「……恭介の息子を見つけました」
社員たちが全員帰宅した後の廊下でそう告げると、瀬尾さんは眉をひそめて低い声で言った。
「君がそう思っているだけだろう。そもそも存在するのかも分からないのに探したって仕方ない」
「ちゃんと恭介が作ったプログラムで調べたから間違いありません」
瀬尾さんは恭介のことをそこまで信じていないかもしれないが、彼が作るシステムの精巧さだけは信じているはずだ。
「恭介に会わせようと思います」
「だとしても今の恭に会わせたって仕方ないだろ。そもそもその息子……?はなんて言ってるんだ。恭に会いたがっているのか?」
「まだ何も話していないので、本人からは何も」
律が恭介の事をどう思っているのかは分からないが、僕にとってはそれよりも恭介の気持ちが大切だった。記憶を取り戻した時「颯斗」が側にいたら、もう死にたいなんて思わないんじゃないだろうか。それだけを考えていた。
「だったら放っておけばいい。その人物にも今の生活があるはずだ。恭には君がいればそれでいいだろう」
瀬尾さんは恭介が僕を嫌悪していたなんて知らないからそんな風に言うだけだ。
そして僕は松原家の血を色濃く継いでいる。
父は松原直系の人間だし、母にしても父の遠縁であり松原の血を引いてはいる。
血が濃すぎるせいなのか、松原家の歴代当主はいずれも長生きはできていない。
祖父も死んだのはまだ50代の時だったように記憶している。
それはある意味呪いのようで。
僕は多分恭介より長く生きることはできない。
もし僕の事が一番大切だったとしたら恭介は余計に絶望していただろうからそうじゃなくてよかったのかもしれない。
「それに、君はもっと自分の気持ちを大切にすべきだ」
「していますよ」
瀬尾さんの言葉の意味はよく分からなかった。
恭介に笑ってほしいと言うのが僕の素直な気持ちだ。それ以外のものは何もない。
「恭に、もっと自分を見てほしいと思っているんだろう?」
「そう思っているのは僕じゃなくて瀬尾さんなんじゃないですか」
余計な言葉が唇から零れ落ちる。
瀬尾さんは時折見せる寂しげな目をしたが、薄い笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。
*
疲れ切って帰ってきた、冷え切ったアパートの一室で目を閉じる。
例え「颯斗」と恭介が顔を合わせることがなかったとしても、今後恭介と僕が元に戻ることはない。それだけは分かる。
最初から出会わなければよかったんだろうか。
つないだ手のぬくもりも、不意に歌を口ずさむ柔らかな声も、抱きしめられた温かさも、最初から知らなかったなら寂しくなんてなかったんだろうか。
そんなことを考えていると不意に電話が鳴った。
それが、僕が再度故郷である「龍の島」を訪れることになるきっかけで、惨劇の始まりだったのだろう。
……ねえ、恭介。
例え一瞬のぬくもりでも、それを感じられたのは幸せだったよね。
二度とそんな日が訪れなくても。