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第2話 記憶喪失(2)

 恭介のマンションから自宅のアパートに帰ってくると、なんだか外にいた時よりも寒く感じた。

 もう一年以上ここにいるのに、いまだに家具もきちんと揃っていない。

 段ボールの中にある服なんて一度も袖を通していないものがほとんどだし、


 疲れ切った体を引きずるようにシャワールームへ向かう。

 調子が悪い時はシャワーの音さえも不快で耳をふさぎたくなるが、今日はそこまででもないのでイヤホンはなくても大丈夫だろう。


 切れかけの蛍光灯の元、鏡に映し出される自分の姿から目を逸らす。


 冷酷そうな切れ長の目も、薄い唇も、松原家の血を色濃く弾いていることがすぐに見てとれる。

 せめてもの抵抗で真っ黒な髪は金色に染めてピアスを左右の耳に5つずつつけているけれど、多分父親である松原洸一郎にそっくりなんだろうと思う。


 そんな自分の姿がずっと嫌いで。

 中でも一番嫌いなのは右肩から胸にかけて広がる赤黒い鱗のような痣だ。


 故郷では「龍の鱗」と呼ばれて高貴な血の証なんて言われているけれど、僕にとっては忌まわしい印に過ぎない。


 僕が生まれたのは黒神村という、通称「龍の島」と呼ばれる孤島に位置する小さな集落だ。

 そこでは生家である松原家の当主が代々村長と「龍の使い」を務め、村の権力を掌握している。


 松原一族は黒龍の子孫だと言われている(馬鹿馬鹿しい話だが本気で信じている人も結構いたらしい)。

 先祖である黒龍の言葉を聞いて村にその加護をもたらすのが「龍の使い」の仕事だ。


 そして当主になれるのは、松原一族の中でも「龍の鱗」を持つ人間だと決められている。

鱗を持っているのは黒龍に選ばれた証だからだそうだ。

 最も一族全員から嫌われている僕が当主になる可能性はないので、次期当主は妹か従兄弟になるだろう。


「龍の鱗」は生まれた時からあるものではなく、10歳前後から体に現れだすものらしい。

僕は栄養状態が悪かったせいで15歳までそれが出現することはなかった。

大嫌いな松原家の象徴だからいっそ永遠に出なければよかったのに。


 島を出てからはずっと隠していたけれど、恭介には気づかれてしまった。

彼が僕を避けるようになったのはそれからだ。


 なかなか温かくならないシャワーを浴び終わると、空気に触れた端から体が冷えていく気がした。島にいた時よりはずいぶん暖かいはずなのに。

ふと、左手首の少し下にあるやけどの痕が痛んだように感じたのはきっと気のせいだ。

 あれはもう十年の前の事で今は何ともないはずなのに。


確かあれは松原家のお手伝いさんが……いやもうそんなことは忘れてしまった方がいい。


一人でいると何だか余計なことを色々考えてしまう。


恭介が隣にいない事なんてもう慣れたと思っていたのにな。


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