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第35話 愛している を言えない人 前編


柚木崎さんと夕方まで一緒に過ごして、最後は氷室さんの事務所に柚木崎さんに送ってもらったが、チェリーブロッサムのオフィス棟のエントランスで、私は度肝を抜かれた。



「これ、りりあだよね?」


先週、氷室さんが50万円で落札してくれた絵が、エントランスの待合室の壁に飾られていた。


落札に成功したものの、家に持って帰って飾るのは、忍びなかった。


そこに一緒に描かれているお子さんの親御さんに、申し訳なくて。


それを、氷室さんに相談したら、【任せておけ】と言われて、今に至る。



「はい、鏡子ちゃんのお父さんが、書いてくれた絵です」


柚木崎さんは、絵をジッと見つめる。


そして、私に言った。


「惜しかったな⋯⋯。あの日、君に間に合えば、僕もこの絵の仲間に入れたのに」



確かに。


その通りだ。


柚木崎さんが来るとは知らず、置いてけぼりにして、行った日の思い出だ。


その後、氷室さんに、みんなの前で引っ叩かれもした大失態の思い出でもある。


この時は、まだそんな事を知るよしも無く、微笑ましくみんなを見守る幸せな私が、絵に残っている。   


絵にしばし釘付けになった後、気を取り直して氷室さんの事務所を尋ねると、既に二人の先客が今にも玄関前の受付用の電話に手を伸ばそうとしている所に遭遇した。 


よく見ると、先週、チェリーブロッサムの取材をしていた福岡キラキラマップのリポーターさん達だ。


美咲さんとマリアンヌさんだ。



「あれ、貴方、氷室先生と一緒に居た女の子。絵のモチーフの女子高生って、貴方ですよね?」


「はい。あの、お二人はどうされたんですか?」


「えへへ、実は、先週の取材のクレームで、謝って来いって、偉い人にどやされちゃって」


そりゃ、氷室さん怒ってたもんな。


うまく編集するって言って、顔にモザイクは、もうカオスだよ。


私は、好きだが。


入口の連絡専用の電話で氷室さんに呼び出しをかけた。


「美咲さんと、マリアンヌさんがいらっしゃってます」


そう告げると、氷室さんは、ドアのロックを解錠してくれた。


二人も一緒に中に入ると、氷室さんが、帰り支度をしている所だった。



「この度は、意に添えず、申し訳ございませんでした」


「本当に、申し訳ございませんでした」


口々に謝罪の意を込める二人に、氷室さんは言った。


「もう、良い。2度と俺をカメラに映すな」


「「はい」」


美咲さんとマリアンヌさんは、お詫びの品だと菓子折りを出した。


「何だ。これは?」


「蒸気屋のかるかん⋯⋯です」


「⋯⋯⋯。詫びの品では、受け取りたくない。 いくら、だった」



もう、そこは、貰えば良いのに。


と思った。


「いえ、それは、無理です。お納め下さい」


「⋯⋯分かった。早く帰れっ。 俺も、これから、帰るんだ」


「はい。⋯⋯あっ、来週のアポ、8件入ってます。今週は、火曜日と水曜日に調整しているので、前日にリマインド送りますけど、間違って、ご自宅でリモートしないで下さい。 今週は取材なので、月曜日と水曜しか、出勤出来ませんから」


ん?


出勤?



「えっ、美咲さん、氷室さんの所に、出勤するんですか?」


「えぇ、コロナの時に、仕事が無くて。 ソウさんに誘われてチェリーブロッサムで臨時事務をしてた時に、ここの書類整理とスケジュール管理を外注で受けて、ずるずる引っ張られて、専属してます。 今は、本業の仕事も増えて、ここの事務手伝いだけさせて貰ってます。マリアンヌさんと一緒にお世話になってます」


えっ、そうなの?


「余計な事を話さず、速やかに帰れっ」


「えっ、困ります。今日、チェリーブロッサムの食堂、夕食はエビフライとトマトソースに浮かぶ蟹クリームコロッケですよ。夕食、ご一緒しませんか?」


「断るっ」


氷室さんの即答に、私がしゅんっと顔を顰めると、美咲ちゃんがぐわしっと、私の腕を掴んだ。


「そうですか。では、仕方ありません。 氷室先生。 私は、セイさんとララさんから、氷室さんに謝りに行くついでに、氷室先生が後生大事に面倒見ている、氷室先生が落札した絵の女子高生が居たら、氷室先生もろとも、必ず食堂まで連れて来ると言う密命を受けて居ました。かくなる上は、この子の手を食堂に行ってくれるまで離しません」


ちょっと、何、言い出すんだ。


密命が、密命になってない。


何、暴露してんだ。


嬉しいけど。


「氷室さんっ、私、エビフライも、トマトソースに浮かぶ蟹クリームコロッケも、諦めきれません。柚木崎さんも食べたいですよね?」


「氷室さん、諦めて行きましょう。 りりあが食べたいものが今日の夕飯ですよね?」


「好きにしろ。行けば良いんだろう」


「「「やったー」」」


私と美咲さんとマリアンヌさんは、3人でガッツポーズした。





「ありがとう、美咲ちゃんにマリアンヌさん」


「良くやった。 会いたかったよ。 りー」



食堂では、セイさんとララさんが待ち構えていた。



「氷室さん、先週は、シュウとララが大暴れしたのを止めて下さってありがとうございました。警察も出動しての、大捕物で、よくバザーを最後まで出来たって冷や冷やものでした。 本当に、ありがとうございます」


えっ、警察出動して、大捕物って。


シュウさんと、ララさんは、逮捕されなかったのか。


何が警察に絡め取られたんだ。



「普段、一番苦労させられているセイさんに謝って貰う道理は無い。ララ、あまり、トモダチを心配させるな」


「へーい。 兎に角、座ってよ。 あっちのテーブル」


セイさんとララさんに案内された先に、ソウさんと慶太さんが先に席に着いていた。


「おう、来た来た。 ん、この前の学園祭の時の確か生徒会長さんか?」


「そうです。先日はお世話になりました」


ソウさんにしてみれば、柚木崎さんがここにいる事が不可解なのだろう。


「何で、今日は、生徒会長さんも一緒なんだ?」


「僕、りりあと付き合っているんです。今日は、デートだったので、氷室さんの所にりりあを送って来て、夕食をご一緒させて貰うことになったんです」


ソウさんも慶太さんも驚いた顔で私を見た。


「嬢ちゃんの彼氏なのか?」


「はい、そうです」


顔が赤くなっていやしまいか、胸がハラハラした。


「兎に角、座ってくれ」


ソウさんに促され、席につき、ララさんが運んで来た料理に私は目を見張った。


「えっ、これ⋯⋯」


「本日の夕食は、スペシャルメニューだ。チェリーブロッサムチャリティーバザーの慰労パーティだ。回りを見てみろ」


ソウさんの言葉に私は驚いた。


先に、席に着いていた人の中には、鏡子ちゃんやセイレンちゃんの親子も混ざっていた。


「みんな、先週のチャリティーバザーでは、世話になった。無事、目標額の五百万を大幅に達成して、大成功だった。 シュウの悲願を無事、叶えてやれる。 みんな、本当に、ありがとう。 ほら、シュウも、みんなにちゃんと、言えよ」


ソウさんの言葉に、別なテーブルに座っていたシュウさんは席を立って、みんなに言った。


「みんな、ありがとうございました。 ちょっと、大暴れしちまったけど。これからは、怒りに任せて、大人気ない大人をも怒らせないで済むように、頑張る。 多分」


大人気ない大人って、誰だよ。


氷室さんに、失礼だよ。



「エビフライ美味しい⋯⋯」


「宇賀神の大好物もある。⋯⋯このマルゲリータのピザ美味しい」


私と柚木崎さんは、大皿料理の料理を取り分け、料理に舌鼓を打った。


「トマトソースに浮かんだ蟹クリームコロッケも食べなきゃ」


私が、次の料理に手を伸ばしていると、目の前で、柚木崎さんが、心底、不思議そうに氷室さんに問いかけている場面に遭遇した。


「氷室さん⋯⋯ピザにはちみつかけてますけど、美味しいんですか?」


青っぽいチーズののったシンプルなピザを取り、はちみつをかけて食べる氷室さんに柚木崎さんが、声をかけている。


「これは、はちみつをかけて、食べるピザだ」


そう言えば、このピザ、セイさんのとこのピザかな。


旦那さんが焼いたんだろうか?


そんな事を考えながら、取り分けた蟹クリームコロッケを頬張っていると、駆君と息吹ちゃんがやって来た。



「ねぇね。ふわふわ作ろ」


「りあ、ふやふわ。 甘いよ」


二人に手を引かれ、デザートを提供している特設ワゴンに行った。


その途中で鏡子ちゃんとセイレンちゃんと合流して、柚木崎さんも、追いかけて来た。


デザートコーナーには、綿あめ機があって、鏡子ちゃんが得意だと言って、みんなに綿あめを作ってくれた。







「羽目を外すな、と言った筈だ。何だ、これは」


夜、家に帰って、お風呂に入って、リビングでお茶を飲んで居ると、氷室さんがやって来て、すれ違い様に、そう尋ねられて、私は首を傾げた。


「何のことですか?」


私の言葉に、氷室さんは顔を顰めて私の腕を掴んで洗面所まで連れてきて鏡の前に私を押しやった。


私は洗面所の鏡に映った自分の首筋と胸元に、背筋が凍った。


タートルネックのトレーナーだったから気付かなかったが、2つも3つも、赤く鬱血した痕が付いている。


「お前、今日、柚木崎と何をしていたんだ?」


「えっ、あっ、ベッドで、柚木崎さんに抱かれた時に」


だって、修学旅行で1週間も遠く離れた所で、力が弱まって、補充したいと言われたんだ。


仕方ないと思うが。


痕が残ったのは、想定外だったが。


氷室さんが、口元を引き攣らせて、わなわなしている。


何を怒っているのか分からなかった。


「避妊はしたのか?」さ


誰が、するか。


「してませんっ」


「阿呆がっ」


氷室さんが顔を真赤にして怒鳴った。


何でだよ。


ん、?


いや、違うっ。


これじゃ、避妊しないで、そう言う事したみたいじゃないか。


違うんだ。


「阿呆は酷いっ。私は柚木崎さんとは、避妊が伴う行為をしてないって、意味のしてないです。 そんな事したなんて、言ってない。力を吸わせて欲しいって、修学旅行でずっとここを離れてたからって⋯⋯」


私の言葉に、氷室さんは、両の目を閉じたてため息を付いた。


「あぁ、そもそも、話しが噛み合わなくなるのなら、具体的に言わなかった俺も、悪いか」


氷室さんはそう言って、私の肩を掴んで、引き寄せて、私の首筋に手を当てた。


「こんなに赤く腫れて⋯⋯痛くないのか」


赤紫に染まった私の痕を痛ましげに見つめた。


「痛くは無いですよ。気付かなかった位ですよ?」


私の言葉の終わらぬうちに、氷室さんは私に覆い被さり、私の首筋に口付けて舌を押し当てて来た。


「やっ、あっ⋯⋯」


舌で舐められる、氷室さんの感触に、カラダの力が抜けた。


「あっ、やっ、氷室さん、やだっ」


「黙って、目を閉じていろ」


ガクンと落ちていく私の体を両手で抱きとめて、今度は胸元も同じ様に、私の胸元を舐めた。


舐める合間に、言葉を発した時には、肌に吐息がかかって余計にゾクゾクした。


「やっ、んぅっん⋯⋯」


足まで、何度も痙攣したみたいに、ビクビクと震えた。


カラダが変だ。


カラダに力がうまく入らなくて立っていられないのに、自分の両手は氷室さんの腕を強く掴んでいるのだ。


「喘ぐな。 苦しいなら、こんな事は、今回限りにしろ。 恥ずかしくないのか? 次は、痕が消えるまで学校には行かせないからな」


そう言って、氷室さんは、身体に力が入らず氷室さんに抱かれて無いと立ってられない私を壁に寄りかからせて、書斎に行ってしまった。


氷室さんの手を、出来得る限りの力で掴んで離さなかったが、氷室さんは、そんな私の手を、片方ずつ私の手首を掴んで引き離した。


力じゃかなわない。


離したくなかったのに。


1人残された洗面所で、私は、洗面所の鏡に映った自分に、驚愕した。


柚木崎さんが付けた痕が全部消えていたからだ。


菅原先生は、指を押し当てるだけで、治せた。電気みたいに、ビリビリしたけど。


氷室さんも、出来るのだか、ちょっと、感触とやり方がヤバ過ぎる。




自重しよう。


そう心に誓った。




でも。


ほんのちょっと。


本当に、ほんの少し。


私の、心に魔が差した。




【もう一度、氷室さんにされたい】


そう思ってしまったのだ。


私はそれに、未だかつて無い自己嫌悪に見舞われた。





11月2年生の修学旅行を終えて、2週間後に迫った期末テストの試験に向けて、試験勉強を始める生徒がちらほらいる中、私はいつ通り、放課後を、生徒会活動や彩色倶楽部の倶楽部活動に参加していた。


今日は、彩色倶楽部の日で、みんなでテスト前最後の活動として、干柿と栗の甘露煮を練り込んだパウンドケーキを焼いていた。


「セイレン、今週の土日、俺の家に来ないか?」


「一生、行く事は無いです」


「君に勉強を教えたいだけだ、やましい事はあっても、我慢出来ないか?」


宇賀神先輩、本当に、セイレンちゃんの事になると、駄目駄目だな。


私が呆れて居ると、柚木崎さんが言った。


「僕の家で良ければ、りりあも、鏡子も、一緒なら、セイレンも良いだろ?」



ん? 何を、言い出す。


「えっ。柚木崎さんの家で、ですか?」


「そうだよ。そもそも、宇賀神の家は遠いし、僕の家なら、宇賀神以外は近所だ」


まぁ、そうだけど。


みんなが納得するかは、別だと思ったのだが。


「やったー。勉強会とか、楽しそう」


鏡子ちゃんは、大賛成。


「柚木崎さんの家で、柚木崎先輩も、りりあちゃんも鏡子ちゃんも」


「柚木崎、感謝してる」


「宇賀神、感謝は良いから。  思い余って、セイレンの家におしかけたりしちゃ駄目だよ」


「あぁ。今、踏み止まった」


私は宇賀神先輩の言葉に、柚木崎さんが、生徒副会長の問題行動を未然に防いだのだと改めて実感した。


これは、是が非でも、氷室さんから外出の許可を取り付け無くては。



私は、最近、やっと氷室さんとのコミュニケーションを、円滑に行えるようになった。


1日のライフスタイルで、最適な距離感で、過不足ない会話と情報共有で持って、氷室さんと気の置けない程度の仲になれた、と自負している。


相手はテンちゃんから唯我独尊と人柄を評される程の曲者だ、それは、私のただの独りよがりかも知れないが。


私は、氷室さんをそう思って接する事が出来るようになったんだ。


目下、氷室さんに恋愛感情を抱いている事は、特にどうこうしようとも、思ってない。


氷室さんに、愛を伝える必要なんてない。


私には、柚木崎さんと言うとびきり私を甘やかして、惜しみない愛情を注いでくれる人がいるのだから。


私は、氷室さんから、週末の外出許可を貰い、柚木崎さんの家での勉強会に参加し、テスト期間を迎え、それなりに試験勉強に勤しみ、無事、二学期のテストを終えた。


結果は、初めて学年50位内にランクインした。


鏡子ちゃんも、初めて学年5位にランクインして。


セイレンちゃんも、今回は、赤点ギリギリの教科ゼロだった。


国語は宇賀神先輩。


他の教科も、柚木崎さんの手ほどきが良かったようだ。





テストを終え、12月に入ると、冬休みを前に、全学年一斉に、三者面談が始まろうとしていた。


私の三者面談って、氷室さんが保護者として、参加⋯⋯するのかな。


してくれるのかな。


帰りのホームルームで配られたスケジュール表に私は、項垂れた。


私のスケジュールは、最終日の木曜の16時からだった。


菅原先生が終礼後、私を呼び止めて、私を生徒指導室に呼んだ。



「えっ、菅原先生、私、何か悪い事しました?」


「いいや。 ただ、ごめん、ちょっと今回は、作為的に、スケジュールを組んだから、それをちゃんと、説明しておきたくて。ヒッキーには、予めちゃんと、話しはしてる」


「えっ、それって何をですか?」


「僕が、面談の順番、君の前に誰を組んでたか気付かなかった?」


鏡子ちゃんとセイレンちゃんも、いたのは、覚えてるけど。


「えっ、誰でしたっけ?」


「篠崎さんだよ。当日は、まだ何かある確証は無いけど、君が一番、気を付けなきゃ」



篠崎さんだったか。


学園祭で、白い虎とは別件で、襲撃をかけてきたのは、推定、篠崎さんの母親の分魂らしきものも襲って来たから、だから。


でも、そんな誘い受けするような大胆な事を仕掛けるなんて。


随分、好戦的じゃないか。



「でも、もし、本当に、篠崎さんのお母さんが分魂しているのであれば、肝心の分魂では無いはずですよね?」


「あぁ、でも、分魂してるかは、確かめられる」


「どうやってですか? 変なことしたら、篠崎さんも篠崎さんのお母さんも、ショックを受けませんか?」


「そうだね。でも、何もせず、ただただ向こうの動きを待っているだけじゃ、可哀想過ぎる。 せめて、柚木崎君が卒業する前には、取り返してあげたいんだよ。眠っている間に、彼は、中学を卒業して、高校生になって、来年は卒業するんだ」



それは、確かに。


柚木崎さんのお父さんは、何年かかっても良いと言ったが、そうは行かないじゃないか。


正に、菅原先生の言う通りだ。







当日、私は放課後を生徒会室で過ごした。


皆、一緒に集まった。


今日は生徒会メンバーでは無い、一ノ瀬君も、生徒会室にいた。


菅原先生から、事情を聞いたのだと言う。


共に、学級委員を務める篠崎さんの事情に複雑な心境を吐露しつつ、私達と共に、三者面談の時間帯を過ごした。


皆、入れ替わりに自分の面談が近づくと生徒会室を離れ、終わると生徒会室に戻って来るはずだった。


自分の順番のかなり前に、生徒会室に思わぬモノが飛び込んで来て、事態は一変した。



「りりあ、助けよっ」



誰だっ。


見知らぬ生徒が変な言葉遣いで押し掛けて来て、混乱したが、この前白髪だったユキナリが、髪を黒髪にして変身している事に気が付いた。



「どうしたの ユキナリっ」


「えっ、ユキナリ? えっ、これが」


驚く一ノ瀬君を尻目に、ユキナリが言った。


今、生徒会室には、私と一ノ瀬君だけで、他のみんなは、自分の面談の為に居なかった。


私の面談まで、まだ1時間はある。



「うぬは、黙っておれ。 りりあ、校舎の裏に、こやつといつも一緒におるおなごが倒れておる。 近付けん。 術をかけられておる」


「「えっ」」



いつも、一ノ瀬君と一緒に居る生徒って、それは。



「篠崎がっ、懸、お前は、保護者が来るまでここに残れ、俺が行く」


「たわけっ、お前が、行ってどうにか出来るならわ我がやっておるわっ」


どうしよう?


「あれ、どうしたの?」


「おっ、何か、見慣れない、女生徒じゃない⋯⋯。女神が生徒に化けてどうした」


絶妙なタイミングで、宇賀神先輩とセイレンちゃんが帰って来た。


二人共、神持ちだ。


「よしっ、みんなで行こうっ」


「懸っ、お前っ」


「今、三者面談中で、もし違ってたら、菅原先生が困るでしょ? 今居るメンバーで様子を見て、必要に応じて、必要な人材を呼び出した方が良いよ」


私は、セイレンちゃんと宇賀神先輩に事情を説明して、ユキナリと共に校舎裏の隅に壁に背中を持たれて倒れた篠崎さんを見つけた。


「りりあ、俺がやる。 何だ、この呪詛は⋯⋯」


宇賀神先輩は、凄く怒った顔で、みんなに下がるように伝えて、一人で篠崎さんの前に立った。


「こがね。 来るぞっ」


こがねが人の姿で現れた。


久しぶりだ。


宮司姿の金髪の大男の姿だった。



「ミイラ取りがミイラ型式、道連れ型か」


「その様だ」



宇賀神先輩とこがねが、一歩前に進むと、そこに白い虎が姿を、現した、


「この前、負けたばっかじゃん。私も、行く。レン、行くよ」



ヤバい、これは、ホンモノだ。



「⋯⋯⋯」



えっ、声が出ない。


声を、発しようとしたのに、声が出なかった。


そして、名前を呼ばれた。



【アガタ リリア⋯⋯。 オマエヲ、ウバウ】




えっ、何で⋯⋯。


目の前が霞む。


狼狽えて、自分を顧みると、自分の姿も薄くなっている、空気に溶けるように、自分が消えて行く。



いやっ、いやっ、何で⋯⋯。



「りりあっ、おヌシっ」


私の異変に気が付いたユキナリが慌てて私に手を差し伸べて来て、私の眼の前で倒れた。


ユキナリの背に、杭が刺さってその回りに赤い染みが広かって行く。


これは、こがねが呪われた時と一緒、何か破裂したのか?


宇賀神先輩の方を見ると、宇賀神先輩とこがねは、虎と揉み合っていた。


セイレンちゃんも、レンと一緒に虎と戦っていた。



「ユキナリっ」


ユキナリの傍にいた一ノ瀬君の絶叫が聞こえたのを、最後に、目の前は暗転した。







白い髪をした。


12歳位の少年。


私の肩くらいまでしか、背丈は無い。



「まぁ、さ。⋯⋯呪いを解いても。 所詮、君はこの程度何だよ」



転移したのは、学園の屋上だった。



屋上から、倒れたユキナリや、白い虎と戦う宇賀神先輩やセイレンちゃんが見えた。



「分魂が無いから、僕に声を封じられ、呼び出され、自らを愛してくれるものの、手足をもがれて行くんだよ。 傷付いて、行くのを、よく見ておきなよ。 ほら、君の使い魔になった奴なんて、このままじゃ、もう持たないよ」


一ノ瀬君に抱き起こされたユキナリの姿が、薄れて行く。


私は、屋上から見を乗り出そうとして背を掴まれた。


振り向くと、今度は、三十歳位の大人の姿になった。


氷室さんと同じ位の背丈だ。


つまり、お前は、バケモノかっ。


心の中で、そんな事より、ユキナリを助けなきゃ、嫌だっ。


ユキナリがきえちゃうなんて、嫌だっ。


私はユキナリが滅びるのが怖くて、涙が出た。


悲しいのに、声が出ない。


何も、出来ない。


呼べない。


呼べない。


いや⋯⋯私、名前を呼べなくても、心で念じるだけで、唯一呼べるものがあった。



【助けて、チビりあ】



目の前に、チビりあが現れた。



「やった。 これで、全部揃った。 これで、キミが、全部揃った」


白髪の姿が安定しないバケモノは、チビりあの髪を掴んで胸に抱いた。


チビりあは腕に抱いていたチャッピーを私に向かって投げつけた。



瞬間、チビりあは、松ぼっくりを背中に抱えた羊毛フェルトのハリネズミのマスコットハリボーに姿を変えた。



そして、私に投げつけられたチャッピーは私の前で木彫りのハシビロコウに姿を変えた。


独特の羽とくちばしの死んだ魚の様な冷めた目をして、この世の何にも動じない強い瞳の、厄除け人形。


私の前に舞い降りた瞬間、粉々に砕けて、私は身体が解放されたのを実感した。


今、私、声が出るはず。


「センサイっ、ユキナリを助けてっ」


もう、三者面談で誰が誰の面談していようが、そんなの関係ないっ。


そんなの関係ない。


今直ぐ、助けてっ、



「ユキナリの呪いを解けっ」


私は、男に食って掛かった。


「あれは、ボクじゃない。 あれは、ボクの継母のだよっ。 ボクは、キミがゼンブ欲しかっただけで、ヒトを傷付けるつもりは無いよ。 呪詛返しだ。 呪詛を解こうとし障りだ。 ボクをどうこうしても無意味だ」


宇賀神先輩の時と、同じ?


私の呪いを解く時に、生じた時限爆弾か。



「ばっかっ、りりあ。 もう、りゅう、りょうも助けて。 りりあが馬鹿よっ」


チビりあが、叫ぶ。


呆れていた。


「折角、逃げたのに、また、捕まえった」


男が再び私を抱き締めて絡め取ったが、私の目の前でりゅうとりょうが片手ずつ私の肩を掴んで引き寄せて言った。


「さて、お前は、本体か?」


りゅうが言った。


「えっ、今日は2人で、来る?」


白髪の男は、苦笑いで言った。


「思念でも、絡め取って捉えたら、そこから本体も引っ張れるだろう。りゅう、簡単に喰らうな。今度は」


りょうがそう言って、男に手を伸ばすと、男は身動ぎしたが、その場に膝を付いて座り込んだ。


「くっそ、馬鹿強いな人外は」


「お前、思念体⋯⋯じゃない。 憑依か」


りょうが、かざした手を手前に振ると白いもやが、胸から飛び出た。  


白いもやを絡め取ろうと手に触れた瞬間、もやはバチンと弾けた。


「自爆したか」


間もなく、白いもやが飛び出した男は、完全に意識が無いようで前のめりに倒れ込んだ。


成人男性。


一般人だろうか?



「りりあ、危ない真似をするな」


りょうに怒られてしまった。


「ごめん⋯⋯」


「何で⋯泣いている?」


りょうは、大泣きする私に、面を喰らっていた。





「りりあ、前と同じ方法しかない」


宇賀神先輩が言った。


「急げっ」


こがねが言った。



結局、呼び出した菅原先生は、ユキナリを救えず、今の状況に詳しいであろう、宇賀神先輩とこがねを白い虎との戦いから下げて、ユキナリに当たらせていた。



前と同じ方法って。


「背中の杭を抜けば良いのよね?」


「そうだっ」


私は、ユキナリの所に行き、背中に、手を突っ込んだ。


氷の様に冷たい体内だった。



「かっはっ⋯⋯いったい。いやじゃ、いたい」


「ごめん⋯」


私は、なるべく素早く杭を抜いた。


前はお稲荷の陶器の呪物だった。



けど、今度は、【友】と書かれた童の陶器のだった。


えっ、何これ、えっ、何これ⋯。


「宇賀神先輩⋯⋯ユキナリをお願い。これ、多分⋯⋯む⋯り⋯だ」


声が頭をつんざく。


それは、自分の罪の記憶を呼び起こさせる声だった。



「ハクジョウモノ  ハクジョウモノ ワタシヲミステタ」



やだっ。


違うっ。


私は、助けられなかったんだ。



「アッグッ⋯うぇっ、うぇっ⋯⋯」



私は、血を吐いた。


前は、霧の様に吐いた程度だったのに、ごっそり私は血液を吐いた。


トマトジュース1杯分位、一気にだ。


身体に激痛が走って腕を交差して身体を抑えると生ぬるい液体が手に滴った。


身体も裂けたようだ。




友と書かれた陶器を手放したのに、陶器は地に落ちること無く、目の前に、浮かんで私に対峙している。



「ワタシノカナシミヲ、クルシミヲ、ニクシミヲ、ミレンヲ、コドクヲ、ソノイノチデ、アガナエ、ハクジョウモノ」


呪いの言葉が耳に入った瞬間、頭が砕けそうだった。


額に生暖かい液体が垂れて私の目を汚した。


目の前が真っ赤だ。


目に血が入って、真っ赤なんだ。


「りりあ、君は、薄情じゃない」


柚木崎さんの声が聞こえ、背中を抱き締められた。


「柚木崎さん、私⋯だって」


「君は悪くない」



そう言うと、柚木崎さんは、宙に浮かぶ、陶器の童に手を伸ばし、それを掴んだ。



「お前が、例え、僕の母親の何であっても、りりあを苛む事は、僕が許さないっ」


柚木崎さんの腕が燃え上がる。


炎が柚木崎さんを、焼いている。


「僕の母親の祝福を騙るな。 僕の母親は、お前みたいに他人を責めたりしない、何があっても、誰かを憎んだりしない。お前の様に、人を恨んで、人を傷付けるような、みっともない事は、しない。 滅びろっ」


柚木崎さんの言葉に、友と書かれた童の陶器は砕けた。


背中にいた柚木崎さんを振り返ると、柚木崎さんも血塗れだった。


「亮一、血が⋯⋯火傷も」


「大丈夫⋯⋯げほっ。 呪解出来れば、後は、心配ない。 りょう、そうだよね」


柚木崎さんの言葉の先で、泣き笑いのりょうが誇らしげに柚木崎さんを見ていた。


「立派になったね。嬉しいよ。あぁ、もう大丈夫だよ。 りゅう、りりあと一緒に、亮一も、後、りりあが守ろうとした若い神も癒してあげて。 りりあが悲しむ姿は、見たくない」


「あぁ、亮一。よく、りりあを守り抜いた。 年若い神も、オマケだ。良かろう」


りゅうはそう言って、私と柚木崎さんの傷とボロボロの血塗れになった制服を元通りに癒やして、ユキナリも癒やしてくれた。

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