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第36話 愛している を言えない人 後編

「セイレン、怪我はないか? ごめん君を残して、途中で離れて」


「平気です。 ユキナリが無事で良かった。  宇賀神先輩、最初の時の強さは何処に落として来たんですか?」


「う〜ん、あの時は、周りにブーストかけて貰ってたからね。こがねはそこそこ強いけど。 僕はそもそも、そんなに戦闘向きじゃ無いんだよ。呪詛が得意だから、後方支援型かな。キミは前衛攻撃型だね、意外と」


「それ、誉めているんですか? 嫌味ですか?」


「ただ、僕は君の事が、心から好きなだけだよ、セイレン、愛してる」


白い虎との戦闘を終え、宇賀神先輩とセイレンちゃんが、話しているのを尻目に、白い虎を瞬殺で自爆に導いたりゅうとりょうに、お礼を言うと、もう帰ると、チビりあを連れて、二人は姿を消した。


去り際、りゅうは私に尋ねた。


「俺は、チビりあを、お前に返すつもりは無い。返して欲しいか?」


りゅうの問い掛けに私は首を左右に振った。


「もし、私が捕まってもチビりあがこっちにあれば、私に何の使い途があるか知らないけど、向こうの望み通りじゃないって分かったし、私は、チビりあが好きだから、消したくない。⋯⋯変かな?」


「いいや。⋯⋯お前のそう言う偏屈なところ、オレは好きだ。またな」


りゅう達を見送った後、倒れた篠崎さんを介抱している菅原先生の所に向かい声をかけた。


「篠崎さん、大丈夫ですか?」


「分からない。随分、深く眠らされているみたいだけど、君が、僕を呼んだ時、丁度、神木さんの面談中で、今は、本来であれば、篠崎さんの面談時間だ。 親御さんが来てないか、念の為、教室を見てくるよ」


菅原先生は、柚木崎さんと宇賀神先輩に、篠崎さんを保健室に運ぶように頼んで、その場を後にした。


「俺も手伝います」


そう言って、一ノ瀬君も手伝って、みんなで保健室に向っている所で、私の三者面談に出席する為やって来た氷室さんに、来客用玄関前で出くわした。


「どういう事だ」


私は、みんなに先に行ってもらい、その場に残って事情を説明した。


「もう、襲って来たのか。 お前、また、俺を呼ばなかったな」


恨みがましく言う氷室さんに私は謝罪した。


「言葉を真っ先に封じられたんです。呼べませんでした。念じるだけで、呼び寄せる事が出来るのは、分魂だけです」


「何の為のドラゴンゲートだっ」


⋯⋯。


今更、言われても。


「失念していました。その手があった……いえ、ダメです。ドラゴンゲートはレンズサイドでは使えません。レンズサイドで呪縛されたんです」





みんなの後を追って、保健室に行こうとも私は思ったが、氷室さんは菅原先生が一人だから、そっちに行くと言った。


「こういう時は単独行動は避けるべきだ」


「はい」


氷室さんの判断に、私は納得した。


正に、その通りだと思ったからだ。


教室に行くと、菅原先生が男の人と話をしていた。


「娘とは、教室で待ち合わせて居ました。こちらに伺うと娘も誰も居なかったので」


「そうでしたか。 さっき、校舎で、急病で倒れた人が居まして、貴方のお嬢さんでした。今、保健室です」



私と氷室さんは、菅原先生が話している男の人の声に驚いてお互い顔を見合わせた。


顔は、薄暗くて見えなかったが、この声を忘れられる訳が無い。


聞き間違える訳が無い。


この声は、この前、テンさんを見せしめに殺した奴の声だ。



「先生、そいつ、敵だ」


「菅原っ、離れろ。虎の仲間だ」



私と氷室さんの言葉に、菅原先生はぎょっとして、男に身構えた。



「あぁ、声でバレたか。 戸を閉めて置けば良かった」


特に慌てる様子もなく、自然な態度で、いけしゃあしゃあと隠す気も無くそう言ってのけた。


明るい所で初めて見た、男は、スッキリとした顔立ちの氷室さん達よりも、歳の行ったおじさんだった。


少し頭髪に白髪は混じっているが、整った顔立ちをしていて、件の事が無ければ、篠崎さんにお父さん格好良いねって言えただろう。


鏡子ちゃんのスマホを奪って、私をおびき寄せ、見せしめに、テンさんに危害を加えていなければ、だ。



「篠崎さんのお父さんの振りをして、何のつもりよ」


「振りじゃない。俺の娘だよ、ミナミは」


そう言って、男は、ゆっくりと席に着いた。


「悪いが予定が押してしまって、面談がまだだ。 ミナミは体調不良だから、二者面談にさせて貰えるか。拒否しても、良いが、出来れば、親として受けて貰えると嬉しい。駄目かな、菅原先生」


男の申し出に、菅原先生は私達に言った。


「悪いけど、戸を閉めて、外で待って」


私と氷室さんは、菅原先生の言葉に従った。


そして、20分後、男は一人で教室を出て来ると、私達に声をかけて来た。


「後、残るは、二人。 俺の災いの二人をどうするか、お前達次第だ。 【最愛】のキミ。 君が生まれて来るのが遅かった事を、俺は幸いだと思っている」


私が生まれて来るのが遅かったのが幸い?



「どういう事だ?」


氷室さんが言うと、男は笑った。


「この子が先に生まれていれば、俺が子供を生ませたのは、マリアじゃなかった。 と言うことだ。 それを幸いだと言った」


「お前、何故そんな事をした」


氷室さんの言葉に、男は言った。


「この地を我が物に、その為に、俺が我が子と共に送り込まれた。 俺の作り出した災いを殺せっ。愛していない者は、イノチの無い裏切り者なら、殺せるだろう? 【最愛】のキミを殺されたくも、奪われたくも、なければ、殺せ。これは、忠告だ。俺は、この戦いからは降りる。 もう、これがお前と【最愛】のキミとあいまみえるのは、最後だ」


そう言うと、男は、今度は、私に言った。


「【最愛】のキミ。 君は、友達を見棄てるな。何があっても、キミの事を友達と慕う、娘を見棄てないでやってくれ。 人質の事は済まなかった。俺の命に免じて、赦してくれ。助けられなくて済まなかった」


何故、今更謝る。


全然、理解できない。


でも、男は、あの時、ずっと、私が友達を見棄てるか否かにこだわっていた。


人質を見捨てることを踏み止めようとしていた。


この人自身が、人質を取っていたにも関わらず。


「意味わからない」


「俺は、人の言われるまま、言いなりに生きて来た。だが、俺にも、自我が生まれた。俺は、妻の歪んだ愛憎を残して、先に地獄に堕ちる。だが、残された無垢な妻と娘は、逃がしてやってくれ。 それが出来るのは、 君だ。 俺の最愛にはなり得ない、六封じの【最愛】のキミ。 ミナミを頼む」


そう言い残して、男は、姿を消した。




「入って、懸さん、氷室さん。 君達の三者面談を始めよう」


私は、氷室さんと中に入り、席に着いた。


「まずは、懸さんの学院での生活についてですが、一年でありながら、生徒会副会長として、とても頑張ってくれています。 学園の内外を問わず、出逢う人々の悩みに親切に接し、お互い助け合う事の出来るとても、優しい生徒です。 僕は、誇りに思います。 学業もとても真面目で、課題の出し忘れや提出物の漏れもなく、模範的です。 体育では、運動は出来ませんが、出来ることは少しずつ参加しようとしています。そろそろ軽度な運動には、参加させてあげて良いと思います」


「分かった」


本当に、この状況で、三者面談を始めた菅原先生とそれに応じる氷室さんに、私は狂気を覚えた。


「学園への保護者の車での送り迎えについて、学園内で一部、反発の声が上がっていたり、直接、お嬢さんに抗議をする生徒も居ますが、保護者の貴方は、どう思われますか?」


「致し方ない、そう思っている。 何かあった時、お前や学園長は、他の生徒を巻き添えにしたいのか?」


「はは、そう思ってだったなら、僕は貴方の配慮に甘えて居たようです。 感謝します。 まぁ、それも、そうだ。 学園長には、伝えておきますよ。 過保護的、暴挙だと思ってました。 謝罪します。 これからも、今まで通り、お願い出来れば幸いです」



頼まないで、と言いたい所だか、そうか、私の為だけではなく、私の周囲の為でもあったのか。


「二学期の期末テストでは、学年50位内まで成績を上げました。 これからも、この調子で頑張って欲しいと思います」


「以上か?」


氷室さんがそう言うと、菅原先生は、複雑な表情を浮かべた。



「はい、懸さんと保護者のあなたに他に聞いておかれたい事がなければ」


「俺は、今の先生の話で、充分だ。 りりあの担任になってくれた事を感謝する。 これからも、宜しく頼む」


私は、氷室さんに次いで、菅原先生に言った。



「菅原先生、卒業まで、宜しくお願いします」



もし、菅原先生が居なかったら、学園生活がどうなって居たかと思うと、恐ろしくて堪らない。



「じゃあ、ここからは、さっきの篠崎さんのお父さんとの二者面談について、に話しを移るよ。悪いけど、みんなと一緒に話したい。 篠崎さんも目が覚めてから、ね」


「篠崎さんもですか?」


「あぁ、篠崎さんのお父さんから、篠崎さんへのお別れの言葉を預かった。 だから、ね。 だから、篠崎さんも、居なきゃ……ね」



菅原先生は、凄く悲しそうな顔をしていた。



氷室さんとはそこで別れ、私と菅原先生とで保健室で眠る篠崎さんを迎えに行った。


初対面の女子高生の眠りの場に立ち会うのに配慮して、遠慮すると言い。


私まで行くことは無いとも言われたが、私が行きたいと申し出たので、氷室さんは私の意見を尊重してくれた。



保健室には、一ノ瀬君がユキナリと一緒に居た。


「ワレガ、目覚めを試みた。 もう目覚めるだろう」


「ありがとう。ユキナリ」


「オヌシノお陰じゃ。ワレなどに、流す涙は勿体ない事じゃ。あれしきで、狼狽えるな」


「そんなこと言わないで。 貴方は、もうすごく良いカミサマだよ。いつも、私達を護ってくれて、ありがとう」


「ふんっ、オヌシは……」


ユキナリは、肩を竦めて私にそっぽを向いた。


「懸、ユキナリと篠崎を救ってくれて、ありがとう」



暫くして、目を覚ました篠崎さんは、暗い表情でみんなに言った。



「うちの制服を着た知らない男子生徒に声をかけられました。 自分は私の腹違いの兄だと、言っていました。 名を名乗って居ました。 白夜と」



早速、思わぬ衝撃発言が飛び出してきた。


「篠崎さん。目が覚めてすぐで悪いけど。これから、会議室に来てくれ無いか? 篠崎さんの事で、みんなに話しをしないといけない。 篠崎さんのお母さんと、お父さんの話だ」


「わかりました。 私も、皆さんにお話ししなければ、ならないことが、あります」


篠崎さんは、ベッドを降りた。


一ノ瀬君が手を差しのべ、ユキナリも側で彼女を支えた。


「ふらつかないか?」


「無理をするでない、ワレが支えてやろう」


二人の申し出に、篠崎さんは泣き笑いした。


「お願い、今、私に優しくしないで、気が狂いそうなの。大丈夫だから」


そう言って、篠崎さんは、私のとなりに来た。


「懸さん、一緒に居て。お願い」


「分かった。一緒に行こう」


菅原先生が私達に微笑みながら言った。


「じゃあ、行こうか」


菅原先生にそう促され、保健室を後にした。


会議室に向かう途中、私と篠崎さんは小声で二人で内緒話しをした。



「お父さんに、会えなかった」



ポツリと篠崎さんは、私に言った。



「篠崎さんのお父さんってどんな人」


「私とママが大好きな、普通の人。 そう、思っていた……。そう、信じて居たかった」



篠崎さんは、虚ろな目をして、歩いていた。


一体、何があったんだろうか。




会議室に集まったのは、そうそうたるメンバーになった。


学園長、菅原先生、要さん、柚木崎さんのお父さん、氷室さんが大人の面子だった。


セイレンちゃんのお母さんは、まだ、騒ぎが起こる前に面談が終わっていたので、帰っていた。




柚木崎さん、宇賀神先輩、一ノ瀬君に、鏡子ちゃんにセイレンちゃんに篠崎さんに私が生徒の面子。


カミサマにユキナリ。


皆で会議室の席に着き、菅原先生が話しを始めた。


「篠崎さんのお父さんは、気が付いたら、屋上で倒れていたそうだ。 懸さんを襲った器にされていた。彼は、その時の事を覚えてはいなかったけど、白い虎は死別した妻との息子だと言ってた。 今年、105歳なんだって。自分の5つの時の子供なんだって」  


体格や、背丈や、年齢が安定しないバケモノの正体は白夜だったが、器は、篠崎さんのお父さんだったのか。


って、話題がぶっ飛ぶ、衝撃の事実にどこから、どう話しを受け止めて良いか分からない。


「取り敢えず、篠崎さんと腹違いのお兄さんの事は、後で考える事にして。篠崎さんのお父さんから、そもそもの事のあらましを聞いてるから話すよ」



そう言って、菅原先生は、話しを続けた。


「此処は、元々、何があっても、二人の龍が他の侵略を阻んで来た。 でも、どうしてもか、六封じを手に入れたくて、国外から、送り込まれたのが、自分だったと言ってた。 そこで、それを討ち滅ぼす事の出来る存在に選んだのが、篠崎さんのお母さんだった。彼女に近付いて娘を産ませた直後、分魂したんだって。身体機能は生殖機能を、思念と記憶は憎しみと恨みと未練を核主に若葉若葉学園での思い出とレンズサイドウォーカーとの記憶を核にしたそうだ。だから、異常なまでの自己顕示欲と驕りとトモへの劣等感と執着心と柚木崎君のお父さんへの愛憎を抱いているそうだ」


ん?


私が介在しないが、ずっと、私ばかりが標的なのに、これ、私、何の関係があるんだ。



「えっ、私、今の話だと、何で私が狙われるんですか? えっ」



私の言葉に、氷室さんと、要さんと、柚木崎さんのお父さんと、菅原先生は目を泳がせた。



「篠崎さんのお父さんに言われたよ。 分魂が、本懐を遂げる間際に、君に邪魔をされたそうだ。 君が居なかったら、少なくとも、分魂はトモは殺せて居たって。 そもそも、キミはこの災いの部外者だった。 僕達から生じた心の綻びに漬け込まれたんだ」



僕達とは、今、目を泳がせているメンバーの事か?


何があったんだ。


篠崎さんのお母さんとの間に。



「懸さんの災難は、そこで彼と出逢って、彼に好かれてしまった事だ」


「えっ、彼って誰ですか?」


「白い虎だよ。失敗した分魂の変わりに、戦ったんだ。 キミとイノチノやり取りをして、彼は君に負けそうになった時に、止めに入ったトモを仕留めたけど、キミをまた戦って殺す暇が無いから、トモを連れ去ったんだ」


私、白い虎と戦った記憶はあるが、断片的にほんの僅かなもので、戦った理由なんて、思い出せない。


「えっ、じゃあ、私、その日、一日の行いで、ここまで、大事になっているんですか?」


「まぁ、君、個人に関しては、そうだよ。 でも、君が居なかったら、トモは殺されてたなら。 それも、篠崎さんのお母さんの分魂に、だ。 もし、そうなって居たなら。僕達はこんな風に今、みんなで顔を付き合わせてなんて居られなかった。イノチと祝福は人質でも、最高の不幸中の幸いだ。 そう思える? 柚木崎は」


菅原先生の問いに、柚木崎さんのお父さんは無表情で言った。


「あぁ、そうだよ」


「要は」


「あいつ、本当に、何やってんのよ。もうっ」


「ヒッキーは?」


「文句の言いようがない。 俺は無力だった」





「篠崎さんのお父さんは、後は、篠崎さんを連れて帰るのが最後の使命だったけど、一人で帰るそうだ。 もう、ここに帰ることは無いそうだ。篠崎さん、お父さんからの伝言だよ。 【二人の事を心からを愛している、元気で】」



篠崎さんは、静かにゆっくり両目を閉じて、目を開けると同時に涙を零した。



「私のお父さんとお母さんはお互いがお互いにベタ惚れで、私の事をとことん甘やかして、私を育ててくれた。でも、この夏、死にかけた時、私の中で、記憶が目覚めました。私を産んですぐ、お母さんがお父さんに追い詰められて、もう逃げられないと思った時だったんだと思います。 私の顔に頬を寄せて、記憶と感情を残した。 誰に伝えたら、良いか、分からかったけど。 皆さんへ、だったんですね」


篠崎さんは立ち上がり、菅原先生達を見て言った。


「私は、本当はあの頃みたいに、みんなとずっと一緒に居たかった。 でも、わがままな私はみんなの一番に、特別になりたくて。 どうしようも無いくらいあきらが好きで、だから、あの子が嫌いだった。 みんなが、あの子を大切に、特別に扱っているのが許せな。だから、追い払おうと思った。 酷い事しても、謝れなかった。 私は、人の道具には、なりたく無い。 利用されたく無い。 でも、勝てない。 逃れられない。 みんなの敵にされる。 ごめん、こ、ろ、し……て」



篠崎さんが最後は振り絞るように、言葉を言い切った。


自分を殺して欲しいと母が念じた事も、それを、言葉にして告げねばならないのも辛かったからだろうと思うと、胸が締め付けられる様に痛かった。


篠崎さんが言葉を終えると、誰も、何も言わず、暫く静寂の時が流れた。


その静寂を打ち破って、言葉を告げたのは、要さんだった。


「初めて、謝ったと思ったら、何なのよっ。 面と向かって、言えば良かったじゃん。 ちゃんと、謝れば……良かったんだよ。 馬鹿っ……」


柚木崎さんのお父さんと、氷室さんは、無言で目を閉じて、かなり、時間を更に要して、やっと、柚木崎さんのお父さんが言った。


「トモが羨ましかった……か。そうだな、思えが意地になってイジメるから、だよ。 だから、みんながトモを庇ったんだ。 トモの特別を作ったのは、お前だったんだ。 怒ったけど、俺達、お前の事、嫌っては無かったよ。 みんな、最後は許してたのに。 今更、子供に謝罪を託すな⋯⋯」


最後に、氷室さんは言った。


「徹頭徹尾、不遜な奴だった。決して、自分の非を認めず。 自分は優れた人間だ。 いつかみんなを見返してやるっ、今に見ていろっ。最後はそう言って、俺達の前から姿を消して。 それから、ここに至るまで、誰も言えず、苦しんだのか、阿呆……が」


さすが、氷室さん、徹頭徹尾、非難の言葉しかないのか。


否、違う。


氷室さんは、悲痛な顔で下唇を噛んでいる。


悼む気持ちがあるなら、ちゃんと言葉にすれば、良いのに、それが出来ないのが氷室さんなだけだ。



「わ、私のお母さんって……、あの、昔、どんな人だったんでしょうか? そ、その、何かとてつもなく、皆さんにご迷惑をかけていたんですよね? あの、何かよっぽどの事をして、絶縁されたっぼい贖罪の念があるんですが。詳細までは、記憶に含まれてなくて……」


狼狽える篠崎さんに菅原先生は、すかさず言った。


「それは、もう良いんだ。 大丈夫、話してくれて、ありがとう」






話しを終えて、下校しようと言うとき、私は篠崎さんに話しかけた。



「篠崎さん、お父さんの事……」


「へへ、お母さんに何て言おう。もう、帰ってこないよ。何て言えないよね?」



篠崎さんは、苦笑いで言って俯いた。



「お父さんにもう一度、会いたかったな。 言えば良かった。 お母さんに、何をしたの? ちゃんと話してって……さ」


菅原先生がやって来て、篠崎さんに声をかけた。



「篠崎さん、今日は僕が家まで送るよ。 君が望むなら、それとなく、お父さんが居なくなるとほのめかして、帰ったと言う話しをするよ」


「いえ、大丈夫です。お母さんとは、私がちゃんと、向き合います。 お父さんがしてあげなかった分、私がちゃんと向き合いたいんです」


「分かった。でも、家までは送らせてくれ。一人で帰せる訳ない。 君は僕の大事な生徒なんだから」


篠崎さんは、菅原先生と一緒に帰ることになった。


ユキナリも、人の姿のまま、一緒に付き添うと言った。


一ノ瀬君も、一緒に付いて行くと言って、結局4人で帰る事になり、何か安心出来て、我に帰ると、氷室さんが私の事を黙って待っていてくれている事に気が付いて、慌てて氷室さんの所へ行った。


「気は済んだか?」


「あ、はい⋯」


私がそう答えると、氷室さんは何故か私の頭を撫でた。


「ふへっ」


不思議そうな顔をする私に、氷室さんは言った。


「帰るぞ」


「はい」


いつの間にか、柚木崎さんと柚木崎さんのお父さんは、居なくなっていた。



鏡子ちゃんと要さんは、セイレンちゃんを家に送って帰ると言って、3人で帰って行き、宇賀神先輩は、ガックリと肩を降ろしてとぼとぼと家路に着いて居るところを、要さんがついでだから、送って行くと車に乗せてあげていた。





「5年前、オレは、お前に呼ばれた。分魂する前で一度限り、お前は、俺の名前を呼んだんだ。 覚えているか?」


帰りの車の中で、暫く走ってから、唐突に氷室さんは私に言った。


そう言えば、私に記憶が無いが、氷室さんは、記憶があって当然だから、聞きたい事があっても、不思議では無い。


でも、今、このタイミングは、ちょっと、驚く。


因みに覚えてなど居ない。


「いいえ、思い出せません」


「そうか。……だが、聞いてくれ。 話したい」


覚えてなくも、聞いて良いなら、勿論、聞きたいよ。


「聞かせて下さい」


氷室さんは、運転しながら話しを始めた。


5年前、六封じのレンズサイドウオーカーが立て続けに行方不明になった。


最初の夜が1人、次の日が2人、その次の日が3人と日を追う事に人数は増えた。


行方不明になったのは、肉体を寝場所に残した魂だけの誘拐で。


誘拐10日目の夜、55人ものレンズサイドウオーカーが捕らえられ、人質の交換を持ち掛けて来た。


二人の龍と、神々がその啓示を受け、それを聞いた。


神を通さずその啓示を例外に受取る事が出来た事に、気が付かず。


見逃した2人が、私とトモだった。


啓示は、今直ぐトモを捧げれば、人質を返すと言う要求で。


二人の龍と、神々はその要求を、にべも無く拒絶した。


だが、その要求をトモ自身が、その要求に応じて、人質交換の場所に指定した場所にその時刻、赴いた。


私は、トモなら、絶対、行ってしまう。


そう思って、そこに行ったと言っていたのだそうだ。


そこで、傷付いたトモを抱えて、意識朦朧とする私は、氷室さんを呼んだのだと言う。


りゅうとりょうが来ない。


お前しか、呼べなかった。


と、私は、言ったのだと言う。


呪詛の妨害で、必死にその呪詛をこじ開け、氷室さんを呼び込めたが、自分まで一緒に今ここを離れたら、閉じ込められて、誰も出られなくなる。


私は、氷室さんに何とか、イノチと祝福が無くても肉体に魂を取り留めているトモを連れ帰るように頼み、氷室さんは、私の言葉の通りに、トモを連れて大鏡神社にトモを連れ帰り、りゅうとりょうにトモを託した。


そして、急いで私の元に戻ったが、もうそこに私の姿はなく、必死になって、私を探したが見つける事が出来無かったと言った、


私を救えなかった。


私を見つけられなかった。


前に、私に、自分を当てにするな。


って、言ってたけど。


そうか、この時の事だったのか。



それから、ずっと私を探して、明け方。


大鏡公園の片隅で、狐火が上がるのを見て、そこに行くと呪われて髪を切られて、半身を池に沈めた私の姿を、やっと見つける事が出来た、と言った。



何だ。


ちゃんと、見つけてくれたんじゃないか。


そう思って、私が、【ちゃんと見つけてくれたじゃないですか?】って私が、言うと、氷室さんはちょっと怒った。



「お前を無事、見つけられなかった。 遅かったんだ」


氷室さん……。


細かいよっ。


私は、それで充分だと思うけど。


「人質に取られたレンズサイドウォーカーは、どうなったんですか?」


「一ヶ月かかって、全員、見つけ出した。 六封じの随所に、呪詛で作った幽閉場所から、全員、みんなで助け出した」


それを、聞いて私は安心した。






家にたどり着き、ちょっぱやで夕飯を作った。


調理時間は、驚異の15分だった。


炒め野菜用にカットしてジップロックに入れていた野菜を豚肉と炒めている間に、ソース付き袋生麺の焼きそば面を500wで1分チンして、野菜炒めを皿にあげでチンした生麺をフライパンで油を引いて焼き付け、パウダーソースをかけて混ぜて、皿に引いていた野菜炒めを加えて仕上げ、小皿に野菜室に常備したサラダを盛り付け、朝の作り置きの味噌汁を温め、ご飯は諦めて、それで完了にした。



「お前、よもや、夕飯を作ったのか?」




私は、家に入るなり、書斎にこもった氷室さんに、夕食を呼びかけると、そう呆れられた。


「早く、食べましょう。 明日も学校です」


「分かった」



私は、氷室さんと共に、淡々と夕食を摂って、とっとと片付けをして、お風呂に入り、いつも通りの時間に就寝した。





夢を見た。




「トモを連れて行けっ。私が、このまま、呪縛を引き受ける。 氷室 龍一。 りゅうとりょうの所に行けっ。 イノチと祝福を奪われた。 誰かがイノチを注ぎ続ければ、魂は消えないっ。 だから、行けっ。トモを死なせるなっ」


今より、幼い私がトモを膝に抱きかかえながら、地面に張り巡らされた呪詛に力を奪われながらも、呆然と立ち尽くす氷室さんに絶叫していた。



「りりあ、お前も一緒に……だ」


トモを抱き上げ、私の手を取ろうとして、氷室さんは、私に手を叩かれた。


「触るなっ。 私は、お前何か大嫌いだっ。 お前のせいだっ。 人間じゃ、これが限界だ。 バカっ。 カミサマだったら、こんな事にはならなかった。 これ以上、私をイラつかせるなっ。 早く行けっ。 トモを連れて消えろっ、目障りだっ」



やめて。


これは、本当に、私なのか。


これは、夢なのか、記憶なのか?



「絶対、戻る。 分かった」



氷室さんは、そう言って、呪縛を離れて行き、私は氷室さんの後ろ姿をみつめて言った。


「カミサマが良かった。  本当は、あいつがりゅうとりょうを殺そうとすれば、殺されるのはどっちだ? なんて、迷わなければ、私は神様になれたんだ。 トモはお前が守れ、クソッ」



呪縛が黒い塊を巻き上げ、私の前で形を成した。


「何の恨みだ、禍々しい」


「オマエには分かるまい。 私の恨み辛みなど。お前の様な小娘には」


「そうだね。 分からないよ。生憎ね。私は、ヒトのモノを欲しがったりしないんだよっ。 みっともない」




黒いか溜まりが私の周りを渦巻いて呑み込んだ。


そして、黒い塊は呪縛もろとも、消し飛んで、私はその場に力尽きて倒れた。



「とんだ拾い物をしたものだ。 運が良い」



真っ暗になって、視界が無かった。


ただ、声が聞こえるだけだった。



「力尽きておるが、生きておる。 【最愛】を、この手に出来るとは思わなんだ」



誰?



「連れて帰るのか?」



こがねの声だ。



「当たり前じゃ。これが折れば、後、何年世代を繋ぐ事が出来るか。 お前が娶れ」


狐憑き達なのか?


篠崎さんの母親と白い虎と戦った後、私は狐憑きに捕まったと聞いていたが正にその時なのか。



「まだ、幼いよ。 気が乗らないな……」



宇賀神先輩の声。



「後、数年もすれば、使い物になる。魂も肉体も」


「でも、肉体が未成熟だ。俺が呪詛をかけるから、今日はそこまでにしよう。 成熟を待つまでに、この子に執着している二人の龍に一族皆殺しにされるのが、オチだ? 息を殺して、それを待つより、俺の呪詛で絡めとれば良い。必ず、呼び掛けに応じ、目の前で捕らわれる。 証にこの子の髪を持ち帰る」


「ふんっ、良かろう。 孕ませてしまえば、手は出せんじゃろう」



気持ち悪い事言うなよ。


宇賀神先輩、本当にありがとう。



「聞こえる? 懸 凛々遊【あがた りりあ】」



宇賀神先輩の呼び掛けに、私の声が答えた。


「うるさい。好き勝手言うな。 誰だっ、お前ら……」


「女の子は、もう少し、綺麗な言葉を遣った方が良いよ。 不遜な物言いは、品性を貶める」


「気に入らないなら、好きにしろ。 私は、誰にもひれ伏さない。 助命など乞わない。自分可愛さに媚びたりしない」


「もう、分かった。 じゃあ、これだけは、約束して欲しい。 今日、俺は君を見逃す。 その代わり、次に、俺が君を呼んだ時は、君は、必ず俺の呼び掛けに応じて俺の目の前に来る。 約束の証に君の髪を貰う。 例え、これからどんなに君の髪が伸びようと、僕が切り落とした以上に髪は伸びず、切り落とした場所の部分は生気を帯びない。 約束だ懸 凛々遊。 誓え」


「断る」


「誓え」


「嫌だ」


「じゃあ、言い方を変える。 俺は、君を妻にするのは、嫌だ。 出来れば、政略結婚で、強制的に望まぬ結婚は嫌だ。 いつか、出逢った瞬間、一瞬で恋に落ちるような、素敵な女の子と、身を焦がす様な大恋愛の末に幸せな結婚を夢見ている。 人助けだと思って、応じてくれ」


宇賀神先輩の言葉は耳打ちの様な小さな声だった。


「……勝手にしろ」


私は、言った。



「了承と受けとる。 懸 凛々遊【あがた りりあ】約束だ」



宇賀神先輩、本当に良い人だ。


良かったね。


あんた将来、その夢、今のところ半分叶えてるよ。


ちゃんと出逢った瞬間、一目でセイレンちゃんに恋に落ちたよ。


身を焦がしまくって、全くうまく行かない大恋愛出来てるよ。


結末は、まだ分からないが可能な限り応援するよ。


そう心に誓った。



しばらくして、私は目が覚めて、カラダを起こして、ふらついて大鏡の岸辺でよろめいて、水面に落ちた。



そこまでで、夢は終わった。









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