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第3話 恭介の過去

 翌日いつものようにバイト先へ行くと、いきなり瀬尾さんに呼び出された。


あまり二人で話したくはないけれど仕方がない。


「恭介の様子は相変わらずのようだな」


 瀬尾さんは何気ない様子で、答えを求めているのかどうかさえも分からない言葉を投げかけてきた。


「はい。昨日もいつも通りぼんやりした様子でした」


「前も言ったように、別に敬語じゃなくてかまわない」


 どこか寂しげな視線が注がれるのを感じる。そうは言われても僕は彼の事が少し苦手だ。

僕が黙っていると瀬尾さんは困ったように口を開いた。


「あいつはただ混乱しているだけなんだろう。目を覚ましてからまだ半年も経っていないからな。君の事もそのうち思い出すはずだ」


僕の事は思い出さない方がいいと思うけれどそんなことも言えなくて、ただ頷いた。


「あまり思いつめないようにな」


「大丈夫、です」


 瀬尾さんは僕が松原洸一郎の息子だと恭介から聞いて知ってはいるはずだけど、黒神村にいたわけではないからそのあたりの確執をそこまで理解してはいないだろう。


 瀬尾さんがまだ何か言いたそうだったけれど、優しい言葉なんて聞きたくなくて背を向けた。


 廊下を照らす灯りのまぶしさだけが目に映っていた。


          *


 帰ってきた殺風景な部屋の中で恭介の事を考える。


 恭介は中学までは両親とともに東京に住んでいたが、小さな民宿を営んでいた祖父が亡くなると、祖母の手伝いをするために父親の故郷である黒神村に引っ越してきたらしい。


 しかし田舎暮らしは恭介には合わず、連絡船とバスを乗り継いで2時間ほどかかるそこそこ大きな街に出かけて、バンドを組んだり遊び歩いたりしていたそうだ。


 当時の写真を見たことがあるが、今の僕と同じような派手な金髪でシルバーのネックレスを2つ重ねてつけていた。あんな人口の少ない村の中ではきっと目立っていただろう。


 そんな恭介は村に1つしかない高校の中でも浮いており、松原洸一郎まつばらこういちろうの弟である良次郎には特に嫌われていたため生徒のほぼ全員を敵に回すことになった。


 僕の知る恭介はそんなことでは落ち込みそうにないが、当時は結構辛かったらしい。本当なのかは分からないけれど。


 同級生に無視されたり持ち物を壊されたりする中でも、一学年上の橋本風香はしもとふうかとは仲が良く恭介が二年生、風香が三年生の春から付き合っていたが、風香は高校を卒業するとすぐに元々の婚約者だった松原洸一郎と結婚してしまった。


 しかしあきらめきれなかった恭介はその後も付き合いを続け(これが全ての元凶だと僕は思っている)高校三年生の冬にそれを松原家の人々に知られてしまう。

 結果、恭介たち家族は村八分に遭い、祖父が一家心中を図るものの恭介だけが生き残り、中学の時の親友だった瀬尾智遙せおともはる(経営者一族の長男でめちゃくちゃ金持ちらしい)のところに居候することになった。


 そして持ち前の天真爛漫さで瀬尾さんの両親からは大変気に入られ、瀬尾家の援助を受けて起業し、現在に至る。


 そして一番の問題は、恭介が村を出て行った後の事だ。


 恭介と風香は松原家の人々によって別れさせられたが、すでに風香は恭介の子供を身ごもっていた。

 それが恭介の言う「颯斗」だ。かつてのバンドメンバーから噂でそれを聞き、自分の血を引く子供を迎えに黒神村へ向かった。


 それが、僕が恭介から聞いた話だ。恭介はいい加減だし人間性に問題があるが嘘をつくことはないはずなので、この話は本当(少なくとも恭介の中では)だと思う。


 そして恭介は一旦黒神村にいた子供を引き取ったものの、結局家族にはなれなかった。

その時は家族としてずっと一緒にいられると恭介も思っていたんだろうけれど。


 風香と恭介の不倫のせいで僕の父は荒れ狂っていたようだが、父にしても風香という妻がいながら愛人との間に子供を授かっていたので何とも言えない。


その時の愛人であり、のちに妻になったのが僕の母―松原鞠子まつばらまりこである。


 母は父との間に子供、つまり僕が生まれてすぐに松原本家の奥様として立派な母屋に住むことになった。

一方風香は息子と共に粗末な離れに追いやられ、僕が五歳ぐらいの時に風邪をこじらせて亡くなってしまった。その時はまだ自分に子供がいるなんて知る由もなかった恭介に会う事もなく。


 父が風香を完全に追い出すのではなく松原家の敷地内にいさせたのは、自分を裏切った復讐として痛めつけるためだったんだろう。


 松原家に関する一連の話の中で正直恭介の罪は重いと思う。まず不倫がよくないし、風香とその子供を捨てたようなものだ。

きっと「颯斗」だってそう思っているだろう。


 父はしばらく恭介のせいで荒れ狂っており、僕にも暴力をふるう事があった。

その時できた傷が今ものこっているけれど、元の原因を考えたら僕は父よりも恭介を憎むべきなのかもしれない。


 でも、僕は恭介の事が好きだった。


 僕にはよく分からないプログラミングの話をするときのキラキラした目も、ギターを弾いているなんだか格好つけている横顔もずっと見ていたかった。


……今更そんな気持ちを思い返したってしょうがない。


 恭介の事を忘れようと、あまり眠くはないけれど固いベッドに横たわる。

シーツはひんやりして防虫剤のにおいがした。


目を閉じても眠気はなかなか訪れない。


恭介の隣にいた時はよく眠れたのにな。


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