出張中の瀬尾さんから連絡があったのは夜8時の、僕が自室でぼんやりしていた時の事だった。
『恭介と連絡が取れなくて。すまないが見に行ってやってほしい』
「めんどくさくて電話に出ないだけなんじゃないですか」
恭介は僕に対してはいつもそんな感じだ。
でも、言葉ではそう言いながら嫌な予感がもやのように胸の中に広がっていく。
事故があった日、目を覚まさない恭介の蝋人形のような顔色が脳裏をよぎった。
またあんなことがあったら僕はもうきっと生きてはいけない。
『そうだと思うが念のため頼む。特別手当は払うから請求してくれて構わない』
「分かりました」
いくらで請求すればいいのか分からないが、いつもの黒いコートを羽織るとアパートを後にした。
*
真っ暗な空の下たどり着いたマンションはいつも通り静まり返っていた。
防音がしっかりしているから大抵いつもこんな感じなのに、どこか不吉な予感がしてそわそわしながらエレベーターを待つ。
部屋の前にたどり着いてインターホンを押しても、いつも通り返事はなかった。
恐る恐る合い鍵を差し込んで震える手で回す。
真っ暗なのに、部屋が荒れているのは感じとれて急いで電気をつける。
そこには惨状が広がっていた。
パソコンは床に落ちているし、積み上げられていた本も落下してぐちゃぐちゃになっている。何かが入っていたらしい皿はひっくり返って中身が床にこぼれていた。
そんなめちゃくちゃな部屋の中、恭介はベッドのすぐ下で膝を抱えていた。
「恭介。大丈夫?一体何が」
肩に置いた手が払いのけられる。僕の顔を見ようともしない……まあこれはいつもの事だけど。
「颯斗に会いたいって智遙に言ってるのに聞いてくれないんだ」
恭介は下を向いたままぽつりと言った。
どうやら強盗が入ったりしたわけではなく、恭介が自分で部屋を荒らしたようだ。
確かに瀬尾さんは「颯斗」の話をしたがらない。
最も僕だって積極的に出したい話題ではないけれど。
「颯斗だけが家族なのに」
何を今さら、と言いたくなる。何も知らなかったくせに今になって血のつながりになんて縋るのか。そんなのは恭介らしくない。
でも、そうか。恭介はきっとずっと寂しかったんだろう。
家族の中で一人だけ天才で異質で、あの村でも風香以外に心を許せる相手はいなくて、起業してからは瀬尾さんとも友達というよりビジネスパートナーの関係で、同居していた僕は憎むべき松原洸一郎の息子で。
記憶を失くしてもうっすらその時の感情は残っていて、救いになりそうなのは血のつながった自分の子供の存在だけ。
―それはきっと悲しい事だね。
「大丈夫。僕が探してくるよ」
思わずそう口にしていた。
虚ろだったアーモンド形の目に輝きが戻る。
「きっと『颯斗』に会えるから。待っていて」
「ありがとう」
恭介がかすかに笑うのを見て自然と頬がゆるむ自分が嫌になった。
部屋の隅でどこか気まずそうにしている恭介の視線を感じながら、割れた皿をビニール袋に入れ、本を棚に戻す。
パソコンはケーブルをつなぐと無事起動した。最も恭介が作ったプログラムはここにはもう入っていないから壊れたとしても大した問題はないけれど。
ある程度片付いた状態になったので、俯いている恭介に声をかける。
「じゃあ、帰るから。……またね」
「……ごめんね、ケイ」
透き通った目が泣き出しそうに揺れる。
「別に大したことじゃないよ」
そう、大したことではない。こんなことで謝るなんてやっぱり恭介らしくはないな。