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不意に崩れ落ちそうになったノアを咄嗟に支えていた。
目の前には死んだ黒猫が横たわっていて、それが余計に不吉な予感を増幅させる。
腕の中の蒼白な顔をしたノアが薄目を開ける。金髪とは対照的な真っ黒な目が視線をさまよわせた。
目が合うとノアははじけるように腕の中から逃れると困ったように俯いた。
一瞬手首辺りに赤黒いやけどの痕のようなものが見えた気がして目を瞬かせる。
「……ごめん。貧血かも」
「大丈夫なのか?」
「うん、一瞬めまいがしただけ。驚かせてごめんね」
薄い笑みを浮かべるノアからは大丈夫なのかそうでないのかも読み取れない。
「家まで送ろうか?」
「大丈夫。それより早く行かないとギターが濡れるよ」
ノアは何事もなかったかのように歩き出した。
今のは貧血というより何かに怯えていたような気がしたが、もしかして死んだ猫を見たから、なんだろうか?
子供の頃の経験のせいで俺も猫が少し苦手だったことがある。今は大丈夫だけど。
*
ノアと駅で別れてマンションにたどり着いた頃には体も冷えて疲れ切っていた。
彼の事が心配ではあるけれど、あまり踏み込む勇気もなくてあの後何も聞けていない。
それに手首にあったやけどのような痕。それを思い返すと、なぜだか微妙な不快感で頭の奥がぞわりとした気がした。
そういえば俺はノアの事を何も知らない。もちろん出会ってからそんなに経っていないから普通はこんなものなのかもしれないけど。
スマホを見るとノアからメッセージが届いていた。
『今日はごめん。無事帰れた。また連絡するね』
そんな簡素な内容になぜか胸が痛くなる。
返信をどうするのか迷いながら、結局
『大丈夫!今日はゆっくり休んでねー』
という無難なものになった。
自分が何に不安を感じているのかよく分からない。
アプリを閉じてもあの儚げな薄い笑みが頭から離れなかった。