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第37話 40歳を手前で遅れてやって来た 思春期に身悶えるアナタと カオスな メリー メリー クリスマス


12月も半ばに入り、年末に彩食倶楽部の特別活動として、年末におせち料理と餅付きをしようと言う話しが持ち上がった。


「今年は、おせち作りをしたいねっ」


彩食倶楽部の活動方針は、四季折々の食材で、食卓を彩る術を身に付けると言う以上、欠かせない活動だと私は思った。


「賛成っ。 冬休みはさ、大鏡神社の飾りの手伝いで、年明けまで親も忙しいからさ。 おせち料理作って、年明けはゆっくり過ごしたいもん」


鏡子ちゃんの言葉に柚木崎さんは、肩を竦めた。


「いつも、悪いね。 まぁ、僕もたまには、神社の仕事を抜けて、おせち料理作りたいよ。来年はもう、出来ないからね」


倶楽部活動が出来るのは、三年の1学期までだから、そう思うと切ない。


「俺も、だ。 それに、セイレンと一緒にいられるなら、何でも良い」



宇賀神先輩は、邪な心得が過ぎる。



「みんな、俺から、ちょっと良いか?」



一ノ瀬君が言った。



「どうしたの?」


私がそう尋ねると、一ノ瀬君はみんなに言った。



「篠崎を、彩食倶楽部に入部させてくれないか? その、……何か前に、みんなとひと悶着あって、良い印象ないから困らせたくないって、篠崎には言われたんだけど、俺が誘ったんだ。 みんなが良いなら、入りたいって、言っていたんだ。 ダメか?」


私は、大歓迎だが。


どうだろう?



一概に、みんなの意見を聞かず、返答できない事案に思えて、鏡子ちゃんを見ると、鏡子ちゃんは柚木崎さんを見つめており、セイレンちゃんも柚木崎さんを見つめていて、宇賀神先輩に至っては、見つめるだけでなく、言葉まで紡いだ。


「柚木崎が良いなら、良いんじゃないか?」


ストレートだが、正に、みんなの意見を代弁してくれてありがたかった。


色んな意味で、正にそうだ。


元カノだし、先日なんて篠崎さんのお母さんの分魂にお母さんを殺されかけたと言う衝撃の事実が判明して久しい。



「宇賀神……。一ノ瀬、僕は、彼女が良いなら、賛成だよ。 篠崎さんのお母さんの事は、気にしてないから安心して」


元カノの事は、一ノ瀬君、知らない筈だ。


彼女を受け入れるなら、丁度良い告白だ。


そう思ったのも、束の間だった。



「つまり、柚木崎先輩、篠崎さんが元カノでも、気にしないって事ですか? だったら、私は、大丈夫です」


鏡子ちゃんのつるつるのすべすべの口に敵うものは無いようだ。


「もう、何で鏡子ちゃんが言っちゃうかな。 ギリギリ、無かった事にして、私達で水に流す方向に、柚木崎先輩が持って行ってたのにっ」


セイレンちゃんが激怒して、慌てて、何事かとレンが飛び出してきてその場は騒然となった。



「えっ、篠崎……柚木崎先輩と付き合って居たんですか?」



あちゃー、隠し通せると踏んでいただけに、痛い暴露だった。


「去年の夏のオープンキャンパスで出会ってから、今年の春まで、半年付き合った」


「何で別れたんですか?」


一ノ瀬君の質問に、柚木崎さんは少し、沈黙の後、潔く言った。


「今年の春に、他に好きな人が出来たからだよ。だから、別れた」


そう言うと、一ノ瀬君は言った。


「そうでしたか。 知りませんでした」


「でも、篠崎が良いなら、僕は良いよ」


篠崎さんとの馴れ初め、まさか、ここで聞くはめになるとは。


「じゃあ、俺は賛成で、柚木崎が良いなら、俺は良い。 柚木崎の今カノのりりあも良いよな?」



宇賀神先輩が言った。


この期に及んで、宇賀神先輩まで……。


まあ、現状の隠し事は、この際、無い方が良い。


篠崎さんは全ての事実を受け入れても、一ノ瀬君の誘いに乗ってくれたんだ。


誘った側も、その事実を受け止めて、事に臨んで欲しいと思った。


「私は、賛成です」


私がそう答えると、一ノ瀬君が言った。


「懸が柚木崎先輩の恋人になったのか?」


「うん。 だから、1学期に私、揉めたけど。…… でも、篠崎さんは、ちゃんと受け止めてくれた。 私は、柚木崎さんとは、夏休み前から付き合ってる」


私の言葉に、一ノ瀬君は複雑な心境を吐露した。



「俺、何も知らなかった」



それは、言っても、仕方ないよ。


でも、結局、一ノ瀬君は、篠崎さんにみんなの意見を伝えて、篠崎さんは、彩色倶楽部への入部を申し出て、無事、倶楽部入りを果たした。





終業式間際、クリスマスを目前に私達、生徒会メンバーにチェリーブロッサムから、クリスマスパーティの招待状が届いた。


「ソウさんが、みんなでおいでって」


鏡子ちゃんが、両親の伝で、ソウさんから招待状を受け取っていた。


若葉学園ご一行様【1グループ10名様まで】。


彩食倶楽部のメンバー全員で行っても充分余りの出る許容人数に私は笑った。



「みんな、行くよね」


 勿論、みんな行くと答えたが、私は氷室さんにまだ許可を貰って無かったので、内心不安だったが、メンバーには、柚木崎さんが居るので、氷室さんは快諾してくれた。



そして、無事、二学期の終業式を終え、私は翌日のクリスマスイブをチェリーブロッサムで過ごすべく、氷室さんにチェリーブロッサムに送って貰った。


「俺も夕方には、食堂に行く。帰りは、そのまま帰るからな」


「はい、みんなと良い子に遊んでます」


うきうきの私に、氷室さんは不機嫌そうに言った。



「いつまでも子供気分で居るな」


「子供のうちは、子供らしくしたって良いじゃないですか?」


「子供はおいそれと恋人なんて作らんし、異性とキスしたりせん。 子供なのか、女なのか、どっちかにしろ」


「……氷室さん」


「なんだ?」


「子供だし、女です。……私は、だって女の子です。 どういう事ですか?」


私の言葉に、氷室さんは頬をひきつらせた。


「もう良い。 分かったから、行ってこい」


私は氷室さんに見送られて、みんなとの待ち合わせ場所に向かった。



「懸さん」



待ち合わせ場所に先に着いていたのは、篠崎さんだった。


「早いね」


「懸さんも、早いよ。初めて来るから、ちょっと、早めに来たの。私、家は唐人町なんだ」


学校の最寄りだが、大鏡公園を挟んで反対側だから、ここからは確かに近くない。



三者面談の日から、2人で、面と向かって話すのは初めてでちょっと、緊張してしまう。



「学校、近いんだ」


「うん。 私、この学園に入るのが、小さいころ、夢だったの。校舎も、テラスも、ドーム型の二階建て図書館もすごくお洒落で、後、温水プールなのも、気に入っているの」


そう言えば、うちは低温の天然温泉を使った温水プールがあると聞いている。


まだ、水泳の授業が組まれてないので、使った事ないが。



「私、オープンキャンパスで温水プールを見学した時ね、プールと特設のジャグジーに寄贈って書いてあってね。えっ、プールを寄贈するなんて、どんなお金持ちだって、思ってたんだけど。 氷室 龍一って、懸さんの保護者の人だよね?」


篠崎さんとの緊張が大気圏まで吹っ飛んだ。



「えっ、冗談だよね?」


「懸さんの寄付の冷蔵庫とおんなじ書き方だったよ。 あっでも、冷蔵庫は【寄贈 2024 年度入学 懸 凛々遊】 って書いてあってね。 プールの石碑は【寄贈 2002年度、卒業生 氷室 龍一】って書いてあったよ」


そっか、私の寄付の時、教えてくれなかったが、温水プールだったか……。


「ありがとう、また、1つ謎が解けたよ」


「えっ、謎って、何の事?」


「前に、その人に、自分は何を寄付したのか聞いたら、教えて貰えなかったの。 マジ、衝撃だよ」



氷室さんに心の中で、お礼を言った。


氷室さんがひた隠しにしていた秘密のお陰ですっかり、篠崎さんと打ち解けて話せたからだ。




みんなが、待ち合わせ場所に集まり、クリスマスパーティの場所である食堂に向かうと、受付にテンさんがいた。



「あれ、若葉学園の御一行様かな?」


「はい、お久しぶりです」


「ようこそっ、チェリーブロッサム恒例のクリスマスパーティへ。 えっと、皆さん、1つずつ、この紙に名前と誕生日を書いて、箱の中に入れて中に入って、後で抽選で選ばれた誕生日の人は、サンタさんから特別な誕生日プレゼントが貰えるの」


「今年は何ですか?」


鏡子ちゃんは、両親がチェリーブロッサムの花屋さんをしているので、買って知ったる当たり前の事のように、そう尋ねた。


「それは、いつも、ヒ・ミ・ツだよ」


「ポロッと言ってはくれないんですね」


鏡子ちゃんじゃないんだから、口を滑らせないよ。


私は、そう思ったが、テンさんは苦笑いで言った。


「そう言えば、去年うっかり、言っちゃったけど。もしかして、去年、私が言っちゃったの、鏡子ちゃんだった」


「そうですよっ、今年も狙ってました」


「もう、要注意だね」


カレー屋台の食器作りから、チャリティーバザーに引き続いてイベントを共にしたせいか、同じ物作りと言う共通の特技をもってか、鏡子ちゃんとテンさんは、すっかり仲良しの様だ。


「篠崎さんは、4月2日生まれなんだ。1日違いだ」

用紙に記入していると、不意に篠崎さんの誕生日が目に入り、そう口にしていた。


私の言葉に、篠崎さんは私の用紙に興味を示したのか私の紙を見て言った。


「あっ、ホントだ。私、本当は3月24日生まれ何だけど、お母さんがマタニティブルーを拗らせて、出産直後に病院から私を連れ失踪したんだ。お父さんが一生懸命お母さんを探して⋯⋯見つけ出してすぐ届けを出したけど、かなり、日付が経っていて、遡ってもその日にしか出来なかったんだって。

お母さんは、私と居なくなった自分を見つけ出してくれたお父さんに感謝してた。 だから、私は……。 お母さんは弱くて繊細な人で、お父さんは頼りになる優しい人だって、誇りに思ってた。でも、本当は違ったなんて、びっくりだよね」


篠崎さんは、悲しげに笑った。


本当は、死に物狂いでお母さんがお父さんから篠崎さんを連れて、逃げ出したのが真相だった。


誕生の届けが月替りするまで、乳飲み子抱えて、逃げ惑ったのか。


なんて強靭な精神力の持ち主だったんだ篠崎さんのお母さんは。


本当に、件の真相が明るみになったせいで、篠崎さんの両親に対する心証の変化は計り知れない。


そう思うと、私は、身体が、凍りつきそうだった。


「でも、そのお陰で、私はみんなとクラスメイトになれたって、両親に感謝してる。だから、良いの」


前向きだ。


篠崎さん。


「そう言えば、ね。その時にパパとママが言ってたの、後、1日、早い日付で届けを出せていたら、私、学年が上がってたって。だから、もしかして、暦は1日だけど、懸さんとは、1年と1日違いなの?」


「そうだよ。日本の就学年齢の考え方って、紛らわしいよね」


「そもそも、1年の暦通りに区切れば分かりやすいのに、ね。 でも、本当に、良かった。みんなとの一緒になれて」


篠崎さんの言葉に、私も心からそう思った。





チェリーブロッサムのクリスマス会場では、クリスマスの特別メニューがバイキング形式で提供されており、私達は珠玉のごちそうに胸を踊らせた。


「いちごの乗ったポテトサラダなんて、初めて見た」


「ローストチキン、鶏丸ごと焼いたのもある」


「最高だ。いなり寿司もあるっ」


宇賀神先輩が、大好物に黄色い声をあげた。


「りー、やっぱ、りーだ。久しぶり」


厨房から、そう声をかけられ、私はララさんの所に向った。


「ララさん、お久しぶりです」


「今日は楽しんで行ってね。腕によりをかけて作ったんだから。 私は、ローストチキンを焼いて、ポテトサラダはテンが作って、いなり寿司はセイが作ったんだよ」


いなり寿司がセイさんだったか。


「ピザはセイの旦那が焼いて、ソウはステーキコーナーで肉焼いてるし、パエリアとざく切りカットのコブサラダは市丸が作ってて、後はね」


ララさんは、厨房を出て、料理の説明をしてくれた。


「みんなで作っているんですね」


「そうだよ、あぁ、あの怖い顔したいつもしかめっ面のりーの保護者も、昨日、昼間に来てカレー作って帰ったよ。美咲とマリアンヌがナンを焼いて、ナンカレー食べられるから、行ってみなよ」


マジか⋯⋯。


ララさんは、料理を説明し終えたタイミングで調理場から、サボるなっと怒られて、渋々、戻って行った。


私は、早速、ナンカレーを提供しているコーナーに赴き、ナンカレーを貰った。


「りりあ、カレーが良かったの?」


料理を手にみんなの所に戻ると、柚木崎さんにそう突っ込みを入れられた。


柚木崎さんのお皿には、ローストチキンが乗っていた。


「はい、だって、これ、氷室カレーらしいですよ」


「えっ、一口頂戴。僕のチキンも取って良いから」


そんなやり取りの中、隣では、宇賀神先輩がおいなりを幸せそうに頬張っていた。


一ノ瀬君と篠崎さんは、仲良く料理を平均的に取り分けて食べていた。


「りりあちゃん。テンさんが、呼んでるよ。私とセイレンちゃんの3人でおいでって」


鏡子ちゃんに言われて、私達は3人でテンさんの所に向った。


「ちょっと、みんなに来て欲しいの」


テンさんはそう言うと、私達を会場の外に連れ出した。


向ったのは、チェリーブロッサムの遊園地スペースだった。


「どうしたんですか?」


私がそう尋ねると、テンさんはみんなに言った。


「よもや、殺したはずの人質が生きてるなんて、夢にも思わなかった」



テンさんは、そう言って、姿を消した。


「「えっ」」


鏡子ちゃんと、セイレンちゃんは驚きの声を上げたが、私は、声も出なかった。


人質を殺したと信じていて欲しかった。



瞬間、空間が歪んで視界が波打つ。



「懸 凜々遊【あがた りりあ】、僕が手ずから殺したはずのこのイノチを、どうやって助け出した? 」



目の前に、白い虎が現れて、足元にはテンさんが倒れていた。


また、人質を取ったのか?



「白夜、消えろっ」


白夜の名を呼び、打ち払えば、良い。


そう思ったが、虎の回りに風が巻き起こるだけで、白夜は消えてはくれなかった。


「少しは、力の使い方を思い出したようだけど、まだか弱い君じゃ、今の僕は消せないよ。 教えてくれないなら、僕が、理解するまで、また殺すまでだ」


そう言って、白い虎はテンさんに、片足を上げて、爪を剥き出しにした。


「やめてっ。待って」


私の言葉に、白い虎は、動きを止めた。


「話す気になった?」


私は、一度両目を閉じて視界の遮断がないことを確認した。


空間が歪んだ時、レンズサイドに切り替わったんだと思った。


私は、神経を研ぎ澄ませて、気配を探った。


テンさんの気配が以前感じたそれと同じか確かめて、確信した。


「それは、あの時の人質じゃない。騙すなっ」


私の言葉に、白い虎は言った。


「騙したのは、お互い様だ。マリア、もう良い」


白い虎がそう言うと倒れていたテンさんは、ムクリと起き上がり、篠崎さんそっくりの女生徒に姿を変えた。


若葉の制服姿なのは、分魂の核に若葉学園の思い出が含まれていると言っていたが。


それに、引っ張られての事だろうか?


自分の分魂の核も、、レンズサイドでの記憶を核にできている。


だから、一番、レンズサイドに行く時によく着ていた寝間着姿でいつも現れる。



「最愛に、龍の娘に、獣の神持ち。 随分なサラブレッド達だこと。 マジ、目障りね」



傍らの鏡子ちゃんとセイレンちゃんは、お互いに顔を見合わせて、黙る。


篠崎さんのお母さんの分魂との初めての遭遇に戸惑っているようだった。


「レン」


セイレンちゃんがレンの名を呼んだが、レンは姿を見せない。


「りゅう、りょう」


私も呼んだが、来なかった。


「私の呪縛、完璧でしょ?」


「あぁ、優秀だ。 でも、傲るなよっ。 前は、この呪詛、最愛に打ち破られたじゃないか?」


「最強の【最愛】が、分魂している。前より、ずっと弱いし、頭悪いし、充分なんじゃない?」


篠崎さんの母親の分魂と白い虎は親しげにそう話した。


呪縛?


おびき寄せられ、閉じ込められた?



「さぁて、今日は、ちょっと遊ぼう。中々、キミは分魂を取り戻そうとしない。言う事を聞けない悪い子には、オトモダチ諸共、少し痛い目を見て貰おうと思ってさ」


「痛い目?」


私が尋ねると、白い虎は言った。


「誰も守れなくて、自分の不完全さに嫌気がさすまで、僕が弄んであげる」


そう言って、白い虎は私達に飛び掛った。


「りりあちゃん、こっち」


セイレンちゃんに、手を引かれ、すんでの所で虎から身をかわしてセイレンちゃんに寄りかかった。


「レン、レン」


セイレンちゃんは連呼したが、レンは現れない。


「神は呼べないよ」


白い虎は言った。


そして、咆哮を上げた瞬間、私達は身体が石になったみたいに重くなって動けなくなった。


「灼かれるのと、絞め上げられるのと、辱められるの。一人1つずつ被らないように選んで、決めて」


冗談じゃない。


神が呼べない、助けを呼ばなきゃ。


どうしよう。


あっでも、そう言えば、この状況、前に夢で見た呪縛に似ている。


神は呼びかけられなかった。


でも。



「氷室 龍一。柚木崎 亮一。宇賀神 柊」


私が3人のレンズサイドウォーカーの名を呼ぶと、漏れなく3人目の前に、現れた。



「何だ。 いきなり」


「りりあ、どういう事?」


「セイレン、探したよ。急に居なくなるから」



呼び出せないのは、カミサマだ。


この呪縛で呼び出しを封じることの出来るのはカミサマ限定だ。


だから、前に呪縛の中でも、呼べた生身だった氷室さんには、届いたんだ。


だったら、柚木崎さんにも、宇賀神先輩にも、有効だと思ったら、ビンゴだ。




「マリア。 これは、とんだ欠陥品じゃないか。だから、傲るなって言ったのに」


「五月蝿いっ、人質を殺しそこねたお前が、言うな。お互い様だっ。 中途半端なのは、分魂の私に、そもそもここまで求めること自体、厚かましい。 全力を出させたいなら、力を寄こせっ。 もう帰るっ」


篠崎さんのお母さんは、白い虎にそう悪態をついてそっぽを向いて、姿を消した。


「まぁ、一理あるか。 ねぇ、りりあ。 何のつもりなの。 魂を砕いて隠すなんて、どんな捨て身だよ。良いかい。君、今、多分ね」


白い虎の言葉が、氷室さんが後ろから私の両耳を強く抑えるから聞こえなくなった。


傍らで、柚木崎さんが鏡子ちゃんを、宇賀神先輩がセイレンちゃんの耳を同じ様にしている。


何を言ったんだ?


忌々しげ気に氷室さんを睨み付けた後、白い虎は姿を消えた。



呪縛で作り上げた空間に閉じ込められたが、宇賀神先輩が呪解してくれた。


「やっぱ、宇賀神先輩はすごいですね」


「りりあ、また、何か思い出したのか?」


「はい。初めてあった時の事、思い出しました。 私を助けてくれてありがとうございました。  夢が叶うと良いですね」


私の言葉に宇賀神先輩は、笑った。


「あぁ、君のお陰で、今のところ、順調に叶ってる」



そう答える宇賀神先輩が、愛おしげに見つめる視線の先に、セイレンちゃんの姿があった。





氷室さんは、宇賀神先輩との話を終えるの待って、私に声をかけて来た。


「りりあ、なぜ、こうなった?」


「テンさんに呼ばれてここに連れてこられたんです。でも、ニセモノだったんです。 あの女の人がテンさんに、化けてた。ここで呪縛されて、レンズサイドに閉じ込められたんです。そこに、白い虎も現れて、さっきの体たらくでした」



心配だったが、結局テンさんは、今日出席する名簿が埋まった為、受付を終了していた。


そして、主催者であるソウさんの所に回収した用紙を届けに行って、私達が会場に戻った時には、美味しそうに料理に舌鼓を打っており、私はほっと胸を撫で下ろした。



「氷室さん、お仕事中にすみませんでした」


「もう、片付けた。 俺も会場に居た。お前が、気付いていなかっただけだ」


「りりあ、クリスマスケーキがある。行こう」

柚木崎さんに誘われて、クロカンブッシュというクリスマスケーキをデザートコーナーに取りに行った。


氷室さんは、菅原慶太さん達のグループに行き、私は若葉学園メンバーも行動を共にしてパーティを楽しんだ。



「嬢ちゃん、今日は、楽しんで行ってくれよ」


「今日は、お招きいただきありがとうございます」


「いや、オフィス棟のエントランスに絵を飾ってくれて感謝してる。 いつでも、見れる。 駆と息吹に見せてやれる。 嬢ちゃんが氷室さんの所、来てくれて本当に良い事だらけだ」


「私の方こそ、こっちに来て、初めて私の家に来た人がソウさんと竹中さんで本当に良かった」



ソウさんは、私の言葉に驚いた。


「あの家は、嬢ちゃんの家なのか?」


「はい。氷室さんから、貰い受けました」


ソウさんは、更に目を丸くした。


そして、改めて私に言った。


「嬢ちゃんって、やっぱ、何かすげーな。嬢ちゃんが来てから、氷室さん、人が変わったみてぇだ」


「えっ?」


「根は優しいが、あまり、人と関わろうとして来なかったのに、ほら、見てみろよ」


そう言って、視線を移す、ソウさんの視線の先で、氷室さんが、菅原さんや美咲ちゃんやマリアンヌさん、シュウさん達の輪の中に居た。


「氷室さん、楽しそう」


「前は、あんなにしてみんなと一緒に居られる人じゃなかったんだ」


私は、微笑ましくて、笑みが溢れた。


ソウさんは、そんな私に悪戯っぽい顔で言った。


「あっ、でもな。嬢ちゃんと一緒の時のほうが、氷室さんは楽しそうだ。 だからよ。 彼氏も良いけど、氷室さんにも構ってやれよ。そう言うこと、素直に言える人じゃねぇからな。 嬢ちゃんがちゃんと分かってやれ」


「ソウさん……。はい、頑張ります。私、氷室さんの事、大好きです」


恋愛感情抜きにしても、私は、氷室さんの事を好きだと思ってそう答えたが、ソウさんはちょっと苦笑いだった。


「嬢ちゃん、氷室さんともう少し、歳が近かったらな」


ソウさんとの話しを終えると、ソウさんは氷室さんのグループに帰って行った。





「では、本日のビッグイベント。チェリーブロッサムクリスマスパーティ恒例のクリスマス抽選の結果を発表するぜっ。今年の当選者のBirthdayは」


誰だろう?


何が貰えるんだろう?



わくわくしながら、発表を待った。


去年の当選者に、誕生日候補の日付にまとめられた抽選箱から、当たりを引いて貰うと言って、壇上に上がったのが鏡子ちゃんだったから、私は笑いが止まらなかった。


鏡子ちゃんが抽選箱から選び出した用紙をソウさんに渡した。


「じゃあ、発表するぜ。今年のクリスマスプレゼントが貰えるハッピーバースデーは1月1日。該当の誕生日の人、前へ。 ん〜、おっ、当選者は二人っ。 読み上げるぞっ。 チェリーブロッサム相談役、 冬野 誠【とうの せい】。チェリーブロッサム顧問税理士 氷室 龍一【ひむろ りゅういち】。 ステージへ 」


はっ、えっ。


マジか。


お正月生まれ、セイさんと氷室さんが同じ日生まれ。


衝撃の事実のダブルコンボに私はわなわなしていた。


「今年のクリスマスプレゼントは、チェリーブロッサムスーパー部門店長の矢島店長より、スーパーマーケットチェリーブロッサムで使える10万円分の商品券とチェリーブロッサムフードコートと食堂で使えるペアお食事券、100回分。 当選者の2人で、仲良く分けてくれ」


なんつう気前の良い、クリスマスプレゼントだ。


「やったー。矢島店長、ソウ、ありがとう」


セイさんは、満面の笑みだった。


セイさんに腕を引っ張られながら、半ば無理矢理、壇上に引きずり上げられた氷室さんは、仏頂面だったが、微笑ましかった。





「氷室さん、どっちが良いですか?」


「俺は、良いから、セイさんが両方貰って下さい」


「それは、駄目。ちゃんと、分けます。 ぐたぐた言っちゃ駄目。ねえ、りりあちゃん」


セイさんは、そう言って、私の所に来た。


「そうですよ。折角、下さるんですから、貰わないと」


私がそう言うと、氷室さんは、顔を顰めながら私に言った。


「分かった。 りりあが欲しいものを貰う。 お前が選べ。 それを貰う」


氷室さんの言葉に、セイさんは私に言った。


「じゃあ、りりあちゃんが選んであげて。 仕方ない大人でごめんね」


「セイさん」


氷室さんが不平そうに呟く。


「良いんですか? 私が選んで」


「えぇ、氷室さんが指名しているんだから、良いのよ。 さぁ、選んで」


「では、ペアお食事券が欲しいです」


「良し。はい、氷室さん。  りりあちゃんと、召し上がってね。 私は、親子丼にするサーモンとかいくらとか、黒毛和牛のステーキ肉とか、手当たり次第、しこたま買ってやるんだから」


セイさんは、そう言って、笑った。


「あっ、そうだ。 りりあちゃん、ちんちん電車の絵、チェリーブロッサムに飾ってくれてありがとう。氷室さんに頼んで落札してくれたのに、良いの?」


「はい」


私がそう答えると、セイさんは、私のサンタクロースになりたいと言って、何か私に欲しいのものは無いか? と、尋ねた。


そんなの悪いと思って固辞したが、セイさんは、是非言ってくれと、言うので、私は言った。


「おせち料理の作り方が知りたいです。セイさんのお料理好きです」


「えっ、おせち。だったら、今年の12月30日から、毎年、食堂でおせち作りと餅つきしてるから、おいでよ」


「本当ですか? 私、学校で、料理倶楽部してて、今年はみんなでおせち作ろうって話して居たんですけど、私、あんまり、今まで禄に予算が無くて、きちんと作ったことが無くて」


おせち料理は毎年作っていたが、両親の懐事情で、有り合わせのモノを作る他は、お裾分けの料理が殆どだったので、みんなに教える程は出来なかったので、本当に助かる。


でも、みんなには教えられないのが、残念だった。



「だったら、みんないらっしゃいよ。 テンが言ってたけど、カレー作りの時のメンバーなんでしょ。そのお料理倶楽部の部員さんって」


「はいっ。聞いてきます」



私はみんなの所に戻って、セイさんから、おせち作りに誘って貰えた旨を伝えると、みんな、快諾してくれた。


部長のセイレンちゃんに至っては大喜びだった。


神社の仕事で忙しいだろう柚木崎さんも、賛成してくれるか一番心配だったが、良いと言ってくれた。


「今まで毎年必ず手伝って来たけど、僕だって一度くらい、わがまましたいよ。 りりあ、気にしないで」




色んな意味で、ほくほくしながら、家路に着くと。


玄関入って靴を脱いで、部屋に戻って、お風呂に入って、さあ寝ようと言う時。


「りりあ、座れ」


氷室さんが待ち構えて居たかの様に、髪を乾かして寝室に向かう途中のリビングで仁王立ちで、私を待ち構えていた。


何で、お説教モードなんだ。


クリスマスイブに、こんな険しい顔で睨まれて眠ったら、今夜は、サンタじゃなくて、サタンが来てしまうんじゃないか。


私は、ソファーに座った。


氷室さんは、私の前にわざわざ立って私を見下ろしている。


「えっと、私⋯⋯何かしました?」


「するべきことが出来てない。 そう言う話だ」


「と、言いますと?」


「狐憑きの男に、最初に出逢った時の事を思い出したと、お前は言った。 俺が、この前、何か思い出せないか尋ねた時に、思い出せないと答えた筈だ。なぜ、狐憑きには、話せた事が、俺には話せ無い」


ん?


あっ、そう言えば、氷室さんに確かに、三者面談の夜、尋ねられたが、宇賀神先輩を含む狐憑きに襲われた時の事を思い出したのは、その日の夢での出来事でだった。



「たまたま、今日の事があって、それが偶然その時の思い出した状況に似てて、それで、また思い出せたんです。 今日、呪縛に閉じ込められて、私もセイレンちゃんも、お互いカミサマの名前を呼んだけど、誰も呼べなくて、追い詰められた時、思い出したんです」


「何をだ」


「氷室さんは、呼べた事。宇賀神先輩が私を呪って、私を狐憑きのみんなから助けてくれた事を」


氷室さんは、膝を折って、私に顔を近づけた。


「あの狐憑きは、お前を助けたのか?」


「はい。まだ子供の私を連れ去らうより、呪いをかけて【大人になってから捕らえよう】とみんなに持ち掛けて、かなり、扱いにくい性格だった私を、説得して逃がしてくれました」


「何だっ、それは⋯⋯。説得だと?」


「そうです。私を妻にはしたくない。【出逢って一瞬で恋に落ちるような素敵な女の子と、身を焦がすような大恋愛の末に、幸せな結婚を夢見ている】と打ち明けて来て、私は説得に応じて、呪詛を受け入れたんです」


その他にも、順序が逆になったが、夢の出来事の前半も氷室さんに漏れなく話した。


「何で、思い出してすぐ話さなかった」


「見た後、ぼんやりしてしまって、私も今日まで忘れてたんです」


言い訳にしかならないと思ったが、氷室さんは、私の言い分に納得してくれた。


「お前、今日、白い虎が最後に何を言っていたか、聞こえたか?」


「えっ、最後ですか? 氷室さんが私の耳を塞ぐから、何も聞こえませんでしたけど」


私がそう答えると、氷室さんは私の事を食い入るように見つめた後、私を抱き締めた。


「えっ、氷室さん?」


「……。りりあ、お前は、将来、子供を望むか?」


えっ。


子供。


えっ、そんな、進路相談とか、結婚願望とか、色々すっ飛ばして。


何だっ、唐突に。


「えっ、あの⋯⋯。そうですね、今は、分かりません。 私、将来のことなんて、何も考えられてません」


若葉学園を卒業した後のの事も、考えられて居ないのに、結婚も、出産もある筈が無い。



「お前、柚木崎と付き合っているのに、か?  なのに、なぜ、結婚も、子を成す事も、考えた事が無い?」



何、言ってんだ。


高校生の恋愛を相手に、どんな展望を聞き出そうと言うんだ。


「すみません。私は、恋愛をする上で、相手と結婚したり、子供を産んだりまで考えて臨むと言う意識を持って居ませんでした。だから、結婚したい、子供が欲しいとは思ってません。 ただ、愛されたい。 愛したい。 そう思って、だから、付き合ったんです」



恥ずかしい事言わせないで欲しい。


氷室さんだって、愛しているし。


氷室さんにだって、愛されたいのに。


そんな邪な感情抱いて、自己嫌悪が止まないのに。


そんな私に、何を言わせるんだ。


歯痒い。


「俺は、今のお前が⋯⋯好きだ」


氷室さん、えっ、何だって。


「レンズサイドの記憶と共に、神様になりたいと言う欲望を手放した、人間らしいお前が好きだ。 お前に、俺はもう【神様になりたい】と願い続けて、それを悔やみ続けるりりあに戻って欲しいとは、願えない。 俺は⋯⋯今のりりあが好きだ」


何これ、何のクリスマスプレゼントだよ……。


好きだと、よりによって、一年良い子にしていた子供が、サンタクロースならぬ、カミか空想かわからぬモノに、贈り物が貰えるこの夜に。


氷室さんに私を好きだ、と言わせたのは誰だっ。


言葉の前後から、察するに、白夜か?


あの時、氷室さんの前で私に、何を言ったんだ?


「白い虎は、消える間際、私に何を言ったんですか?」


氷室さんは、更に強く私を抱き締める。


ちょっと、苦しい。


でも、それで良い。 それが良い。


気が済むまで、抱き締めてくれて構わない。



好きだと氷室さんが言うから、思わず抱き締め返してしまいたかったけど。


私は、氷室さんへの気持ちをどうして良いか分からなくて、抱き締め返す事が出来なかった。





「分魂は、魂だけでは、成立しない。分魂に捧げた肉体機能は、取り戻さ無いと、再び機能することは無い」


氷室さんは、そう言って、長く私を抱き締めていたが、気が済んだらしく、私から離れたが、私の前に座り込んで話を続けた。


「篠崎の母親は、子を産んですぐ分魂した。なぜ、そのタイミングで、且つ、分魂に生殖機能を捧げたのか、ずっと不可解だった⋯⋯。だが、白い虎の言葉で、理解した。 肉体で、日常で、唯一、失っても、それに支障を来さないモノなら、それは間違いない選択だと頷ける。あいつら、お前の肉体機能を分魂に持って行った筈だ。 お前に無いものが、篠崎の母親と同じなら、お前は子が産めない」


マジか⋯⋯。


「でも、意外とそれ以外の可能性も無いですか?」


「そうだな。あくまで、推測に過ぎない。 聞いてみるか?」


氷室さんは、そう言って、立ち上がり、【りゅう】の名を呼んだ。



「何だ。夜更けに⋯⋯」


りゅうが現れた。


「りりあの分魂に、肉体を使ったのか?」


氷室さんの問い掛けに、りゅうは、あっさりと答えた。


「あぁ、やっと、気付いたのか? そうだ。 必要不可欠な要素を欠いて、分魂は成らん」


「何を奪った。りりあの身体の何を奪った」


「日常に触らん、普段、必要にならんものだ。 無くても、困らん」


「それは、一生か?」


りゅうは笑った。


「そうだ。 りりあには不要な、子を成す機能を依代にした」


「貴様、騙したのかっ」


「騙した? あぁ、何とでも言え。そもそも、だ。 俺は、りりあに子など産ませるつもりは、無い。 子など、産むな。 自分のイノチをかけてまで産む危険など侵さずとも良い。 限りあるイノチだ。自分のイノチは、自分の為に使え。 りりあ、こいつが、何で怒っているか、分かるか?」


う〜ん。


何で⋯、氷室さんが怒るのか、分からないって、私に尋ねること自体、分からないけど。


「ちゃんと説明しなかったからだよ。 だから、騙したって、感じるんだよ。えっ、じゃあさ、トモを見守るみんなの分魂にも、肉体が必要になるよね?」


「それは、りょうが大判振るまいで、肩代わりした。あいつは、甘々だからな」


「なら、良かった」


「お前も、怒っているのか?」


「う〜ん。⋯⋯今のところ、もうりゅうに怒っては無いよ、別に」 



根に持っている、事もあったけど。


もう、全て水に流した。


もう、強姦された事は、充分に悩んで受け止めたんだから。



「と、本人は言っている。 帰っても良いか?」


りゅうの言葉に、氷室さんは、言った。


「あぁ、だが、いつか、返せ。 分魂はそれを前提に了承した。俺達の意向を違えるなっ」


「そんな事は、知らん」


りゅうはそう捨てゼリフを吐いて、消えていった。





















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