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第7話 黒いもやもや

 えりなちゃんは二日ほど入院して、元気になって戻ってきた。


 「えりなちゃん、体調は大丈夫?」

 「ごめんね、もう大丈夫だよ! お医者さんからは、水分不足だったって言われたの」

 「そっかぁ、夏だもんね」


 私たちはそんな話をしながら、いつものように並んで学校へ向かった。


▲▽▲▽▲


 一ヶ月くらいして、学校は夏休みに入った。

 私とえりなちゃんは、毎日のように一緒に遊んでいた。


 そんなある日、えりなちゃんがふと、不思議な話をしてきた。


 「鈴ちゃん、最近ね、トイレで……変なものが見えるんだ」


 「変なもの?」


 私は少しワクワクしながら聞き返す。


 「白くて、ふわふわ……なんか、もやもやしたものが漂ってるの」


 「え? 雲みたいなやつ?」


 「ううん、ちょっと違うの。……ごめん、やっぱり気のせいかも。忘れて」


 私は、えりなちゃんが見たという物を、うまく想像できなかった。


▽▲▽▲▽


 夕ご飯のとき、その話を家族にしてみた。


 「えりなちゃんがね、トイレで白いふわふわが見えたんだって。なんだろう?」


 「それって……蜘蛛じゃないか?」


 父が箸を止めて言った。


 「うちにもたまに出るだろ? ふわふわした大きいやつ。鈴、見たことないか?」


 「大きい蜘蛛なんか見たことないよ」


 「門音は見たよ! おっきかった!」


 妹は興奮したように身を乗り出してきた。


 「こら門音、ご飯中ですよ」


 母がやんわりとたしなめる。



 「明日、えりなちゃんに教えてあげないと!」


 「退院明けで不安もあるだろうし……鈴、しっかり様子見てあげてな」


 「うん! 任せてよ。友達だもん!」


 元気になってくれるかな?えりなちゃん。


▲▽▲▽▲


 次の日の朝。


 「えりなちゃん、昨日言ってた白いふわふわ、お父さんがでっかい蜘蛛じゃないかって!」


 「そうなのかな……でも、黒いふわふわも見えるんだよね」


 「黒いふわふわ? それ、いつ見たの?」


 「昨日の夜。……またトイレで、ずっと私を見てるの、怖くて目を瞑ったら消えちゃったけど」


 黒くて、ふわふわで見つめてる?

 私は、昨日見た映画を思い出していた。


 「それ、まっくろくろすけだよ! 目もあるし、絶対そうだよ!たくさん集まってふわふわしてたんだよ 」


 「え、あれって……まっくろくろすけ?」


 えりなちゃんは少し考えていたけど、すぐに笑顔になっていた。

 私は、えりなちゃんが笑顔になってくれたのがとても嬉しかった。


 「触ったら手が真っ黒になるからね! ダメだよ、絶対触っちゃ!」


 「ふふふ、触るのは鈴ちゃんだけだよ」


 「私も触らないってば!」


 「えりなちゃん、これでもう怖くない?もし怖かったら私と一緒に捕まえに行こう?」

 「ありがとう。でも可哀想だからいいよ。それに捕まえられなかったから黒くなっちゃうし」

 「そうだね、そうしたらお母さん達に怒られちゃう!」


 ふたりで笑いながら、その後もおしゃべりを楽しんだ。


▽▲▽▲▽


 「ただいま〜鈴どうしたんだ?何かいいことがあったのか?」

 「お父さん、聞いてよ。えりなちゃん、今度はまっくろくろすけ見たって! 私も見てみたいな〜うちにはいないの?」


 「まっくろくろすけ……? えりなちゃんがそう言ったのか? 蜘蛛じゃなくて?」


父の顔が何故か、険しくなっていた。


 「うん。なんか黒いもやもやが見えるって言ってたから、まっくろくろすけだよ!って教えてあげたの。えらいでしょ?」


 誇らしげに笑う、私に対して父はしばらく考えてから、真剣な表情で口を開いた。

 あれ、褒めてもらえなかった......


「他にはなにか言ってなかったか?」

「えーと、見られてる気がするって......」


「鈴、いいかい。もし次に、えりなちゃんが“違うもの”を見たって言ったらすぐにお父さんに話しなさい」


「え……わかった」


 そのときの父の顔が、いつもと違って見えて、私は思わずうなずいた。


 父は席から立ち上がって、家のトイレの前に立ち、天井を見上げていた。


 「えりなちゃんの家は、うちの真上だよな」

 「お父さん、何してるの?」

 「ん……ちょっと確認しただけだよ。……まさかな」

 父は、見終わると自分の部屋に戻っていった。

 いつもと様子が違う父が気になって、私もトイレを覗く。


 「前に貼ったお札しかないじゃん、変なの!

 ま、いっか、お母さーん!私のアイス買ったー?」


 「はいはい、冷凍庫にありますよ」

 「やった〜〜!!」


 「明日はおばあちゃんの家に行くんですから早く寝てくださいね!」


 それから1週間、えりなちゃんと遊ぶことはできなかった。






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