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第43話 ダ ガ タ メ ノ ⋯⋯

春休みが始まるのは、嬉しいが、2年になって、迎える一学期で、生徒会長の柚木崎さんも、一緒に生徒会長をしてくれている宇賀神先輩も、生徒会も彩色倶楽部も引退してしまう。


来年一年で二人ともお別れで、あと2年で、いずれ私もみんなと卒業する。 



去年の春、ここへ戻って来たばかりの時は


突然突きつけられた新しい生活に


戸惑うばかりだった。




今はその生活の居心地の良さに


その現状が新たに変化する事を惜しんで


案じてしまうなんて


そんな日が来るなんて


夢にも思っていなかった。



何でだろう。




私は、肉体と記憶と魂の一部を失って、取り戻さなければいけないイノチと性質の悪い神様にイノチを狙われていると言うのに。




私は、自分は今とても、幸せな毎日を過ごしていた。




学年末テストも終わり、2学期の期末テストの時と同様、柚木崎さんの家で、今度は一ノ瀬君も篠崎さんも加えた彩色倶楽部全員で、勉強会をして、みんな、年末のテストを有終の美と言える結果で終える事が出来た。


「懸さん。 あの、今日朝ね、他校の男子生徒から、手紙を渡して欲しいって頼まれたの。あの生徒副会長が、生徒会長とお付き合いしているのは、知ってるんですけど、その人に言えないし、断ろうか迷っているうちに、押し付けられてしまって」


朝の教室まで向かう渡り廊下で、一般クラスの女生徒にそう声をかけられ、白の封筒を受け取った。



私は迷った。


その封筒にかかれていた宛名は 【最愛の君へ】で差出人が【白夜】だったからだ。



私は、教室に行き、午前の授業中、迷って。


結局、昼休み、鏡子ちゃんセイレンちゃんと一緒に昼食を摂った後、篠崎さんの所へ行き、テラスに誘った。



「どうしたの、懸さん」


「ごめんね。 教室じゃ、他の人に見られるかも知れないし、昼休み、1人で行動していると、誰かに見つかったとき、隠しにくいから。あのね、私、手紙を貰ったの」


私は、篠崎さんに朝の出来事を打ち明けた。


篠崎さんは驚いたが、真剣な眼差しで私に言った。


「……私にも、見せてくれる。そのつもりで、私を呼んでくれたんだよね」


「そうして貰えると、嬉しい。 そう思って、篠崎さんに頼んだ。 一緒に見て欲しい」



二人でテラスのテーブル席に向き合って座り、私が手紙の封を開けた。



〜〜〜〜



最愛の君へ


この前、僕の継母が自棄になって、君のところへ乗り込むからさ。


僕は収拾がつかなくなって、彼女の願いを叶えちゃったよ。


困ったもんだよ。


仕方ないから、渡したんだ。


自分が得ることの出来なかったトクベツのイノチと祝福をくれてやったんだ。


本望だったと思うよ。



でもね、僕の望みも叶える条件をつけた。


僕の望みは、あの日、成し得なかった本懐を、彼女が必ず遂げる事だ。


彼女は、あの日、手に入れるべきだったモノを無事手に入れて、後は、最後の役目をその存在の総てをかけて、果たしてオワリだ。


けどね、彼女の本当の望みは叶わないんだ。


何で、だと思う。


それは、彼女がそれを知らないからだ。


僕は彼女の誕生を、もうここには居ない父以外で唯一その瞬間を見届けた、ただ一人の存在だ。


だから、僕は彼女のその望みも叶えてあげようと思ったんだ。


でもさ、僕の善意の対価も欲しいと思ってさ。


だから、君がそれをくれたら、嬉しいと思ったんだ。


同封したものを手がかりに、彼女の居所に導いてあげて。


そして、僕に対価を頂戴。


3月24日、夜22時。


僕は、大鏡公園の白石橋の前で、君を待っている。


分魂がない君でも、構わない。


僕のこの善意の対価は、僕の望む全部と引き換えに出来るものと思うには、おこがましいからね。


でも、君の心くらいは欲しいかな。


そう思っている。


君を無事に帰すつもりはないから、気軽には応じられる誘いではないと、思っていてね。


それでも、君は来てくれるって、酔狂な気持ちで待っているよ。


結局殺し損ねたけど、人質を、僕に本気で殺させた、君を信じるなんて、馬鹿げているとは、思うけど。


あの日、僕が人質を殺そうとするのを見て、あの人僕が殺す前に自分で手をくだしちゃったんだ。


それでさ。


結局、そんな事を気に病んだ末に、あの人、帰っちゃったんだ。


人殺しなんてさ、自分も、僕も、初めてじゃないのに、どうして、今更、全てをそれで拒絶しちゃったのかな?


今、どうしているのかな?


僕はね、有象無象の人間なんて、そこら辺を飛んでる虫みたいなものだと思っているんだ、義妹も、継母も含めてそうだと思っている。


でも、君は、違うから、有象無象から解き放って、君と一緒なら僕は愛せるとかも?


君となら、神子が生めるかも?


神子を生んで、その後も、僕と生き続けられる、僕を愛してくれるかも?って……思えるんだ。


夢を見たんだ。


君と初めて会ったとき、僕は、【君だ】と思ったんだ。


今の君では、ダメだけど。


それでも、良いから、会って欲しい。


一晩だけ。



PS.僕の継母がどこで待っているかは、さすがに君が来てくれて僕に対価を果たした後、教えるよ。 僕は、そもそも善意は持てても、善人じゃあないからね(笑)



白夜







手紙を読み終えて、まず一番に思ったのは、篠崎さんを一緒に手紙を開封する人選に選んでしまった事を、激しく後悔した事だ。


なんて、失礼なんだ。


やばい、もう今更ながら、本気でまず、何よりこの場で地面に正座して、土下座して謝罪したくて堪らなかった。



「きっしょ、マジで気色悪い。  あいつ……」



篠崎さんは、憤慨した。



「篠崎さん」


「懸さん、本当なら、腹立たしくて、おぞましくて、破って燃やしてやりたいところだけど、それ、菅原先生に渡そう。 あっ、同封しているの、何?」



篠崎さんに言われて、 そう言えば、手紙の内容で何か同封しているものがあると言っていたが何だろうって、手紙の中を確認して驚いた。


以前、柚木崎さんのお父さんに託された24年前の生徒会メンバーの集合写真だったからだ。



「何、これ。お母さんに、懸さんの保護者に、柚木崎先輩のお父さんに、後、二人、誰?」


「私のお父さんと菅原先生の魂を持って生まれた人だよ」


私は、篠崎さんになぜこの写真がこのメンバーで撮られたものかを説明した。


「よし、もう良いから、菅原先生に手紙を渡そう。 人の誕生日と生まれて来た自分まで被せて、本当、馬鹿にしているったら、ないよ」


そう言えば、篠崎さんが生まれて来た日は、戸籍上の誕生日よりもずっと前で、戸籍上では4月2日なっているが、本当は3月だったと言っていた。


「えっ?」


「戸籍には残ってないけど、私の母子手帳にはね、そう書いてあったんだよ。出生時刻、3月24日 22時00分。 あのくそやろう」



篠崎さん、怒るとちょっと、篠崎さんのお母さんの分魂に似ている。


「行こう、懸さん」


「篠崎さん、ごめん⋯。私は、篠崎さんとだけ、この手紙を見る事にしたの。午前中、ずっと、1人でよく考えて。ちゃんと、考えて決めた。 だから、ね。 私は、これを他の誰にも、見せる気は無い」


「六封じは、【六封じのレンズサイドウォーカーは、ナンビトも、例え、何人のナンビトのイノチであってもそれをやり取りしてはならない】。柚木崎先輩のお母さんも、うちのお母さんも、それを破って地獄に堕ちた。 懸さんも、同じ地獄に堕ちるつもりなの?」


「何で⋯、篠崎さんも、その言葉、知ってるの?」


「私のお母さんの後悔は、それで私を産んだことだよ? 記憶で悔いてた。 掟を破って、助けを呼ぶべきだったのに、敵の手に堕ちて、家族のイノチに負けて、私を産まなければ、ならなかった。だから、知っている。 私は、させられない。 じゃなきゃ、私の存在意味が無いじゃない。 許さない」


篠崎さん⋯⋯。


「菅原先生から、聞いたけど。 柚木崎さんのお母さんは、55人の人質と引き換えに、自分を犠牲にしようとして、貴方を巻き込んだ。 まだ、11歳だった貴方を」


六封じの掟を知りながら、それを破った二人の人か。


そうだ。


その話しは、聞いていたが、私は掟を二人の前例から、考察した事は無かった。


「同じ話しを聞いたのに、思う事は違うんだね」


私の正直な感想に、篠崎さんは、衝撃を受けた。


「他に何を思うのよっ」


「二人は、知っていて掟を破ったなら、私は掟を破った末路じゃなくて、そうした二人にあった【覚悟】を信じてる」




二人は、掟を知りながら、その掟を破ったのだ。


掟は、鉄則であり、それを犯せば、敵に漏れなく奪われた。


でも、二人は分かっていても、応じずには、居られなかったんだって。


それでも、自分を捧げたんだって。


それを、知って、だからって、じゃあ、私は、彼女らとは違う、それに、模範解答を出すなんて。



嫌だ。



私がそれを、篠崎さんに説明すると、篠崎さんは、呆れた顔で言った。



「あんたね⋯⋯」


「あなたこそ、よ。あなたは、愛されて生まれて来た。 あなたを産んだことは、後悔じゃないよ。 貴方が生まれたのは、掟を破った罰じゃない。絶対、それは、違う。あなたのお父さんは私に絶対、貴方を裏切るな、見捨てるなって言った。 あなたには、お母さんの愛の記憶があったなら、あなたは、自分が生まれて来たことを、そんな風に思っちゃ駄目」


私は、手紙を自分のポケットにしまって、篠崎さんと教室に戻った。



放課後、その日は、彩色倶楽部の日で、私は春休みの間の昼の自炊メニューとして、鶏ハムを提案し採用されていたので、みんなで作る事になっていた。


昨日、砂糖水に味の素と塩を100グラムにたいして8グラムの割合で配合した漬け込み液にzipロックで漬け込んだものを作る。


塊の鳥むね肉をフォークで串刺しにして漬け込んで、空気を抜いて、冷蔵庫で3時間から1日保存する。


それを炊飯器に入れて、そこに沸騰したお湯を入れて、炊飯器の電源を入れて高めの保温で1時間から1時間半放置して出来上がりである。



行程上、今日は湯を沸かして、後は放置の経過を待つばかりなのだが、放置に作業が差し掛かると、篠崎さんが私に言った。



「ごめん、松永さん」


「どうしたの。篠崎さん?」


「ちょっと、具合が悪くて保健室に言っても良いかな」


いつの間にか、篠崎さんはセイレンちゃんに声をかけながら、彼女がセイレンちゃんの傍ではなく、私のすぐ傍に居るのを不可解に思って、そして、ひらめいた。


「大丈夫? 私、付き添うから、みんな続けてて」


「え、大丈夫? 私も付き添うよ」


私の言葉に、鏡子ちゃんがそう答えた時は焦ったが、私は動じなかった。


「大丈夫だよ。私だけで」


丁度、柚木崎さんも宇賀神先輩も、予定外の生徒会の呼び出しで居ないから、後は、どうせ。



「俺が付き添うよ」


「え、本当に良いから。あんまり、大事にしないで」


「そうだよ。 一ノ瀬くん心配し過ぎって」



私はそうして、何とか、家庭科室を抜け出す事に成功した。



「ごめん、さっきの話の続きしたくて、あのさ、今から私、本当に保健室に行くけど、生理痛だから痛み止め欲しいって言って、それ本当に貰って帰るだけにするつもりだから、本当に手短に言うよ」


「わかった」


「どうしようか、迷ったけど、二人でちゃんと話がしたい。 どうやったら、良いと思う?」


篠崎さんの質問に私は、すぐに答えができなかった。


思い付かなかったからだ。


悩んでいると、あっという間に、保健室に着いてしまい、そこで篠崎さんは保険医の先生に予告どおりの申し出をして、保健室を後にした。


「ごめん、思い付かなかった。私ね、家と学校の敷地を、定まった保護者を伴わず、出ていけないって、約束しているの。だから」


「ん? じゃぁさ、私があなたの家に行くのはアリなの?」


「私の保護者の許可と、篠崎さんの体調次第だ」



私は、自分が住む家とその敷地内にまつわる曰くを説明した。


「じゃぁ、やってみないと分からないなら、やってみよう」


「えっ?」


「もう、時間がないね。 一回で頭に叩き込んで。行くよ」


そう言うと、篠崎さんは筋書きを述べて、私に答えを迫った。





私、実は、今日は家に帰りたくないの。


ずっと、お母さんは悪くないって、わかっているけど、私、どうしても昔のお母さんの事が許せなくて。


何度も自分に言い聞かせて来たけど、どうしても、今日だけは、家に帰りたくないの。 


だから、懸さん、あなたのお家に泊めて欲しいの。


って、私が言っているって、あなたの保護者に、貴方言える?



一気に言い切って、私を見つめる、篠崎さんに、私は苦笑いで答えた。



「言える。ありがとう」



篠崎さんは、本気だ。


勿論、私も、本気だった。





家庭科室に戻ると、篠崎さんも一緒だったので、セイレンちゃんが篠崎さんの体調を心配して声をかけてきたが、保健室に生理痛で薬を貰いに行っただけで、食欲はある旨説明して、みんなで倶楽部活動を無事終えて、下校の間際、ここ結構大事な所なのだが、話がややこしくならないように、柚木崎さんに私が篠崎さんと一緒に氷室さんの迎えを待つ事を勘づかれないようにしなければならない。


倶楽部活動日誌を書く合間に、ノートの白紙に走り書きして破って渡した。



【ロビーで待ってて】


私は、いつも通り、家庭科室でみんなと別れて、迎えの場所に向かい、氷室さんに件の申し入れをした。



「馬鹿を言うな。 よりによって、あの家に。そもそも、今日は平日だ。明日は学校だろう?」


「篠崎さん、家出して、お家に帰られなくなるかも知れないじゃないですか? だから、こそ……です」


「他の友達に当てを付けてやることは出来ないのか?」


「自分の気持ちを話せない友達に頼ませて、それで済むなら、私がしようと思いませんでした。 私じゃなきゃダメだから、です」


「そもそも、説明したはずだ。 拒絶反応で、そもそも、敷地にも入れんだろう」


「ダメなら、それでも、私、今日は篠崎さんと一緒に居てあげたいの。お願いします!!」



私はもう、精一杯、氷室さんに頭を下げて、懇願した。



そして、結局、帰りの車に、篠崎さんを同乗させるところまでには、こぎ着けたのだが。


まだ、まだここからが、肝心なのだ。



「良いか、そもそもだ。 ……本当に、し、篠崎の娘」


そこは、篠崎さんって呼びかければ、良かったと思うが。


お母さんと学生時代どんな付き合いがあったか知らないが、その呼び方はあんまりだと思ったが、最早、スルーした。



「はい、あの懸さんの保護者の氷室さん、でしたよね。 ご迷惑をおかけして申し訳ございません」


「謝罪は良い。 具合が悪くなったら、すぐ引き返す。 無理をするな。もし、そうなった時、なるべく出来得る限り、助けになる。 分かったか?」


「はい」


緊張の面持ちで一同帰宅の途に着いて、無事、敷地内に入ったと思ったのもつかの間、篠崎さんが苦しみ出して、私は面を喰らい、氷室さんは車を敷地の途中で急停止した。



「きゃあっあ!! あっ、 くっ」


「し、篠崎さんっ」


「待て、今、出る」


「だめっ、ここを出ちゃだめ。こ、これ、違うっ」



篠崎さんは、そう言って胸を抑えて前屈みに倒れ込み、そして、叫んだ。



「出てけっ、クソ兄貴っ」


私と氷室さんは、度肝を抜かれて、車内の狭い空間で思い思いに仰け反った。


そして、篠崎さんの背中から、白いもやが出て消えた。


すると、篠崎さんは起き上がって、私達に言った。


「⋯⋯お騒がせしました。 ちょっと、理解が追いつかなくて、あの、その⋯⋯別な意味で」


氷室さんは、キョトンとしたまま、少し時間を要して言った。


「体調に異変があったのは、分かったが。今は⋯どうだ?」


「あぁ、全然、大丈夫です。 逆に、来て良かったって、思ってます」



本当にそうだね。


私はそう思った。





車が家の前に停まり、私は篠崎さんと一緒に車を降りた。



私は、玄関の鍵を開けて、篠崎さんに来客用のスリッパを出した。


「2階の私の部屋に荷物置こうか?」


「うん、お邪魔します」


部屋に行って、私は、部屋着を出すついでに言った。


「ブラはサイズ合わないけど、パンツなら、未開封あってさ、Mだけど、大丈夫?」


「あっ、そうだ。 ごめん⋯助かる」



私は、部屋着を篠崎さんに出した。


「流石に部屋着は、新品無くてごめんね」


「当たり前だよ。本当に、ありがとう」


私達は、着替えをしながら、これからの段取りを話した。


「これから、ご飯を食べて、お風呂入って自然な流れで就寝まで持ち込んで、話はそれから、で良い?」


「自然な流れで持ち込むって? ん? えっ」


 篠崎さんはハッとして、部屋の窓から、外を見渡して、私に言った。


「そっか、保護者だから、そっか、一緒に住んでるんだよね。 保護者って、他に誰がいるの?」


「えっ、誰って?」


「えっ、懸さん、この家に誰と住んでいるのかなって⋯⋯」


「えっ、基本、二人だよ。⋯⋯最初は、一人だったけど、寂しくて、お願いしたら、今は一緒に住んでくれているんだ」



篠崎さんは、驚愕していた。




さくさく台所で、夕飯作りを二人でした。


氷室さんの姿が無いが、書斎の筈だ。


車が動いた音も無ければ、ちょっと、不安になって、リビングのベランダから確認までしてしまったのだから。


「作り置きでごめんね」


「懸さんが毎日作っているの?」


「うん、基本自炊」


「⋯⋯前に、車の送り迎えの事で、文句言ってごめん。 誤解してた」


「うん、私も、篠崎さんが【歩いて学校行かないと豚になる】って、私を騙そうとしているって、勘違いしてごめん」


「もう、やめてよ」


「はは、今の笑うところだよ」


ご飯を早抱きして、味噌汁を温めて、野菜室から、作り置きのサラダを出して皿に盛り付け、作り置きの茹でブロッコリーにカットトマトを添えて、焼くだけにした豚の生姜焼を焼いた。


いつもより、1人多いが、大丈夫だ。


いつも、お弁当2回分のおかずに使っていたので、それを止めれば、充分な量になる。


気持ちかさ増しに、目玉焼きを1つずつ焼いて、出来上がりとした。


お茶の準備と配膳を済ませ、氷室さんを呼びに行くと、氷室さんは、にべもなく応じて、リビングに来てくれた。



「体調は変わりないか?」


「はい」


特に、夕食時、会話は無く、ご飯のおかずについて、過不足無い会話を篠崎さんが私にしてくれて、私は、その食事を楽しく過ごす事が出来た。


「りりあ、明日は、いつも通りに家を出る。夜更かしするな」


「はい、氷室さん、ありがとうございます」


「ここは、お前の家だ。俺に礼を言うな」


「でも、私の保護者は氷室さんです。だから、お礼を言って良いんです」


「あっあの、ご無理を聞いていただいてありがとうございました」


私に続いてお礼を言う篠崎さんに、氷室さんは狼狽えた。


「気にするな。 身体を、大事にしろ」






私は、篠崎さんと交代でお風呂に入り、寝室に上がった。



「懸さんの保護者さんって、あの写真の人だよね?」


「うん」


「意外と良い人だよね。 最初、ものすごく怖い人だと思ったけど。 何か、⋯⋯変なこと言って良い?」


「何?」


「何か、乙女⋯⋯」


やだっ。


何、言い出すんだ。


氷室さんに、いや、乙女って。


確かに、乙女にも、思えなくもない。


いちいち、私が身体にキスマーク付けてると顔真っ赤にするし、私に成人するまで処女でいて欲しいって言ったり。


そうだ。


乙女なんだ、氷室さんは。



「篠崎さん、大好きだよ。 面白い」


「懸さん程じゃないよ。 よっぽど」



ここ以外に客室に出せる部屋があったし、氷室さんが予備の布団があると申し出てくれたが、篠崎さんが断った。


良かったら、一緒のベッドで寝ようと言われ、私はそれを受入れた。


私がベッドの奥側に寝てその手前に篠崎さんが寝た。


二人で仰向けに横になり、話しをした。


「あのさ、さっきここの敷地に入ってすぐ、篠崎さんが苦しみ出して、篠崎さんが叫んだ時、背中から、手紙を渡して来た奴の気配が出て来て、消えた」


「あっ、分かったんだ。驚いたよ。身体の中で、いきなり暴れ出してさ、あっ、アイツ、私の中に居たんだって、さ。いつから、居たんだ? 私の中に、何の為に居たんだ?って」


篠崎さんはそう言うと、私の方に横向きになって、深刻そうな顔で私に言った。


「私は、あなた達の事を色々知ってしまった。もしかすると、それを、アイツに知らせてしまったんじゃないか? って。 だったら、私は、スパイだって⋯⋯」


私は横目に篠崎さんの話しを聞くのをやめて、私も篠崎さんの方に身体を向けてから言った。


「今更、知られて困る事無いよ。 誰も、私の分魂を、私の分魂を誰より愛して離さない奴がいる限り、私に分魂が戻る事は無いんだから。 私は、一生⋯⋯このままで良いと思っている。 柚木崎さんのお母さんさへ、戻って来れれば、私は、一生、子供が産めなくても、構わない。分魂を私がそいつから奪って元の自分になりたいとは思わない」


私の言葉に、篠崎さんは、言った。


「柚木崎先輩が、そうだから?」


「違う。 ん〜ん、そうじゃないとも言い切れないか。 そうだね。 柚木崎さんが子供を望めないのなら、子供なんて、もう、他の誰とも、子なんか望まない」


そこに、何故か柚木崎さんと同じ境遇と知った氷室さんがいる事は、今、ここで言うと拗れるから言わない。


「何で⋯元に戻る事を、懸さんは拒むの?」


「私は、拒んでは無いよ。 私には、もうね、自分の分魂の事が自分のただの身体の一部、魂の一部と捉えられなくて、だからね。 ごめん、ちょっと、待ってて、今、聞いてみる。 チビりあ」


私は上半身だけ身体を起こして、篠崎さんも起き上がった。


「誰、その子?」


チャッピーを抱いたチビリアがベッドの前に出現した。


「ボク、チャッピー⋯⋯イッシヨニアソウボウヨ。 マタ、アソンデヨ」


「チャッピー」


チャッピーは私ではなく、篠崎さんに駆け寄り、篠崎さんの胸に飛び込んで行った。


篠崎さんは、嬉しそうにチャッピーを抱き締めた。


「りりあが負けた。 チャッピーが、選んだ」


仕方ないよ。


だって、私以外で唯一、チャッピーを受入れてくれたのが、彼女なんだ。


負けたって、痛くも痒くも無い。


「で、何の用? 夜更かしか、夜遊びのお誘いなの?」


「そうだね。⋯⋯そうかもね。2つ、貴方に聞きたくて、呼んだの。 チビりあ、もしも、貴方が私の所に戻ってしまったら、貴方は、どうなるの?」


「私は? 貴方は私でしょ。 私がアナタ以外の何だって言うの?」


「チビりあだよ。私に、偉そうに、あざ笑ったり、貶したり、楽しそうに私の前でいつも毅然と生きている。 アナタは、言ったよね。 最初に姿を見せた時、アナタが私のめがねに適えば、私に戻っても良いって。 でも、ね。 チビりあ。 それって、トモを取り返す為?」


「⋯⋯それも、あった。 でも、いつか、戻らなければ、行けない。 最初はそうとも思っていた。 でも、私は⋯」


「りりあ。 ここで、好き勝手するのも、いい加減にしろ」


あっ、やっと出てきた。



「きゃっ⋯⋯」


篠崎さんが悲鳴を上げた。


「ダメッ、これは、どうしても、ここに居るの。だから、騒いじゃだめ。 良い、まだ、下の保護者にバレて無いから、お願い、騒がないで」


この説明をして置かなければ、後で本題を喋る時の予防線の貼り方を篠崎さんに説明出来なかったから、敢えて、こうしたんだ。


「ずっと、観てたんでしょ? 私がこの前、ここで、私が抱かれてたのも、観てたの?」


「あぁ、とんだ当てつけをしてくれたな。 相手が相手だ。お前が望んだなら、と目を瞑ったが。 よもや、分かって居たのか、お前。  正気か?」


「止めに来るか? とも、思ったし、でも、来なかったから、ね。 違うのか?って、思ったのに。 まさか、今、ゲロる貴方に、私は、狂気を覚えたわ」


「あぁ、俺の祝福は【狂愛】だ。 狂え、馬鹿が」


あっ、祝福バラした。


そっか、【狂愛】だったか、クソッ。


通りで、氷室さんを好きで、愛おしくて、狂おしい訳だ。


とんでもない、祝福だな。


「常時、身悶えしてるわ。 納得だよ。 はぁ、今、大事な話しを、したいの。邪魔しないで」


「その白い虎の血が入った女と、ここで何のつもりだ」


「説明するから、服を着てよ。お風呂以外で服を着る約束でしょ。それか、下半身は龍の身体で来てよ」


「私も、そうして欲しい」


チビリアまでそう言うと、りゅうはズボンを履いた姿に変わった。


上半身は裸のままだが、もう文句は言わなかった。



「で、お前は、なぜ、その女をここに連れてきた」


「私が彼女と一緒に居たいと思ったからだよ。私は、彼女と戦う。 彼女と戦いたいの」


「お前、それでチビりあを取り戻すつもりだったのか?」


「違う。私は、今のままで、戦う。 チビりあは関係ない。 居たら、逆に居たら困る。 チビりあが居なきゃ、アイツの願いが叶わないんだよ。 だから、私は戻さない」


「話しが矛盾している。 お前は、馬鹿か? じゃあ、チビリアを呼んだ事に、何の言い訳をするつもりだ」


「言い訳なんか無いね。 私は、聞いておきたかっただけ、言っておきたかっただけ。もう良い。 言っとくから、言わせて。 チビりあ、アナタは、ア・ナ・タだよ。気の済むまで、自由なんだよ。自分の事は、自分の為に、決めて良いよ。 私の為にとか、あなたの保護者のつもりのその人の為とか、そんな義務とか無いんだよ」


私の言葉に、りゅうは私の手を掴んでベッドから引きずり降ろした。


「いったっ」


「龍一が扱えるはど薄弱だったお前が、龍一の意に背いて、人間の男に抱かれて、チビりあに意見するか? ⋯⋯まさか、ここまでつけあがるとはな」


りゅうにベッドを引きずり降ろされよろめきながらも私は立ちあがって、りゅうとチビりあの前で言った。


「私は、懸 凛々遊【あがた りりあ】だ。 アナタの最初の妻の律でも、11歳までアナタを愛してたアナタの知っている私じゃない。今の私が、私なの。 思い出重ねてばかり。  ちゃんと私の今を見てよ。 色眼鏡で私を見ないで」


「俺は、お前に律を見たことは無い。 それは、違う」


「私に子など産むな、と言ったのに?」


「⋯⋯そうか、重ねたな。 悪かった」


律が子を産んで死んだから、敵のたくらみに乗じて、私から生殖機能を奪ったんだ。


否定なんて、出来ないよね?


させ無いよ。



「りりあ。私は、りゅうとりょうが好き。 ずっと、好きで居たい。 他には、何も要らない。 お父さんもお母さんも誰も要らない。  分魂して、愛が無くなったから。 神様も、今はもう良い。 私は、二人の胸の中で永遠に一緒に居たい」


私は、チビりあの言葉に納得した。


「分かった。チビりあは、心配しないで」


私の言葉に、チビりあは、私をじっと見つめた後りゅうに視線を移しながら言った。


「今のりりあが好きだよ。 今のアナタを私は信じる。 だから、約束は守る。  りゅう、許して。 私、少し、眠るわ」


そう言うと、チビりあは私の元にやって来て言った。


「全部終わったらで良いよ。返せたら、で良い。  貴方に4年前までの全ての記憶を還す。 負けないで、トモを助けて、信じてるから」


そう言って、チビりあは私の手に触れ、その場に倒れた。


「やめろ。チビりあっ」


りゅうが倒れ込むチビりあを抱き留め、抱き締めた。


「お前、戻せっ。今すぐ⋯⋯起きろ、起きろ、チビりあ」


私は意識が朦朧とした。


カラダに力と記憶が滞留して、カラダが震える。


破裂しそうだった。



「りりあっ。⋯⋯お前、今、死んだら、チビりあも、消えるそ。 これが、お前の望みか? また戦うだと? なら、俺がそもそも、滅ぼしてやる。 全部、滅ぼしてやる。 六封じすべて、1人残らず、だから、返せっ」


少しずつ、カラダが慣れていき、私は何とか言葉を発した。


「すぐ返すよ⋯⋯。 ここらから、持って出ないよ。 約束する。 だから、私は、チビりあは置いていきたいんだって」


私はその場にへたり込んで、暫く休んでから、また言葉を紡いだ。


篠崎さんを見つめながら。



「⋯⋯さてと、本当だ。 ちゃんと、思い出せる。篠崎さん、ごめん、ちょっとさ、悪いけど徹夜になるかも知れないけど良いかな? 手伝って、1人より2人が良いから」


「うん、勿論良いよ」


私は、りゅうに言った。


「チビりあを返すって約束したものの、やり方が分からない。 一晩だけで良いから、返したいけど、その時のやり方分かる?」


「お前が拒絶しなければ、すぐにでもしてやる。 今回は、一晩の約束を守れば、見逃すが二度とするな。 次は⋯⋯もう良い⋯早く済ませろ」


私は、机に向かってノートを開いた。


「時系列に、記憶をまとめたいの。 一緒に手伝ってくれると嬉しいんだ。 何か、疑問があったら答えるから」


私は、完全になった記憶をまとめる作業に取り掛かった。


前に氷室さんがお姉さんとお盆の2日間で、彼女に接触した詳細を、今のようにして把握しようとした時の事を思い出し、自分もそれにならおうと思い付いたのだ。








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