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第38話 年の瀬 シンドローム

「30日にチェリーブロッサムに行くのは良いが、大晦日も正月の三が日も、この家で過ごして貰う。外出はいつもの様に、事前に言えば、可能な限り応じる。 良いか?」


「はい。勿論です。 氷室さん、お正月は、お盆の様に、ご予定がありますか?」


「何故、そんな事を聞く?」


「事前に申し上げる前に、氷室さんに用事があると分かっていれば、私も予定を立てやすいからです。まぁ、みんな大晦日もお正月もそれぞれ、ご家族と過ごすでしょうから、私に予定は無いとは思いますが……」


私がそう言うと、氷室さんは、迷いなく言った。


「だったら、俺の予定は、お前次第だ。 俺には、この国に、お前以外に家族のような人間は居ない。 大晦日も正月も家族と過ごすものなら、俺はお前と過ごす」


何か、ちょっと嬉しい事、言うから恥ずかしかった。


家族のようなものか……。


未成年後見人だものね。


まぁ、そんなものと言えば、そうだ。


「何か欲しいものがあれば、言って良いんだぞ。 お前は、食糧しか、求めないが、欲しいものは、よほど極端なモノではなければ、良い」


「でしたら、それは、充分です。 満たされてます」


チェリーブロッサム主催の餅つき大会は、朝9時から開催された。


女の子は、午前中、最初はもち米を炊き、炊き上がったら正面玄関口前に特設された、餅つき会場に渡し、付き上がった餅を丸めるのだと言う。


「男の子は、餅つき頑張って」


セイさんに言われて、柚木崎さん達は先に餅つき会場に向った。


私は、セイさんと一緒にもち米を炊いた。


「りりあちゃんは、餅つきはやった事、あるのね。手際良い」


「はい、実家が神社なので、餅つきは毎年、やってました」


もち米を炊き、餅つき会場でたくさんの餅を丸めた。


鏡子ちゃんは、餅を丸めるのは、始めてだったそうだが、手先が器用なので、丸める餅のサイズはどれも均一で、うまかった。



セイレンちゃんや篠崎さんは、ちょっと苦手気味だったが、一生懸命取り組んですぐ出来るようになった。




餅つきは、最初、柚木崎さんや宇賀神先輩や一ノ瀬君が、杵で餅をついて。


仕上げに、手慣れた手付きで力強く、ソウさんと竹中さんが餅を付き上げていた。



「やっぱ、熟練者は違うね」


「そうだな。餅が跳ねてる」


「力の入り方がレベチだ」


柚木崎さん達は、そう言って、感心していた。




餅つきが無事午前中に終わると、お昼ごはんに、年越しそばの振る舞いをご馳走になった。



「ちょっと早めだけど、お昼にお蕎麦って丁度良いんだよね」


昼に出す年越しそばから、セイさんは私たちに料理を伝授してくれた。


「蕎麦出汁ってさ、うどんと違ってスープが真っ黒じゃん? わたし、子供の頃、それが苦手だったんだ。 だから、私はうどん出汁で作るんだよね」


言われてみれば、うどん出汁は、出汁が基本のほんのり黄金色の透明スープだが、蕎麦出汁はザッ醤油ですって感じの醤油甘いスープだった。


「そう言えば、私も年越しそば嫌いでした。スープが甘辛くて……」


因みに、鏡子ちゃんはどっちでも良い派で、セイレンちゃんと篠崎さんは、うどんスープ派だった。


「うちの年越しそばは、スープ選べるから。是非、年越しそばを克服してね」


私は、うどんスープの年越しそばをご馳走になった。


具は、鴨肉のロースに、海老天、わかめ、お好みで揚げもトッピング可能で、こそっと宇賀神先輩の器を、見て笑った。


揚げばっかだったからだ。


「ここは、本当に最高だな」


宇賀神先輩は、ホクホクしていた。




昼食の後、今度は、おせち作りに取りかかった。



「注文分の量を一気に作るから、明日の正午に完成したら、予め、頼んだ人数分受け取れるから、先にこの用紙に、それぞれ自分が必要な人数分記入してね」


そう言って、セイさんは私たちに、人数分の紙を渡した。


「どうしよう。明日、七封じに行かないと行けなくて。日没の17時までに着かないと約束が守れない」


セイレンちゃんの言葉に、鏡子ちゃんが言った。


「ドラコンゲートで行けば、大丈夫だよ。この前、アップデートして、七封じにゲートポイント作ったの。 祠のメンテナンスが定期的に必要だって、分かったからさ。 祠のメンテナンスに行ったときに、細工したんだ」


何て事してんだ。


「えっ、本当に大丈夫なの? この前、みたいに、空の上に転移したりしないよね」


「はっ、神木 鏡子。 ちゃんと、自分で無事済むか、勿論、安全確認してセイレンに進めているんだろうな?」


「えっ、第一号かなっ」


鏡子ちゃんの言葉に宇賀神先輩は、あろう事か、セイレンちゃんを抱き締めた。


「セイレンにそんな危なっかしい事、させられるかっ」


「宇賀神先輩、ここがチェリーブロッサムじゃなかったら、燃やしてましたよっ。触らないで下さい」



セイレンちゃんが、必死に、何か凄まじい力を発揮しようとするのを堪えていた。



「宇賀神、セイレンに触っちゃだめだよ。 ましてや、抱き締めるなんて。 良いかい? 相手の嫌がることは、駄目だ」


柚木崎さんにお説教して貰い、取り敢えず、用紙に記入を済ませて提出し、おせち作りに取りかかった。


セイレンちゃんの七封じ行きについては、今日の作業が終わった後、考える事になった。



「まずは、黒豆。家で個人用に作るときはぱばっと、圧力鍋で似ちゃうけど、今日は200人分作るから、ちゃんと一晩、黒豆を水にさらしてから作るよ」



私たちは、今後、おせち料理を大人数分作れるようになれる技術を夕方まで、セイさんに伝授された。


どれも、本格的なおせちメニュー惜しみ無く教わったが、思っていた個人規模のおせち作りとは違って居たが、今後の参考になった。


恐らく、来年は、学校の調理室で小規模に開催するだろうが。



「おせちって、大人数で作ると、一家族でやるより、効率良いですね」


「昔は、家族って、大人数だったから、今って殆んど親子だけの家庭が多いから、どうしても、手間隙かかるって感じちゃって、みんな買って済ますのよね」






「で、さっきの話だけど、鏡子。 いきなり、何、持ちかけるんだよ。 また、ヒッキーに大目玉喰らいたいの? 」


柚木崎さんは言った


全く、その通りだ。


「ダメですか? ……でも、気軽に行き来出来た方が、良いと思ったんですよ。 今後、前みたいに、六封じで何か驚異が迫った場合、必要あれば、みんな協力してくれるって言ってくれて。 七封じを完成させた時、無償で引き受けてくれたお礼もあるし、何より、六封じが万が一、滅びたら、七封じも、いつか滅びてしまうだろうからって」


鏡子ちゃんの言葉に、私たちは言葉を失った。


七封じは、神木が封じたし、要さんと鏡子ちゃんが二人で数百年ぶりにだが、メンテナンスを施して、不具合の祠を修理した。


不具合の起こった祠は、霊力が漏れ出して、あやかしが沸き、祟りが【ちゃちゃ】さんを襲った。



もしも、万が一、本当に六封じが滅びたら、次、何十年後か、何百年後か定かでないにしろ、その可能性は無いとは言い切れない。



「じゃあ、こうしないか? 明日、転移して、セイレンを送ろう。 みんなで」


宇賀神先輩の持ちかけに、みんなは顔を見合わせた。


そして、柚木崎さんが言った。


「僕は、賛成する。 りりあは」


「私も、賛成です。……でも、柚木崎さん、ヒッキーには、内緒にしても良いですか?」


私の言葉に柚木崎さんは言った。


「ちゃんと話して。 後で恨まれるだけだよ。多分、付いて来たがるだろうけど」


私は、他のみんなに、その可能性について、了承してくれるか尋ねた。


「えっ、ヒッキーが居てくれた方が断然良いよ」


セイレンちゃんは快諾してくれた。


他のみんなもOK だった。



「私も、一緒に良いかな? キャンプ行けなかったから、キャンプ出来なくても、七山って自然がとても綺麗な所って聞いてて、一度行ってみたかったの」


篠崎さんの申し出に、私は勿論、みんなも快諾してくれた。


柚木崎さんが、お膳立てを組んでくれて、夕方、チェリーブロッサムで解散した後、まず、セイレンちゃんも連れて、氷室さんの所に事情を話しに行き、氷室さんも同行する条件で賛同を取り付けてから、セイレンちゃんを家まで送り、セイレンちゃんのお母さんの許可を勝ち取った。


「氷室さんが責任取るなら、娘を預けるわ。 アナタ、本当に変わったわね」


「うるさい」


そして、最後に、柚木崎さんは、氷室さんに一つ頼み事をして帰った。


「要さんに、事情の説明と、お嬢さんの保護監督の注意喚起をお願いして良いですか? 子供の僕からは、さすがに申し上げ辛いので」


「分かった。 鏡子とりりあの事だ。お前が聞いていなければ、俺の耳に入る頃には、事後報告だっただろう。 よく、言い聞かせておく」



そう言って、氷室さんは私の首根っこひっ捕まえて、私と神木家に向かった。


そこで、鏡子ちゃんのお母さんにくどくどと、突拍子のない持ちかけをしないよう、娘に言い聞かせるよう言った。



「えっ、何、それ便利じゃん。 鏡子、明日なんて待たずに、今からやって見よう。 ぬきめがね持ってくるよ」


「やめろっ。ぬきめがねは、預かる。もう良いっ」



氷室さんは、遥さんを呼んで、ぬきめがねを持って来させて、2つとも没収して帰宅の途についた。




当日、朝から水に一晩晒した黒豆を炊いて、海老を煮たり、出来たおせち料理を盛り付けして、おせち料理を完成した。


昼食は、食堂でご馳走になって、セイさんにお礼を言って、その場を後にした。


「じゃあ、みんな良いお年を」


「はい、セイさんも良いお年を。 今年はセイさんやソウさんに会えて本当に、良いいちねんでした」



私達は、出来たおせち料理を、七封じから戻るまで氷室さんの事務所に保管する為、移動した。



「りりあの保護者さん、氷室さんでしたか? あの税理士さんなんですか?」


「そうだ。 お前は、狐憑きの宇賀神だったな。 りりあから、聞いた。 1つ、聞いて良いか?」


「何でしょうか?」


「お前が4年前、りりあを見つけて呪いをかけた日、最後に狐火を焚いたか?」


そう言えば、氷室さん、大鏡公園で水面に浮かぶ私を見つけ出せたのは、狐火を見たからだと、言っていた。


もしかして、それも、宇賀神先輩の仕業だったんだろうか?


「そうですよ。 去り際、起き上がったと思ったら、池に倒れ込んで、幸い浅瀬で溺れては無かったけど、撤退しないとみんなの気が変わったら、と思ったら。もうあれが限界だったんです。 こそっとこがねに頼んで狐火を上げたんです」


「そうか。 お前のお陰で、俺は、あの時、りりあを見つける事が出来た。礼を言う」


宇賀神先輩は、礼は不要と答えた。


自分の夢を半分叶えたのが、私だから、そうだ。


氷室さんは、私から以前、宇賀神先輩が【セイレンちゃんに首ったけ】且つ、私から、宇賀神先輩の夢がどんなものか、予め聞いていた為、ちょっと顔を引き攣らせていた。



「あっ、いたいた。ちょっと、待って。私も、連れていきなさいっ」


鏡子ちゃんのドラゴンゲートを使って、要さんが転移してきた。


「あっ、ママ! えっ、大鏡神社の飾り付けは」


要さんは、肩に、しめ縄のカスを肩に付けて、肩で息をしながら、出現するなり、両手を膝において、正に満身創痍で現れた。



「たった今、終わらせたわっ。もう、誰にもっ、文句言わせないんだからねっ。 遥も、明も、行って来いって。ヒッキー、私も、行くっ。絶対っ」


「⋯⋯勝手にしろ。だが、何度言わせる? ヒッキーと呼ぶな」


参加する大人が1人増えた。


何でも、昨夜、私達が今日七封じに出向く事を知って自分も同行したいと申し出たが、神社の飾り付けが、明日の夕方いっぱいまでかかる分を終わらせない事には、遥さんと他の大鏡神社の神職だけでは、難しいと諭され、要さんは、家を飛び出して夜通し作業したそうだ。


「あの後さ、セイレンちゃんの家にお願いして、私、お泊まりさせて貰ったの。お父さんも、お母さんに付き添って貫徹だったんだ。 大丈夫かな?」


何てこった。


カオス、神木家。


周りで聞いていた宇賀神先輩と一ノ瀬君と篠崎さんは、呆然としている。


柚木崎さんは、苦笑いで要さんに毎年、すみませんと平謝りだった。


気を取り直して、要さんと鏡子ちゃんの監督の元、七封じへの転移を開始した。


「まず、鏡子がみんなのアカウントを連携依頼しているから、スマホを確認して、連携承諾完了まで進んで。 セイレンちゃん、おせち忘れ無いでね」


「うん、分かった」


セイレンちゃんはリュックサックの荷物も、両手におせち料理とスマホを握りしめた。


「セイレン、隣に居て良いか?」


「⋯⋯触らないって、約束してくれるなら。 もう、別に」


セイレンちゃんが、年末ぐらいみんなの雰囲気を壊さないように、宇賀神先輩に最大限の譲歩を見せた。


「勿論だ。セイレン、ありがとう」


そう言って、感激のあまり抱き締めようとするのは、目に見えていたので、私は止めようと、思わず身体が動いたが、一足先に柚木崎先輩が肩を引いて止めた。


「はい、深呼吸。⋯⋯どうどう。 宇賀神、いい加減にしようねっ」


「すまん、柚木崎」




気を取り直して、みんながアカウントの連携を終えるのを待って鏡子ちゃんが言った。



「じゃぁ、みんな転移したら、スマホはレンズサイドを出るまでは使えないから、うまく転移出来なかった場合は、はぐれないようにね」



鏡子ちゃんは、手元のスマホで、転移を開始した。



不意に、柚木崎さんが私の手を握って来て、私は驚いた。



「えっ、柚木崎さん?」


「ごめん、りりあ。僕、長距離の転移初めてだから、ちょっと緊張しているんだ。 手を繋いでいても良い?」


「はい、大丈夫です」


私は柚木崎さんが繋いで来た手を握り返した。



頭を引っ張られて体を引き抜かれるような、不快感が全身に走る。


掃除機で吸い込まれてるって言うか、なんと言うか。



「何か変な感覚」


柚木崎さんは言った。


「りりあ、いつも、こんな感覚なのか?」


氷室さんに声をかけられた。


「ドラゴンゲートを使っての転移は、こんな感じです」



宇賀神先輩や白い虎に転移させられた時や、自分の無差別中距離移動とは違う感覚だ。


まぁ、あれだ、距離の問題が大きいのだろう。


100キロを越える移動だ。


不快感の一つも覚えるだろう。



空に放り出されるような浮遊感を味わって、視界が一変した。



「鏡子ちゃん、一応、聞くけど、これって成功?」


「うん。キャンプ場も、祠も、一応肉眼で確認出来るし、限りなく成功に近いと思っちゃ駄目だろうか?」


「鏡子ちゃん!! 前回と一緒じゃん、何で、それも、前より断然、高度高いよ!!」



あっ、それは確かに。


前より、ずいぶん高度が高い。


標高の高い山の頂上から随分距離が離れている。


つまり、よっぽど高い所に転移したんだ。



「飛行機からよく見る光景だから、高度10キロってところかな。鏡子、標高を計算するとき、ゼロを2つ間違えたじゃない?」


「えっ、ほこらが100メートルだから、10って入れたよ。キロに直したら」


否、キロに直したら、0、1だよ。本当に0が2つ間違えている。


「お前ら、この期に及んで誤差の原因を特定する前に、無事に地上に着く方法を考えろっ!」



氷室さんが怒鳴った。


でも、以外と落ち着いてるのは、龍になって暴れたりなんたりしているからだろうか?


高い所に動じないのは。


割りと平気そうだった。



「懸さんっ、一ノ瀬君が朦朧としている。 どうしよう」


そう言って、篠崎さんが必死に、一ノ瀬君を抱き締めて震えていた。


可愛そうに。




「ユキナリ、二人を助けてあげて」


「もう、おる。だが、ここでは力が足りん。少し、力を分けよ。りりあ、許せ」


「許すっ、好きなだけ、持って行って」


そう答えると、背中から力が抜けて行き、 目の前にユキナリが制服姿で現れた、今日は校内じゃないので、白髪だった。


「え、宇賀神先輩、触るな...って。はっ。 なんで震えてるんですか?」


「…………」


セイレンちゃんの背中にしがみついて沈黙する宇賀神先輩。


そんな彼に狼狽えるセイレンちゃんに、柚木崎さんが言った。



「宇賀神、飛行機が苦手で、修学旅行中、一度も、窓の外を見てなかった。席も通路側だった」



よくそんなで行ったな、ロサンゼルス。


「柚木崎先輩、変わって下さい。 このどうしようもない人を、貰って下さい」


「いや、ごめん。 僕は、りりあが居るから、今は、無理だ。 でも、セイレン、君が、本当に心から、宇賀神の事が嫌なら、良いよ。でもね、……嫌なのと、恥ずかしいのは、違うんだよ」


柚木崎さん、さすがだ。


この非常事態のタイミングに、セイレンちゃんに何をぶっ込む!!


「柚木崎先輩。 私は、宇賀神先輩の事、好きじゃない」


「嫌いなの? 本当に? そんなに、いつまでも、宇賀神と嫌でも、一緒に居られる時間は限られているのに、君は、それでも良いの。 ちゃんと向き合いなよ。 どっかの誰かさんみたいに、君はならないで」


どっかの誰かさんって誰だよ。


「柚木崎先輩、私は……」


必死に食い下がるセイレンちゃんだったが、柚木崎さんの言葉に根負けして宇賀神先輩の肩を抱いて、声をかけた。



「宇賀神先輩、大丈夫です。私がいますから、視界が遮断出来なくて怖いなら、私を見て。 それだけを見ていれば、怖くないでしょう」


セイレンちゃんの言葉に宇賀神先輩は顔を上げて、セイレンちゃんを見上げて、涙を溢した。


何、泣いてんだ。


高所への恐怖か、セイレンちゃんが触れて、優しい言葉をかけられ、感極まってか。


マジ、カオスだ。



「セイレン、好きだ」


「知ってます。せめて、黙ってて。りりあちゃん、ごめん。 どうにかして」


「合点承知」



私は、鏡子ちゃんに言った。



「鏡子ちゃん、祠かキャンプ場に、皆で転移しようか? 着地まで、何人か、このままじゃ、情緒が持たないよ」


私の言葉に、要さんが言った。



「ドラゴンゲートでカレンを測位して飛んだら?」


「お母さん、レンズサイドじゃ、ドラコンゲートは操作出来ないの。 現実のサーバーに龍の鱗を媒体にプログラムしたアプリだから、ここじゃアクセス出来ないの。 ごめん、りりあちゃん、何処でも良いから、地上に転移したい。皆、りりあちゃんに触れて、全員で転移するには、りりあちゃんの力が」


「地上に降りるなら、ここでこの人数を転移するのは、りりあの力の消耗が計り知れない。俺がやる。 お前ら、後で文句を言うなよ」


鏡子ちゃんの言葉を遮って、氷室さんはそう言うと、目を閉じて、そして言った。



「【りゅう】身体を貸せ」



氷室さんが、龍になった。


私と鏡子ちゃんと篠崎さんを乗せて、大鏡の底から空に舞い上がり、白石橋の前に降ろした時のサイズの、だ。



「乗れ」



皆で、龍の額に乗った。


そして、龍は、ぐんっと下降して、キャンプ場を目指した。





「助かった。ありがとう。本当に死ぬかと思った」


「いや、気にするな。 お前は、災難だったな。 セイレン……傍に付いていてやれ。鏡子と要にきつく言っておく」


「分かりました。氷室さんに託します」


セイレンちゃんは、氷室さんの言う事には、素直だった。



「じゃあ、気を取り直して、カレンさんの所に転移するよ。今度は、カレンさんの位置を測位して臨むから、安心して。カレンさん、お昼には着いている筈だから」



鏡子ちゃんの言葉に、一同の恨みがましい視線が集中して、鏡子ちゃんと要さんと氷室さん以外の全てが、氷室さんの二人への説教に、心中の代弁を託した。



「鏡子、要、最初から、カレンが七封じに居たと分かっていたなら、せめて、まず、カレンの元に転移して、俺達をカレンの元に連れてきた後、改めて、祠にでも、地上10キロメートルの空にでも勝手に転移しろっ。阿呆っがっ」



「ごめん、ごめん、祠に直接転移できないかなって、好奇心が先に立って、失念しちゃってた。その手があったね。ごめんね、みんな」


鏡子ちゃんは、暢気にそう言った。


「私も、気付かなかった。 徹夜ハイになってて。てへっ」


「お前の【てへっ】は、本当に、録でもないっ。 おぞましいっ」


駄目だ、氷室さんの説教、歯が立たなかった。


まぁ、みんな無事だから良いけど。



「龍に乗って来たか、と思えば、随分、大人数だな」



私達が、カレンさんの所に向かおうと言う時、一人の男の人がやって来た。


白い髪をした白装束を身に纏った、恰幅の良い男だった。


氷室さんやこがねと同じ位の体格だった。


髪は前髪も後ろ髪も肩丈で、前髪は左右に分けて顔ははっきり見えた。


某神職免許を持ったお笑い芸人を彷彿する見かけだが、精悍な顔付きで、イケオジだった。



「ハク。カレンさんは?」


「社で挨拶を受けている。 皆、お前とレンを待ち望んでいる。まだ少し早いが、そろそろ、顔を出してくれ」


「まだ、15時なのに」


セイレンちゃんは、そう言って口を尖らせた。



「良かったら、皆も来てくれ。是非、会いたいと皆、言っている。 ようこそ、七封じへ」


ハクさんの歓迎を受け、私たちは皆でカレンさんの待つ場所に歩きで向かった。


勿論、レンズサイドから、生身に切り替えている。



「りりあ、鏡子、セイレンっ久しぶり」



私たちと同い年の双子が駆け寄ってきた。


「龍の少年、君だと思ったよ」


「もう、少年じゃない。おっさんだ」


【かとり】のオジサンた氷室さんのやり取りに私は笑った。


「あなた、この前の更生中の祟り神さん」


「ユキナリじゃ、へんな呼び方はやめよ」


【ちゅう】の言葉に、ユキナリは憤慨した。


「ここが、セイレンの生まれた場所か……」


宇賀神先輩は、感慨深げに皆に歓迎され、山神の子として敬われるセイレンちゃんを見て、黄昏ていた。


否、恋い焦がれているんだろう。


そんな風に、私もどっかの誰かさんに、想われてみたい。


そう思って、自己嫌悪に陥った。


到着してすぐ貫徹の要さんが力尽きて眠ってしまい。


可愛そうなので皆で話し合って17時に帰ろうと言う話になり、2時間ほど七封じに滞在する事になり、私たちは小川の流れる畦道から見える七山の尾根を見に出た。


キャンプに行けなかった篠崎さんが一番楽しんでいた。



「本当に綺麗。嬉しい」


「私たちも結局一晩で帰ったから、本当に、キャンプのやり直ししているみたいで、嬉しい」


「宇賀神も今年編入だったから、良かったね」


「あぁ、セイレンも一緒で俺は幸せだ」


「奇遇だね。僕もだよ、りりあが居る」


何か、ちやっかり、氷室さんも居て、本当に笑える。


みんながみんな楽しく、幸せであれば良いんだけど。


氷室さんはどうだろうか?


「また、いつでも待っておるし、何かあれば、頼って良い」


【ちゃちゃ】さんの言葉に、皆でお礼を言った。


「ねえ、帰る前にちょっとだけ、気になる事があるんだ。良いかな」


そう申し出て来たのは、双子の一人、審美眼抜群の鼻を持つ、ねずみの【ちゅう】だった。


「どうしたの、【ちゅう】?」


「大鏡の人柱だよね、あの子」


【ちゅう】の視線の先に、篠崎さんが居た。


「よく分かったね」


「あのね。彼女を視ても良い? 僕の鼻で」


私は、篠崎さんの所に行き、事情を話した。


すると、篠崎さんは、自ら【ちゅう】の所へ出向き、願った。


「私を視て。……私、どうにか、なっている? お願い、教えて」


【ちゅう】は、篠崎さんに向かって鼻をくんくん鳴らして、しばらく考えた込んだ後、言った。



「お母さん、かな? 貴方、お母さん、生きてる?」


「生きてるわ」


「そう、なら良かった。でも……。生き霊って言うのかな。 魂が入っている。 元に戻るのを望んでない。願いの成就を果たすまで、戻らない、呪詛だ。 なんで、こんな事。なぜ、貴方に入ったんだ? 果たしがたい。でも、逃れる事は出来ない。宿命を果たすために、この魂は貴方から離れない。貴方、大変な運命を背負っている。 呪いは、人柱だけじゃない。 貴方、まだ、呪われている」


「……ありがとう。教えて貰えて、良かった。 そっか、やっぱ、呪われているか。ははっ」


篠崎さんはうつ向いて頭を左右に振った。


みんなその様子に、一様に固まっていたが、一ノ瀬君が篠崎さんに声をかけた。


「篠崎、お前なら、大丈夫だ。 絶対」


篠崎さんは、一ノ瀬君を見つめて笑った。


「ありがとう。 そうね。 もう、大丈夫。 怖いものはない。 せめて、私は、恐れない。お父さんやお母さんみたいに、悲しい事は、選ばない。 絶対っ、あの人たちみたいに、負けないよ」


「篠崎さん」


「懸さん、一緒に戦って。そして、私も勝たせて。私のお母さんとクソ兄貴に。私、絶対、負けないから」


そうだった。


私の敵の家族らしいね、漏れなく。


お母さんの分魂は勿論、白い虎でさえ、不確定ながら、推定腹違いの兄なのだ。




「えっ、マジ、私、寝てたの? 冗談でしょう。何で起こしてくれなかったの」


「貫徹して働いていたお前を起こせる強靭な精神力の持ち主に心当たりは無い。 ギリギリまで寝かせてやったみんなに感謝しろ、阿呆」


相変わらず、辛辣で容赦ないな。


「ヒッキー、みんなで何してたの?」


「ヒッキーと呼ぶなっ。ちょっと河原を歩いて散策しただけだ。駄々をこねるな。子供の前で、恥ずかしくないのか?」


「ぐぬぬ。 24年ぶりに来たのに」


「要様。良かったら、皆で夏に来なされ。 キャンプ場には、【かとり】がおるで、いつでも、歓迎致します」


「本当、みんなも良い? 絶対だよ」


要さんは、あんたいつからうちらの同級生になったよ?って、感じに童心に帰って私たちにそう訴えかけてきた。


でも、みんなでキャンプはしたい。


そう思って、鏡子ちゃんやセイレンちゃんに目をやると、乗り気な感じだった。


「私は賛成です。キャンプ、良いですね」


「私も行きたい」


「じゃあ決まりだね」


私とセイレンちゃんと鏡子ちゃんの発言に、氷室さんが言った。


「お前らっ」


「えっ、僕も良いの?」


「俺も賛成だ。是非、行きたい。」


「俺も、キャンプのやり直ししたいっ」


柚木崎さんと宇賀神先輩と一ノ瀬君の援護射撃に、とどめに篠崎さんが最終兵器を繰り出した。


「私、大鏡の人柱にされて、キャンプ行けなかったから、私も行きたい」


氷室さんは、もう何も言えなかった。



























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