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第14話

『メインシステム、訓練モードを起動。目標の討伐を達成条件とします』


オペレーティングルームの葛木が全回線でそう告げた。


スクリーンの映像が切り替わり、訓練用に制作された仮想空間へと切り替わる。


『レベルは5に設定、力天使級の脅威を想定した戦闘となります』


続けて葛木がそう説明を加えたのち、映像がさらに切り替わる。


グリッド状の四角い空間が、青海ヶ丘の街によく似た市街地へと変化する。

驚くようなバーチャルアクティビティ技術、真は〈ネメシス〉のコックピットルームで3Dゲームをしているというふうに捉えていた。


ただ、これがただのゲームではないのは、実戦を模したという点ではなく、〈ネメシス〉に搭載された人機一体システムが、より鮮明な感覚を、よりダイレクトに、操縦者プレーヤーに伝える点にある。


『力天使級1体の堕天を観測。〈ヴァルキリーズ〉は直ちにこれの急襲、討伐を行なってください』


葛木からの通信が終わり、続いて、部隊長の深雪が全機へ呼びかける。


『各員、通信は問題ないかしら?』

『問題ないわ』

『だいじょーぶー』

『聞こえて、ます……』

「はい、問題ないです」


コントロールスティックを握り直し、深呼吸。

訓練とは言え、無論、手を抜くような真似はしない。


『オーケー。じゃあ行くわよ、〈ヴァルキリーズ〉!レディ___?』


いつもの深雪の掛け声。

いっせいにそれに応え、仮想の青海ヶ丘へと〈ネメシス〉が飛び立つ。


もちろん実際の機体は格納庫で佇立したままだ、これはあくまでスクリーン上の映像情報が操縦者の操作に応じてリアルタイムで変化しているだけに過ぎない。


それでも画面の景色は現実と見紛うほどだ。

ゲームハードウェアの最新機種ならば俊平の家で何度かみんなで遊んだことがあるが、この映像技術はそれらのさらに数世代先の技術だ。


専門的な知識は真にはないが、加重が無いことを除けばほとんど実戦と同じ感覚になる。


故に、より緊張感も高まる。


『接敵!』


深雪がそう叫ぶのと、機体AIがアラートを鳴らすのはほとんど同時だった。


建物の向こうに見える空へと伸びた巨大な手のような羽が、大きく揺れ動いた。

地響き、舞い上がった瓦礫がこちらへ向かって降り注ぐ。


真は機体を横へ横へとステップさせて次々と飛来するコンクリートの塊を回避、ビルの間を縫って力天使級を正面に臨む道路へと移動した。


赤い火線が〈天使〉へ飛び込む。

めくるの榴弾砲が爆ぜるのを合図に、先行する深雪といく乃の〈ネメシス〉がそれぞれメインアームによる銃撃を開始する。


『Revenantは〈天使〉の羽を切り落とすことを優先目標に、Renegadeはその援護を!』

「はい!」

『了解!』


アスカと真の2機が走る。

〈ヴァルキリーズ〉の部隊ではダメージソースを担う2機だが、とにかくタフな力天使級を相手にその生命力を削りきるのは容易ではない、〈ネメシス〉の稼働限界のほうが先に訪れるからだ。


力天使級との戦闘では可能な限り早く生体核を破壊しなければならないというのが、先日得た経験則だった。


『いくわよ、真くん』

「うんっ」


アスカの機体が前へ出た。

彼女が背部武装の上下二連装短砲身滑腔砲を放って〈天使〉の注意を引きつける。

その横を駆け抜け、真はビルの上へと跳躍、屋上から屋上へと飛び移って行き〈天使〉の背後を取る。


〈天使〉は足元を動き回るアスカの機体を狙って背中の翼を振り上げたところだった。

真はそのチャンスを見逃すことなく足を踏み込み、抜刀した単分子ブレードを構えて飛び出す。


空へと掲げられたその野太い腕へとブレードを振り払った。


「……ッ!」


怪物の絶叫が響き渡った。

真の存在に気づいた〈天使〉が、長いその腕を伸ばす。


真はブレードを振り抜いた勢いのままスラスタを使って機体を反転させ、視界に敵の存在を維持しながら、着地後も素早くバックステップを繰り返して〈天使〉の攻撃を躱していく。


『まこっちゃん!』


いく乃の2挺のロータリーガンによる銃撃が〈天使〉の頭部へ降り注ぐ。

頭を狙ったところでこの怪物を殺すことはできないが、その攻撃によって〈天使〉は真からいく乃へと狙いを変えた。

彼女の〈ネメシス〉を叩き落とそうと腕を伸ばす。


「いく乃っ」

『だい……じょうぶっ!』


空中で機体を制御し最初の攻撃を躱すいく乃、建物の上に着地したところをさらに追い討ちをかけられるが、いく乃の操縦技術なら充分回避の可能な間合い、そのはずだった。


『あぐ……ぅッ!?』


呻くようないく乃の悲鳴が、コックピットルームのスピーカーから響く。

〈天使〉の振り下ろした腕は、回避の遅れた彼女の機体の、右腕と右脚をビルもろとも叩き潰した。


『うそっ!?』


アスカの声、そう聞こえたのとほぼ同時に天使の横っ面にめくるの砲弾が直撃した。


『いく乃、ちゃんを……!』

『アスカ、走って!援護するわ!』

『り、了解ッ!』


深雪が散弾砲で〈天使〉を牽制するなか、アスカの機体が瓦礫に横たわるいく乃のもとへと走った。

〈天使〉といく乃の間に滑り込み、彼女を庇う位置から滑腔砲を撃ち込む。


『ごめん、ミスっちゃった……』

『いいからっ』


雄叫びを上げ、〈天使〉が上体を大きく仰け反る。

その口から炎がわずかに漏れ出すのを真は見逃さなかった。


「まずいっ」


真はブレードを構えて飛び上がった。

めくるはまだ装填中だ、深雪の武装では力天使級を止められるほどの火力はない。

今、あの化け物が炎を吐き出すのをどうにかできるのは自分だけだ。


わずかな時間だが炎を吐くまでは無防備になる、真は〈天使〉の体を踏み台にしながら一気にその頭部まで駆け上がって、その喉元へブレードを一閃した。


〈天使〉は体を仰け反らせたまま絶叫を上げ、空へ向かって炎を吐き出した。


身悶える〈天使〉の腕が、落下する真の機体を殴りつける。

スクリーンの視界が激しく揺れ、ビルの上に落下。

実戦だったならばおそらく衝撃で気を失っているところだがこれはバーチャルな模擬訓練だ、真はスクリーンにステータスウィンドウを呼び出してAIがシミュレートした機体の状態を確認し、すぐさま立ち上がらせてその場を離れる。


『黒崎君!大丈夫かしら?』

「き、機体はうごくみたいです。でも、いまので武器を落として……」

『状況は悪いわね……オペレーター!』


深雪が葛木へ呼びかける。

オペレーティングルームからはすぐに応答があった。


『はい』

『報告します、5機のうち1機が重大な損傷により戦闘不能、さらに1機が戦闘継続が困難。演習の中止を提案します』

『状況について承知しました、〈ネメシス〉全機のメインシステムを停止、通常モードへ移行、演習を終了します』


スクリーンに映っていた〈天使〉がピタリと動きを止め、街とともに溶けるようにその姿が掻き消えていく。

画面は再びグリッド状の空間へと戻り、やがて格納庫の景色へ映り替わった。


「ふぅ……」


スティックから手を離し、体を起こす。

エアロックハッチを開放して、真はコックピットルームから体を滑り出した。


高所作業車から床に降りると、いく乃へアスカが駆け寄って行くのが見えた。


「いく乃、あなた……大丈夫?」


いく乃の肩へ手を置いて、アスカはその顔を覗き込む。

らしくないミスをした彼女を、本気で心配している表情だった。


「あはは……ごめん、ほんとに」


そう言って、いく乃は力の無い笑顔を浮かべた。


「深雪ちゃん。さきに休んでていい?いく乃……ちょっとつかれちゃったかも」

「ええ、構わないわ。あまり気にすることはないからね、いく乃」


深雪はいく乃の肩を優しく抱き寄せて頭を撫でた。


「うん……うん、ありがとう」


更衣室へと向かう彼女の足取りは重たそうで、真も日頃見たことのないいく乃の様子に、心配せずにはいられない。


「どうしたのかな、いく乃……」


あの時、力天使級に機体を捉えられたいく乃はその直前、不自然に硬直しているように見えた。


「……」


隣のアスカを見ると、彼女はひどく思い詰めた顔をして、いく乃の去っていったほうをじっと見つめていた。





それから数日。


いく乃の様子が変だったのはあの演習だけで、以降の出撃においても今まで通り真の知っている彼女の戦いぶりを見せていた。


学校のほうはその出席率は相変わらず良くはないものの、放課後のレッスンには欠かさず顔を出しているし、仕上がりも申し分ないとのことだった。


「さあ、あなたはいく乃のことよりも自分のことに集中する」


放課後の音楽室、組んだ膝の上にギターを置いたアスカが、楽譜スタンドにスコアを広げて真にそう言った。


「はあい」


ぐっと背筋を伸ばして深呼吸。

程よく体から力を抜いて、リラックスした状態を保つ。


〈ネメシス〉に乗る場合もそうだが、体が強張っているよりも柔軟な状態のほうがより良いパフォーマンスを発揮する。


「いく乃さん、何かあったの?」


真の隣、ピアノの前に腰掛ける陽傘が尋ねた。


「この前の戦闘訓練で、ちょっとね……」


〈ネメシス〉にまつわるそのほとんどは機密扱いのため誰彼構わず話題にしていいわけではないが、いまアスカが話しづらそうにしているのはそれが理由ではなかった。


友達のデリケートな部分に、触れてしまいかねないからだ。


「そういう話なら、あまり深くは聞かないでおくよ」

「ありがとう、陽傘」

「……あんたたちほど付き合いが深い訳でもないから……でも、うん……大変だろうね、いろいろさ」


いく乃の様子に今は変わりがないのなら、たまたまあの日調子が悪かっただけなのだろうと思うことにした。


アスカはああ見えていく乃と一番仲が良い、だから何かを知っていそうに思うが、やはり積極的にそれを開示するようなことはしない。


いく乃のことは気になるが、アスカの言うように真は彼女の心配ばかりをしている場合でもない。

文化祭まではもう1ヶ月を切った、大一番に備えて自分自身をしっかり仕上げていかなくてはならない。


「平和、だよね。本当にさ」


練習の間のちょっとした休憩時間。

開け放した窓辺にもたれて、陽傘は不意にそう呟いた。


「どうしたの?」

「空からあんな化け物が降って来るっていう世の中で呑気に学園祭なんてさ、考えてみれば違和感あるなって思って」

「いいのよ、呑気で」


ギターの調子を確認しながら、アスカが言った。


「街を破壊されても、大切な人をうばわれても、それでも日常を歩むの。呑気でもいい、あんな化け物にはぜったいに屈しない。そのために、私たちがいるんだから」

「……頭が上がんないね、あんたたちにはさ」

「そうでしょ?……よし、じゃあ再開しましょうか」


陽傘がピアノの前に座る。

真も自分の楽譜を置いたスタンドの前に立って、歌詞を見下ろしてみた。


「大切な人を、うばわれても……」


ふたりの奏でるイントロを聴きながら、アスカの言葉を口の中で繰り返す。


この歌には、まさに、大切な誰かを失った悲しみが閉じ込められている。

この歌詞を綴った本人に直接尋ねた訳ではないが、それは、まるで実体のある感覚として真の胸に落ちついた。


すぅっと、息を吸い込む。


アスカが込めたのは、きっと、彼女自身が目の当たりにした悲しみと喪失。

打ち震えるほどのその悲哀の中に、真は自分自身を置いてみた。


感覚が、同調していく。

歌声を絞り出す。


力強く芯を持ったその声は、空間を反響して深く震わせた。


歌い終わった時、音楽室をしばらくの沈黙が支配した。


「……驚いた、黒崎君。急に上手になるんだから」


最初に口を開いたのは陽傘だった、ピアノから手を離し困惑の滲む顔で真を見つめた。


「そう……かな」

「アスカも驚いたでしょ?」


アスカを見る。

彼女もまた、当惑をひどく感じさせる表情で真を見つめていた。


「真くん、あなた……」


何かを言いかけるアスカ、しかしすぐに言葉を切って満足げな笑顔を見せた。


「ううん、すごく良かった。文化祭のステージが楽しみね、このまま仕上げていくわよ」

「うん」

「参ったな、ふたりの足を引っ張らなきゃいいんだけど……」


その後ももうしばらく練習は続き、日の暮れる前に解散になった。


アスカの抱える冷たい過去、自分はいま確実にそれに触れた気がした。

本番へ向けて成長していく喜びとは裏腹に、言い知れない深みへと手を伸ばすような薄ら寒い感覚が、胸の中に渦巻いていた。


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