えりなちゃんは二日ほど入院して、元気になって戻ってきた。
「えりなちゃん、体調は大丈夫?」
「ごめんね、もう大丈夫だよ! お医者さんからは、水分不足だったって言われたの」
「そっかぁ、夏だもんね」
私たちはそんな話をしながら、いつものように並んで学校へ向かった。
▲▽▲▽▲
一ヶ月くらいして、学校は夏休みに入った。
私とえりなちゃんは、毎日のように一緒に遊んでいた。
そんなある日、えりなちゃんがふと、不思議な話をしてきた。
「鈴ちゃん、最近ね、トイレで……変なものが見えるんだ」
「変なもの?」
私は少しワクワクしながら聞き返す。
「白くて、ふわふわ……なんか、もやもやしたものが漂ってるの」
「え? 雲みたいなやつ?」
「ううん、ちょっと違うの。……ごめん、やっぱり気のせいかも。忘れて」
私は、えりなちゃんが見たという物を、うまく想像できなかった。
▽▲▽▲▽
夕ご飯のとき、その話を家族にしてみた。
「えりなちゃんがね、トイレで白いふわふわが見えたんだって。なんだろう?」
「それって……蜘蛛じゃないか?」
父が箸を止めて言った。
「うちにもたまに出るだろ? ふわふわした大きいやつ。鈴、見たことないか?」
「大きい蜘蛛なんか見たことないよ」
「門音は見たよ! おっきかった!」
妹は興奮したように身を乗り出してきた。
「こら門音、ご飯中ですよ」
母がやんわりとたしなめる。
「明日、えりなちゃんに教えてあげないと!」
「退院明けで不安もあるだろうし……鈴、しっかり様子見てあげてな」
「うん! 任せてよ。友達だもん!」
元気になってくれるかな?えりなちゃん。
▲▽▲▽▲
次の日の朝。
「えりなちゃん、昨日言ってた白いふわふわ、お父さんがでっかい蜘蛛じゃないかって!」
「そうなのかな……でも、黒いふわふわも見えるんだよね」
「黒いふわふわ? それ、いつ見たの?」
「昨日の夜。……またトイレで、ずっと私を見てるの、怖くて目を瞑ったら消えちゃったけど」
黒くて、ふわふわで見つめてる?
私は、昨日見た映画を思い出していた。
「それ、まっくろくろすけだよ! 目もあるし、絶対そうだよ!たくさん集まってふわふわしてたんだよ 」
「え、あれって……まっくろくろすけ?」
えりなちゃんは少し考えていたけど、すぐに笑顔になっていた。
私は、えりなちゃんが笑顔になってくれたのがとても嬉しかった。
「触ったら手が真っ黒になるからね! ダメだよ、絶対触っちゃ!」
「ふふふ、触るのは鈴ちゃんだけだよ」
「私も触らないってば!」
「えりなちゃん、これでもう怖くない?もし怖かったら私と一緒に捕まえに行こう?」
「ありがとう。でも可哀想だからいいよ。それに捕まえられなかったから黒くなっちゃうし」
「そうだね、そうしたらお母さん達に怒られちゃう!」
ふたりで笑いながら、その後もおしゃべりを楽しんだ。
▽▲▽▲▽
「ただいま〜鈴どうしたんだ?何かいいことがあったのか?」
「お父さん、聞いてよ。えりなちゃん、今度はまっくろくろすけ見たって! 私も見てみたいな〜うちにはいないの?」
「まっくろくろすけ……? えりなちゃんがそう言ったのか? 蜘蛛じゃなくて?」
父の顔が何故か、険しくなっていた。
「うん。なんか黒いもやもやが見えるって言ってたから、まっくろくろすけだよ!って教えてあげたの。えらいでしょ?」
誇らしげに笑う、私に対して父はしばらく考えてから、真剣な表情で口を開いた。
あれ、褒めてもらえなかった......
「他にはなにか言ってなかったか?」
「えーと、見られてる気がするって......」
「鈴、いいかい。もし次に、えりなちゃんが“違うもの”を見たって言ったらすぐにお父さんに話しなさい」
「え……わかった」
そのときの父の顔が、いつもと違って見えて、私は思わずうなずいた。
父は席から立ち上がって、家のトイレの前に立ち、天井を見上げていた。
「えりなちゃんの家は、うちの真上だよな」
「お父さん、何してるの?」
「ん……ちょっと確認しただけだよ。……まさかな」
父は、見終わると自分の部屋に戻っていった。
いつもと様子が違う父が気になって、私もトイレを覗く。
「前に貼ったお札しかないじゃん、変なの!
ま、いっか、お母さーん!私のアイス買ったー?」
「はいはい、冷凍庫にありますよ」
「やった〜〜!!」
「明日はおばあちゃんの家に行くんですから早く寝てくださいね!」
それから1週間、えりなちゃんと遊ぶことはできなかった。