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第28話 浅蔵家-黒本


 盾で受けきれない攻撃が壬剣目がけて振り下ろされるが何とか避けきる。しかしこのままではいずれ刺されるのも時間の問題。

 苦悩が思考を覆い、打開策検討に意識を持っていこうとしてもすぐに引き戻されてしまう。


 小さな頃、母親に読み聞かせられていた童話の主人公達はどんな苦難も乗り越えてきた。


 だが現実はどうだ。

 状況に対応できず、己の力量不足を嘆き、そのまま朽ち果てようとしている。


 人とは本来、簡単に死に直面する生き物なのかもしれない。

 能力に目覚める事もなく、人生の大舞台でもなく、ちょっとした一場面ですぐ命を落とす。そんな世界に紙一重で立っているのかもしれない。


「くっ!」


 避けきれなかった刃が左腕をかすり、制服に血を染み込ませる。

 父親と真剣で亘り合った時に感じた痛みを久しぶりに感じ、足の動きが鈍る。


(こんなにも痛かったか――)


 次の一撃が振り下ろされ、ダイヤモンド・サーチャーの盾が弾かれる。


「しまっ――!」


 盾が持ちあがり、ダイヤモンド・サーチャーの胴がガラ開きとなり、機械人形のもう片方の剣が、壬剣の身体もろともダイヤモンド・サーチャーを叩き斬ろうとする。


 無理だとは分かっていても腕で剣を受け止めようと身体を硬直させる。

 ――しかし直前になり機械人形の剣がピタリと停止した。


 まるで時間が止まった様に剣は横に薙ぐ形で停止し、壬剣とダイヤモンド・サーチャーを斬りつける事はなかった。


「な、何が起こったんだ?」


 戸惑っていると機械人形の首が突然一回転して後方を振り向く。再び身構えるが機械人形は興味を無くしたようで、猛スピードで窓を突き破り、姿を消した。


 壬剣は割れた窓を見つめたまま数分ボーっとしていたが、柱時計の音が遠くで打たれたのを感じて我に返った。


 時刻は丁度日を跨いだ。

 急いで父親の書斎を目指す。


 何故、機械人形が飛び去ったのか分からないが、この機会を逃さない手はない。


「――と……」


 書斎へと走り出すと足が絡んで上手く走れず、たたらを踏んでしまう。立ち止ると足が震えている。

 何度か太股を叩き、まだやるべき事があると自分を奮い立たせ、父親の書斎の扉を開いた。


 幸い鍵はかかっておらず、ドアは木が軋む音と共に迎え入れてくれた。

 足を踏み入れると図書館の香りがする。古い本の匂いだ。


 部屋の明かりを点けると父親がもし戻ってきたときにバレてしまうので、ダイヤモンド・サーチャーを展開し、《全知の視界》と己の瞳を同期させ、暗闇を無効化する。


 書斎内は何処で見つけてきたか分からない絵画や観葉植物、値がはりそうな壺などが置かれている。


「こんな銅像まで……」


 壬剣を追い隠す程の巨大な盾を構えた騎士の銅像まで置かれており、まさか自分の銅像を作らせたのかと錯覚してしまうほどだ。さすがにあの父親でもそこまではしないだろう。


 いつからあの父親はこうなったのか。


 少なくとも壬剣が小学生くらいのころはもっと整理整頓され、机とソファーくらいしかなかった気がする。あのときは「あの父親らしい無駄のない部屋だな」と思った記憶がある。


 今では何故こんなにも物で溢れているのか。


 力を手にし、長い間、その力を任務以外で使い続ければ、いずれはこうなってしまうのだろうか。

 そう思うと悲しく感じてしまう。結局その力は正しく使われなかった気がするからだ。


 本棚を確認すると経済学や株、医学に関する本が並んでおり、騎士関連の本は見当たらない。

 場所を移動しデスクの上を確認すると、父親のデスクは何やら書類が散らばっている。


「あった」


 年期の入ったハードカバーの本が幾つも積まれている。

 形状からして地下書庫にある本と同じ系統のものだ。


 しかしこれほどナイツオブアウェイクや遺物に関する資料が多く残っているという事は、ナイツオブアウェイクの中に書記でもいたのだろうか、と疑問に思うがこの部屋に長いはしたくないので思考を切り替える。


 本の配置を変えないように一番上から丁寧に確認する。

 魔術、魔物、悪魔、天使、聖遺物、騎士紋章――いかにもオカルト本といったタイトルが並び、やはり禁書と言われる内容の本はないと思われた時、今手に取った本が真っ黒な事に気がつく。


「なんだ、この本は」


 何か生き物の皮で作られた様な手触りで、これも他の書物同様に時間経過を感じられる。


 表紙には何も書かれておらず、開こうとしても蝶番が付いていて外れないため中を確認できない。ダイヤモンド・サーチャーで構造を確認すると何か魔術公式によって本が封印されている事が分かる。


「斬る訳にもいかないか」


 なんとなしに左手で表紙に触れると左手の甲が真っ白な光を放ち、天井に金剛騎士の紋章である剣を浮かび上があがる。


「なに?」


 本の表紙に魔法陣が展開され、カチッと小さな音を出して封印が解かれた。


「騎士紋章が反応した?」


 なんだか今日は偶然に助けられてばかりだ。


 機械人形とやりあったときも己の未熟さ故、命を落とす筈だったのに機械人形は何処かえ消え去ってしまい、禁書に関しては騎士紋章によって鍵が外れた。


 まるで誰かの思惑の上で転がされている気分だ。

 舞台の上で都合の良い道化を演じている錯覚に囚われる。


(いや、考えすぎか)


 自身の立場と能力に関して知らない事が多すぎる。

 騎士になると騎士紋章が全ての《脅威》を判断するとは聞いていたが、禁書の封印を解く鍵になるとも知らなかった。


 騎士鎧に関しても同様だ。

 壬剣と凛那はよく分からず騎士鎧を扱っている。感覚で動かし、感覚で能力を使用する。


 騎士のメインシステムである騎士紋章と騎士鎧、そんなよく分からないものを力として運用するにはあまりにも知識が足りない気がして、寒気を感じた。


 しかし壬剣の持論として『力とは扱う者によって良くも悪くもなる』と考え、封印が解かれた黒い書物を開く。ページの材質も皮で出来ているようで、厚さの割に内容は少ない様だ。


「騎士とは人類を存続させる為のシステム――」


 それはどの書物にも記されている。

 だが、次の文は初めて目にするものだった。


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