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第10話 親子


 部屋に戻ってきた僕はため息をついた。

元々雨は苦手だ。最近はずいぶん落ち着いてきて、少しの雨ならイヤホンがなくても大丈夫になっていたのに。あの猫を見てしまったから、だろうか。


 昔松原家では「さくら」という黒猫が飼われていた。さくらはなぜだか僕に懐いていてよく膝の上に乗ったりしていたけれど、実里―僕の妹に当たる―はそれが気に入らなかったみたいだ。


 実里の気性の荒さは知っていたはずだから、僕はさくらに近寄らなければよかったのに。


 今日死んでいた猫はどうなったんだろう。無事埋葬されたんだろうか。

そうだ、律に連絡しておかなければ。

あんな姿を見せるつもりはなかったから気まずくはあるけれど、何か聞かれても貧血だと言い張ろう。

今はまだ僕が黒神村にいた事を知られない方がいい。


『今日はごめん。無事帰れた。また連絡するね』


 律にメッセージを送った後、写真を撮っていたことを思い出した。

 今すぐにでもベッドに倒れこみたい気持ちを抑え込みながらパソコンの電源を入れて、恭介が手掛けたプログラムを起動する。

「ノア」というAIが搭載されたそのシステムは、恭介が「颯斗」のために作った「宝箱」と同じような仕組みだ。


 複数名の人物の顔写真をシステムにアップロードすると、彼らに血縁関係がある可能性がどの程度あるのかを計測してくれる、らしい。これも虹彩パターンや特定部位の形の近似性で見分けているらしいが、やっぱり僕にはよく分からなかった。


 ちなみに僕と恭介の写真でやってみた時は9パーセントだった。

もちろん赤の他人なのは分かっているから妥当な結果だ。


 以前撮った恭介の写真と、今日撮った律の写真をアップロードする。

こうして並べるだけでも二人はよく似ていた。

恭介があまり年相応には見えないから、親子というより兄弟に見えるけれど。


 計測中、と表示されている画面を乾いた目で眺める。

数秒後、現れた数値は「98パーセント」だった。


これは親子確定でいいだろう。


よかったね、恭介。


 ふと頬を何かが濡らした。

それがなぜなのか本当は分かっていたけれど分かりたくなかった。


……僕の父、松原洸一郎が死んだと聞いたのはそれから1か月後の事だった。

当主だった彼の死によって新しい当主を決める必要が出てきたことも。



あれから何度かノアとは会った。音楽を聴きに来てくれるだけじゃなくて一緒に買い物やカラオケに行ったりもした。


ノアは時々何かを言いたそうにこちらを見ることがあって、でもそれに俺が気付いたのを知るといつもと変わらないどこか消えてしまいそうな笑みを浮かべるだけだった。


そんな様子が気がかりではあったけど一緒にいるのは楽しかった。でも、どこかで別の感情が渦巻くのに気づかないふりをしていたのかもしれない。



そして。

ノアの事を考える日が増えるにつれて、以前どこかで会っているのではないかという感覚が日に日に強まっていった。


同時に思い出すのは、星空の下、血の臭いの中でただ何も言えず立ちすくんでいたあの日の。


……もしあの日一緒にいた少年がノアだったとしたら。


過去を清算しなければならないのかもしれない。


忌まわしい松原の血の存在をこんなところで思い知らされるなんて、馬鹿馬鹿しくてもう笑うしかないな。




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