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第42話 ハ ジ メ テ ノ ハ ジ メ テ

バレンタインデーの夕食は、21時を回ってからだった。


氷室さんは、リビングで私が夕食を作るのを待っていた。


用意が出来て、呼ぶと氷室さんは席に着いた。



「りりあ。別に、俺は⋯⋯、文句を言っている、言いたい訳では無い。 断じて、違う。⋯⋯だか、どうしても、聞いて良いか?」



空前絶後の勿体振り様だった。


でも、氷室さんが今日の夕飯のラインナップの奇抜さに、物申さずにいられない。


それは、分かる。



テーブルの真中にスライスバケットを大皿に並べ。


それぞれの目の前には、サラダとブラウンシチュー。


だが、バケットの大皿の隣に、弁当箱サイズの重箱に詰まったおいなりが、どうしても、解せないのだろう。



みなまで、言わないで欲しい。



「バレンタインデーの倶楽部活動で、止むにやまれずで作ったんですよ」


「止むにやまれず⋯⋯あぁ、宇賀神か」


「そうなんです。セイレンちゃんから贈り物が欲しいけど、チョコが苦手って言われて。このバレンタインデー風のおいなり作ったんです」


「まさか……このいなり、チョコ入ってらたら、どうします? 流石に……」


私が冗談っぽく話す途中で、氷室さんは箸を手に取り、いなりに箸を伸ばしていなりをとって口に運んだ。



咀嚼を済ませて、箸を置いていった。



「塩昆布……。まさか、チョコに見立ててか?」


「そうです」


「見えないだろう? 油揚げに包まれていたら」


「いやうっすらですけど、ちょっとですけど、チョコ風って、駄目ですか?」


「チョコに見立てた塩昆布でちょこっと、だと。 駄洒落か?」


氷室さんに茶化されて、私は顔をしかめた。


「これを送る人の好意の存在を願って、です。ほんのちょこっとでも、これをこれを好きで止まない人にそれがありますようにって。 わたしの細やかな恩返しです」


「そうか、それは、悪かった。 俺も、願おう。りりあの願うそれの成就を」


二人で、笑い合って、食事を続けていると、オーブンが鳴った。


「オープンで、何か焼いていたのか?」


「はい、今日はもう一品あります。小さいですけど、氷室さんは、食事を続けて下さい」


私は席を立って、オーブンに行き、中の物を取り出し、はちみつの入った器を添えて、テーブルに置いた。


「お前、いつの間に?」


「えへへ、セイさんの旦那さんが、お正月に作り方教えてくれたんです。ゴルゴンゾーラとブルーチーズのはちみつたっぷりかけて食べるピザ」


笑顔で言う私に、氷室さんは目を閉じて、したたか溜め息を付いて言った。


「お前は……本当に。  どうしようもない位、俺の心をかき乱すんだな」


「氷室さんだって、かき乱してますよ。私の心。 お互い様です。 食べましょう。冷めないうちに」



愛してる、好きと言えたら、良いのに。


どうしても、この人には、ずっと言えないんじゃないかと思えるのに。


それでも、どうしても、どうしようもないくらい。


私は、氷室さんが好きだった。


彩食クラブで作ったチョコは、自分の分は学校でみんなで食べてしまった。


敢えて、私は、いなり寿司を持って帰ったけど、それで良いと私は思った。


氷室さんと一緒に笑って、私なりの氷室さんとの今年のバレンタインはこれで間違いない。


間違い無かった。


そう心に言い聞かせた。






夜、眠る前に、私はリビングで氷室さんと言葉を交わした。



「おやすみ、りりあ」


氷室さんに声をかけられ、私は笑顔で言った。



「おやすみなさい。 氷室さん」



氷室さん、あのね。


私ね。


私、今夜、ちょっと、いや、ちょっとなんてもんじゃないくらい。


私、悪い子になるよ。


ごめん。


私は、少しだけ、氷室さんを見つめていた。


私に背を向け、書斎に行く後ろ姿を。






部屋に入って、私は自分の部屋に鍵をかけた。


いつも、1人で部屋に居る時は鍵をかけている。


氷室さんが居る居ないとは、関わらず、ここで暮らし初めて最初に、氷室さんに言われてから、私は、その言いつけをなるべく守って来た。



「鍵なんてさ。 結局、私達には何の意味もなさない。 自分だって、無視して入れる癖に、何でかな……」



私はベッドに腰を下ろして、一度、大きく深呼吸して。


そして、私は、名を呼んだ。


「亮一」


一度限り……、一度限りだ。


名を呼ぶのは、それきりで、もし、来てくれなかったら、このまま、私は眠りに付いて、二度と今思っている事は思い出さず、全て無かった事にする。


そう思っていた。


でも、今まで、一度だって、呼びかけて、来てくれなかった事など無いのだから。


彼が来ない筈は、無かった。



「どうしたの? りりあ」


寝巻き姿の柚木崎さんが目の前に現れた。


「お話ししたくて……。駄目でした?」


「駄目なわけ無いし、駄目だったら、来てないよ」


「ありがとうございます。隣に座ってくれますか?」


「勿論だよ」



柚木崎さんは、私の隣に座った。


私は、今夜、彼に抱かれよう。


そう思って、柚木崎さんを呼んだんだ。



「亮一は、この前、ここで夕食を摂った時が一番、しあわせだったって、私に言いましたよね?」


「うん。そうだよ」


「私は、これからも、あなたが幸せであって欲しいです。 寂しい事、言わないで下さい」


私は、柚木崎さんを抱き締めてベッドに押し倒した。


柚木崎さんは大人しく私に身を委ねながら、でも、ちょっと怪訝な顔をした。


「りりあ……何で今日は僕の事、ずっと名前で呼んでくれるの?」


「二人の時は、呼んでって言ったじゃないですか? だから、私……」


私は押し倒して足はベッドに下ろしたまま、ベッドに押し倒した柚木崎さんの上から柚木崎さんを見下ろしながら、顔を寄せて、唇を重ねた。



柚木崎さんは、私の唇を受け入れて、私が差し入れる舌を自分のそれと絡めてながら、私の肩を両手で掴んで、私をベッドに押し付けた。


そして、私から唇を離すと、柚木崎さんは私を見つめて言った。


「りりあ。 君の気持ち、本気でとるよ?」


「はい。抱いて⋯⋯下さい。亮一は、私のして欲しいこと何でも⋯してくれる。私が欲しい物は、いつだって何だって、私にくれる。だから、欲しい時は、ちゃんと言える。 だから、愛して」


柚木崎さんは、私の答えに破顔の笑みを零して、私の首筋にキスを落としながら、私の服を脱がせ始めた。


「りりあ、愛してる。 君が僕を望むなら、僕も心から君を望むよ」


寝巻きの上も下も、あっと言う間に脱がせて、下着も脱がせた。


そして、柚木崎さんは自分も服を脱いで、裸になった。



下着はまだ履いているが、もうそれ以外は何も着けていないし、私は、下着すら何も身に纏っていない。



柚木崎さんは、私の手を引いて、私をうつ伏せに寝かせて、背中に身体を寄せて私のうなじに吸い付いた。


「あっ、だめ……痕がつけちゃ……だめ…」


「分かってるよ……。加減してる。 安心して」


「っ……ぁ……やっ、くすぐったい」


背中や肩を手や唇で舐めたり、口付けたり、撫でたりして、私のカタチを確かめるように、何度もそうした。


「りりあ、仰向けになって」


「はい」


私は言われるまま仰向けになった。


柚木崎さんが下着も脱いでしまって居ることに気付いて、ドキッとした。


電気を消すか、少し薄暗く照明を調整しておけば良かった。



「私、部屋の電気、消してませんでしたね」


ベッドヘッドに照明用リモコンがある。


そう思って手を伸ばした。


「消さなくて良い⋯⋯。りりあのこと、今夜の事、出来得る限り鮮明に、覚えていたいんだ。だから、消さないで欲しいんだ。 駄目かな?」


私はリモコンに伸ばした手を、リモコンに辿り着く前に引っ込めた。


「分かりました」


「⋯⋯ありがとう」


柚木崎さんはそう言うと、私に短いキスをして、今度は顎から首筋、胸元へとキスをおろしていき、やがて、私の胸の膨らみの先にたどり着いて、口に含んで吸った。



私は初めて味わう感覚に身悶えした。



「ぁ……んっ……やっ」


唇で吸い付く時のチュチユと言う音と言い表しようのない恥ずかしさ。


私の乳首を、口の中で舌を押し当て、突かれて、転がされ、ゾクゾクしてしまう卑らしさに声が止められなくて口を自分の両手で抑えて、目を閉じていた。


目の前の事から目を閉じてしまいたい訳じゃ無く、ゾクゾク、ビリビリする感覚に、目を開けていられないんだ。


身体はビクビク震えて、お腹の下がキュッと固くなったみたいに何度もなって、腰が引けて、背中が弓のように何度も反りかえってしまう。



柚木崎さんは、夢中でもう片方の胸の膨らみを手で包みながら、口に含んだ乳首を優しく甘噛した。



「キャ……ン…っ」



柚木崎さんは、次いで、ゆっくりと私の下腹部に顔を埋めて言った。


「りりあって……、いや、何でもない」


「えっ、私、何か変ですか?」



私の質問に柚木崎さんは、私を見上げて言った。



「いいや、変じゃないよ。……りりあ、君は綺麗だよ。 世界で一番。 僕だけの物になんて、無理なのは分かっていても、心から、どうしても、どうしても欲しい何てさ。浅ましい自分が嫌になる」


「それは、だめですよ。 亮一は、私を一番好きでいて。 貴方なら、それが出来る。 してくれる。 信じてる」



柚木崎さんは、起き上がって私の上に覆い被さって私の脚の間に身体を押し付けた。


下腹部に何か生暖かいもの、硬くて熱いのが、当たっている。


明るいから、下に視線を下ろせば、確認出来るのだが、しなかった。


りゅうの時は、見てしまったが。


柚木崎さんは、私の手を下におろさせて、柚木崎さんのそれに触れさせて言った。


「我慢出来ない。 りりあの中に⋯⋯挿れたい。 僕も⋯⋯流石に、この先はハジメテだから、知識はあるけど、うまく出来るかわからないんだ」


ん?


えぇっ、ここまでは経験があったと言う言葉の含みに、驚愕なんだけど。


「お任せ⋯します。亮一の好きなように⋯⋯して欲しいです。 私にリードを求められたら⋯⋯その、前は、無理矢理だったから、何も出来ない」


地べた這いずり回る勢いで泣き叫びながら、夢中で抵抗して拒絶して、両手首を片手で上に掴み上げられて、顎をもう片方の手で抑えつけられながら、犯された時の経験なんて、何の役にも立たないトラウマでしか無い。


「りりあは、これがハジメテだよ。 ごめん、言わなきゃ良かったね。 りりあは、今日⋯僕とするのがハジメテだよ。 僕が君の処女を貰う。良い?」


「はい。 ハジメテは亮一が良い。ハジメテの時を思い出す時、無理やり抱かれた時の事を思い出すより、亮一に抱かれた事を思い出したい、私の悪夢を亮一で消して。 お願い」


私は、りゅうを許せても、りゅうに犯された夜を忘れる事は出来ないが。


せめて、その時、今夜、柚木崎さんに抱かれた事を思い出したかった。


柚木崎さんも、どんな嫌な事や辛い事があっても、その時、私の事を思い出して欲しかった。


だから、私は、自分を間違っているとは、思わない。


だから。


「もう、思い出さなくて良いんだよ。僕が君のハジメテだから。  愛してる。りりあ」


「私も亮一の事、愛してる」



柚木崎さんは私にキスしながら、私に硬くなった自身をゆっくりと押し当てた。


私の身体に、柚木崎さんのが入って行くんだ。


りゅうの時に、経験したように、最初は痛くて、辛かった。


そう思うと、少しだけ、こわい。



「あっ、んっ」


ぐっと穿たれるように抱き寄せられる。


「やっ……いっ……痛い……ああっ 」


「最初は痛いよ……。まだ、少しだから、抜く?」


私は首を左右に振った。


「嫌です。 続けて⋯⋯っ⋯⋯ん⋯」


私の下腹部に、杭が押し入って、上へ上へと、競り上がってくる。


お腹の下で、身体の中が裂けて行くような、破れるような、千切れるような、痛みに息が止まる。


「あっ、あぁ、りりあ」 


呻くように私の名前を呼ぶ柚木崎さんの頰に手を伸ばして、頬を撫でた。



柚木崎さんの手がお腹の下におりて私の腹から足にかけて2つに割れた肉の割れ目に指を押し当てる。


ビリっとするような、ゾクッとするような、恥ずかしいような、もどかしいような。


身体の中を押し広げていく杭の痛みより、指でそこをイジられる恥ずかしさと、くすぐったいような感覚に身悶えした。



「やだっ。……あっ、それっ」


「りりあも気持ち良くないと、駄目だよ。っ⋯⋯僕に任せて⋯⋯」


「⋯⋯ゅ⋯⋯ゆ、指、やだっ。 く、くすぐったい……やっ…あっ、ャ……」


柚木崎さんは、何か下腹部のよく分からない所を指で弄って、くすぐったい。


そして、だんだんそのくすぐったさが堪らなくなって、私は、下腹部の痙攣に声にならない声を上げた。


肩も顎も震えて、目の前の視界も揺れて見えた。



「大丈夫?」



頭の中が真っ白で、ただ柚木崎さんの事を見ていた。


「お腹の下の方が⋯⋯痺れて、ゃぁ⋯⋯あっ、またっ、ゾクゾクしてっ⋯⋯ぁっ⋯ぅ⋯ん⋯」


「りりあの中、温かい。僕の事。 りりあの中に居る僕の事、分かる?」


いつの間にか、柚木崎さんはすっかり私の中に自身を深くまで埋めてしまっていた。



「⋯⋯分かります。やっ、そこ、だめっ」


「駄目なの? ここに当てると弱いの?」


柚木崎さんが腰を揺らして中が擦れて、それが、絶妙に気持ちよくて、身悶えしていると、柚木崎さんは更に激しく腰を揺らした。




柚木崎さんの吐息が頰に当たってくすぐったかった。


「やっ、あんまり⋯動いたら、音が」


「ここ下はリビングだから、大丈夫だよ⋯⋯っ⋯」


いつの間にか、柚木崎さんの呼吸は荒く乱れていて、それになぜかゾクゾクした。


「あっ、気持ち良い……。りりあ」


柚木崎さんは、激しく私と唇を重ねて、舌で中を掻き乱しながら、腰を揺らした。


上も下も、無茶苦茶だったが、りゅうの時みたいに嫌じゃかった。


寧ろ、夢中で求められる事に、心が満たされていく。


柚木崎さんに翻弄されて、悶えながらも、柚木崎さんを抱き締めた。


「りりあ⋯⋯あっ、あっ、んっぅっ」



柚木崎さんはそう喘ぐ声を漏らした後、ぎゆっと私を抱き締めながら、身体を震わせ、私の元に落ちて来た。



「りりあの中で、ごめん。我慢出来なくて……」



私は柚木崎さんが私の中で、最後を迎えた事を悟っていた。


りゅうに抱かれた時の時のように、身体の中に何かが注ぎ込まれる僅かな感覚もあって、これが生身の処女の終わりなんだと、そう理解した。



私は、きっと、一生忘れられない夜を、今夜にした。



15歳のバレンタインの夜を。






朝、目が覚めると、私はベッドに1人で眠っていた。



服を着ていた。


下着も履いていた。


痕は付けないでって、お願いしたが気になった。



私は、シーツに血の染みを見つけて、シーツを洗おうと、洗面所に行き、血の染みを綺麗に洗い流して、洗濯機に放り込み、スイッチを入れて、上着を脱いで、自分の上半身を鏡で見ていた。



前は、大丈夫だった。


後ろを向いて、背中も確認して、私はほっと胸を撫で下ろして、シャワー浴びた。


いつもより、熱めのお湯で、シャワーを浴びながら、私は昨夜の事を思い返していた。



柚木崎さんは、あれから、何度も私を抱いた。


一度目の時よりも、じっくりと時間をかけて、今度は私の中に入ってからも、長い時間をかけて、私の中で何度も果てた。


途中で、私の手を私の下腹部に持って行き、私に自分の割れ目を触らせて、指でそこを触る何てお風呂で洗う時しか分からなかったし、感触や感覚もあんまり気にした事無かったのに。


【りりあはここをこうするのが、好きなんだよ】


と言って、割れ目の間に隆起する突起を抑えつけられて左右に指を動かせられた。


【りりあはこのリズムで、ここら変をこの強さで抑えるとすぐイクよ】


予告通り、私は、柚木崎さんに手を添えられ、自分の手に抑え付けられ、自分の指先に弄ばれて、下腹部の痙攣の後、頭が真っ白になった。


コレが、イクと言う事なのだろうか?


【言い損ねたけど、乳首を指で摘んで、ちょっと引っ張られるのも、好きみたいだね】


何で、そんな事、教えてくれるのか不自然だったが、自分の手でイッてしまったが、身体がまだ興奮していてぼんやりする私に、柚木崎さんはキョウイチ【今日一番】激しく長く私を抱いた。



明け方になって、行為の後に、私に改めて言った。



【次に、君を抱くのは、君が18歳になった日に、君が僕と結婚してくれるって返事を僕にくれた時だよ。 今日の事、僕は一生忘れない。 君だけを一生愛すると誓う。 結婚して欲しい。 返事は、yesでもnoでも、その日に欲しい。 りりあ、許して】


私は、それを了承した。


そして、私を柚木崎さんはベッドの中で抱き締めて、キスをして、私におやすみの言葉を告げて、私に眠るよう促して、私はお休みを返して柚木崎さんの胸で眠りに付いた。




シャワーを浴び終え、髪を乾かして、バスルームを出ると、そこで氷室さんが所在から出てくるところに出くわした。



「お前、今日はゆっくりだな」


「のようですね」



腕時計を見ると確かにいつもなら朝食を摂っている時間だった。



「まぁ、休みの日ぐらい、のんびり過ごせ」


「はい。あっ、氷室さん」


「何だ?」


「おはようございます」




私の朝の言葉に氷室さんは訝しげに私に言った。


と言うか、頼むから、朝の挨拶は無視しないで欲しい。



「お前、夕べから、変だ。 寝る時も今も、どこか遠くにでも行くような顔をしている? お前は何処にも、行かない筈なのに」


氷室さんの言葉に私は、もう笑うしかなかった。



「そんな訳無いじゃないですか。 私は、一生、ここにいますよ。 氷室さんこそ、【いつか、居なくなる】みたいな事、いっつも、私に言う癖に」


私の抗議に氷室さんは、言った。



「お前は、そんなに、俺なんかと一緒に居たいのか?」


そんな胸が痛くなる言葉は、みだりに口にしないで欲しい。


ますます、好きになってしまうから。



「えぇ、死ぬまで、一緒にいて欲しいです」


「りりあ、それは、出来ない」



こう言うと思ったよ。


私は笑って、言った。



「知ってます。でも、おはようの朝の挨拶は、くれても良いんじゃないですか? 駄々はこねませんから」


「あぁ、そうだな。 また、スルーしていた。 改める。 おはよう、りりあ」



いつも通りの朝。


何も変わらない日常。


これからも、ずっと。


そう願った。





それから、あっという間に3月が来た。


もうすぐ春休みだった。



あれから、柚木崎さんに会えるのは、学校ばかりで校内では、生徒会長と副会長で彩色倶楽部の部員同士で、校内で私達が付き合っている事は、公然されてしまって、時々、クラスメイトに茶化されたりもするが、あれから、キスもデートもしていない。



でも、私は、キスもデートもしたかった。



「柚木崎さん、ちょっと、良いですか?」


私は、放課後の生徒会活動の終わり、柚木崎さんにそう声をかけた。


帰り支度をしていた柚木崎さんは、作業の手を止め、私に言った。



「良いよ。丁度、僕もりりあと話しがしたかったから。 そうだね。もう少し待って、少し外を歩こう」


柚木崎さんはそう言って帰り支度を済ませて、私と一緒に、学校を出た。


「ヒッキーにメールして、了解を得たから、僕の家で話そう。19時に僕の家に迎えに来るって」



何て準備が良いんだ。


柚木崎さんは、帰りの道すがら、私の手を繋いで来て、私もそれを繋ぎ返した。


学校を出て、大通りを横切って、大鏡公園を通って反対側を出て、大きな交差点を渡って、大鏡神社の敷地を抜けた先が、家だ。


歩けば20分ぐらいの距離。


「りりあとのデート、久しぶりだね」


柚木崎さんの言葉に、私はハッとした。


そうだ、デートだ。


こんなの確かに、そうだ。


「えっ、何驚いているの?」


「だって、デートしたいって言いたくて、呼びかけたのに、言う前に、もう、気が付いたらそうしてたから⋯⋯」


私の言葉に柚木崎さんは、満足そうに私に微笑みかけた。


3月の夕暮れは、もう18時でもまだ空は茜色をしていた。


「本当?」


「本当です。デートしたかったんです。 亮一、大好き」


「僕も好きだよ」


二人で、柚木崎さんの家に帰り、リビングで抱きしめ合って、キスをした。


それ以上も、したくなった。


でも、しなかった。


そう言う約束を二人でしたんだ。


だから、二人でその約束を守りたかった。



「りりあ、あれから、身体は大丈夫?」


「えっ⋯、はい。 ちょっと、暫く、痛かったですけど」


私が恥ずかしそうにそう言うと、柚木崎さんは私を抱き締めた。


「こわくなかった? 僕とした時は?」



改めて、今、二人でこんな話しが出来るなんて。


今まで、ずっと、学園の校内だったから、おいそれと会話して、万が一、菅原先生の耳に入ったら困るし、そうじゃなくても、何処で誰が何を聞いているか分からなかったから。


「私、また、デートしたい時、家に亮一を呼んではだめですか?」


「デートは、もう駄目かな。 僕、もう自分の理性に自信が無いんだ。 でも、必要な時や、相談がある時、非常事態は、必ず呼んで。 場所は問わず、必ず呼んで欲しい」


「はい」


ちょっと、残念だと思ったが、柚木崎さんはそんな私をまた抱き締めて、息が苦しくなる位、私の唇を激しく求めて、私の事を勁く抱き締めた。


そして、間もなく、インターフオンが鳴って、短い逢瀬は終わりを告げた。


「約束の19時丁度だ⋯⋯きっと、きっちり、時間計って鳴らしたんだろうね。ねえ、りりあ、釜めし食べたいと思わない。君が良ければ、ここで、3人で食事をしようって誘ってくるけど」


「えっ、食べたいです。 良いんですか?」


「じゃあ、決まり、そこの引出しにメニュー入っているから、先に選んでいて」


柚木崎さんにそう言われ、私は、柚木崎さんを見送って、件の引出しから釜飯宅配専門店【釜寅】のメニュー表を見つけ出して、ソファーに座り、メニューを広げた。


牡蠣釜飯。


ぷりっぷりの牡蠣がデーンと並んで、うずらの卵と野菜こお煮しめも添えられていて、魅力的だった。


かに釜飯。


一面に所狭しとカニのほぐし身を敷き詰め、そこにイクラを盛りプリプリの蟹爪を2つ、彩りにきぬさやをあしらえ、カニ好きには堪らない逸品だろう。


金目鯛釜飯。


赤い皮が鮮やかな白身魚の大振りの切り身を2つが、菜の花と野菜のお煮しめが並ぶ、魚好きの目を引く一品だ。



他にも、基本の五目釜飯や鰻の釜飯を合って、熟考していると、仏頂面の氷室さんが柚木崎さんと一緒にリビングに入って来た。


「氷室さん、えっと、今日、夕飯、ここで釜飯をいただいても良いですか?」


「駄目だったら、来ていない。 なぜ、そう思わない?」


氷室さんが仏頂面だから、ですが?


解せない。



「失礼しました」


「お前は、もう選んだのか?」


「まだ、決めきれなくて、あっ、氷室さんもメニューを」


「要らん」



えっ、まさか、まさか、氷室さん。


食べんつもりか?


驚愕する私に、柚木崎さんが私のところにいつの間にかやって来ていて、私の肩を叩いて言った。


「りりあ。落ち着いて、氷室さんはもう決まってるって事だから。 金目鯛って、即答だったから」


魚好きだったか。


そう言えば、時々、赤魚のムニエルや煮魚の時、箸の運びが軽やかだった。


「柚木崎さんは、メニュー⋯⋯」


「あぁ、僕は牡蠣だよ因みに」


そうだ。


言い出しっぺだから、そうだよね。


「じゃあ、私は、特選の五目で」


サクサクオーダーが決まり、会員の柚木崎さんがモバイルオーダーしてくれた。


「子供に、奢られるのは、好かん」


「分かりました。決済、現金払いにしてますから」



氷室さんは、やっと、機嫌を直して、柚木崎さんと台所でお茶の準備をした。


氷室さんは、オーダーが届くまでを本を読んで過ごした。


配達の人がインターフォンを鳴らすと、一番に氷室さんが立った。


注文の品の支払いだけでなく、受け取りもあるので、私も柚木崎さんも漏れなく玄関に行った。


届いた品をダイニングテーブルに並べ、お茶を並べて、みんなで食事を囲んだ。



「今年は、二枚貝の食中毒が多いから、気を付けろ」


「らしいですね。 でも、僕、牡蠣が好きなんですよ。前は毎年、牡蠣小屋に行っていました」


今年は例年にまして件の食中毒が多いと取り上げられていて、地域的に、牡蠣小屋発祥の地と言われている福岡市に隣接する糸島地域でそれが盛んな為に、そのニュースをよく耳にしたが、2月の三連休では、朝11時に着いても一時間待ちで店に入れない大盛況振りだったと言う。


私も行ってみたいな。


でも、そう口には、出せなかった。


柚木崎さんは、前はよく言っていたと言ったからだ。


今、行って居ない理由に思いを巡らせて、とてもじゃ無いが、口には出せなかった。


「運転免許取ったら、行きたいな⋯⋯」


柚木崎さんの言葉に、私は度肝を抜かれた。


お母さん絡みで無いらしいからだ。


てっきり、そう思っていたのに。


「運転免許ですか?」


「そうだよ。糸島の牡蠣小屋までバスや電車で行くのはきついし、最寄りに、立ち寄りたい施設もあるから、行くなら、車じゃないとと思ってさ」



確かに、糸島は殆ど隣県に面した県境の地域だから、車は欲しい所だ。



「だったら、連れて行ってやる。 今年の冬で良いなら」


「えっ、良いんですか?」


「あぁ、四国よりは、よっぽど気安い」


まぁ、そうだろうよ。


それよりも。


「私も、行きたいです」


私もその話しに噛ませて欲しい。


それが、先決だと思った。


釜飯は本当に美味しかった。


私の選んだ特選の五目釜飯は、五目と言いながら、10品位の具が乗っていた。


ふっくら煮詰められた海老・ホタテの姿煮に、鰻の蒲焼、栗の甘露煮、しいたけ・かざり人参・たけのこ・ぎんなん・うずらのお煮しめ、彩りにきぬさやまで付いていて、釜飯だけでも大満足のだった。


それぞれにお出汁が付いていて、それで最後は出汁茶漬けも出来て、お漬物まで付いていた。


大満足で夕食を終えて、最後は紅茶を淹れてお茶をして、私と氷室さんは帰宅の途についた。


私は、この後、史上最悪の3月を迎える事になるなんて、この時はまだ夢にも思っていなかった。











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