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第22話

真は〈ネメシス〉を走らせていた。

今回の討伐目標である能天使級が、青海ヶ丘南部の廃墟群を街へ向かって北上する速度は、機体を全力疾走させてようやく追いつくものだった。


倒壊したビルを蹴散らし瓦礫を蹴飛ばして突き進む白い怪物を、どうにか追いかける。

前線に立つ〈ネメシス〉3機のうち、真の機体がアスカや深雪と少しずつ差を広げていくのは、純粋に性能差によるところだ。


『誘導するどころか、かってにめくるの射程内に入るわよ……ッ!』


全回線でアスカがそう言った直後、青海ヶ丘の街を飛び越えてくる一つの赤い光が見えた。


緩やかな放物線を描くそれは〈天使〉の胴体を違わず捉え、爆発、炎上。

炎に包まれる怪物は絶叫を上げて仰け反り、後ずさった。


「いまなら!」


真の〈ネメシス〉が踏み込む、足を止めた〈天使〉の側面に回り込んで、左腕兵装のパイルバンカーを引き絞り、放った。


怪物の体へ深々と撃ち込んだ杭の、先端の炸薬が爆ぜる。

黒煙と炎が怪物の体内から噴き上がり、血と肉片が飛び散った。


その一撃で化け物はその巨躯をよろめかせたが、すぐに体勢を立て直し、真の〈ネメシス〉めがけて腕を横なぎに払った。


『真くん!』


サイドスクリーンに野太い腕が迫る。

パイルバンカーを引き抜いた姿勢から機体の脚力だけで跳躍、スラスタを噴いて身を翻し、空中で一回転しながら背部エクステンションの単分子ブレードを抜刀、そのまま爪先を掠める〈天使〉の腕を切り飛ばした。


ほとんど曲芸じみた機動を見せる真と、それを難なく再現する運動性能を誇る真の〈ネメシス〉に、アスカが息を呑むのが通信越しにもわかった。


切断された腕が血を噴きながら吹き飛び、背後のコンクリートビルに突っ込んで砂塵を巻き上げる。


着地した真の頭上へ振り下ろされる別の腕を躱して、そのままバックステップ、手近な建物の上に飛び上がって、〈天使〉と対峙した。


『あんまりむちゃなコトしないでよ、心配するじゃない……』


隣の建物へアスカが着地する、次いで、さらにその隣へと深雪が降り立った。


『おかげで足止めできたわ』

『どうするの?深雪』

『めくるの有効射程内には入ってる、街への侵入を許さないようここで確実に仕留めるわ』

「了解」


3機の〈ネメシス〉がそれぞれに武器を構え、一斉に飛び立つ。

瓦礫の転がる路面に着地し、戦闘機動。


真の初動によって〈天使〉は完全に3体の黒い巨人を敵とみなしていた、咆哮とともに地面を蹴立てて突進してくる。


深雪の機体が高く飛び上がり〈天使〉の頭部に照準、散弾砲を放った。

深雪の〈ネメシス〉に目立った兵装の変更はなかった、自身の戦闘スタイルが変わることを彼女が嫌ったためだが、代わりに、彼女が使用する武器それぞれには強化弾倉が取り付けられ、弾数と威力の大幅な増強が為されている。


2発、3発と、巨獣の頭へ弾丸が降り注ぐ。

〈天使〉は深雪へと狙いを変えるが、そこへアスカが回り込み背部武装の上下二連装短砲身滑腔砲で挟撃、〈天使〉は振り向きざまに長く伸びる尾部を横なぎにして周囲もろともを薙ぎ倒した。


佇立するビルの群れが粘土細工のように崩れ去り、砕け、コンクリートの破片が宙を舞う。

轟音と振動。

塵煙が踊るその中から、アスカの〈ネメシス〉が飛び出した。

後方へ飛び退りながら、両手に持つ大型チェーンソーを正面へと真っ直ぐに突き出す。


『ためしてあげるわ、カエデ!』


火花とともにロックが外れ、アスカの掲げるチェーンソーが鈍い金属音を響かせて左右にする。

彼女の操縦の癖を考慮して開発された改良型新兵装、二刀のチェーンソーを構えた〈ネメシス〉は再び〈天使〉へと切りかかった。


がなり立つ武器を携え、〈天使〉の眼前へと躍り出るアスカ。

スラスタを細かく噴かしながら得意のステップで怪物の攻撃を躱し、斬撃。

総重量こそ変わらないが、それが分散されたことによって彼女の機体捌きはより素早さを増している。

一撃あたりの威力は低下してしまっているものの、彼女は背部滑腔砲の砲撃も織り交ぜながらそれを手数で補っていた。


果敢に攻撃を続けるアスカの動きに合わせ、真も加勢する。

アスカが次にどこを狙うか、どちらへ避けるのか、今の真には全てが分かる。

これまで重ねてきた彼女との時間が、ふたりのコンビネーションを強化していた。


戦闘を通じてアスカとひとつになることに、気持ちが昂っていく。

どこか、懐かしい感覚だった。


『アスカ、真君!いいわよ、押し切れる!』


深雪がショットガンの弾倉を交換し、アスカと真を支援する。

強化弾薬のためにいくらか口径の大きく改良された銃口から放たれた散弾が、〈天使〉の頭部を激しく横殴り、さらにめくるの砲撃が追い打ちをかける。


血を迸らせ、煙と炎を上げながら雄叫びを轟かせる怪物は、上体を反り返らせるとそのまま後方へと大きく飛び上がった。


白く濁った空にグロテスクな巨獣の体躯が踊る。


着地した〈天使〉は、踏みしめた地面を蹴り上げると咆哮とともに凄まじい勢いで真達のほうへと飛び込んできた。


その体の大きさからは想像もつかない俊敏な動きでこちらへと突っ込んできた〈天使〉が、複雑にしなる多関節の腕に突進の勢いを乗せでたらめな力で振り下ろす。

鉄筋コンクリートの廃墟が粉々に叩き潰され、激震に一帯が揺らぐ。


〈ネメシス〉3機は、怪物の強撃を左右に分かれて回避、猛スピードでスクリーンを通り過ぎた白い影を追いかけ、真は機体を振って敵を視界の中に保つ。


「すごいうごき……!」

『あいかわらずふざけた生き物ね、まったく!』


呻くアスカが滑腔砲を放った。

着弾はしたものの、激昂状態の〈天使〉が怯む様子はなかった。


勢いのままビルを巻き込んで転がった〈天使〉は、体を起き上がらせると今度は深雪へ向かって突進した。

長さの異なる複数の腕を、交互に、同時に、執拗に伸ばし、目の前を飛び回る獲物を喰らおうとその醜悪な口を広げる。


『深雪っ!』

『大丈夫よ、攻撃のチャンスを伺って!』


深雪を追って破壊を撒き散らす〈天使〉、次々と廃墟の群れが崩れていく。

立ち込める土煙に視界のほとんどが奪われる中、スクリーンにハイライトされた深雪の〈ネメシス〉と〈天使〉の位置情報が忙しなく変動を繰り返す。


その情報を頼りに真は機体を動かし、深雪の言う攻撃のチャンスを狙う。


やがて煙の中を抜け出す、目の前に現れた〈天使〉は腕を振り上げていたところだった。


真の接近に気づいていたのか、迷わず真の〈ネメシス〉へと拳が打ち下ろされる。

だが迷いがないのはこちらも同じだ、パイルバンカーを構え、躊躇うことなく前へと力強く踏み込む。


「アスカ!」

『わかってるわよっ!』


真へ迫る巨獣の拳、横から割って入ったアスカがめいっぱいに機体の両腕を振りかぶって、チェーンソーでそれを切り飛ばした。

悲鳴を上げる〈天使〉、その首元を、さらにめくるの長距離榴弾砲が仰け反らせる。


ガラ空きになる〈天使〉の胴体、炎が降り注ぐ中その胸部へとパイルバンカーを撃ち込む。

撃発された杭の先端が体内で爆裂し、〈天使〉のおおよそ胸の辺りに穴が開いた。


〈天使〉の体を蹴って飛び退る真。

そして間髪入れず、グレネード砲へと持ち替えた深雪が、真がパイルバンカーを撃ち込んだ怪物のの胸の穴へ、全弾を放った。


真っ黒な煙が〈天使〉の体を包む。


怪物は体を退け反らせたまま、一歩、二歩ほど後ろへ歩くと、そのまま仰向けになって倒れた。

鈍い振動が響く。

〈天使〉は、動きを止めた。


『作戦完了ね?』


撃ち終えたグレネード砲をエクステンションに戻して、深雪が沈黙する〈天使〉を見下ろす。


『まだ……です!』


めくるが声を上げるのとコックピットルームに警報が鳴り響くのはほとんど同時だった。


『熱源を感知しました!退避を、〈ヴァルキリーズ〉!』


けたたましいアラートの中、続けてオペレーターの葛木が叫ぶ。


何が起きているのか、いや、何が起きようとしているのか、真だけでなく全員が分からないでいるが、葛木の声を聞いて3機の〈ネメシス〉はそれぞれにその場を飛び退いた。


『待って、そんな……ッ』


酷く狼狽した声で深雪が言った。


『なんなのよ、いったい……!』


忌々しくアスカが吐き捨てる。

真も目の前の現実を理解できず、息を呑んだ。


「うそ……」


倒したと思ったはずの〈天使〉が、ゆっくりと起き上がったのだ。


周囲の気温が急激に上昇し、外気温計測器が警報を発する。

燃える大気が〈天使〉を中心に陽炎を踊らさせ、その姿を禍々しく歪ませた。


再び立ち上がった〈天使〉の胸の傷が塞がり、そしてそれだけでなく、能天使級の体は見る見るうちに肥大化していく。


やがてひとつの山のような大きさにまで成長したその背中から、2本のが飛び出した。


『このエネルギー反応……まさか……っ!?力天使級です!』


錆びた金属が擦れるような絶叫。

耳を聾するような咆哮を上げ、悪夢の化身は、自身の堕天を地上へ轟かせた。




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