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第40話 ミ・ン・ナ・ナ・カ・ヨ・ク

三学期が始まり、私達生徒会役員一同は去年から唯一保留となっていた学園祭のカレー収益の50万円の使い途に、頭を抱えていた。


「何か良い案ないかな。3月の決算報告の時がタイムリミット。繰越金オーバーは、私の所信表明を反故にしちゃう」


鏡子ちゃんの言葉に、私はそれはなんとしても、使い途を考え出さねばと思った。


きっと、他のみんなも同じ気持ちだろう。



「そう言えば、食堂が最近利用者が減って、運営が厳しいって、話しをこの前、お母さんが話してた。購買部に、うちのパンを卸していて、販売しているんだけど搬入で食堂の人と話すんだけどね。何でも、⋯⋯クラスに、冷蔵庫と電子レンジが普及した性で、極端にお弁当とよそで買ったものを持って来て食べる勢が増えたのが原因らしいよ」


それ、元凶、わたしやぁっん。


ヤバい。


もう、私の寄付で各クラスにそれを設置して半年経つ。


まさか、食堂に恨まれてはいやしまいか、と思った。


取り敢えず、私は、自分の担任の菅原先生に事情を話して相談してみて、翌日、改めて、私達、生徒会メンバーは何故か学園長室に招集を受けた。


そして、そこには、学園長と菅原先生はおろか、学園祭の時に会った学食の料理長の姿まであった。


「いや、菅原先生から、君達の耳に購買部にパンを卸してくれる松永さんづてに、今回の事が耳に入るなんて夢にも思わなかったよ」


氷室さん曰く、学園長はたぬきらしいが。


今回もまさか、この人、何か仕組んでいやしないか? と思った。



「申し訳ございません。配慮が足りませんでした」


「いや、君に謝って貰うには及ばないよ。食堂の経営難はね、去年の10月からの米の高騰に端を発してるんだ。その誤解を解きたいと思ったんだ。まぁ、本当に去年の7月から食堂の利用者は激減してて、これを機に、食堂のメニューと生産量を減らそうと言う方向でね」



確かに、去年の米の高騰には目を見張るものがあった。


高騰前からしたら、倍に羽根上がって高止まりする事なく、今も上がり続けている。




「でも、食堂で生産量を減らせば、その分、食堂の売り上げが落ちて、人員を減らさないといけなくなる。そうなるとね、私は忍びないと思うんだ」



学園長の含みのある言い方に、私は嫌な予感がしかしなかった。



「生徒会で、対策を取ってくれると嬉しい。 お願いしても良いだろうか?」


あぁ、どこから私達は、学園長に、今回の対策を任される運びになるように話を型にはめられたのか?


氷室さんが、気を付けろと注意喚起するだけある抜け目のなさに、私達は脱帽した。



私は、放課後、帰りの車で氷室さんに今日の事を話した。



「やられたな。りりあ」


「氷室さんもそう思います? そうですよね」


「まぁ、そうだな。取り敢えず、現状の把握から始めてみろ」


「と、言いますと?」


「対策を考えるなら、まずすべき事が、現状を把握してから進めることだ」


おっと、この面倒な頼みごとを断る術ではなく、私が対策を講じる術を見出だす相談に乗ってくれるとは。


いやいや


カレーの時も、最初こそ計画性の無さを咎められもしたが、相談には親身になってくれて、カレーのレシピだけでなく、他にも運営についてもアドバイスをくれたじゃないか。


氷室さんは、私が人の頼み事を聞いても、嫌な顔したりする人じゃない。


そんな人じゃないんだ。


今回も氷室さんのアドバイスが貰えて、私は嬉しかった。


「はい、私、頑張ります!」


「……程ほどに、な」



翌日、私は鏡子ちゃんとセイレンちゃんと一緒に各クラスの冷蔵庫を見に行った。


私が設置した冷蔵庫には、沢山のお弁当や、行き掛けに買い求めたと思われるお弁当やゼリーやヨーグルトなどのデザートやコンビニのおにぎりが入っていた。


意外だった。


家から持参したお弁当以外のものが結構入っていたからだ。



「甘いものってさ、食べたくなるよね。頭使うと、糖分摂りたくなるもん」



それは確かに頷ける。


お菓子は駄目だが、勉強に向かう上で糖分の摂取は確かに利にかなっている。



「家で作って持ってくるお弁当は、分かるけど。よそで買ったお弁当は、食堂で買って食べられた方が良いよね」


私は、買い求めたお弁当を冷蔵庫に入れいていた生徒に話を聞いて、合点が言った。


【食堂に行って帰る時間が惜しい】


私は、放課後の生徒会活動でその事をみんなに話すと、宇賀神先輩が言った。



「食堂でおいなりを出してくれたら、毎日、食堂に買いに行っても良い。稲荷は保存が聞くから、朝買って、昼に教室で食べたい」


相変わらず、揚げが絡む、と辟易するところだったが。


今回は、その意見は利にかなっていた。


そうだ。


「朝、食堂でお弁当売ってくれたら、わざわざコンビニや朝早くやってるお弁当屋さんやコンビニやスーパーで買ってこなくても良い」



「いや、いなりが……」


宇賀神先輩が、揚げをおざなりにした、私の意見にそう言った。


だが、それも然りだ。


「いなり寿司も、良いと思います。酢飯は保存に適しています。甘味もあって、糖分も補給できて、願ったりかなったりですね」


「そうだろ? さすが、りりあ。 食堂に今の意見、必ずねじ込んでくれ」


「はい」


そして、鏡子ちゃんも意見を出した。


「お弁当を朝販売するのも良いけど、教室に届けて貰えたら、もっと良いと思うの。朝注文して、クラスに届けて貰えるように出来たら、なお良いって」


「食堂で、デザートの提供を視野に入れて貰ったら良いかもって思ったの。 お母さんに話したら、フルーツは原価も高いし、長持ちしないけど、プリンなら、原価を抑えられるって言ってて」


「じゃぁ、僕からは、フルーツは確かに原価が高いけど、砂糖を使って加工したものを使えば、この前の干し柿のパウンドケーキみたいなものは出せると思うんだ。結構簡単だったし、食堂の機材なら、大量生産して、販売出来るんじゃないかって」


みんな各々の意見を出し合って、書記のセイレンちゃんにまとめてもらい、みんなで学園長と料理長にアポを取って、是非を尋ねた。



「ありがとう。嬉しいけど、お弁当事業については、魅力的な提案だけど、今のところ、実際どれだけのニーズがあるか未知で検討に時間がかかるから、早速やってみようとは踏み切れない」


お弁当案は保留になった。



「次に、プリンの販売についてだけど、これは採用にさせて貰う。確かに、原価計算的に、はじめやすいし、調理方法も難しくないからね」


鏡子ちゃんの案件は通った。



「次に、加工したフルーツを使った焼き菓子については、断念だ。実は食堂にはオーブンがないんだ。とても、魅力的な案だっただけに残念だ。あと、焼き菓子を僕があまり得意でなくて、レシピを思い付かないのもあってね…。残念だよ」


柚木崎さんの案件は、敬遠となった。


だが、しかし、そこで、諦める柚木崎さんではない。


なんと言っても、今この学園の生徒会長である。


「では、食堂の設備投資で、50万円生徒会の予算から、使ってはいかがでしょうか? 生徒会みんなの意見で、そうしたいと話し合って、みんなの賛成は取り付けています。レシピでしたら、取り敢えず、これを召し上がってください。生徒副会長のりりあに教えて貰って、お菓子なんて焼いた事もなかった僕でも作れた、パウンドケーキです」


そう言って、いつぞや彩食倶楽部で作った干し柿と栗の甘露のパウンドケーキを焼いたものを柚木崎さんは出してきた。


料理長だけでなく、ちゃっかり、学園長まで、試食していた。



「え、料理長。これ、僕も食堂で販売するなら、毎週買いに行くよ。オーブン設置の件も、せっかくの生徒会の厚意だ、甘えても良い」


「はい」


まさかの案が通った。


そして、最後の宇賀神先輩のいなり寿司については、料理長は苦笑いだった。


「こ、これは、ただの誰かの好み……かな? え、良いよ。 そんなに大変じゃないし」


漏れなく、通った。



ただ、私と鏡子ちゃんのお弁当の案だけが通らなかったのが悔やまれた。


でも、最後に、料理長は私たちに言った。



「定期的に、お弁当を購入したいと言う一定数の要望と、購入の確約を得られたら、やってみたいんだけどね」


料理長の言葉に、私と鏡子ちゃんは顔を見合わせた。


私は質問した。


「それって、因みに、どれくらいの要望ですか?」


「そうだね。毎日、100食程度の注文が見込めるなら、かな?」


料理長の言葉に、鏡子ちゃんが言った。


「でしたら、今学園の日替わり定食は、450円ですが、それをお弁当バージョンにリニューアルして、朝注文を受けた分を折り詰めにしてクラスに配達して、残りを日替わり定食として、食器に盛り付けて提供すれば、対応可能ではないでしょうか? 」


鏡子ちゃんは、お弁当事業について、更に熱く語った。


お弁当を朝に買い求める場合、お弁当の製造に朝早くから取りかからねばならないが、注文を受けて製造すれば、早く作る必要がなくなり、食堂の人達の稼働時間も、定時で行える。


そうすると、折り詰めと配達の手間はかかるが、食後のテーブルの片付けや食器洗いの手間が省ける事を、アピールした。


「先日、全学年の冷蔵庫の中を確認しましたが、お弁当を持参するのではなく、購入して冷蔵庫に入れている生徒は2割り超です。全校生徒1500人のうちの2割です。えっと2割は」


やばい。


私は、先日の七封じでのゼロ2つの誤差を懸念して横やりを入れた。


「250人です」


「りりあ、惜しい。 300人だよ」


痛恨の計算ミスを柚木崎さんに、指摘されて私は俯いたが、鏡子ちゃんがえっ200人だと思ったと呟いていたのが気休めになった。



そして、私と鏡子ちゃんの渾身の説得の甲斐あって、全部の意見が認められ、私達は快く、カレーの売り上げの50万円を食堂に寄付する運びとなった。





「りりあ、今週、僕の家に遊びに来て欲しいんだけど、駄目かな?」


「えっ、ヒッキーに聞いてみます。 何か、ごようですか?」


「用って⋯⋯。そうだね。 平日は学校で会えるけど、学校じゃ、君とイチャイチャ出来ないから、僕は君と学校外で会いたいだけ、だけど⋯⋯。駄目かな?」


私は、柚木崎さんの言葉に顔が真っ赤になった。


イチャイチャだって⋯⋯。


そ、それは、抱き締めたり、キスしたりしたいと言う事だろうけど。


面と向かって、そうしたいと言われるのは、気恥ずかしい。


「嫌かな?」


黙る私に、柚木崎さんは尋ねた。


「嫌じゃないです」


「ヒッキーに許可を取る時は、変な偽証はせず、ストレートに言って良いからね。 僕がそうしたいって言ってたって、ね」


何でだよ。


氷室さんに、【柚木崎さんがイチャイチャしたいって、言っているので外出の許可をください】と言え、だと。


なんてこと、言わせるんだっ。


でも、私が柚木崎さんとイチャイチャしに行くのに、外出の許可が必要なのは、私だ。



「りりあがどうしてもって言うなら、僕が変わりに話しても良いけど」


「いえ、私の外出許可は、私がきちんとそう願い出るべき事です。 ちゃんと、自分でやります」


「ありがとう」


私は、帰りの車の中では敢えてその話はせず、万が一、氷室さんの不恭をかって臍を曲げられては、夕食に誘い辛くなってしまうと言う可能性を懸念して、夕食後の散歩の際に、話しを持ちかけた。


「勝手にすれば、良い。柚木崎に、この前のような事をさせるなら、俺は、もう知らんからな」


ん、何の事だ?


事情を説明すると、氷室さんは顔を顰めた。


この前のような事について、考えを巡らせて、首を傾げて要領を得ない私に、呆れたと言わんばかりに氷室さんは、言った。


「肌を汚すな、と言う事だ。 もし帰って、この前の様に痕が残っていれば、それが消えるまで、お前を登校させん、と言う事だ。 理解出来たか?」


私は、頰が紅潮していくのが分かった。


「はい、理解しました。気を付けます」


「お前、あまりおおらかに、何でも赦すな。 まだ、お前は15の子供だ。 お前の色恋沙汰に口を出すについては、未成年後見人の俺からは、いや、学校で問題視されるような行動は、困る⋯⋯。何と、言えば、良いかうまく言葉に出来ん。 だが」


氷室さんは、唐突に私の手を掴んで私を通りがかった公園の中に連れて来て、今度はぐっと手を引いて私の背中を抱き締めた。


何で、だ。


いにしえの某少女向けアニメの歌詞であった【思考回路はショート寸前】と言う思考回路とは、どのような心持ちか?と思った事があったが、正にこれは、この事ではあるまいか?


「氷室さん」


「お前をまた、言葉で傷付けて、消えてしまったら、困る。だから、このまま、言わせてくれ。 りりあ、学生の身分での性交渉は控えろ。成年した後なら、柚木崎とその後、結婚しても、何しても良い。だか、そういう事は、まだ早い」


⋯⋯はっ。


何、言うを躊躇っているかと思えば。


何、私に触れて、抱き締めて、何を囁くと思えば、もう、狂気の沙汰だ。



私が、氷室さんの事好きとも知らず、予期せず、抱き締められて、内心、ちょっと、嬉しくさえあったのに。


結局、徹頭徹尾、突き放すなんて。


そっか、氷室さんは、私が柚木崎さんと結婚しても良いと思っているのか。


成人して、未成年後見人じゃなくなったら。


「私、大人になっても、氷室さんと一緒に居られますか?」


「心配するな。 柚木崎と結婚するなら、ちゃんと俺が出て行く。本当に、必要な時以外は立ち入らない。だから、今は⋯⋯」


えっ、嫌、寧ろ、なら、柚木崎さんと結婚なんてしたくない。


今が、今のままが良い。


もう氷室さんが何言っているか、頭に入ってこない。


「⋯⋯になるまでは、法律で禁じられている。この前は、もう仕方ないから、したが、もう頼むから⋯⋯」



あぁ、目眩がして来た。



「分かったか? はっ? お前、どうした?」


意識が朦朧として、背中を抱く氷室さんにもたれかかる私に氷室さんは困惑した。


「すみません、目眩がして、立っていられません」


結局、氷室さんは、私の事をおんぶして、家路に着いた。


「レンズサイドなら、自由に動けると思うので、あの重いですよね。わたし」


「黙ってろ。レンズサイドを日常の生活手段で使うな。人間として、生きているんだ。 そういう使い方を用いるな」


「はい」


氷室さんの背中、温かい。


じっとしてると、ちょっと寒いかも?と思ったが、快適だった。


氷室さんが、好きだ。


柚木崎さんが好きで、恋人になったのに。


私は⋯⋯。




翌日、私は無事体調が回復して、登校する事が出来、柚木崎さんに外出の許可を貰えたことを報告した。


「ヒッキー、何か、言ってた?」


「はい、あの⋯⋯この前、柚木崎さん、私の首筋と胸元に、その、盛大にキスマーク付けてたじゃ無いですか? もう次、同じ事をして帰ったら、痕が消えるまで学校に行かせないから、駄目って。後、その⋯⋯成人する迄は⋯⋯性交渉するな、と」


私の言葉に、柚木崎さんはきょとんとした後、笑い出した。


「へえ⋯⋯。そっか。ごめんね。 全然、何も言ってこないから、気付いて無いのか? と思ってたけど、ちゃんと気付いてたんだね。 でも、月曜日には、痕が消えてたよね。 あれは、どうして?」


「ヒッキーが、菅原先生とはちょっと違ったやり方でしたけど、消してくれました。でも、もう2度としてやらないから、次は無いって言ってました」


「えっ、ヒッキーも出来るの? 僕は⋯出来ないけど。 へえ」


へえ⋯じゃないよ。


「嫉妬とか、無かった」



嫉妬?


氷室さんが?


何故だ、氷室さんが嫉妬する理由が無いだろうに。


「無いですよ。成人した後なら、柚木崎さんと私が何しようと構わないそうです。 はは、私が柚木崎さんと結婚したら、出て行くって言われました。 必要な時は、行くけど、出て行くって」


私の言葉に柚木崎さんは、顔を顰めた。


「そんな事まで、言ったの? って、言うか、そんな事まで考えてたのか。 本当、恋愛偏差値ゼロだね、ヒッキーは⋯⋯」


「えっ?」


「ん〜ん。気にしないで⋯⋯。じゃあ、ヒッキーの希望に添えるかは、僕の理性次第として、土曜日、楽しみにしているね」


「はい」





土曜日の午後、柚木崎さんは、私を迎えに家に来た。


玄関で、出迎えたのだが、何故か氷室さんも一緒に来た。


「柚木崎、りりあから聞いているか?」


「はい。 この前は、すみませんでした。 ちょっと、悪ふざけが過ぎました。 氷室さんのお手を煩わせて。 氷室さん、でも、差し出がましいですけど、一言良いですか?」


「何だ?」


「氷室さんは、人を好きになったり、愛したりしないんですか?」


「⋯⋯俺は、人を好きになった事も、家族以外の人間を愛した事も、な⋯⋯」


氷室さんは、言い淀んで言葉を途切らせた。


「氷室さん?」


柚木崎さんがそう声をかけると、氷室さんは、冷めた目をして言った。


「愛した事も無い。 これからも、そんな事は、一生無い」


柚木崎さんは、ため息を一度付き、何故か啖呵を切るような勢いで、氷室さんに言った。


「意固地を拗らせるのも、いい加減にして下さいっ。 見ていて辛い」


「柚木崎、俺は、辛い事など何も無いが?」



柚木崎さんは、白けた笑いを浮かべて言った。



「氷室さんは、りりあか大事ですか?」


「そのつもりだ」


「だったら、自分がりりあを大事に思う理由を答えてくれますか? 聞かせて下さい」


「そうすべきが⋯⋯俺の責任だから、だ」


「義務で大事にしてる? だったら、そんなの、全然、大事じゃないっ」


「柚木崎、くどい」


「そもそも、言わせないで下さいっ。  愛を拒絶する事で現す愛情表現なんて、狂愛【きょうあい】だ。狂ってる」


連投を止めない、柚木崎さんの突っ込んだ発言に、私はまた目眩がした。



「そもそも、俺の何処にも、人を愛する気持ちなど、無い。 俺は、誰も愛せないし、愛さない。 だから、りりあは、お前が愛せば良い」


「氷室さん。 愛してない人にキスは出来ないし、しないんです。 貴方は、りりあにキスをしたじゃないですか?」


「……怒っているなら、謝る。お前の恋人に、キスをして、悪かった」


「話の論点が違います。 りりあと、もう少し、向き合ってあげて下さい。氷室さん、この先、貴方は、誰と生きていくんですか?」



「俺は、10歳の時に、家族と離れてから、死ぬまで一人で生きていく。そう決めた。 今も、その気持ちは変わらない。 りりあが成年するまでが、俺の最後の例外だ。 その後は、お前がここに居られるなら、お前がりりあの傍に居てやれ」


氷室さんの本心に背筋が凍った。


ヤバい。


ってか、最後の例外って……、あぁ成年するまでは、学園長が未成年後見人だったし、私以外と暮らしていた時もあったと言うことか。


にしても、えっ、嫌だ。



「私が、柚木崎さんと結婚しなくて、ここに一人で残っても、氷室さんは、成年したら、今のようには、ずっと、長い時間は、私と一緒には居てくれないんですか?」


「甘えるな」



氷室さんは、切り捨てるようにそう言って、書斎に行ってしまった。


あぁっ、本当に、この人は。


何で、こんなにやるせなくて、胸が痛いんだ。





「りりあ。 歩ける?」


「すみません。ちょっと、目眩がします。 何か、もやもやして」


柚木崎さんとリビングに行き、柚木崎さんは私をソファーに座らせて、柚木崎さんがお茶を淹れてくれて、それを飲みながら、二人で話した。



「柚木崎さん、何で、怒ってたんですか?」


「ん、あぁ、ある程度で、ガス抜きしてあげないと、爆発したら、怖いじゃん」


「えっ、ガス抜きですか?」


「そうだよ。 お互い、自分の気持ちを伝えられない、想い合えないのは、辛いと思ったんだ。 僕は、いつでも出来るけど」


柚木崎さんは、そう言うと、私に顔を寄せて、額に口付けた。


「柚木崎さん、ここでは、ちょっと」


「どこなら、良い?」


「私の部屋……」


私は、初めて柚木崎さんを自分の部屋に上げた。


今日はデートで、柚木崎さんのリクエストはイチャイチャなのだが、体調が優れないので、柚木崎さんの家まで歩けそうに無い。


目眩と倦怠感で外出出来そうに無かったから、ここで、過ごすしかない。


柚木崎さんは、私が部屋に飾っていた写真に驚いた。


「えっ、これ、父さんに、ヒッキーに、えっ、何これ?」


「あっ、この前、柚木崎さんのお父さんから、いただいたんです。生徒会副会長になった、約束で。本当はみせて貰うだけでしたけど、これ、くださったんです」 


私のお父さんも、慶太さんも、写っている。


そして、篠原さんのお母さんもだ。



「りりあ、質問しても良い?」


「僕とりりあって、キスするのどれ位振りだと思う」


去年、柚木崎さんが修学旅行から帰って来て、その後、柚木崎さんの家でした振りだ。


でも、そう答えてしまうのは、つまらないと思った。


私は、柚木崎さんの元に行き、爪先立ちで何とか届いた柚木崎さんの唇に、小鳥が餌をついばむようにちょんっと短くキスをして言った。


「5秒ですか?」


イタズラっぽく微笑む私に、柚木崎さんはゆっくりと唇を重ねて、何度も深く吸い付くように激しくキスをして、私の事を抱き締めて、私をベッドに押しやってベッドに寝かせた。


柚木崎さんも、ベッドに上がって、二人で抱き合った。



「僕は、りりあとしたい」



耳元で、柚木崎さんは私に囁いた。


ん、そ、そうなのか。


氷室さんに駄目と言われたが、したいのか。


健全な高校生男子なら、そう思うのは、仕方ない事だ。


私は、そう言う気分では無いけれど、柚木崎さんの希望には沿いたい気持ちと、それと相反する、氷室さんの願いも聞き届けたかった。


でも、氷室さんが下に居るのに、そんな事、出来る訳が無い。


「⋯⋯しなきゃ、いや? ですか?」


「いや、無理強いは、しない。 でも、気持ちは伝えたかったんだ」


そう言って、気恥ずかしそうに私を見つめて、そして私の額にキスをした。


ふわりと甘い匂いが鼻を突いた。


急に、何でだ。


それも、いつもの何倍も強烈に、匂って、頭が痺れた。


そして、お腹の下の方がむずむずして、身体に力が入らない。



「ゆ、柚木崎さん。 やっ、ぁ、んぅッ」


柚木崎さんがベッドに横たわる私の足の間に分け入って身体を密着させ、その間に、物凄くイヤらしいキスで酸欠だし、身体がビクビク痺れて、頭が朦朧として来た。


「りりあ、無理強いはしない。 オレは、お前が欲しい」


あっ、こいつ、柚木崎さんじゃない。


「何で、りょうが居るの?」


「バレたか⋯⋯。 あいつばかり、ズルい。 俺も、お前に捧げたい。 生身ではなく、魂で、お前を抱きたい」


いや、だからって、何でこのタイミングだよっ⋯⋯。



「えっ、柚木崎さんは? 亮一は?」


私の言葉に、柚木崎さんは完全に意識を取り戻して、当たりに充満していた甘い匂いも断然弱まった。


「えっ、何で⋯出てくるんだよ。 ちっとも、敵わなかった。りりあが呼んでくれるまで、戻れないなんて」


私は、ホッとした。


「何で、いきなり、切り替わったんですか?」


私が尋ねると柚木崎さんは、心底不可解そうに首を傾げた。


「分からない。元々、生身に出て来るなんて事自体、去年まで無かったんだ。いつも、自分の心の中で触れ合うだけだったのに。君と出逢ってから、⋯⋯そうか、君を求めて出てくるんだ」


柚木崎さんは、自分でそう言って、驚いた顔で私を見つめた。


「君に会いたいからか」


いや、本人は【抱きたい】って、言ってましたけど……。


私的には、そっちの方が衝撃だったんだけど。


抱くって、りゅうにやられたあれを、りょうともする何て、とんでもないんだけど、そもそもだけど。


「柚木崎さん、あの……聞いて良いですか?」


「何?」


「柚木崎さんがりょうに、いつ切り替わったのか分からない。 えっと、今、名を呼んだから、りょう、居るんでしょう? 柚木崎さんを通さず、出て来て。二人で柚木崎さんを通して、切り替わりながら、出て来たら、混乱するから」


私が言うと、ベッドの前に、りょうが具現化して現れた。



「いや、混乱させるつもりは無かったんだ。 ごめん、君と亮一が触れ合う感覚に、堪らなくなって、押し退けて出ちゃったんだ」


私は、身体を起こして、ベッドに足を降ろした。


柚木崎さんも同じようにして私の隣に座り込んだ。



「りょうは、私を抱きたいの?」


「うん。僕も、君の身体に入りたい。 君の魂に残したい。 律の時、僕も抱いてたら、あんなに早く死ななかった」


律って、鏡子ちゃんや要さんら神木家のご先祖様の名前だ。


「律さんって、初代神木家の当主さんの事?」


「そうだよ。 夫婦になったりゅうは、律を不老にした。 でも、不死は与えられなかった。 だから、その後、子を成したとき、イノチが引き替えになって、それであっけなく死んだんだ。 死ぬには、早すぎた。 分魂の時、君を不妊にした。 りゅうの加護で、不老を与えた。 もう、君はこの先、成長する事はない」


私はりょうに【何故、私を抱きたいのか】を尋ねたのだけど。


理由は、先に簡潔に述べて貰ったのだが。


何か、すっごい副作用があると受け取って良いだろうか?


「じゃあ、この上、りょうに抱かれたら、私はどうなるの?」


「永遠の命が得られる。 そしたら、白い虎に君のイノチを奪う事は、出来ない」


そうか、まぁ、そうすれば、まぁ、そうなのかも知れないが。


「私は、望まない。 だって、それじゃ、白い虎との取引きが成立しないでしょ? あいつの欲しいものも奪ったら、私の価値が無くなる。 そうしたら、人質のイノチを、永遠に取り戻せなくなる。だから、ごめん。 私は、りょうを受け入れない」


「無理矢理でも、か?」


「うん。 抗うよ。 前だって、必死に抗った。 泣き叫んだ。 貴方も、それでも、私を抱くの?」


柚木崎さんが、私の背を抱き締めた。


「今度は、許さない。 りょう、りりあが嫌がることは、もう、僕が許さない。 魂と肉体の一部を奪って、これ以上、りりあを好き勝手しないで」


「亮一、全て、りりあの為だ。 許せ」


りょうは、私に手を差し伸べてきた。


「りりあ、おいで」


りょうの言葉の後、また強烈な甘い匂いが鼻に付いた。


「りょうをずっと、好きでいたい。 愛していたい。 だから、お願い。 私を、せめて、このままで居させて。 りょうを愛してる。 だから、恨ませないで、憎しまなければ行けないような事は、りょうはしないで」


無理矢理私を滅茶苦茶に犯したりゅうを、憎むのも、恨むのも、やめて、許せるようになるまで、かなり時間がかかった。


もう、また、今度は、それをりょうで、その怨嗟を振り出しからやり直すなんて、無理だ。


そして、私は、今度は、二人に助けを求めてしまう、目の前の柚木崎さんだけでなく、氷室さんにもだ。


そしたら、もう、地獄絵図だ。



「分かった。りりあの気持ちを尊重する。でも、もし、必要だと思った時は、躊躇わず、オレを求めろ。 絶対、死ぬな。 早死にしたら、許さないからな」


早死にって。


「何年位、生きたら良いの?」


「せめて、後、百年だ。 おおまけにまけて、だ。 亮一と同じ位の寿命だ。 約束してくれ」


「分かったよ」


私がそう答えると、りょうは姿を消した。



私の部屋に、私と柚木崎さんだけが残った。




「ごめん⋯りりあ」


柚木崎さんが、いつの間にか、びっくりする位泣いていた。


「柚木崎さん? なんで、そんなに泣くんですか? えっ、あの⋯⋯えっ」


こんなに、泣きじゃくるなんて、どうして良いか分からないじゃないか?


さっきのやり取りの何処に、柚木崎さんが泣きじゃくる理由があったのか?



「僕、大晦日の帰り、やっと分かったんだ。 マックで話してる時、宇賀神は分かっていたけど、僕は分かって無かったって。 僕も、ヒッキーも、君が何をされたか、ちっともちゃんと分かってなかったんだ。 ごめん、全部、分かった振りをしてた」


えっ⋯⋯。


あっ、そう言えば、大晦日、宇賀神先輩と柚木崎さん確かに、帰りにマックで夕飯食べて帰るって言って別れたけど。


ん?


え?


「えっ、ちっとも、ちゃんと、分かってなかった⋯⋯と言いますと?」


「言葉に出来ない事、されたって。認識無かったんだ。 そう言う行為だったから、宇賀神の前で君が取り乱して、見ていられなかったって」


だったら、失態だったのは、私の方だ。


つまり、りゅうに強姦された事までは、結局二人は知らなかったんじゃないか。


アホだぁあああ、私。


「柚木崎さん、ヒッキーはどう思います?」


「気付いて無いよ。 だって、全裸で君の前に出ただけで、モノも言わせず、ぶん殴ったんだよ」


ん?


「えっ、そもそも、待って下さいっ。 殴った理由、それですか?」


「そうだよ。わいせつ物陳列罪だって⋯⋯。もうそもそも、何もかもが、常識を逸脱して、事態の把握が困難で、ごめん⋯言い訳にしかならない」


そう言えば、ロリコンと性犯罪は嫌だと言っていた。


性犯罪って、言うから、そもそも、強姦されたって、知っているものと思った事もあったが、何だか違うような気もして、解せなかったが。


そうか、性犯罪とは、強姦⋯ではなく、全裸案件について、だったのか。



「柚木崎さん、ヒッキーには、言わないで下さいっ」


「⋯⋯いつか、気付くだろうけど。 今回は、そうしよう」




もう、気が付くと16時を回っていて、私はおやつにしたいと申し出て、台所で柚木崎さんとフレンチトーストを焼いていると、氷室さんがリビングに現れた。


「お前ら、まだ、居たのか?」


「はい。何か、外出するほど、元気が出なくて」


「お前、この前も、だっただろう? そんなに、体調が悪いのか?」


氷室さんが心配そうな顔で私を、見つめた。


「りりあ。説明して上げて。 じゃないと、君、どんどん体調が悪化するよ」


柚木崎さんに言われて、先日から立て続けに起こる目眩と倦怠感の克服方法を、実践すべく、氷室さんの前に言った。


「何の説明だ、りりあ」


「氷室さん。 私、もう氷室さんが居なくても、大丈夫です。 毎日、居なくても、会えなくても、平気です。 だから、どうぞ、好きなだけ、一人で好きにしてください」


そう言って、私はそっぽを向いて、柚木崎さんの元に戻った。


ちゃんと、後始末は、絶対付けるから。


そう言われて、柚木崎さんの持ちかけに乗ったんだ。


怖い。


思ってもない事、どころか自分が、言いたくない事を、そうなりたくなんて無い事を言ったのだ。


氷室さんに鵜呑みにされて【分かった。じゃあ、もう来ない】なんて言わたら。



「あぁ、そうか。 りりあ」



氷室さん、鵜呑みにする気かっ。


「はい」


「この前から、悪かった。 前に、俺は、今のお前が好きだと言ったのに。 誰も好きじゃないは、矛盾している。 嘘を付いた事になる。   俺は、お前が好きだ。 俺はお前を愛せないが、好きだ。  だから、そんなお前に拒絶されて、やっと、心の痛みが分かった。 俺が突き放す度に、お前を傷付けて、痛い思いをさせて済まなかった。柚木崎、これで合っているか」


柚木崎さんは、苦笑いで言った。


「はい、概ね。満足です」


私達は3人で、おやつにフレンチトーストを食べて、元気になれたので、柚木崎さんとチェリーブロッサムに夕飯の買い物に歩いて出かけて、瓦そばの材料を買った。


夕飯は、3人で仲良く瓦そばを囲んで、ここに戻って来た時と変わらず、笑って食卓を囲める事を、私は何より幸せに思えた。





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