「ただいま〜!」
門音がドタドタと駆け込んできて、勢いよく私の腰に抱きついてきた。
「お姉ちゃん、どこに行ってたの?」
「図書館!」
「えっ、図書館!? なんで〜?」
門音が眉をひそめながら、私の顔を覗き込んでくる。
「コレラについて調べてたの!」
廊下から足音がして、母が小走りでリビングに現れた。
「鈴、なんでそんなことを……」
その声には、少しだけ焦りがにじんでいた。
私は母の表情をきょとんと見上げる。
「え、だって……昨日の夜に話してたでしょ?」
母はしばらく黙り込んだあと、息を吐いていつもの優しい顔に戻った。
そして私の肩に手を置いて、やさしく、でもまっすぐ目を見て言った。
「いい? 昨日の話は、誰にも言っちゃダメよ?」
母の手が私の肩をぎゅっと強く握る。
「鈴の欲しがってたポーチ、買ってあげるから……」
「え、ほんと!? いいの?」
「約束、できる?」
「うん、ぜったい言わない!」
私はえりなちゃんに話したことなんてすっかり忘れて、母と小指をからめた。
「お姉ちゃんだけずるい〜!門音もほしい!」
門音がその場でじたばた足を踏み鳴らして、唇をとがらせる。
「はいはい、門音にも買ってあげるわよ。
その代わり、お手伝いしてね?」
「うん!!」
私と門音は声をそろえて返事をした。
お皿を並べたり、お米をよそったり――小さな手で、できることを頑張った。
「ただいま〜!」
玄関から父の声がして、門音が飛び出していった。
「お父さん! お父さん!」
「お、いい子にしてたか?」
「してたー! いっぱいお手伝いしたの!」
「それはご褒美の……なでなでだっ!」
「くすぐったい〜!」
門音がくすぐったそうに笑っているのを、私はキッチンの端からこっそり眺めていた。
夕食を食べ終えた頃、父がカバンから何かを取り出した。
「母さん、昨日の件な……知人から紹介してもらって、これを買ってきた」
父の手には、薄茶色の和紙に筆文字が書かれた——お札が、4枚。
「あなた、お札って効果あるんですか?」
「有名な神社のお札だから、きっと大丈夫だ」
父の声はいつも通りだったけど、その手の動きはどこか慎重で、そっと、お札を置く様子が記憶に残っている。
そのあと、両親は無言で家の中を歩きながら、お札を貼っていった。
玄関、トイレ、写真を撮ったリビング、そして……クローゼットのある部屋。
「よし……とりあえず、これで様子を見よう」
「何も起きなければ、それでいいんですけど……」
2人の背中を、私はテレビを見ながら横目で追っていた。
何かが終わったような、でも……終わってないような。
そんな空気だった。
あれから1週間。
写真に白い玉が写ることもなくなって、門音も寝言を言わなくなった。
まるで、何もなかったかのように、私たちは普通の暮らしに戻った。
ただ——
その頃、上の階のえりなちゃんが、突然入院した。
理由は、よくわからないらしい。
ただ、えりなちゃんのお母さんが小さな声で言っていた。
「お腹が痛いって言ってたの……」