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ライブ当日。他の出演者たちは仲間同士で話しながら楽しそうに出番を待っているが、俺には特に話す相手もおらず所在なく辺りを見回していた。
今日来てくれる予定なのはケイ……「ノア」だけだ。
ノアはSNSには何の投稿もしていないけどこちらの投稿は見てくれているみたいで、度々頑張ってね、などのコメントは投稿してくれる。
ただ、本当に興味を持ってくれているのかは分からない。
昔の友達も、目の前では歌を褒めてくれていたけど裏で悪口を言っていたのが判明したし。
……思い出したら胃が痛くなってきた。あまり色々考えないようにしよう。
ステージ(とかろうじて言えるくらいのスペース)脇からこっそりフロアを覗いてみると客入りがまばらな中で見覚えのある金髪が目に入った。
今日はハイネックの黒いセーターを着ている。こうしてみるとノアの方がミュージシャンっぽいかもしれないが、そういえば普段は何をしているんだろう。学生だろうか。
ノアに気を取られている間に開幕になってしまった。
今更ながらやってきた緊張を押し込めながらステージに立つ。
何だか誰もこっちを見ていない気がしてへこみそうになったが、ノアと目が合うと小さく手を振ってくれた。その仕草が妙に嬉しくて頬が緩む。
でも、どうしてだろう。やっぱりどこかで会ったような気がする。最近じゃなくてもっとずっと昔、なんだろうか?
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律の演奏は相変わらずうまいのか下手なのか分からないものだったが、楽しそうに歌う姿は何だかいいな、と思った。
恭介もバンドを組んでいた時はこんな感じだったんだろうか。
自分勝手すぎてなかなか活動は順調に行かなかったみたいだけど。
ライブが終わって外に出ようとすると、追いかけてきた律に肩を叩かれた。
「今日はありがとうな。荷物持ってくるから待ってて」
「うん。あ、そうだ。ライブの記念に写真撮っていい?」
唐突すぎたかもしれないが律は嬉しそうに笑った。
「もちろん!一緒に撮ろうぜ」
「いや僕は写らなくていいから。君の姿を残しておきたいだけだし」
律が目を丸くする。
なんだか自分がおかしなことを言っている気がしないでもない。
「もしかしてノア、ガチのファン?」
「えーっと。まあそうかな」
正解が分からなくて適当に答えると、律は声を上げて笑いながら再び僕の肩を叩いた。
「あはは。面白すぎ」
何が面白いのかよく分からないけれど、無事写真を入手することができたからまあいいだろう。
*
荷物を抱えてきた律と一緒に外に出ると、小雨が降っていた。
「あー、雨か。まあ駅まですぐだから大丈夫かな」
律は傘もささずに歩き始めた。ギターは大丈夫なんだろうか。
といっても僕も傘は持っていないので貸すこともできない。
ふと、目の前に何かが落ちているのに気づいた。
黒っぽい、尻尾のある、血を流している何か。
それが何なのか気づくと同時に変な風に心臓が脈打ち始める。息が苦しい。
『さくら!嘘だよねさくら』
自分がかつて発したであろう声がよみがえる。
ああ、あれは。
僕のせいだごめん僕がさくらを呼んだからこんなことになったんだ。
実里―妹が僕の事を嫌っていて、さくらが僕に懐くのもよく思っていないと知っていたはずなのに。
目の前が真っ暗になって僕は雨の中で
……