助けを呼べもしないなら。 俺は、仕事を辞めれば、良いのかっ」
バカじゃないの……。
やめてよっ。
えっ、もう、ちょっと、嫌だ。
「ひ、氷室さん。何の冗談ですか?」
「俺は、本気で言っている。 お前は、俺がどうなれば、自分の事を事後報告せずに俺に話せる。 怖いと思った時に、俺の名前を呼べる。答えろ」
氷室さんがどうなれば、どうって。
そんな……。
よくわからないけど。
「と、取り敢えず、昨日から今日までの事情を話すので、聞いてください。 相談は、今後、必ずします。 物事が事後報告にならないようにします。その日、学校で何かあれば、放課後、氷室さんが迎えに来たときには必ず話します」
私は、昨日から今日にかけての事の顛末を話した。
そして、怖いと思ったのは、チビりあがシュウさんの繰り出して来る炎の直撃を受けて傷付く事が怖かった事。
何も出来なかった。
呼んでも無いのに、りゅうが現れて、チビりあを助けに入った事を話した。
すると、氷室さんは、何故か私の顔を覗き込むように近付けて、かなり目の前で私に言った。
「お前は、もう、もう一人の俺が怖くないのか?」
ドキッとした。
心臓破裂するか?と思った。
だって、私が最初の最初に、氷室さんの言う……もう一人の自分だと言ったりゅうを怖れているのは。
りゅうの事を、怖いか?
今は、りゅう自体を恐れては、いない。
チビりあとりょうを、微笑ましい目で見守るりゅうを見たとき、あの時、最初の時、りゅうが私にあんな事しなければ、私はりゅうを恐れる事も、怯えることもなかっただろう。
そう思ったら、歯がゆくはあるが、もう恐れたりしない。
「りゅうは、もう怖くない……」
「なぜ、泣きながら答える」
泣くよ。
そりゃ。
今、私に、りゅうへの恐怖や畏怖は無い。
本心だ。
もう、されてしまった事を今さらとやかく言うつもりもない。
でも、未だにこれだけは、赦せないんだ。
「私が、今、怖いのは、寧ろアナタです。 最初に会った日、ワタシはもう少し早く会いたかった。 助けてくれました? もしも、その時、もう一人のアナタが私を迎えに来た夜に、私が氷室さんを知っていたなら、助けてって、もしも私が言ったら」
たられば、持ち込んで、どうなるものじゃない。
でも、どうしても、言いたかった。
今、言いたかった。
「氷室さんは、私がりゅうに、最初の夜に、何をされたか、知ってました?」
「…………」
氷室さんは、無表情だった。
目を反らさず、私を見ているのに。
私が心を振り絞って、聞いているのに。
「……見てたんですか?」
「…………」
私は、自分の秘密を言うだけ言ってしまったのに、有耶無耶にするつもりか? 真実を得られずに、このまま終わるのか?
「氷室さん、教えて下さい。 ただ、もう、氷室さんも柚木崎さんも、怖いと思うことが、嫌……なんです。 もう、終わりにさせて下さい」
名前を呼んでしまったから、柚木崎さんを呼び寄せてしまった。
「えっ、何の修羅場……。 りりあ、氷室さん。 どうしたの……」
とんだ途中参戦を強いられて、柚木崎さんは事情の説明を求めてきた。
只今、夜中の2時過ぎで絶賛眠りに着いていた所、私の呼びかけに応じたのだと言う。
「随分、夜更かしだね。レンズサイドなら、身体の負担ないけど、何かあったの?」
何か?って。
もう、今日は、はっきりさせてしまおうって所なのだか、私は話しの組み立てを考えた後、二人に問いかけた。
「氷室さんに、もう⋯⋯今は、もう一人の自分の事は恐くないのか? と聞かれました。 私は、こう答えました。 もう一人の氷室さんの事は、怖くないって。 でも、私は、未だに、お二人の事が恐いです」
柚木崎さんは、私の言葉に、投げかけた。
「僕と氷室さんの事、君はずっと恐いと思っていたの?」
氷室さんは、未だ無表情に私をずっと見つめていた。
「そうです。 初めて私を迎えに来た夜、もう一人の氷室さんに、私が何をされたか、二人が知っているのか、確かめるのが、ずっと恐かった。 氷室さんは何も答えてくれなかった。柚木崎さんも、だんまりしますか?」
私が、皮肉っぽくそう言うと、柚木崎さんは氷室さんに言った。
「氷室さん、僕から話して良いなら、先に話します。 ……良いですか? 僕は自分の話しをします」
「好きにしろ」
氷室さんが、そう答えると、柚木崎さんは、私を迎えに行くに至った経緯を話し始めた。
今年の4月、始業式から数日経った、昼休み。
突然、身体中に激痛が走り、気が付くと血塗れで教室の床に倒れていた。
そして、柚木崎さんは氷室さんに出逢ったと言う。
氷室さんは血塗れの自分を抱えて車に乗り込み、二人で行き先も知らない私の居場所を探して彷徨ったのだそうだ。
結局、盟約に従って等ではなく、チビりあが突然力を弱め、本体が危険だからだと訴えたものの、すぐ決めかねて渋るモノ達に痺れを切らして、柚木崎さんは人質に取られたのだと言う。
りゅうは柚木崎さんと繋がる、りょうを串刺しにして言ったのだ。
【これを、癒せるのは、自分か、りりあしか居ない。俺は、絶対にりょうを癒すつもりは無い】
二人で、3日、車を彷徨い走らせ、着いたのは深夜だった。
気配が近付いたと悟ってすぐ、りゅうはりょうを伴い、二人の中から消えて、私の家の前にたどり着いた時には、柚木崎さんは傷が癒えていて、私の家の前の道路にりゅうとりょうが立っていた。
そして、りょうから、りゅうが私にした事を聞いたのだと言う。
※
「僕の話はこれで終わりだ。 りりあ、ごめん」
何のごめん。
だろうか?
「君を迎えに行く引き金を引いたのは、僕だ。 戻ったら、酷い目に遭うんじゃないかって、みんな心配してたのに。父さんだって君の居所、最後まで口を割らなかったのに」
「柚木崎、違う。俺は、あの時、お前の父親に頼まれて、お前を迎えに来た。 もう、あの時、分魂で思い出せなくなっていた。りりあが戻ってくるまで、りりあの父親の事を思い出せなくなっていた」
「父さんが分魂してる? 何のこと?」
氷室さん、やっと話してくれると、思ったら、何の話だ。
「柚木崎……お前の母親が眠りに着いた日、みんなで少しずつ魂を分けた。 トモが寂しく無いように、少しずつだ。勿論、お前も分魂して、大鏡神社の孤殿の中で、見守っている。 再び、目覚めるその日まで」
何とも言えない表情で、柚木崎さんが泣き出した。
分魂しているのは、知っていたが理由は知らなかった。
でも、結局、亀の甲より年の功で、情報量が私と柚木崎さんでは歯が立たない。
「りりあ」
氷室さんに、名前を呼ばれて、私は肩を震わせてしまった。
ずっと、私の問いかけには、無視だったのに、今更何だよっ。
「はい……」
「助けに行けなくて、悪かった。 止められなくて、悪かった。 憎んでも良い、恨んでも良い」
ずっと、欲しかったのは、そうだけど、そうじゃない。
「やだっ。 赦すも何もないよ。助けてくれるって、助けられたらなら、助けられたって、言ってくれるだけで、それで良かった。 二人が助けたくても、出来なかったって、それで充分だよ。 憎まないし。 恨まないよ。 駄目だよ。 【憎悪は人を阿修羅にかえる】って、知ってます? 今日、正にそれを見たんです。 ワタシは、阿修羅になるのは、嫌」
私の言葉に、氷室さんは何故か私を抱き締めた。
柚木崎さんの目の前で、突然、何だ。
「当たり前だ。 そんなものに、なるな」
抱き締めておいて、ハッとして私から離れた。
「……やせ我慢して」
小さく、柚木崎さんが何かをぼやいた。
「えっ、柚木崎さん。今、何か言いました?」
「ん~ん。 りりあ。 僕の事、これからも、好きでいてくれる? これからも、僕の恋人でいてくれる?」
秘密はもう無い。
現実を見て生きていかないと、私は、柚木崎さんが好きだ。
「はい」
「じゃあ、流石にもう帰るね。また明日」
柚木崎さんはスッキリした顔で姿を消して、帰って行った。
私もこれで、全部、すっきり……とは行かなかった。
そうだ。
油断も隙もなく、突然、色んなタイミングで色んな事をぶっ込んで来るのが柚木崎さんだ。
「……お前、いつ、柚木崎の恋人になる話をまとめたんだ?」
「キャンプのちょっと……前ですかね」
私は、氷室さんの顔を見ることが出来なかった。
「お前、いけしゃあしゃあと。 まぁ、柚木崎なら良い。 程ほどにしておけ。 昔なら、16で結婚出来たが、今は18になるまでは出来んからな。 お前はまだ15歳だろう? あまり、事を焦らず付き合え」
私は、早生まれだから、まぁ、そうだ。
「……はい」
何とか、話は無事に終わった。
そう思ったのも、束の間、背後から前に腕を回して、氷室さんが背中に覆い被さって来た。
「えっ、氷室さん?」
「りりあ……少しだけ、このままでいさせてくれ」
何で、だ。
でも、理由を聞いて、それで中断されたり、折角の申し出に水を差すようで、私は黙った。
何で、今、氷室さんが、私にそれを望むのか分からなかった。
でも、気が付いた。
気付いてしまった。
私の度々感じる胸の痛みの理由に。
私は、氷室さんに、恋愛感情がある。
柚木崎さんは、自分を愛する事と、氷室さんを愛する事は、自分への愛とは関係ない。
氷室さんを愛しても良いと、柚木崎さんは言った。
でも、自分がそう思えるかは、別物である。
私は、それは赦されない事に思えた。
でも、氷室さんを好きな気持ちをそれで打ち消せそうも無かった。
どうしよう。
「俺は、お前を一生……ここから、出してやれない。 お前が成人しても、俺には、お前をここから、出してやれない。 すまない」
「私は……構いません。ここで死ぬまで暮らす事は、父から最初に聞いてました」
氷室さんの言葉が心に響く。
音として聴覚から伝わるのではなく、
抱き締められた背中から伝わる体温と感触から、
氷室さんの気持ちが自分に届いているようで切ない。
私は、不自由じゃない。
だから、悲嘆に暮れたりしないし、ましてや、非難したりする訳がないのだ。
「……お前は、それでも、良いのか?」
「はい。……ここに居るとホッとします。意外と受け入れてます。 氷室さんが、居ないと、今はちょっと、寂しいですけど」
私の言葉に氷室さんは、私の肩に頬を寄せて目を閉じ、長い時間そうしていた。
※
夜が明けて、学校に、登校した後、私は久しぶりにこっそりと孤室に行って、内緒話を企てた。
「宇賀神 柊【うがじん ひいらぎ】」
私の呼びかけに宇賀神先輩は、呼びかけに応じて姿を表した。
「りりあ。……昨日、夜中に突然、呪いが解けて、僕が君に呪いをかけた事を思い出した」
「はい、秘密から乗り越える事が出来たので、私、宇賀神先輩に呪われてた事を思い出しました。ご心配おかけしてすみませんでした」
「良いよ。乗り越えられたなら、良かった。どうやって、乗り越えたんだい?」
「昨日、わたしの事を無理やり好き放題やった奴が、私の分魂と楽しそうに過ごして居たのを見て、私と私の分魂の為に、他人の願いを叶えてあげるところを見て、もう良いやって思ったんです」
「何だい、それは。 それって、俺達に君の血の一滴にでも手を付けたら殺すって脅してきたアレの事だよね」
「そうです。 もう、良いんです……。後は、秘密にしてた、二人にちゃんと話を聞いて、言いたい事を言って。それで、納得出来た。 そしたら、呪いが解けて思い出しました」
私の言葉に、宇賀神先輩は、優しく微笑みかけて言った。
「じゃあ、りりあ。これからは、君を愛する人と、うんと幸せに、ね」
「ありがとうございます。宇賀神先輩は本当、色恋絡まないと本当に良い人ですね。自慢の先輩ですよ」
「一言、多いよ」