みんなで氷室さんの事務所に転移したが失敗に終わった。
あらかじめ
転移する前に
間違いなく
ちゃんと【氷室さんの事務所の座標】 を
あらかじめ調べた通りにポイントした。
言い張る鏡子ちゃんの言葉を無視して、事前に要さんだけでなく、氷室さんも座標入力データの値が正しいかチェックして行った。
にもかかわらず。
実際、転移したのは、隣の
【菅原 慶太一級建築士事務所】
だったので、もう笑うしかなかった。
「えっ、何の非常事態」
慶太さんが驚きの声をあげた。
幸い、オフィスには慶太さんとシュウさんの二人しか居なかったが、不幸中の幸いとしか、言いようがない。
「たまたま、シュウがどうしても今年中に見て欲しい設計の案件があって残ってたんだけど、どうしたの?」
「敵襲か? 加勢するぜ」
「いや、違う。 転移の座標ミスだ。 鏡子、要。慶太に謝れ」
いや、氷室さんも確認したじゃん? とは、言えなかった。
鏡子ちゃんと要さんの事情説明と謝罪に、シュウさんは言った。
「はっ。面白い事してんな!! 俺も誘えよ」
誰が、誘うか!!
心の中で、そう突っ込みをいれた。
※
気を取り直して、氷室さんの事務所に移動し、みんな各々のおせち料理をもって、解散となった。
篠崎さんは、一ノ瀬君がユキナリと家に送るっと三人で仲良く帰って行った。
宇賀神先輩は柚木崎さんとマックに寄って帰ると言って、事務所を後にした。
氷室さんが、要さん鏡子ちゃん親子を
車で送ってやると言った。
二人を連れて駐車場に行き、そして、驚愕の事態に直面した。
「お前、今日は前に乗れ」
氷室さんに助手席に乗るよう促されたのだ。
自慢じゃないが、氷室さんの車の助手席に乗るのは、これが初めてだった。
私は、右足と右足を同じタイミングで前に出して、車に向かう様子を要さんと鏡子ちゃんに目撃されて二人に衝撃を与えてしまった。
慌てて二人に肩を掴まれ、顔を覗き込まれた。
「えっ、どうしたの!?」
「りりあちゃん?」
私は、首を左右に振るしか無かった。
緊張している、なんて言えなかった。
何とか、車に乗り込み、シートベルトを締めて、そっと傍らに視線を向けなくても、もう動悸が止まらなかった。
氷室さんとの距離が近い。
何でだ。
普段、隣にいるくらい当たり前の事なのに。
なんで助手席に座っただけで。
ただ隣にいるより、何で、こんなに気恥ずかしいんだ。
普段、何気なく、後部座席に座っていた。
最初は、柚木崎さんが助手席に座ってくれてたから、後部座席だったが、いつも、何の迷いもなく、後部座席だったが。
何だ。
この生きた心地のしない気分は。
「買い出しは良いのか? 必要だったら、行っても良いが?」
氷室さんに声をかけられ、緊張のあまり、もう神木家で、鏡子ちゃんも要さんも車を降りていた。
こちらに向かって手を振っており、慌てて私は、手を振り返した。
「りりあ。聞こえなかったか」
「も、申し訳ございません。 はっ、えっと、買い出しは、昨日、充分買ったので、大丈夫です。 紅白が楽しみです。 今、帰れば、余裕です。 クリーピーナッツと、BZが楽しみなんです」
「あぁ、BZは俺も観たいな」
真っ直ぐ帰りたいなんて、口が裂けても言えなかった。
家に帰りつき、部屋に荷物を置いてからリビングに向かい、おせちを涼しい場所に保管して、紅白にチャンネルを合わせて、私は夕食の準備に取りかかった。
氷室さんは、一度部屋に戻って、着替えを済ませてリビングのソファーに腰かけて、前番組からもうテレビを観ていた。
「えへっ、お行儀悪いですけど、今日だけは、夕食を食べながら紅白を観ても良いですか?」
「一年で、今日くらいは、良いだろう」
私は、台所でガッツポーズで夕食を準備した。
私はお盆に料理をのせて、リビングテーブルにそれを広げた。
「セイさんか?」
「えぇ、おせち料理もくださったのに、悪いですって断ったんですけど。 貰ってしまいました。 チェリーブロッサム名物、特別業務で忙しい社員さん達の為に振る舞う折り詰め弁当だそうです。氷室さんの分もいただいてしまって、氷室さんは召し上がった事ありますか?」
「チェリーブロッサムのオープンの時、以来、二度目だ」
「そう言えば、チェリーブロッサムは私がここを離れる直前に完成した施設ですよね?」
「そうだ」
「私、一度も言った事なかったんですけど。 夕飯のお買い物に行ったお母さんが、こどもの日のプレゼントって、ぶどう飴を貰って来たんです。ブドウに薄く飴がけしたやつ。店員さんがもうすぐ、お子さんが産まれるから、その子が幸せな世の中に生まれて来れるよう、に。 今いる子供たちに幸せをあげたいって、言っていたって。セイさんだったかも?って思ってます」
私の言葉に、氷室さんは言った。
「そうか。 だったら、あの緊急事態宣言の中、お腹に子供を抱えて働いていた無鉄砲者は、その人だけだ。 旦那さんをひやひやさせながら、オープンに纏わる数々の困難を丸く納めていた。 自分の惣菜店の店頭にも立っていた」
セイさんは、凄い人だ。 そして、大好きだ。
「私も、セイさんみたいな人に、なりたい」
私の言葉に、氷室さんは顔をしかめた。
「それは、俺は、賛成出来ん。 やめておけ」
何でだよっ。
折り詰め弁当をつつきながら、始まった紅白に観言った。
― ULTRA SOUL!! ー
「※High(はいっ)!!」
※違う、はいじゃない【hey】だ、そして、発音も【へい】だっ。
BZのサプライズスペシャルライブのフィナーレで私は感極まって、そう声を上げ握りしめた拳を上げる私に、氷室さんは言った。
「りりあ、うるさい」
「失礼しました」
「まぁ。 気持ちはわかる」
そう言えば、氷室さんもBZ観たいと言っていたが、氷室さんがこそっと腕は上げてたのを、私は指摘しないであげた。
私は、楽しく紅白歌合戦を観終えて、台所に立った。
「年越しそばは、年越しに食べるものですので、私は今から、準備にかかりますが、氷室さんは、召し上がられますか?」
「俺は、醤油の甘辛いそばの出汁が好きではない」
「奇遇です。セイさんから、うどん出汁をならってますが?」
「だったら、俺も少しなら、食べる」
「良かった。一人前は多いので、半分の量で作って良いですか?」
「あぁ、貰おう」
行く年くる年で、除夜の鐘が鳴り出す頃、私は出来上がった蕎麦を並べて、氷室さんと年越し蕎麦を食べた。
そして、年が変わった瞬間、私は、言った。
「氷室さん」
「何だ?」
「お誕生日、おめでとうございます」
「お前……」
氷室さんは、絶句していた。
誕生日プレゼント、どうしようか迷ったのだが、私は氷室さんに用意したブツを氷室さんのテーブルの前に出した。
「何か、お祝いしたくて、これ、受け取ってください」
氷室さんは、恐る恐る私が差し出した紙切れを見て、眉間にシワを寄せまくった。
【何でも、頼んで良い券】
「お前は、子供か!!」
「子供ですが?」
なんでも頼んでもいいけんと言う博多弁と券をかけた。
そんな趣向を凝らした渾身の一品だったのだが。
あまり、気に入って貰えてなかったようで、ちょっと悲しかった。
※
大鏡谷で迎える最初のお正月の朝、私は玄関の軒先で掃除をしていると、氷室さんが家から出てきた。
「お前は、元旦の日くらい、家事を怠けられんのか?」
「はい、昨日一昨日が忙しかったので、つい。 氷室さん、明けましておめでとうございます」
「……明けまして、おめでとう」
氷室さんは、戸惑いがちに、新年の挨拶を返してくれた。
そう来なくては、寂しくて死んでしまいそうだ。
ここには、氷室さんしか居ないのに、よもや、スルーされようものなら、飛び出して、お向かいの鏡子ちゃんの家に新年の挨拶に行く事も辞さなかっただろう。
「 今年もよろしくお願いします」
「 今年も、か。のんきだな、今年どころか、死ぬまで一生ここから出れんのに、今年も、何もない」
「氷室さんは、ずっと、一緒ではないのですか?」
「一緒だから、困るんだ。 俺はそもそも。 いや、俺こそ、そもそも、ここで、一生を終える運命だったのを。 お前まで、そうなる必要は無かったのに。 お前は」
「…… 氷室さん。それは、どういう事ですか? ここで、私は死ぬまで暮らすって、父に言われてここに来たんです。 必要が無かったと言われると、戸惑います。 氷室さんは、私の何を悔いているんですか?」
私の言葉に、氷室さんは自分からやって来たのに、なのに私にそっぽを向いて家に帰ってしまった。
新年の挨拶のテンプレートを、氷室さんと交わしたかっただけなのに。
途方もないほど、氷室さんの機嫌を損ねてしまった。
私は、悲しい気持ちで玄関の掃除を終わらせてから、家に入り、お正月のお雑煮の準備に取り掛かり、準備を終えたが、さすがに氷室さんに声をかけに行くことが出来ず、リビングのソファーに座って呆然として過ごした。
「りりあ、食事はしたのか?」
氷室さんに声をかけられ、時計を見上げると11時を過ぎていた。
「いいえ。 あのさっきは、すみませんでした」
「何の事だ?」
「私が居てはご迷惑なのに、気軽に【今年もよろしくお願いします】……なんて言ってしまって。 考えが足りませんでした」
充分に反省したので、許して欲しい。
そう切に願った。
正直、ちょっと泣いてもしまった。
氷室さんは、好きで、ここにいる訳じゃない。
そう思うと、悲しくて、虚しくて。
「違う。そうじゃない。お前を、不幸にしたのは、俺だ。 だから、願うなと言った。 お前は願う立場じゃない。 ましてや、俺が許しをこう方で、立場だ。 俺は、お前を人間に戻してやれない、だから……」
ん?
は?
え?
ちょっと、たんま。
今、この人、なんて言ったよ。
ちょっと待って。
「人間……に戻してやれない? え、私、人間じゃないって事ですか? え、は?」
狼狽える私に、氷室さんはとびきりばつの悪い顔をした。
※
「ご飯、一緒に、食べてくれます?」
「お前が、望むなら。 そうしたい」
だったら、いつだって望んでいる。
そう答えてしまおうか?
とも、思ったが止めた。
胸が痛くて言葉が出せない。
やるせなさで胸が一杯なんだ。
お正月くらい、氷室さんと喧嘩したくなかったって。
だって、楽しみだったんだ。
元旦に、今年、一番最初に食べるご飯を、氷室さんと一緒に食べたかったんだ。
そう思うと、涙が止まらなかった。
「なぜ、泣く。 悪かった。 お前に黙っていて」
いや、違う。
そこじゃい。
私は、自分の事を神様になれなかった人間だと思っていた。
なのに、神様でないにしても、よもや、人間でも無いなんて衝撃的事実に、私は涙してなどいない。
相変わらず、破滅的に、食い違うね。
私、氷室さんと。
「私は⋯⋯氷室さんと、ご飯を食べたかったんです。でも、怒って、行っちゃうから、私、もうどうして良いか分からなくて」
「そうか。 そうだな。 分かった。 だから、泣くな。怒った訳ではない。 俺は、お前を迷惑だと思った事はない。面倒はかけても、迷惑はかけてない。俺が勝手に、いたたまれなくなって中に入っただけだ。 俺が不適切だった。 朝食を食べたい」
面倒だけど、迷惑じゃないんて。
それ、どう違うんだよ。
随分、辛辣で、容赦ない、正直発言だけど。
「じゃあ、準備して来ます」
私は泣き笑いして、ソファーから立ち上がって、台所に向かった。
何故か、氷室さんが後をついて、台所までやって来るから、私は驚いた。
「えっ、氷室さん?」
「俺も、手伝う」
「えっ?」
「何をしたら良い? お前の傍に、いたい。駄目か?」
私は、更に驚いて暫く石になった。
結局、フリーズした思考を再起動させて、氷室さんに取り皿などの配膳をお願いして、餅をレンジである程度柔らかくしてから、温め直したお雑煮の鍋で煮て、お椀に盛り付け、おせちをテーブルに出して、お茶の用意をして、席に着いた。
「氷室さん、新年の挨拶、お願いします」
「あぁ、分かった。 りりあ、お前が良いなら、今年も宜しく」
「ありがとうございます。今年も宜しくお願いします」
やっと、お正月の食事にありつけた。
おせち、どれも、美味しい。
「雑煮なんて、前に、学園長が作って以来だ。 似てるな、魚も鶏も、この深緑の野菜に人参にしいたけの具」
「博多雑煮は、それが基本らしいですよ。 魚はクエかブリで、鶏ももに、カツオ菜は、博多雑煮の3種の神器ってお父さんが言ってました」
学園長が氷室さんの未成年後見人だったから、成年して大人になってからは、まさか、お雑煮食べた事無かったなんて言わないよね。
この人。
そう尋ねようか迷ったが、藪蛇つついてわざわざ蛇、いや出るなら龍か、を出すことも無いと思って止めた。
食事を終えて、お茶を飲むタイミングで、私は改めて、先程、思いあまって言ってしまった、氷室さんの衝撃発言について話しを切り出した。
「私は、いつ、人間じゃなくなってしまったんですか?」
「⋯⋯お前が、りゅうと再会した日だ。 それまでは、魂と肉体の一部が欠けた以外は、ただの人間だった。 身体の中にあいつの魂が入った。 普通の人間なら、破裂している。 だが、お前は生きている。 それが、ある限り、お前は不老だ⋯⋯」
「じゃあ、白い虎は私を殺せないんですか?」
「不老と不死身は違う。老化しないだけだ、不死でも、不死身でもない。 寿命がくれば、又は、殺せば死ぬ」
それを、人間じゃなくなったと氷室さんは捉えたのか。
「氷室さんは、不老ですか?」
「俺は、長命とあいつに宣告された。 柚木崎もそうだ」
「そう言えば、氷室さんは、名前を呼んでも、来ないんですね。私は、呼ぶと呼び寄せちゃうのに」
「おまえが会いたい気持ちに、名前とで呼応するんだ。 生身の時なら、感情をコントロールすれば、名を呼ぶことを避けずとも良い」
それ、もっと早く説明して欲しかった。
鏡子ちゃんやセイレンちゃんとかは、名前を口にしても、確かに来ない。
柚木崎さんは、漏れなく、来てた。
「柚木崎さん」
試しに、会いたい気持ちを自分なりに抑えて、名を呼んでみたのだが。
「どうしたの?」
柚木崎さんを呼び寄せてしまった。
「氷室さん……失敗しました」
「未熟者」
※
三人で、初詣がてら、呼び出してしまった柚木崎さんを大鏡神社に送るべく車で出掛けた。
やっぱり、氷室さんの車は、後部座席が一番乗り心地が良いと思った。
「俺は、煙草を吸ってから行く。先に出店でも観て時間を潰せ、手水舎の傍の船石にいる」
「はい」
大鏡神社の広間の隅にある手水舎の隣に、船の形をした大きな岩があり、そこに腰掛けてベンチ代わりにしたり、子供の頃はそこで船ごっこをして遊んだりしていた。
分かりやすい待ち合わせ場所だった。
私は柚木崎さんと初詣客に手ぐすねを引く、出店を見て回った。
「梅が枝餅、並んでますね」
「そうだね。でも、買うよね?」
私は、「勿論」と答えた。
米粉の餅をあんこに包んで焼いた焼き餅は、お正月に食べるのが習慣だった。
後は、太宰府天満宮に参拝したら必ず買って食べ、お土産にも買って帰った。
絶対、買いたかった。
「りりあ、ヒッキーと過ごす、初めての年越しはどうだった。 ちゃんと、良い年を迎えられた?」
氷室さんと過ごすなんて、変な言い方止めて欲しい。
そう思った。
「はぁ、まぁ、概ね」
「概ねって、含みのある言い方だね。まさか、喧嘩した訳じゃ無いだろう?」
この人、本当に、鋭いな。
絶句する私に、柚木崎さんは言った。
「えっ、図星、目が腫れているけど、まさか、氷室さんに泣かされたの」
「違います。勝手に私が泣いただけですから」
私は、今日の事を柚木崎さんに話した。
「はっ、ヒッキー、りりあの事を、そんな風に思ってたの。 ⋯⋯そっか、怒ってたもんね。もう一人の自分に、あの時」
「あの時とは?」
「君に、もう一人の自分が何をしたか、知った時だよ。 掴みかかってぶん殴ってたもん」
「えっ、うそっ」
「本当だよ」
そうか、船の上で2度目にりゅうに会った時、顔が腫れていたのは、氷室さんの仕業だったのか。
殴ったか。
殴ったのか。
もう一人の自分のりゅうを。
私も、殴るなんてぐらいじゃ、到底、気が済むはずも無い事だが。
その事を知って、私は胸が熱くなった。
「えっまた、泣く。 もう、りりあ」
涙が出てしまう私を、柚木崎さんは抱き締めた。
そして、私を見下ろして、私の目元の涙を指で跳ねた。
「別れ話か……嬢ちゃん」
絶妙のタイミングで、目の前を横切った通行人がソウさんだった。
「いやですね……。絶対、違います。 明けましておめでとうございます。ソウさん」
苦笑いで、答える柚木崎さんの目が笑って無かった。
「そっか。 悪い悪い。 明けましておめでとう。今年も宜しくな」
ソウさんは、奥さんと駆君と一緒だった。
「おねえちゃん、チビあは?」
駆君の発言に驚かされた。
「ごめんね。今日は、居ないの」
ちんちん電車に乗った時、一緒だったチビりあに会いたかったんだ。
そう思った。
「嬢ちゃん、妹がいんのか? 駆がよく、また遊びたいって言ってんだけど、俺も、会ってみてぇと思ってんだ」
いや、さすがにソウさんには、会わせられないよ。
私は困惑した。
「ねぇ、君さ。 もしかして、この神社の子? 前に、会ったことない?」
ソウさんの奥さんが、大鏡神社の代表宮司の息子である柚木崎さんに興味を持って、話題を変えてくれて、私はホッとした。
「えぇ、ここの代表宮司が父です。お二人とセイさん達の結婚式に立ち会わせていただきました。 また、ソウさんの奥様とも、お会いできて光栄です」
柚木崎さんの挨拶に、ソウさんは驚いた。
「はっ、この神社の跡取りなのか、生徒会長」
「はい」
「マジ、嬢ちゃん、すげえ尽くしだな。 氷室さんに引き取られて、大鏡の跡取り息子の生徒会長と付き合ってるなんて、な」
ソウさんは、感心しながら、去って行った。
「ソウさん、ヒッキーが君の事、引き取ったって認識なんだね」
「みたいですね」
※
梅ケ枝餅を一杯買って、氷室さんと合流して、初詣をした。
「あっ、いた。りりあちゃん」
参拝の後、セイさんが私を見つけて、声をかけてきた。
「明けましておめでとう。良かった。今日ね、私の自宅でモノポリーをするのっ。甥っ子が来ててね。 一緒にやりたいって言うんだけど、大人ばっかだし、私の娘はまだ無理だし、で。 鏡子ちゃん捕まえた所で、やだ、柚木崎君も要るじゃん。 もし良かった、夜はうちでバーベキューするから、お願いモノポリーしてくれる?」
ん?
あれか、人生ゲームの土地転がしバージョンか。
あんまり、ルール知らないのだが。
「どうする、りりあ?」
「私、ルール知らなくて」
「大丈夫よ。いくつかルールあるけど、説明書を見ながらやったら、覚えながら遊べるし、それもその醍醐味だから」
そう言われると、俄然、やりたくなったのだが。
氷室さんの誕生日にわがままは言いづらい。
そう思うと、気後れした。
「セイさんのお誕生日に、お誘いを断ったりしません。僕は、伺います」
あっ、そうだ。
セイさん、今日、誕生日だっ。
私は、ハッとして、氷室さんを見つめると、氷室さんは頬を引き吊らせた。
「柚木崎……。りりあ、お前の好きにしろ」
「はい」
※
「じゃあ、チーム分けします。 ソウと要さんが大人気なくどうしても、参戦したいと言うから、大人と子供がペアを組んで、4チームに分かれるよ」
セイさんの独断と偏見によるチーム編成の発表は次の通りだった。
バンカー【現金管理】をしてくれるチームで柚木崎君と氷室さん。
鏡子ちゃんと要さん親子。
セイさんの甥っ子の大輝君とソウさん。
そして、私は何とセイさんとペアになれた。
「さぁ、みんな、始めるよ」
人生ゲームのようなすごろくゲームらしい。
サイコロを2つ使って進むので、一度に最大で12マスも進めるのだ。
その上、ゾロ目を出したら、もう一回進める【3回連続ゾロ目を出したら、スピード違反で刑務所に行くが、私はこれで刑務所に行ったプレイヤーを知らない】。
所持金を使って、止まったますの不動産を買ったり、鉄道や電気水道会社を購入すると、自分以外のプレイヤーがそのマスに止まるとお金が貰えて、四角のボードをぐるぐる周り、周回するごとに増える資金と獲得した現金で、資産を運用して、最後まで破産せず生き残り、かつ、最後に一番手持ちの資産が多いプレイヤーが勝つのだそうだ。
ボールの途中には、刑務所と言うエキサイティングな場所もある。
「氷室さん、刑務所に止まっちゃいました」
「柚木崎、狼狽えるな。三回、サイコロを振って、ゾロ目が出せれば、釈放だ」
序盤、柚木崎さんが刑務所にマスを止め絶望していたが、氷室さんがサイコロを振って、見事、三回目の正直の時、1のゾロ目を転がして、無事釈放されていた。
「ソウ兄。ライフライン【水道会社・電気会社】と交通網【鉄道会社】を独占しようっ」
「大輝、無茶言うな」
ソウさんとペアを組む大輝君は、何かそれに並々ならぬこだわりがあるらしい。
大輝くんは今年小学5年生で、お正月には必ず、モノポリをやりたがるのだそうだ。
「お母さん、所得税ってなに?」
「ここに書いている金額を銀行に返す、罰ゲームのマスよ。ドンマイ、鏡子。諦めずに行くわよ」
要さんと鏡子ちゃんは、しょっぱな止まるだけで、お金が減ってしまう罰ゲームのマスに止まって、苦戦を強いられていた。
「セイさん、ボードからサイコロがはみ出しちゃいました」
「気にしないで。地中海通り、欲しかったのよ」
因みにサイコロをボードの外に落とすとそのサイコロの目は無効になるのだ。
そして、私が振った盤上のサイコロの目は1だった。
でも、そんな不甲斐ない私にセイさんは、嬉しそうに止まったますの格安の不動産物件を買った。
その後も、私は、1のゾロ目を出してしまって、セイさんの顔が見れなかった。
「えっ、りりあちゃんって天才なの。バルティック通りに止まった。 買うわ。凄い、二回で、ブラウンカードを独占した」
セイさんはすごく喜んでいて、何だろうと思えば、不動産エリアを、この二回の悪手で【独占出来た】と言うから、驚いた。
「嬢ちゃんもミラクル起こす口か。セイ、お前な⋯⋯」
「似た者同士を一緒に組んだだけよっ。やっかまないで」
セイさんの言葉に、セイさん以外の皆が、ペアを組んだ相手の顔を見た。
鏡子ちゃんと要さんは親子で確かに似た者同士だし、ソウさんとこも親戚同士でそうなのかも、知れないが氷室さんと柚木崎さんは似た者同士か?と私は疑念に思った。
その後、鉄道会社は、要さんと鏡子ちゃんのペアが独占し、ライフラインは、ソウさんのペアが独占した。
氷室さんと柚木崎さんのペアは順調にコマを進め、飛び飛びに不動産を買いつつ、周回ごとに貰える賞金で順調に資産を増やしていった。
かくいう私は。
「パークグレイスに止まった。うわ、ここ高いですね」
「やだ。買う買う。 ここ高いけど、次、1のゾロ目が出せたら、このエリア独占よ。今が6のゾロ目だったから、お願い、りりあちゃん」
そんな、無理だよとサイコロを振った。
片方のサイコロが先に止まり、2だった。
駄目だ。
そう思った後、もうひとつのサイコロがボードの端から落ちて、セイさんは歓喜の声を上げた。
「ボードウォーク購入。 【独占】。 やだっホテル王になれちゃうわよっ」
スタート地点とゴール目前のエリアを独占して、セイさんと私は、セイさんの宣言通り、そこでみんなの所持金をコマに止まる度、宿泊料をお支払いいただき、みんなの所持金を根こそぎ奪って、ゲームに勝利した。
「だから、セイ姉が良かったのに」
「また、来年ね」
セイさんは負けてしまった甥っ子さんを慰めようとフレンチトーストを焼いてあげると言って、私もセイさんと機嫌を直した甥っ子さんの大輝君と一緒に台所に行った。
鏡子ちゃんもついてきた。
「フルーツたくさん盛って、はちみつかけて食べよう」
大輝君は楽しそうにみんなに言った。
そうか⋯彼は、ずっとセイさんの傍をべったりだが、私と同じセイさん大好きな者同士なんだ。
※
夜、お正月の寒空の中、庭でバーベキューをした。
寒かったけど、ソウさんがプロデュースしたバーベキューが美味しく無いわけがなく。
氷室さんの大好きなピザを、セイさんの旦那さんが焼いてくれて、氷室さんははちみつを一杯かけて、食べていた。
みんなで後片付けをして、セイさんの家を後にする間際、私はどうしても、聞いてみたい事があって、私はセイさんに尋ねた。
「セイさん。聞いても良いですか?」
「うん、良いよ」
「セイさん、さっき、モノポリーの時、似た者同士をペアにしたって言ってましたけど。 氷室さんと柚木崎さんって似てます?」
私の質問に、セイさんは目を丸くして、答えた。
まるで、当たり前の事のように。
「えっ、似てるよ。どっちも、りりあちゃんの事、大好きな超似た者同士じゃん」
私は、頭が破裂するかと思うほどビックリした。
「えっ、嘘っ」
「嘘じゃないよ。 りりあちゃんモテモテだね」
何で、セイさんはいつも、私が一番嬉しい言葉を言ってくれるんだろうか。
自分が何を言われたら嬉しいか分からない時にも、苦しいときにも、セイさんの言葉に何でいつも救われるんだろうか?
「私は、セイさんが大好き」
「ありがと。今年もよろしくね」
「はい、あっ、私まだ言ってなかった」
「えっ、なになに?」
「セイさん、お誕生日、おめでとうございます」