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第17話

〈ネメシス〉のパイロットルーム、操縦服に身を包んだ真は起動手順を進めていた。


『……そう、いく乃は出られないのね』


オープンチャンネルで、いく乃が出撃できないことについて説明したアスカに深雪はそう返事をした。

彼女の声色はいく乃の身を案じるものであったが、一方で、いつかこうなることを知っていたようにも思えた。


アスカの言っていた通り、いく乃の変化のわけに気づいていたのだろう。


『ねぇ、深雪……』

『今は、戦闘に集中すること。いいわね、アスカ。みんなも、いいかしら?』

「了解」

『了解……しました……』

『……了解』


いく乃が枕元に置いていた家族写真を、真は思い出していた。


真もまた古い家族写真を持っている、ずっと前に行った旅行先で撮った写真だ。

結果的に、それが家族皆で撮った最後の写真になった。


『各員、ブリーフィングデータは確認したわね』

『ええ』

「確認できてます」


戦う理由や事情はそれぞれにあると春華が言っていた。

リスクを負ってまで〈ネメシス〉に乗り続けることを選ぶアスカも、あんな状態になっても戦うことをやめなかったいく乃も、そしてきっと深雪やめくるにも、戦い続ける理由があるのだろう。


そして、自分は。

精神汚染などと言うリスクがあることを知って尚、〈ネメシス〉を降りるという選択肢は思い浮かばない。


『それじゃあ、〈ヴァルキリーズ〉!レディ___?』


深雪の掛け声に応えるのと同時、コントロールスティックを押し込み人機一体システムを起動。

垂直カタパルトが一気に押し上げる力で青海ヶ丘の街へと飛び立つ。


自分は戦うことを選んだのだ、アスカと共に。

それを、今さら覆すことなどありえない。


『黒崎さん』


街の大通りに着地した真へ、オペレーティングルームの葛木から通信が入った。


「はい」

『既に確認済みかとは思いますが、この度の出撃からRevenantに副兵装を追加しています』


街を駆ける真の〈ネメシス〉には、見慣れない武器が左腕に追加されていた。

銃や大砲の類ではない形状、装備している左腕の全長よりも遥かに大きいその兵装は、クランク機構を有した刺突特化の近接兵器だった。


『こちらの武器はパイルバンカー、所謂、大型の杭打ち兵器です』


杭の先端に装着した炸薬弾を対象へと高速で撃ち込み、内部で爆発させる。

射出による衝撃で兵装本体の消耗が激しく、連射はできず、また、使用できる回数も決して多くはない。


しかし味方機と連携して撃ち込むことができれば、確実かつ絶大なダメージを与えられる武器でもある。


『健闘を』


新たにアセンブルされた重武装により、機体の重心がわずかにずれているようだが、真は〈ネメシス〉を走らせながら操作感を修正、〈天使〉の堕天位置を目指す。


街の西側に広がる田園地帯、収穫を終えたばかりの稲田の上に、巨大な影を捕捉した。


その姿は大天使級に違いなかったが、AIがスクリーンに映した標的は2

ブリーフィングデータに記載のあった通り、観測史上初となる2体同時の堕天だった。


『散開!』


先行する深雪が1体へ狙いを定め、散弾砲を撃つ。

そしてそれが戦闘を開始する合図となった。


それぞれの〈天使〉の咆哮が二重奏となって轟き、2つの巨体が深雪を追って突進する。


『遮蔽物のない場所よ、アスカと真君は動きに注意して!』


雪崩のような〈天使〉の突進を深雪は横っ飛びで躱し、そう叫んだ。


市街地での戦闘では建物を足場にしてより三次元的なマニューバができるが、ここは見渡す限り水田が続く平地だ、いつもとは違った動きを要求される上に、〈天使〉の死角を取りづらい。


加えて、今はいく乃を欠いた陣形。

アタッカーのアスカと真が的確に隙を突くには、これまでよりも慎重な判断が必要になる。


『私が深雪と連携するわ、めくるは真くんを援護してあげて!』


アスカが背部兵装の滑腔砲を斉射し、田園を駆ける。

4門の大口径砲から放たれた砲弾は〈天使〉の胴体を側面から捉え、その体を炎に包む。


アスカによって1体を深雪から引き剥がし、真はその後を追いかけもう1体の〈天使〉を狙う。


「緋ノ沢さんっ!」


言うが早いか、めくるの榴弾砲が真の追う〈天使〉へと飛び込み、爆ぜる。


動きを止めた白い巨獣へ、真は〈ネメシス〉の左腕を構えた。

クランクが杭(パイル)を引き絞り、腕を振り抜いて、撃発。


〈天使〉の体へと撃ち込まれた指向性炸薬が爆発し、巨獣の分厚い胴体の肉を散らした。


「すご……っ」


あまりの威力に真は驚くが、〈天使〉を止めるには至らない。

〈天使〉は懐の真へとその腕を打ち下ろした。


真はそれを横へ躱し、後退しつつ主兵装のブレードを抜刀する。


『よくやったわ、真君、めくる。これで〈天使〉を分散できた』


アスカを前衛に、深雪は後方から散弾砲を撃って隙を作る。


『みんな、連携を崩さないように』

『了解!』

「了解っ」

『了解……しました』


大天使級2体の堕天、そして、陣形を2:2に割いた戦闘。

〈天使〉1体に対してはこれまでの戦闘記録に類を見ない最小戦力、不安に思う余裕もない。


巨獣の猛攻を躱しながら、反撃の隙を窺う。

パイルバンカーは装填を済ませているが、無闇に使える武器でもなかった。


『真、先輩……』


めくるからの通信、陣形を分けたアスカや深雪の邪魔にならないよう、プライベート回線を使用していた。


「緋ノ沢さん?」

『徹甲榴弾に、切りかえます……再装填に時間がかかるので、それまでたえて……ください』

「わかったけど、どうするの?」

『……うまくいけば、すぐに……かたづきます』


振り下ろされた〈天使〉の腕をブレードで切り飛ばし、後退。

追ってきた〈天使〉を躱わそうと踏み込んだ時、足首に鋭い痛みが走った。


「……ッ!?」


いく乃を庇って痛めたほうの足が限界を訴えていた。


はっとした時には〈天使〉はもう目の前だった。

スクリーンに迫る巨大な腕、気がつくと体は宙に浮いていた。


視界が揺れ、激しい振動が襲う。


背中から地面に叩きつけられた真の〈ネメシス〉が、土を巻き上げて田園を転がった。

仰向けになった真の機体に、〈天使〉の大きな影が覆い被さる。


再び凄まじい衝撃が真を襲う。

〈天使〉の拳が〈ネメシス〉の胸部装甲を殴打し、機体が地面へ沈み込んだ。


フレームが軋み、スクリーンが明滅する。


これだけの重量と体格差から放たれる痛烈な一撃を受け切ってなお〈ネメシス〉は壊れなかったが、しかしそう何度も耐えられるものではない。


ノイズの走るスクリーンに映し出された〈天使〉が、暗澹に染まる夕の空へと腕を高く掲げ、先ほどよりも大きく上体を仰け反らせる。


直感に誰かが訴えかける、この一撃が、自分のトドメになる。


脳裏に、身体を失ったあの日に見た最後の光景が蘇った。

絶望を体現する侵略者と、それに立ち向かうアスカ。


あの時、確かに自分は諦めた。

でも、こうして生きているのは彼女たちのおかげだ。


もう諦めはしない。

その果てにどんな対価を払うことになったとしても、今度こそ、自分は戦い抜いてみせる。


背面のメインブースターを全開出力で点火する。

土が噴き上がり、稲田の枯れ草が燃えて塵になる。


凄まじい推力で〈ネメシス〉が跳ね起きる、真がパイルバンカーを突き出すのと〈天使〉が拳を打ち下ろすのはほとんど同時だった。


ブースターの勢いを乗せたパイルバンカーは怪物の腕を深々と貫き、先端の炸薬を爆裂させる。


〈ネメシス〉の左腕と、〈天使〉の前腕が吹っ飛んだ。


「……ッ!」


片腕を破損した〈ネメシス〉からのフィールドバックに顔が歪む。


『真先輩』


めくるの声。

それが彼女が装填を終えた合図だと即座に判断し、ブースターの噴射角を変えその場を緊急退避。


直後、一条の火線が眼前の〈天使〉へ飛び込み、最初に真がパイルバンカーを見舞った抉傷から体内へと沈む。

めくるの徹甲榴弾が爆発し、巨獣の上半身半分が四散して灰白色の塊が露出した。


力天使級を葬ったあの時と同じ戦略だ。


「ありがとう、めくるちゃんっ!」


残る右手に握ったブレードを放り捨て、機体腰部側面のからコンバット・ナイフを引き抜き、ほとんど倒れ込むようにして〈天使〉へと体当たりする。


よろめく〈天使〉、だが姿勢を押し崩すには至らない。

これほどの損傷を負ってなお、怪物は〈ネメシス〉にの突進を踏ん張って耐えてみせた。


脂汗が額に滲む、踏み込もうにも挫いた足に力が入り切らない。


声を上げて叫んでいた、自分が何を言ったのかも分からない。

歯を食いしばって地面を蹴り上げる、〈天使〉の躯が傾いた。


そのまま地面へ押し倒す、振り解こうと伸びてくる怪物の腕を切り払って、ほとんど叩きつける勢いで生体核へとナイフを思い切り振り下ろした。


響き渡る怪物の絶叫、もがくように手脚をばたつかせる〈天使〉を無理やり押さえ込んで、もう一度、今度はさらに深く、刃を叩きつける。


生体核が真っ二つに砕け、鼓膜を殴りつけるような悲鳴が止んだ。

暴れ回っていた腕が地面に落ち、〈天使〉は、完全に沈黙した。


「はぁっ、はぁ……っ」


荒れ果てた水田に機体の膝をつく。

足の痛みは立っているのも辛いほどだった。


アスカたちのほうを見ると、ちょうど向こうも片を付けたようだった。


血塗れになった白い巨体が稲田にくず折れる。

向こうも向こうで、どうにか生体核を破壊したらしい。


アスカは背面の滑腔砲をパージしており、深雪もサブウェポンの機関砲に持ち替えていた。


『はぁ、はぁ……作戦、終了ね……?』


いつになく息の上がった深雪がオープンチャンネルを開いた。


「生体核を破壊しました……もう、うごかないと思います」

『よくやったわ、真君、めくる』

『はやく帰還命令を出すように言って、深雪。あの子のところへ行きたいわ……』


メインシステムを通常モードへ移行し、真は体を背もたれに預ける。

戦いを終え、片腕を失った真の〈ネメシス〉は安堵のようなエキゾーストを噴いた。


夕日は水平線へと落ちていき、晩秋の冷たい風が青海ヶ丘に吹き渡った。



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