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第32話 チャリティーバザー



氷室さんにチャリティーバザーを見に行きたいと申し出たが、見に行くの自体は良いが、鏡子ちゃんとセイレンちゃんと一緒は、却下された。


「土曜の午後から夕方までなら、俺が連れて行く。 それで、不足なら、今回は諦めろ」


「はい。……行けるのであれば、充分です」



最近は、何だかんだ行って、行く先々でトラブルが尽きない。


だから、我が儘も無かった。


鏡子ちゃんとセイレンちゃんに、同行は無理だと話したら、二人はそれぞれの親の出店の手伝いをするから、【必ず自分達の店に寄ってくれれば充分だよ】と言ってくれた。



そして、当日、土曜の午後、氷室さんと二人でチェリーブロッサムのチャリティー会場に足を踏み入れた。




「バナナの叩き売り、してますね」


「あぁ、その様だな」




早速、足を止めたのは、チェリーブロッサムの青果部主催のバナナの叩き売りだったのだが。


そこで叩き売りの口上をしている人物が、私の大好きなセイさんに見えてならない。


「はい、このバナナ、1本、100円」



高いよ。 5本で100円とかなら、お買い得だけど。


「誰か、買っておくれよ。ええい、だったら、1本、千円で持ってけ、ドロボー」


買わないと思うが、そこで何故かニンマリした、おじさん、おばさんが手を挙げた。


「はい、売った! そこのチェックのおしゃれなカーディガンのおじさん。 おいでなさい」


セイさんにそう促されて、颯爽と会場の壇上に上がると、財布から千円を取り出した。


セイさんは、バナナをおじさんに手渡そうとして、おじさんに言った。


「毎度あり、あれ、はて、1つ、お尋ねです」


にやにやして、おじさんがノリ良く返事を返す。


「何だい」


「はい、ここだけの話し、ここのランチお食事券か、ステーキ肉の引換券、刺盛の引換券のどのバナナを、持って行きます?」


「うーん、ランチ食べて帰ろうかな?」


「へい、承知。 チェリーブロッサムフードコートのランチペアチケットバナナ、お買い上げ~」


「えっ。ぺあで良いの?」


「はい、会場前のお連れさんと仲良くどうぞ」


にやにやだった、おじさんが破顔の笑みに変わった。



「何か、色んな意味で凄いですね」


「あぁ、まあ、珍しい物を見たな」



そして、次に訪れたのは、鏡子ちゃんのお父さんの遥さんの絵の販売会場だった。


今回、大鏡公園から撤去されるチンチン電車復興の為のバザーな為か、当時の沿線沿いの風景や、チンチン電車を復元する予定地のチェリーブロッサムの遊園地スペースの絵だった。


「あれ、これ、何の絵ですか?」


「あぁ、これは、イメージ画みたいなものかな? ここを作りたいと申し出た最初の奴が、子供の頃、仲の良いトモダチみんなと遊園地に行きたかったけど、道に迷って、行けなかった遊園地を自分の街に作るのが夢だって言ってたんだ」


絵は、ライトアップされて輝く、チェリーブロッサムの観覧車とメリーゴーランドに駆け寄っていく子供達の絵だった。


何か、描かれている子供達に、見覚えが在るような気がしてならない子達ばかりな気が。


一番、先に立って、遊具を指差す男の子は、シュウさんににてる。


そのすぐ後ろにいる男の子、二人に見覚えはないが、一番絵の手前で、遊具から一番遠い場所から手を取り合って喜ぶ女の子二人が。


ララさんと、セイさんに見えるのは、私の気のせいだろうか?



「これ、名前が、一杯書いてますね」


「あぁ、今回は入札方式だ。欲しい絵の名簿に名前を書いて、箱に買値を書いて封筒に入れておく。 日曜日のイベント終了後に、一番高値の相手に売るんだ。ちょっと、恥ずかしいんだけど、ソウがこれにしろって、聞かねえんだよ」


「多々良 修。 冬野 誠。 ユウジ&ララ。 SAKURA。 株式会社 ベアローズ。本名じゃなくても、良いんですね 」


「あぁ、そうだよ」



私は、他の絵も、見て。


1つだけ、欲しい絵があって、氷室さんに願い出た。


「氷室さん、私、この絵を入札したいです」


「はあ? どの絵だ?」


氷室さんは、私が欲した絵を見て、ため息をついた。


「なぜ、この絵が欲しい?」


「だって、これ……」



私は、自分の欲する絵をうっとりとした目で見つめた。



すでに撤去されたはずのチンチン電車に運転席ではしゃぐ駆君と息吹ちゃんのそばでチビりあが、行く手を指差し、その後ろでそれを見守る制服を着た自分の姿が描かれていたからだ。


遥さん、見てたのか?


「りりあちゃん、その絵なら、ここに名前を書いて、封筒には、白紙で出してくれたら、りりあちゃんに、あげるよ。 タダで良いから」



遥さんにそう声をかけられて、私はビックリしてしまった。



「タダはダメです」


「遥、この光景をお前は見たのか?」


氷室さんの言葉に遥さんは、言った。


「あぁ、見たままを描いた」


氷室さんは、わたしと遥さんに言った。


「お前がタダは、嫌だと言うなら、俺が書こう。 文句はナシだ」


「はっ、何でお前が、入札すんだよ」


「ウルサイ」


氷室さんは、さらさらと絵の入札札に名前を書いて、私と遥さんに金額が見えないように、金額を用紙にしたためて、封筒に入れて箱に納めた。


一体、いくらの値を付けたのか、私も遥さんも、ガルガルして聞くなオーラを醸し出す、氷室さんに聞けなかった。





「ソウさん……。アナタは……本当に」


今回の出店で一番人だかりを作っている、スパイスカレーの店の前で、愕然とした後、行列を無視して売場のソウさんの所に行った氷室さんは、売場で販売にせいを出す、ソウさんを恨みがましく見つめて、そう吐露した。


「おう、氷室さん。言ったろ、ぜってえ、みんな気に入るって。見てくれよ。予想以上の大盛況だっ」


「いや、これ、スパイスカレー云々じゃあなく」


氷室さんが、何を言わんとしているか、私にも分かる。


氷室さんのスパイスカレーは確かに絶品だ。


人気が出るのは、学園祭でも好評だった事を踏まえても、それは、揺るぎない事実だか。


でも、ソウさん、これはズルいよ。



売り子のメンバー、ソウさんの他に、セイさんの旦那さんに、市丸さんのお兄さん。


女性の売り子さんに、超絶綺麗な女の人に、福岡で絶大な人気を誇るローカルリポーターの二人を起用するなんて。


「えっ、あの二人って夕方の情報番組 福岡キラキラマップのリポーターさんじゃないですよね?」


「いや、そうだぜ。美咲と、マリアンヌが、番組取材の傍ら手伝って繰れてんだ」


「奥さんまで駆り出して、どこまで、商魂逞しいんだ」


氷室さんが呆れてそう言った。


ん、奥さんだとぉおお……。


「えっ、じゃあ、後一人の、方は……ソウさんの奥さん。えっ、駆君のお母さんですかっ」


とびきりの美人だ。


「おい、ユキっ、この前、駆を見つけてくれた嬢ちゃん来てる」


ソウさんの呼びかけに、ユキと呼ばれたとびきりの美人さんが売り場を抜けて私のところにやって来た。



「会いたかった。ソウが、いつも、話している女の子なのね。 もう、ソウったら、名前も覚えてないなんて。 この前は駆を見つけてくれてありがとう」


「いいえ、ソウさんにはいつも、お世話になっています」


「本当? セイちゃんからは、ソウに色々巻き込まれて、逆に面倒かけているんじゃないかって、心配されているよ。 氷室さんもお久しぶり」


「お久しぶりです」


氷室さんは、やっぱ色々、私より、チェリーブロッサムに関わりあるんだ。



「昼ご飯、抜いてこれば。良かったです」


あまり忙しい店舗で、能天気な立ち話は申し訳無いので、話しを切り上げて次のエリアに場所を移した。


「まあ、食べてはみたいな、ソウさんに自分でアレンジして、【オリジナルで出すなら】と言う条件だったからな⋯⋯」


ただただ余計に食べたくなるじゃないか。


私は、昼ご飯を食べて来てしまったので、スパイスカレーが入らないことを、本当に残念に思った。


「りりあちゃん」


ソウさんのカレー屋台を後にして、むかったのは、セイレンちゃんのお母さんの勤め先のMAMEDA ベーカリーのお店だった。


カレンさんと二人でお店を切り盛りしていた。


「セイレンちゃん」


「丁度良かった。これ、あげるね。この前の部活創部の時に、資材、氷室さんが運んでくれてたし、いつも、七封じの貰い物で本当に助かったから。そのお礼。氷室さんも、ありがとうございました」


「俺は、特には、世話という世話は焼いてない。七封じの人達には、逆に、俺の命を救って貰った恩がある」


氷室さんの言葉に、カレンさんが言った。


「うちの娘が 礼儀正しく、お礼を言っているのだから、素直に受けてよ。私からも、お礼を言うわ。私の娘に、良い友達を引き合わせてくれて、ありがとう。 氷室さん」


カレンさんの言葉に、氷室さんは、小さなため息をついて言った。


「分かった。だが、俺からも礼を言わせてくれ。松永 華廉【まつなが かれん】、りりあに良い友達をありがとう」


カレンさんは、満面の笑みを浮かべた。





セイレンちゃんのお店を後にして、企業参加のイベントスペース区画に差し掛かると、色んなワークショップがあって、そこで、なぜか、チェリーブロッサムのアトリエ【TENTEN】と言うお店にアトリエ名の入ったTシャツを着てスタッフをしている鏡子ちゃんの姿を見つけた。


「えっ、鏡子ちゃん。何しているの?」


「あっ、りりあちゃん。この前、カレーの食器作りでお世話になった工芸室の管理人さんのお店のお手伝いだよ」


「あれ、氷室さんと、この前のりりあちゃんじゃん。やつほー」


えっ、何でこの人⋯⋯私の名前、私が驚いていると、氷室さんが後ろで耳打ちしてきた。


「あそこの姉妹は、神の洗礼に呼ばれたが、食い止めた。 二人共、覚醒していないが、お前の名くらいなら、呼べる。悟られるな」


どういう事だ?


気付かれるな、と言うなら、取り敢えず、普通に接しようと思った。


「えっと、確かテンさんでしたよね。 お久しぶりです」


「良かったら、手作りのアクセサリー見て行って」


そう言われ、アクセサリースペースを見せてもらうと、ピアスやイヤリングやネックレスがあった。


でも、どう考えても、私は隣のスペースの小物達が可愛すぎて、そっちに目が釘付けになった。


松ぼっくりを背負った羊毛フェルトのぬいぐるみ。


「これ、ハリネズミですか?」


「そうよっ。ハリネズミのハリボーだよ」


「可愛いっ」


そして、もう一つ、どうしても気になる木彫りの置物に私は衝撃を受けた。


大玉のリンゴサイズの碧色がかった灰色と言う絶妙な色使いで羽を彩られた太っちょの鳥で、大きな瞳とバナナ色の大きな口ばし、何だこの空想上のイキモノは。


何より、この鳥、絶妙に死んだ魚のような目をしているのが、印象的過ぎる。



「テンさん、この鳥は?」


「ハシビロコウのギョギヨンちゃんだよ」


「えっ、ハシ⋯⋯ハジビッテロウのギョン⋯えっ」


「落ち着けりりあ。 ふ、⋯⋯ハシビロコウだ。 ⋯は⋯⋯動かない大型の鳥の名前だ。 悪戯に恥をかくな」


氷室さんは、笑いを噛み殺して、したたか、もう取りこぼすように、笑いを漏らしていた。



「じゃあ、りりあちゃん松ぼっくりのハリネズミと、ハシビロコウのギョギョンちゃん。セットで1500円になります」


鏡子ちゃんにお会計してもらって私は、キャッシュレス決済で件のマスコットを購入した。


「はい、松ぼっくりのハリネズミ4つ。おまけで、4000円になります」


「何の冗談だ」


「はい、軽い冗談ですよ。ワンチャン、切りよく5000円でも良いですよ」


氷室さんのお会計は、テンさんが応対していたが、終始、氷室さんに人懐っこい様子のテンさんに、私は以外なモノを目にしたと、感心していた。


「全く、どこまでが、冗談だ。 随分、元気になったな?」


「はい、お陰様で。 はは、嫌な事を溜め込むのって、良くないですよね。って、その節は、ありがとうこざいます。 4つでおまけ無しで2000円です。 後、りりあちゃん、これどうぞ」


テンさんは、私に、極彩色の鳥の羽根がレシンで固められたボールペンをくれた。


「綺麗⋯⋯良いんですか?」


「えぇ、沢山お買い上げいただき、ありがとうね」






帰りに、結局スパイスカレーを食べてから、帰宅の途について。


私は、夜の時間を、いつも通りに過ごしていたが。


夜、22時を回った頃、氷室さんが、車を出したのが、分かった。


部屋でそろそろ眠ろうか?


としてた時、不意に、外で物音が聞こえ、そっと窓から外を見ると、氷室さんが車を走らせ外門を出て行くのを目撃したのだ。


凄く気になったが、人の行動にいちいち口を挟むのは、嫌だった。


氷室さんの家族じゃないし、恋人じゃないし。


いや、そんなの、関係ない。


私が嫌なのは、ちょっと外出して行く氷室さんの行動さえ把握していたいと思っている自分のその性分が嫌なんだ。


氷室さんが居ようが居まいが、気にしないでいられる自分が良いんだ。


理想だ。


気にしたら、駄目だ。


そう心に言い聞かせて、私は無理やり眠りに付いた。


どうかしてる。


気にしちゃ、駄目だ。



【ビービービー】


机の上で、スマホが鳴った。


初めて聞くアラームだった。


私は、アラーム何て、使ってない。


メッセージや着信の音でもない。


何事かと思って、スマホを手に取り、見て驚いた。


【緊急呼び出し。 神木 鏡子】


えっ、鏡子ちゃん?


私は驚いて、スマホをアンロックした。


そして画面に表示された【転移開始】のボタンを迷わず押した。


スマホの画面に向かって自分が吸い込まれて行くのを感じながら、自分が寝間着で裸足である事を激しく後悔したが遅かった。


眼の前が白く光り輝いた後、目の前に、スマホを手にした男の人が立っていた。


「ふーん、ドラゴンゲートか……便利なモノだ。 初めまして【最愛】のキミ」



ここは、何処だ?


何か、見慣れない建物の一室で、部屋の明かりは無く、外から漏れ入る僅かな明かりで薄暗かった。


ここは、レンズサイドじゃない。


目を瞑ると視界が謝絶された。



私の名前は【さいあいのきみ】では、無い。


「私の名前は、そんなんじゃない。 アナタはだれ?」


おかしい。


私は、鏡子ちゃんの求めに応じて、転移したのに、何故、この見ず知らずの男の人の前に来たんだ。


まさか⋯⋯。


私が、男に目を凝らすと、いつも鏡子ちゃんが持っているスマホを持っていた。


鏡子ちゃんの特製スマホケースは、他と見間違いようがない。



「鏡子ちゃんのスマホを何で?」


「龍の娘は、容易かったよ。 別に力が抜きん出ている訳じゃなし。  あぁ、でも、この子の母は、何か、強そうだったから、手は出さなかったな。 もう、心に決めた男と結婚してたし、そもそも、タイプじゃなかった……。まあ、昔の話だ」


「何の話? 鏡子ちゃんはどこ?」


「この部屋の向こうで寝かせて居るよ。 俺の仲間が、見張っている。彼女を無事に返して欲しければ、大人しく俺達の言う通りにして欲しい」


「⋯⋯それは、つまり、脅迫?」


「そう受け取って貰っても構わないよ。 まぁ、実際、そうだ。 ここで、唯一必要なのは、キミだけだ。 キミしか要らない」


「だったら、私、以外はどうするつもりなの?」


「キミの友達には手を出さない。 何もしないさ。けれど、ここの祝福は、【最愛】だけにして、後の祝福には、ゼンブ、滅んで貰う」



さいあいのきみなんて呼ぶから、誰だ?と思ったが、私の事か。


何で、私の祝福を知ってる?


何者だ。


でも、聞き捨てならない。


「後の全部の祝福……トモを滅ぼすの?」


「あぁ、それは、良いよ。 1文字なら、キミが俺達の元に来るなら、残しても良い。今、それはこちらの手にあるし。キミの他にもう二つ、二文字と。 二人で、三文字貰ったやばい奴は、滅ぼす」



何の話だ。


トモを手にしてるって、事は、白夜か?


違う。


虎の気配とは、違うのに。


分からないが、今は目の前の男の正体よりも、鏡子ちゃんを助けなきゃ。


「鏡子ちゃんに会わせて」


「断る。おいで」


私は男を無視して、そっと自分のスマホの測位画面を見た。


そこには、私の位置情報の最寄りに、誰の名前も表示されて居ない。



「何をしている?」



鏡子ちゃんが測位されないのは、鏡子ちゃんの力が極端に弱まっているからか? 或いは。



私は指で、神木 鏡子を測位検索したら、画面はピントが切り替わり、チェリーブロッサムで彼女を測位した。


鏡子ちゃんは、居ない。


こいつ。


嘘を付いたな。


勝手に外を出歩かない。


氷室さんとの約束を、また、守れなかった。


でも、まだ、1つだけ、まだ、氷室さんとした約束に、守れるものが残されている。


人質が居ないなら、もう、これ以上、ここで、一人でいる意味など、無いのだから。



「氷室さん、助けて…」


そう口にした私に、男は心底驚いた表情を浮かべた。


「は? トモダチを見捨てる気か?」


男は、私から何故か、一歩、後ろに後ずさった。


ちゃんと、来てくれるだろうか? 


私は、もう一度、名を呼んだ。


「氷室 龍一っ」


来られなくても、来て欲しいっ。


来てよ。


「ひむ⋯うわっぷ」


口に手の平が当たって遮られた。


「もう来てる。 何で、屋敷を抜け出したっ」


振り向くと、すぐ後ろに氷室さんが居た。


私の口元を抑えた後、私の前に腕を回して肩を抱いた。


安心して、涙が出た。


「違うっ。部屋で寝てたら、スマホが鳴って、鏡子ちゃんから、呼び出されて、騙されてっ」


「落ち着けっ、もう良い。黙ってろ」


氷室さんは私から視線を逸らすと、正面に向けて男を睨んだ。


「何者だっ。 何を謀んでいる? 猩々【しょうじょう】の仲間か?」


「猩々だと、あんなちっぽけな空き地程度、掠めとれず、根に持つ輩と一緒にされては、かなわんよ」


男は、そう言いながら、氷室さんに嘲け笑った。


えっ、しょうじょうって何だ?


男は今度は氷室さんから私に視線を移した。



「【最愛】のキミ。何故、仲間を呼んだ。 神木 鏡子を、トモダチを…自分可愛さに、何故、見捨てたっ」


男は、私に激怒している。


何より、私が鏡子ちゃんを見捨てた事に腹を立てているらしいが。


だったら、それは、こっちか心外だ。


「噓つきっ。鏡子ちゃんは、ここに居ない」



男は、ハッとした顔で私を見た。



「見破ったからだと…。 はっ、愚かな」


「りりあ、喋るな。心の内を晒すな」


氷室さん、心の内を晒すって何だ。


男は、私に対してずっと怒っていたが、なぜか、もう怒っては居なかった。


私が、氷室さんを呼んだ理由に、何故か、怒りを収めた節が解せない。



「【最愛】のキミ。良く聞け。 俺は、確かに君に嘘を付いたが、人質は本当だった。これが、最後だ。 俺と来い。 キミは望めば、出来るはずだ。 その男から離れて、俺と来い。 今は、俺と来るんだっ」


人質が本当だって?


そんな筈は無い。


と言うか、何故、言い方を【今は】に変えた。


何故、今まで以上に、必死になる。



「人質ってだ⋯んぅ」


私は口を塞がれた。


氷室さんが、私の口を手で塞いで話せなくした。


「人質の交換には、応じない。 例え、りりあが、望んでも、だ。 俺がさせない」


氷室さんが変わりに、答えてしまった。


「そうか。 それが、この地の総ての総意だとでも言うのか? 良いのか、カノジョのイノチの選択を奪っても?  お前がっ」


「そうだ。 こいつは、まだコドモだ。 何も分かっては居ないし、何より。 六封じのレンズサイドウオーカーはナンビトも、 誰をナンニン見せしめにしようと、それが例えナンビトのイノチであっても、ダレをダレともをやり取りはしない。 他者を巻き込むなっ」


「氷室 龍一。  それは、例え、トモであっても、か?」


男の言葉に、私は目を見開いて、氷室さんを見た。


トモは、柚木崎さんの母親だ。


何で、今、それを、この男が、私の身柄の引換えの引き合いに出して来るんだ。


「当たり前だ。例外は無いっ。お前、白い虎の仲間かっ」


嘘か本当か定かで無いにしても。


悲痛な表情を浮かべながら、何て事、言うんだ。



「白い虎⋯⋯はっ、さぁな⋯⋯。じゃあ、もう良い。せめて⋯⋯この上は、バッドエンドだ。二人仲良く、胸に刻むと良い。 氷室 龍一、お前は【最愛】を渡せば良かった、と。【最愛】の君は、俺達の所に行くべきだった、と」


男がそう言って、姿を消して、背後の扉が開いた。


氷室さんが、私の口から手を離し、私の目の前を手で覆い隠して、私はそこで意識が途絶えた。



気が付くと、私は男と対峙した場所でうつ伏せに倒れていた。


目の前に、鏡子ちゃんのスマホが落ちていた。


思わず起き上がり、駆け寄ってスマホを拾い上げた。


そして、私はやっと自分の背中に氷室さんが着ていた上着がかけられている事に気が付いた。


氷室さんはどこだ?


男が、消えて開いた扉の先には、何が待っている?



男は、神木 鏡子は嘘だったが、人質は本当だったと言った。


扉にたどり着き半開きのそこから、その先に目を凝らして、愕然とした。



「済まなかった。 悪かった。 テン」



氷室さんの声が聞こえた。


泣いて居るような、震える声だった。


目の前に、無造作に転がる黒い頭髪の後頭部。


首までしか無い身体を抱いた、氷室さんの背中。


身体の着衣と体格から、それが誰か、歴然だった。


そうか。


セイさんの妹さんは。


ドラゴンゲートに登録してないから。


レンズサイドウオーカーじゃないから。


そもそも、測位出来なかったんだ。


でも、だからって。



「氷室さんっ」


「りりあ……何で目覚めた? 戻れ、来るなっ。 見るなっ」


何、言ってんだよっ。


氷室さんは、私に背を向けたままそう叫んだ。



「いや、駄目、だって、それは、氷室さんの胸に居るの……。やだ、いやっ、私のせいだっ」



足が震えて、立っていられず、私はその場に膝を付いた。


何で、こんな事するんだ。


私が言う事聞かなかったから、騙されたからって、条件を拒絶したからって、そんなの無いよ。




「りりあ。狼狽えるな。 人質は生きている。 本体をどこに、寝かせる?」




突然、そう声が聞こえた後、傍らにりゅうが現れた。



「⋯⋯えっ?」


「身代わり人形が、絶妙なコンビプレイで外に逃がしていたが、寒そうだったから、拾ってやった」


「身代わり人形がコンビプレイでって、えっ?」


「あぁ、木彫りの鳥が羽ばたいて、本体を転移させた。本体の身代わりにねずみが本体に化けてすり替わった。見ろ、身代わりが力尽きる」


りゅうの言葉の先で、黒髪の後頭部は松ぼっくりに、氷室さんが抱いていた首のない身体はネズミの羊毛フェルトに姿を変えた。



「テンは⋯無事なのか?」


氷室さんは、私とりゅうに背を向けたまま、そう言った。


「あぁ、無傷だ」


「⋯⋯りゅう、お前、りりあを囮にしたのか?」


「馬鹿を言うな。 りりあを拐かされた後、直ぐに見つけ出したが、人質の話しを聞いた以上、姿を現して、連れ帰っても拗れるだけだ。 連れて帰って 良かったのか? お前は、それで」


氷室さんは、沈黙した。


りゅうは胸から、意識の無いテンさんを取り出して胸に抱いて、氷室さんの元に行き、氷室さんの前に立ち、言った。


「どこまで、連れて行けば良い? お前、少しは人間らしい顔も出来るようになったじゃないか? りりあに見せてやれ」


りゅうの言葉に、氷室さんはテンさんに手を伸ばした。


「黙れ。 この子は……、テンは俺が連れて行く。⋯⋯テンは、自力で身を守ったのか?」


りゅうからテンさんを受け取り、氷室さんは胸に抱いた。


「そうだろうな。俺が手を出すまでも無かった。とんだ埋もれものだ」


「そうか⋯⋯。目覚めさせて、若葉にやれば、良かったのかも知れんな。姉も随分、不思議な力を持って居た。 【阿修羅】の歯止めを担っている。 二人とも、飛んだ逸材だ。  俺は、二人の神の洗礼を止めた。 完璧に止められたから、若葉には入れずに、穏やかな人生を願った。なのにっ俺はっ」


狼狽える氷室さんをりゅうは、嗜めた。


「阿呆が、そんなに、この娘のイノチが惜しいなら、ここを去らせれば良い。 それが、ここの摂理だ。力があれば生き残り、無ければ、死ぬか虐げられるかは、それを絡め取ったものの思うがままだ」


りゅうは、その場で姿を消して、私と氷室さんはドラゴンゲートの測位機能で、チェリーブロッサムに残るメンバー、神木 要を指定した。




絶対、今度、また買おうと思った。






「鏡子のスマホに、テンちゃん。えっ、どう言う事?」


要さん。


それは、私が知りたい。



要さんの所に転移すると、要さんは驚愕した。



氷室さんに抱かれたテンさんに。


鏡子ちゃんのスマホを持って、裸足で現れた私にである。


「鏡子はどうした?」


「本人曰く、売り場の片付けをしてたら、テンちゃん一緒に突然転移して、知らない場所に居たっていうの。  スマホを奪われて、取り押さえられて、指紋でスマホをアンロックさせられて、そしたら、ギョギョンちゃんが急に巨大化して覆い被さって来て、気が付いたら、観覧車のゴンドラで寝てたって言うのよ。 テンちゃんは居ないし、えっ、何処で寝てたの?」


「此処から随分離れた所だ。工事中のマンションの部屋だった。 鏡子が無事なら良かった」


要さんは、少し考えた後、改めて氷室さんに心情を伝えた。


「あんた、居なくても、ここには、慶太も、遥も、私も、居たのに。 面目ない⋯⋯。カレンとセイレンちゃんが居れば、シュウとララの監視役をチトセに頼まなければ。 そのせいで、この場に神が居なかったから、索敵が甘かった」


そう悔やむ要さんに、氷室さんは言った。


「他人を当てにするな。 と、夏に死にかけた俺が言えた事じゃないが。 タラレバ言うな。 みんな無事だ」


氷室さんの言葉に要さんは気を取り直して、氷室さんと私に、事情の説明を求めて来た。


「りりあ、事情はお前の方が分かっているはずだ。俺を呼び出す前、あそこにおびき寄せられるに至った所から、説明出来るな?」


「はい」













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