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第4章有象無象の嘘と無双

第31話 フタツノコイ



「りりあ、宇賀神と何してたの?」


宇賀神先輩と孤室で話しをした放課後、私は生徒会室で、柚木崎さんにそう声をかけられた。



「へっ?」


「君、昼休み、宇賀神を呼び出しただろう? 俺の前で、姿を消して、理由を尋ねたらりりあに呼ばれたって、白状したんだ。普通に呼び出すなら、そこまで詮索しないけど、何で、レンズサイドを通して、君の所まで行く必要があるか尋ねたら、自分からは言えないって言うから、直接聞いてるんだけど?」



えっ、マジか。


まぁ、私を襲撃した時に、私の魂に触れて、私の秘密に気付いて、呪いをかけていた事について話したなんて、宇賀神先輩からは、説明出来ないから、致し方ない。


でも、だからと言って、自分からその話しをするのは、気持ちの良いものじゃあない。



「私だって、たまには、宇賀神先輩と話したい時だってあります。 気にしないで、下さい」


「するよ。 この前、君が自宅謹慎になった時も、昨日、学園始まって以来の最恐最悪の阿修羅の子孫の頼み事の一件も、君は僕にも氷室さんにも、相談しなかったじゃないか⋯⋯。全部、一人で背負い込まないで。何か問題を抱えて居るなら、ちゃんと話して」


と、言われてしまうと、もう正直に話すしか無いと思えて、生徒会の仕事を終えた後、私は柚木崎さんと2人で話をした。


柚木崎さんに告白の返事をした、学園の裏の神社の石段の上のベンチに座って話をした。


宇賀神先輩とこがねに、自分がりゅうにされた事を知られてしまい、取り乱す私の為に、宇賀神先輩がその秘密を乗り越えるまで、こがねと宇賀神先輩と私が、秘密を知った事を忘れる呪いをかけて、昨夜呪いが解けた事を、孤室で報告した事を話した。



「りりあ、本当に苦しんで居たんだね⋯⋯」



柚木崎さんは、そう言って、私の事を両腕で抱きしめた。


「⋯⋯もう、大丈夫ですから」


安心して欲しいと切に願ったのも、束の間、柚木崎さんは、やっぱり、いつもの柚木崎さんで、間髪入れずに、ぶっ込んで来る。


「本当に? もう、何も、悩んでない? 辛いと思っている事も、苦しむ事も抱え込んだりしていない?」


悩みはある。


氷室さんへの恋愛感情だ。


辛いと思っている事もある。


氷室さんへは到底、柚木崎さんみたいにおいそれと、自分の気持ちを伝えられない事だ。


苦しむ事もある。


柚木崎さんの恋人と言う立場に在りながら、並行して氷室さんに恋慕している事だ。


「⋯⋯⋯⋯りりあ。せめて、はい か いいえ は、答えようか?」



私は、結局、かなり長い時間を要して、やっと、回答を導き出した。


はい か いいえ では、答え無かった。



「私、柚木崎さんに、柚木崎さんが誰を好きでも構わないって、前に言ったじゃないですか?」


「うん、覚えているよ」


柚木崎さんに、告白された時、柚木崎さんが私がこの地に帰るまで、力の調達の都合上、不特定多数の女性と付き合っていた過去を知ったが、自分は件の事を理由に、それでも、柚木崎さんの恋人になると告白を受け入れた。


でも、今更、逆の立場になった時、私は柚木崎さんに申し訳無くなってしまったのだ。


「私、柚木崎さんだけを愛せなかった」


柚木崎さんは、私の言葉に目を丸くして、次いで、笑い出した。


「はは、りりあ。やっと、君、自分がヒッキーの事、好きだって自覚出来たの?」



何故、笑う?


まあ、随分、前から柚木崎さんにそう指摘されて来たのを、否定しておいてのこの体たらくは、私を笑う資格はある。


「⋯⋯柚木崎さん、私、どうしたら、良いか」


「自分の事は自分で決めないと駄目だよ。君は、僕の操り人形になりたいの?」


ちょっと、厳しいが、そもそも恋人に他の人に恋愛感情を抱いた事を相談するだけじゃなく、その結論を求めるのは、おかしい事だ。


「いいえ。ごめんなさい⋯⋯私」


もう柚木崎さんの恋人では居られない。


そう言おうとしていたのに、柚木崎さんは私の唇を指で抑えた。


「でもね。お願いだよ。他の誰を好きでも、僕は、君に、僕の恋人で居て欲しい。先に、僕の本心を聞いて、りりあの全てを、ありのままの君を僕は、愛してる」


柚木崎さんは、そう言い切って、私の唇から指を離した。


「私は、柚木崎さんが、りょういちが好き。 愛してる」


今まで、ぎこちなくしか言えなかった。


柚木崎さんの名前が、私は初めてその時、とても自然に口に出来た。


後は、私と柚木崎さんは抱き合って、長くて激しいキスをした。


「ところでさ。 学園祭の時、2度も、襲撃を受けたんだろう? 一人は大鏡公園で君を襲った白い虎で、もう一人は、よく得体の知れないナニカだったって。 菅原先生に、聞いたんだ。 ちゃんと、ヒッキーには、話したの?」


あっ、わ、忘れてた。


「わ、忘れてました。昨日、ちゃんと学校で起こった事は、きちんと報告するって、相談するって、約束してたのに」


「⋯⋯僕、父さんが君のお父さんと祓詞を使った事も、菅原先生の話しで初めて知ったんだ。そもそも、りりあじゃなくて、僕達の分魂の話しも初めて知った」




「何故、今日も、柚木崎が居る?」


「学園祭の時に、二度、襲撃されたのご存知ですか? 僕は、菅原先生から聞いてますけど、その事で、学園長が僕と氷室さんと菅原先生を交えて話があるから、氷室さんが来たら三人一緒に学園長のお宅に伺うように言付かって居ます。お手数ですが、お願い出来ますか?」


「分かった。乗れ」


氷室さんと柚木崎さんと一緒に、車で学園長の家に向かった。


車で5分の所に結構綺麗で大きないえと言うか、私の屋敷規模では無いが、庭に、鯉が泳いでいたりするお金持ちそうな屋敷だった。


「良く来たね。早速だ。上がって」


菅原先生と一ノ瀬君に玄関でそう出迎えを受け、私達は、リビングに通された。


何でだ?


「えっなんで、一ノ瀬君が居るの?」


「学園長と菅原先生の家に下宿して通っているんだ」


「前に僕の家って説明したけど、僕がそもそも、学園長の家に同居しているのは、説明して無かったからね。驚かせてごめんね」


菅原先生はそう謝った。


知らなかった。



「良く来たね。今、夕食を作っているところだから、ちょっと待ってて」


私は、学園長の言葉に、荷物を置いて、学園長に声をかけた。


「お手伝い、させてください」


「良いよ。 気を遣わないで」


「いえ、学園長のお料理、お手伝いさせて下さい」


私は、手を洗わせて貰い、エプロンを借りた。


「懸さんは、クラムチャウダーは好きかい?」


「はい」


「良かった。もう、煮込むだけだから、後は、もう一品、ポテトサラダを作っているところ何だ」


私は、食器を並べるのと、平行して、湯て上がったじゃがいもを潰す作業を担った。


「君はフォーク一本で器用にじゃがいもを潰すね」


「これが丁度良いんです。マッシャーを買わなくても、じゃがいもの食感を残すなら、加減しやすいんです。滑らかな方が良ければ、それも可能ですが?」


「いや、僕はべちゃくちゃになるのが好きじゃないんだ」


味付けは、学園長が担った


粒マスタードと、スライスキュウリに塩を振って良く水切りしたものと、ハムに粒マスタードと味の素と塩コショウを加え、最後に砂糖と塩で味を整えた。


夕食の準備を終えて、みんなで夕食を囲みながら、話は始まった。



「篠崎さんって、覚えているかい?」


と、突然、クラスメイトの篠崎さんの名前を出す、学園長に私と柚木崎さんと一ノ瀬君は、ガチャンと食器を鳴らしてしまった。


「何故、お前達が動揺する?」


氷室さんが不思議そうに言うのに、菅原先生が言った。


「それは、懸さんと柚木崎君と一ノ瀬君の知ってる篠崎さんと、僕と氷室くんと学園長が知る篠崎さんとは、別人だからだよ。今、学園長の言った篠崎さんは、二人が知る篠崎さんのお母さんの事だ。忘れたくても、忘れられない彼女の方だ」


忘れたくても、忘れられない篠崎さん。


どんな人だ。


篠崎のお母さんって。


えっ、お母さん?



「娘が若葉に居るのか、どういう事だ。 あの篠崎の娘が? はっ結婚していたのか? 名字がそのままだ?」



氷室さんの言葉に、学園長が言った。


「彼女は、姉妹で。妹さんが先に嫁に行ったから、彼女婿を取ったんだよ。すごく良くできた人でね。 娘の入学の時に、少し話したよ。 とても、優しくて穏やかで、まるでベツジンのようだった」


学園長は、何故か複雑な表情で、私を見て言った。


「まるで……、ごめん、こう言うのに、もう一人、心当たりがあって。 分かって居ると思うけど、まるで、正に今の懸さんみたいにだ。 それでね、この前、学園祭の時の襲撃の時に、君を襲った篠崎さんの娘さんであって、篠崎さんじゃないって話だけど」


「学園長、俺は、まだ、学園祭で、りりあが2度も襲撃に遭った事も、そもそも、誰からも、聞いてなかったが?」


氷室さんの言葉に、私は肩を竦めてうつむいた。





「悪い。兎に角もう、忙しかったんだよ。僕も、菅原先生も、懸さんも、悪いけど、目の前の事で手一杯だったんだよ。 だから、今からまとめて話すから、本当にマジで勘弁して欲しい。 僕は、お化け屋敷の封鎖事件の口止めと、食堂のカレー大量売れ残りの危機の解決で四苦八苦だった」


学園長の言い分の後を、菅原先生が続けた。


「僕は、懸さんが作ったら無差別殺戮人形の連続脱走事件で、泣き叫ぶ生徒をなだめたり、人形を探して学園中を何度探し回ったか」


「無差別殺戮人形? りりあがそんなものを作るはずか」


「えっ、作りました。お化け屋敷の受付で目玉を飾ったんですよ。その名も、チャッピーです」


私が名前を口にしたからテーブルの真ん中にシュウッと光輝きながら、チャッピーが出現した。


「ボクチャッピー……リリア、イツショニアソボウ」


とてとてと、料理を避けつつ、私に抱きついて来た。


「やだっ。ごめん、名前呼んじゃったら、来ちゃうよね。どうしよう……」


氷室さんは、わなわなしながら、私に言った。


「りりあ。何だ、その、ボロボロの血塗れ人形は、なぜその人形の持っているゴミに【特性出刃包丁】と書いてある、まさか、チャイルド プレ……」


「もう、りりあ。チャッピーを連れ出さないでよ。びっくりするじゃない」


氷室さんの言葉を遮って、突如チビりあが飛び出して来て、私から、チャッピーを奪い取った。


「ごめん、チビりあ。悪気は無かったの……」


謝る私に、チビりあは、ふんっと鼻を鳴らして、そっぽを向いた。


そして、チャッピーと共に、消えかけた間際、学園長が言った。


「待ちなさい。君っ」


「ん、何よ。……えっ、おじいちゃん……えっ、嘘っ、まさか、その魂……かえで?」


「君は、僕を覚えていたか? そうだよ。 かえでだ」


「何の用? あんまり、長居すると、私の方の保護者が探しに来るわ」


「構わない。あまり、好き勝手が過ぎると、悪いけど、僕も流石に、我慢しないからね」


学園長の言葉に、渋々、テーブルの空いた席にチャッピーを膝に乗せて腰を下ろした。


学園長は、私に、2つの騒動の説明を求めて来て、それに従い話をした。


一度目は、お化け屋敷か封鎖され、一ノ瀬君と篠崎さんが閉じ込められて、私が助けに入ったが、それ自体が私を誘い出す罠だった事。


まんまと誘い込まれ、虐げられていた所、お父さんと柚木崎さんのお父さんの二人の祓詞で救われた事、その時、私を襲った人物が篠崎さんに見えた事。


でも、篠崎さんには、前にお揃いで結んだ筈のミサンガが無かった事。


篠崎さんが、いつか、自分の呪いを自分で解くと言ったこと。


私にミサンガを結んだ時、このミサンガは絶対ほどける事はない。


けれど、ミサンガが切れた時には、私の悲願が必ず叶うと言った事。


そして、祓詞で消えた篠崎さんにら見えたものが、最後に父と柚木崎さんの名前を呟いた事を話した。


次いで、翌日、行方不明だったチャッピーを探した際に、今度は、チャッピーの中に入った白夜に、襲われて、りゅうを呼んで追い払った話しをして、説明を終えた。


「お前は、昨日、俺に何を言ったか覚えているか?」


「面目ない」


私の謝罪に、学園長が言った。


「いや、懸さん、謝っちゃダメだよ。 氷室くん、僕の話し聞いてた? 言ったよね。みんな忙しかったんだよ。 彼女は自分のやるべき仕事を全部やり遂げるので精一杯だったんだよ。 その上、たった、一晩しか、両親と一緒に居られなかったんだよ。それどころじゃ無かった。 彼女をこれ以上、責めるなら、僕にも、考えがあるからね」


氷室さんは、威嚇する猛獣のようにうなって、息を吐いて黙った。





「僕はね、さっきの話しに戻るけど。篠崎さんのお母さん、分魂したんじゃないかな? どうやってかは、分からないけど。 あの強烈な自己顕示欲が全く無かったんだよ。娘が一般クラスで入学するのを、微笑ましく見てたんだ。 覚えてる? 在学中、菅原先生に【自分の神様になれ】って菅原君を人質に取って脅したり、氷室くんに呪詛がけして使役しようとしたり、えっと」


「学園長やめて下さいっ、思い出したくもない、忘れたくても忘れられませんから、もう言わないで下さい」


「俺もだ。やめてくれ」


何だよ、篠崎さんのお母さん、無茶苦茶だ。


でも、そんなこと、やってそうな人ではあったが。


ん~。


あれ、何か、思い出せそうな。


「りりあ。何か、思い出せる?」


考え込む私にチビりあは言った。


「白い虎じゃない、ナニかが居たんだよね……宇賀神先輩が襲って来たとき、何か、ワタシ、変なこと口走ったんだよね。 それを、根に持ってたんだけど」


「何を言ったの?」



「忌々しい、見苦しい、みっともない。 愛されたいなら、自分でその相手にそれを請えば良いだろう? 人のものを欲しがるな。隠れてないで出て来い卑怯者」



チビりあは、私の言葉に、キョトンとして、そして、笑い出した。


「ごめん、それ、私の方に前半があるよ。 いちいち、自分が愛されないからって、トモに嫉妬してんじゃないわよ。性格最悪ね。いつまで、根に持ってんの? 人の揚げ足とって私の友達に酷いこと言うなっ。ここで、私の記憶が切れてる。急いでて、うまく記憶を分けられなかった。 最初は、私が見てる。 この前、あなたが」   


「チビりあ、帰るぞ」


突如、チビりあのはいごにりゅうが現れ、彼女が座る椅子ごと、抱き締めて胸に押し込めたようとした。


「りゅう……わたし」


「喋るな……。りりあ、あまり、チビりあを連れ出すな」


「えっ、駄目だった?」


「せめて。人目に晒すな。 ここにいる奴らは、お前に、何を望んでいるか分かっているのか?  お前は……」


「黙れ……。そのりりあは、お前のものじゃない。もう、返せ」


氷室さんがりゅうの言葉を遮るように言った。


「馬鹿が、誰が返すか? 所詮、人間で。人の癖に、人を愛せないお前に言われても、何も響かん」


そう言って、チビりあとチャッピーが消えて彼女が座っていた椅子だけが残った。




誰かが絶えず何かを話しながらの食事だったが、みんなスムーズに食事を終えた。



そして、私は食後の光景に衝撃を受けた。



氷室さんが食べた食器を台所に片付けるだけでなく、私より早く、勝手知ったる手早さで、食器洗剤や皿洗い用のスポンジ、鍋洗い用のスポンジを見極め、手際よく洗い物を始めたからだ。



まるで、身体に染み付いた習慣が滲み出たかのようなその行動だった。


私と柚木崎さんも、後片付けに加わり、3人で後片付けをした。


そして、最中、私はある疑問を抱いた。


食器を拭くふきんや、食器を片付ける戸棚の場所の指示をしたり、最後に、台所を綺麗に流し用のスポンジやブラシで綺麗に洗い場の掃除までする氷室さんに。


彼が、【この家の台所の住人であった事があったのでは?】と、言うことに。


片付けを終えて、後片付けの合間に、学園長と菅原先生かわお茶を用意してくれていた。


クッキーに、アールグレイのりんご紅茶が出された。


紅茶ポットにりんごの皮を茶葉と一緒に入れて、お湯を注いで淹れた紅茶は美味しかった。


クッキーは、細断したレーズンが練り込まれていて、これも、好きだった。



「まさか、君の分魂に会えるとは思って無かった。 もう1人の氷室君も含めてだけど」


学園長がそう切り出すと、柚木崎さんが言った。


「僕も、初めて会いました。 確かに⋯性格、全然違う。 それも、あんな幼い姿だなんて⋯⋯」


次いで、菅原先生が述べた。


「僕は、この前、ちょっとだけ会ったけど、今の懸さんとは、全然違うね」


みんな、言いたい事、言ってくれるが。


自分だって、正にそうだ。


「そうか? 根は、全く変わってない。どちらも、無茶で、無謀で、自分に正直で。⋯どのみち、手に余る」


サラッと言ってのけた、氷室さんのその感想が、何故か一番、鼻についた。



イラっと言うか、歯痒い? 


いや、違う⋯。


分かった。


言うなれは、そうだ。


カチンと来た。


そう、正にそうだ。


そう考えて、黙って聞いてるうちに、学園長が私に、驚きの言葉を口にした。


「手に余るなら、引き取るよ。懸さん⋯、君が望むなら、だけど」


瞬間、氷室さんの顔が高揚するのが分かった。


菅原先生と柚木崎さんは、固まっていた。


「えっ、学園長? 冗談言わないで下さい。 えっ、何で」


突然、何の脈略もなく、柚木崎さんみたいに、人が油断している所に、突然、心臓発作も辞さないレベルの修羅場を持ち込むのは、やめて欲しい。


「いや、ある意味、これ本題だよ。 本来ね。 君が、ここに戻るに当たってね。 君の意思確認なく、君の保護監督を、氷室君にする事自体、間違った事だったんだ」


学園長は、そう言うと、一度、私に、笑いかけて言った。


「氷室君がどうしても、君の未成年後見人になりたいって言ったんだよ」


学園長の言葉に、私は視線を下に向けた。


氷室さんの顔が見れないし、誰にも、今の自分の顔を見せたく無かった。


「僕達ね、そもそも、誰一人、君がここに帰って来ることに賛成して居らず、状況が状況だったとは言え、君がどれだけ危険な目に遭うか。それを承知で、二人の龍の神と人に連れ戻させた。【その責任を自分が全部負う】って、言うから、まあ歯痒いけど、僕と菅原先生は、若葉に君を迎えた」



氷室さん。


何だよ。


そんな事、知らなかったし。


先にこっちを知ってたら、そもそも、【最初に会った日に、りゅうから自分を助けて欲しかった】とか、駄々こねたりしなかった。


いや、やっぱり、その駄々はこねたい。


でも、もっと、違った気持ちで、氷室さんに接する事が出来たのに。


そう思うと、惜しいと思ったが。


そんなの、氷室さんは自分で言う人でも、言える人でもない。


「私は、氷室さんの事、信じてます。誰の賛成も無くても、帰って⋯来れて良かった。皆さんに、度々、ご迷惑をかけて居るのは、分かっています」


私は、ちゃんと言わないといけない。


そう決心して、顔を上げて学園長をまっすぐ見つめて言った。


「でも、みんなで学園に、卒業まで、1日でも長く、楽しく通いたいから、わたしは、高校生になってすぐ、ここに帰ってこれて、良かった」


学園長は、呆れた顔をした。


「そう言われたら、こちらが立つ瀬がない。君が、そう思うなら、仕方ない。 氷室君は良いのかい?  彼女が手に余るんだろう?」


学園長の言葉に、氷室さんは言った。


「俺は、一言も【手放したい】とは言ってない」


「じゃあ、僕は諦めるけど、昔のように、暫くみんなで仲良く賑やかも良いと思ったんだよ」


どんな時を懐かしんでいるのか、知らないが、そう惜しむ学園長の思い浮かべる一時は、【満ち足りた一時だったんだろうな?】と、思えるような感慨深げな様子に見えた。



「僕と、一ノ瀬君だけじゃ不足ですか?」


「そうだね、後二人は欲しいかな」


菅原先生と学園長の言葉を尻目に、氷室さんは席を立った。




柚木崎さんを大鏡神社で降ろし、家に帰り着くと23時だった。


明日は、土曜で良かったと心から思った。


「りりあ」


車を降りて、先に玄関で鍵を開ける私に、氷室さんはこちらに向かいながら声をかけて来た。


「はい。何か?」


「荷物を置いたら、リビングに来てくれ」



えっ、何だろう?


そう思いながらも、私は了承して、荷物も置いて、部屋着に着替えて下に降りた。


ついでに、お風呂も入ろうと、両手に着替えを抱えて下に降りて、先にリビングソファに腰を下ろす氷室さんの所に向った。



「おまたせしました」


氷室さんは、私が、両手に着替えを携えているのを見つけて言った。


「手短に言う。 お前は、お前が思っている程、自分の事で他に迷惑をかけている訳ではない」


私が迷惑をかけてはないとは?


「ここで、起こる、不思議や、災いや、争いは。 ここで、ここにいるものが、ここにいる為に、被る義務だ」


「義務?」


「そうだ。誰もがみんな、自分の居場所は、自分で必死に守って生きている。人やあやかしやカミでさえ、それに、例外はない。だから、お前が災いの元なんてことは無い。お前は、悪くない」


そ、それは、だったら、嬉しい。


ちょっと、一連の全てが自分由来の災いからなるのか?と、申し訳無く思っては居たから。


氷室さんは、私の手に自分の手を覆い被せて言った。


「だが、出来るなら、危ない目に遭う事は避けてくれ。戦うな。虎とも、あの篠崎の様なモノとも。 もしも、お前が、望まずとも、お前にたちはだかる事があれば、その時は、俺を呼べ。 龍そのものの名前ででは無く、俺の名前を」


私は、了承の意味を込めて、答えた。


「氷室 龍一とですか?」


「そうだ。俺が孕んだ総てではなく、本来の俺だけを、だ」


「分かりました」








10月も後半にさしかかり、月明けに、ロサンゼルスへの修学旅行を控えた柚木崎さんと宇賀神先輩の旅行準備の買い出しに、私と鏡子ちゃんとセイレンちゃんも同行した。



夏のキャンプの時と、真逆である。



二人の買い物の合間に楽しく三人でおしゃべりしたり、気に入った物を買い求めたり、楽しかった。



「そう言えば、修学旅行の期間中の週末、チェリーブロッサムでチャリティーバザーするんだって。お父さんが絵を出品するの。 二人も来ない?」


「あっ、それ、ママのお店も出店するって言ってた」


鏡子ちゃんとセイレンちゃんが行くなら、私だって漏れなく行きたい。


けど、そもそも、何のチャリティー?


「えっ、何のチャリティーなの?」


私の質問に、鏡子ちゃんが答えてくれた。


「何かね、昔、チェリーブロッサムの前の大通りを走ってたチンチン電車を復元する資金に充てる為のチャリティーらしいよ」


えっ、阿修羅コンビ派生のチャリティーじゃないか?


チャリティーブロッサムが、全面に資金調達に乗り出すなんて。


誰か、誰と繋がって、どうして?


聞くのも、知るのも、恐いが。


ぜひとも、それは行きたい。


帰ったら、早速、氷室さんに相談しようと心に決めた。


買い物の帰り道、柚木崎さんに事務所で仕事をしているからと帰りの待ち合わせ場所に指定して来た。チェリーブロッサムの氷室龍一税理士事務所まで送って貰った。



「僕、後、2日、遅く生まれていたら、りりあと一緒に修学旅行行けたのにな」


「えっ、柚木崎さんって、3月31日生まれ何ですか?」


「そうだよ。りりあは4月1日生まれだよね。日本って、何で学年の区切りが4月2日〜4月1日まで何だろうね?」


「えぇ、私もそう思いますけど。私にとっては、幸いです。鏡子ちゃんとセイレンちゃんとギリギリ同い年になれたんですもん。急いで産まれて来て良かった。私、予定日の前日の23時59分だったって聞いてます。後、一秒遅かったら、柚木崎さんと2学年離れて、鏡子ちゃんとセイレンちゃんの後輩になるところでした」


私の言葉に、柚木崎さんは苦笑いだった。


「そんなに頑張って生まれて来てたなんて知らなかったよ。 まぁ、でもやっぱ、早く生まれて良かったかな。君の頼りになる先輩って、立場、結構気に入ってる。 先に行って、うんとネタバレ話を持って帰って来るよ」


「やだっ。私の楽しみを奪わない程度でお願いします」


私がそう言った所で、チェリーブロッサムのオフィス棟のエントランスに着いた。


「僕も、氷室さんに会ってから帰るよ」


そう言って、氷室龍一税理士事務所に向った。


実は、氷室さんの事務所に行くのは初めてだった。


以前、チェリーブロッサムの食堂でカレー作りをした際に、帰りの待ち合わせ場所に指定されたものの、氷室さんも食堂にカレーを食べに来て、結局そのまま、帰途に着いた為に、行けず仕舞いだった為だ。


改めて、氷室龍一税理士事務所の前に行き、セキュリティで閉じられた扉の前の電話で、中に連絡すると、氷室さんが扉のロックを外してくれた。


中に入るとデスクが3つ並んで、奥に1つデスクがあり、隅には、来客用の応接セットもあった。


脇に個室の応接室と言うプレートのへやがあった。


奥のデスクが、事務所主の氷室さんのものだろうから、手前の3つのデスクは、社員さんのモノで、少なくとも、後3人は社員がいると思った。


でも、氷室さんだけしか、居なかった。


「氷室さん、他の方は?」


「今日は、休みだ。 今日、出勤していたのは、俺だけだ」


「お休みの日に、すみませんでした」


「気にするな。普段は、来客が無い限りは、最近はもっぱらリモート続きだったから、たまには、事務所で仕事が出来て良かった」


ん?


リモートって。


「えっ、普段はリモート何ですか?」


「あぁ、来客の無い時は、基本リモート対応だ」


だから、最近、いつも、私の家に居るんですね。


って、思わず口走らなかった自分を誉めて上げたかった。



「氷室さん、僕、来週の土曜の午後、ここを発ちます」


柚木崎さんは、そう言うと氷室さんに大きく息を吸って、改めて言った。



「来週の金曜日に帰るまで、りりあと母を頼みます」



改まって、何を言うんだ?って、思ったが。


そうか、柚木崎さんは、わたしだけでなく、ここで、イノチが帰るのを待つ、お母さんを案じて、氷室さんに、それを言って置きたかったんだと思った。



氷室さんは、言った。


「わかった。安心して行ってこい」























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