時は数時間に遡る。
父親――浅蔵剛堅の書斎で壬剣と剛堅、そして白銀鎧の人物『零』が今後について話し合っていた。剛堅と壬剣は向かい合いながらソファーに座り、書斎の入り口の脇で壁に背を預けているのが零である。
壬剣は黒騎士討伐を凛那達から聞き、これで日常生活に戻れると安堵していたが、ある日、剛堅に呼び出された。
そして今、零を紹介されたのだ。
零は感情のない人形のような人物だった。全身を輝くような白銀鎧に身を包み、絶対に兜を外そうとしなかった。声も反響していて中性的な声で性別すら分からない。
「この人が『断罪者・零騎士』……」
零は一度壬剣を見るように首を動かし、再び腕を組んで押し黙った。
「金剛の騎士紋章を受け継いだ今だからこそ、伝えるべきだったな」
剛堅は胸ポケットから煙草を取り出し、火を点けて深く吸う。
「まずこうなってしまったのは私のミスだ、世話をかけたな壬剣」
剛堅は申し訳なさそうに深々と頭を下げる。
想像だにしていなかった行動に壬剣は慌てて、気にしないで欲しいと伝えた。
「事件が起きると分かっていれば、もう少し身の振り方を伝えたんだがな」
「いえ、今回は大きな怪我人は出ていない。だから気にしないでください」
やっと父親というものに対して、反抗していた心が氷解してきたというのに、いざこうやって面と向かって話すとなんだか照れくさい気がしてならない。
「そう言ってくれると助かる。早速だがまずは彼について話そう。
空想上の断罪者と考えられていた零だが、事実こうして存在する。
それを知るのは騎士団長である金剛騎士のみだ。
何故かというと零は道を踏み外した騎士を断罪する力に特化した騎士だ。
そのため他の騎士に存在を悟られてしまっては警戒されてしまう。
故に噂に留められ、騎士団長の命により、行動するのだ」
「騎士団長の命により……ですか?」
「そうだ。金剛騎士と零は切っても切れない関係にある。
騎士紋章のような強制権ではない。
過去からのお互いの信頼の上に成り立つ、契約のようなものだ。
それを壬剣に受け継ぐ」
今まで黙っていた零が父親の言葉を拾う。
「私たちは元々、『零』の力を守護する集落で暮らしていた」
「力――騎士紋章や騎士鎧のようなものか?」
「そう。けれど身にまとう鎧と違って、肉体強化とみるべき。
人知を超えた力が体の部位に宿っているのが零」
「部位か、なるほど……鎧に宿っているか、肉体に宿っているかの違い……か」
「そうとも言える。けど私たち零は騎士とは次元が違う能力。
だから騎士を断罪できる。それに騎士紋章のような絶対命令の縛りもない」
「騎士紋章の命令を裏切れば、僕たちは鎧に取り込まれ強制活動モードへと至り死んでしまう、それがないということですか」
壬剣の問いに剛堅が二本目の煙草をを吸いながら補足を入れる。
「その代償に私達には人間らしい感情は皆無だ。
騎士紋章は意志の力を強く表す。
人間の意志が全てを動かし変化をもたらす。
それがコンセプトとなり作られている。
だが意志の力は不安定だ、自己の欲求に走る場合もあり、出力も安定しない。
だが騎士を討つための零は騎士を超える力を常に発揮しなくてはならない。
そのため生まれたころから人間の意志を殺している、そう育てられる。
そうすることで危機的状況による瞬間的な爆発力は無いが、安定した能力を維持できる」
(だからロボットと話しているような気分なのか)
壬剣は一人合点がいき、頷く。
「まあ、社会に溶け込むために、それらしい振舞い方をすることはあるがな」
「父さん。集落や私たちと聞くと、まるで零は一人ではないような言い方ですが」
「ああ、そうだ。外界と接触を断っている集落がある。電気も繋がる道もない。
零の集落は人が石器を扱っていた時代から変わっていない。
だが不思議な事に原始時代にはもうある程度の文明を築いていた。
そうだな……大正時代程度だろう」
「そんな事があるのですか?」
「本来ならありえないな」
剛堅は問いにすぐさま否定する。
だがと付け加え、にやりと笑う。
「面白い事にそこだけ次元が歪んでる。
騎士になると多重平面世界から騎士紋章が力を得ているせいか、感覚的に理解できてしまう。
その集落だけ、本来ならば存在する第零次元から無量対数次元までが存在せず、『そこにあるだけの一つの世界』として存在していたのさ。
それ故、零の民はどの時代の文明や科学、魔術も理解する事ができたし、そこに好きに文明を築くこともできた」
「だが私たちは、自然と共に暮らすことが一番だと感じていた。だからそのまま」
どんな行き過ぎた文明よりも、零の民は穏やかな生活に行きついたという。
壬剣には何とも理解しがたい話だった。
科学やそれに相当する技術があれば、それだけ多くの利益をもたらすだろうに。