放課後、図書室で静かに本を読んでいたミラは、不意にかけられた声に顔を上げた。
「ごきげんよう、ミラ様」
そこにはアリアが立っていた。
「ごきげんよう、アリアちゃん。一人なの?キャナル様は一緒じゃないの?」
「姉様は撒いてきた」
「撒いてきた…キャナル様、心配してるわよ」
キャナルの慌てる様子が目に浮かぶようで、ミラは苦笑した。
「姉様にはシスコンを卒業して欲しいので、これからは時々撒く」
「でも、あまり心配させすぎるとシスコンが悪化するかもよ?」
「悪化は困る」
「それで、キャナル様を撒いてまで来た用件は何かしら?」
「これを渡したくて来た」
アリアは自分で綴ったと思われる冊子を差し出した。ミラが軽く目を通すと、それは前に読んでいたラノベの翻訳本の2巻だった。
「これは…!ラノベの続きね!ありがとう、アリアちゃん!」
「喜んでもらえて嬉しい」
「でも、これはどこから?」
「ごめんなさい。それを説明するには、私の秘密に触れないとならない。姉様と約束したから、話せない」
「そうだったのね。私の方こそ聞こうとしてごめんなさい」
「それに、あの楽譜も役に立ててもらえて嬉しい」
「え?あの楽譜もアリアちゃんが?」
「はい。説明はできないけど、私が書いた」
「そうだったのね。とても助かったわ、ありがとう」
ミラは少しだけアリアの秘密に近づいたような気がしていたが、アリアがさらに続けた。
「これは話せる。私は転生者ではない」
「え?」
転生者の存在にまで言及するアリアに、ミラは驚きを隠せなかった。謎が解けるどころか、さらに深まるばかりだった。
「そろそろ姉様の心配が限界だと思うので帰る」
「ごきげんよう、ミラ様」
「ごきげんよう、アリアちゃん」
アリアが軽やかに図書室を去る姿を見送りながら、ミラの心には新たな疑問が湧き上がっていた。
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翌日、ミラはセシリアと一緒に学院の中庭を歩きながらアリアのことを話していた。
「アリアちゃん、本当にすごいわね。あの年齢であれだけの才能を持っているなんて」
「ええ、本当に。でも、彼女の秘密についてもっと知りたくなりますね」
「そうね。でも、いまは私たちのほうから探るべきじゃないわ。きっと、いずれアリアちゃん自身が話してくれるはず」
ミラが真剣な表情で答えると、セシリアも頷いた。
その時、急ぎ足で近づいてきたキャナルが二人に声をかけた。
「ミラ様、セシリア様、大変です!」
「どうしたの、キャナル様?」ミラが驚いて尋ねると、キャナルは息を整えながら答えた。
「アリアがまたどこかに行ってしまったんです。探さないと…!」
ミラとセシリアは顔を見合わせ、急いでアリアを探しに行くことにした。二人が手分けして探そうとすると、ちょうどその時、アリアが自分からセシリアの前に現れた。
「セシリア様、お願いがある 」
「何かしら?」
「ミラ様のファンクラブ『ミラクルミラ様』に入会したい」
「もちろん、大歓迎よ。でもキャナル様が心配してましたわ」
「学院内、心配することは何も起きない」
アリアの確信に満ちた態度に感心しながらも、セシリアは微笑んで言った。「そうね、確かにアリアちゃんの言う通り。でも、キャナル様の心配もわかるわ」
「ありがとう、セシリア様」
その後、ミラたちはキャナルのもとへアリアを連れて戻り、キャナルは安心した様子でアリアを迎え入れた。
「姉様、学院内では心配することなんて起きない」
「アリア、わかっていても心配なの」
キャナルは涙目になりながら言い、アリアをぎゅっと抱きしめた。
「わかったわ、アリア。これからはもう少し自由にさせてあげる。でも、困った時や危ない時は必ず言ってね」
アリアも微笑み、「ありがとう、姉様。ちゃんと約束する。でも、姉様がシスコンすぎるのが心配。私のことばかりで自分のことを忘れる」と返すと、キャナルは少し驚いた表情を見せたが、すぐに納得して頷いた。
「そうね、アリア。あなたの言う通りかもしれないわ。これからは自分のこともちゃんと考えるわね」
「トイレに付いてくる姉なんて、ほかに聞かない」アリアがため息混じりに言うと、ミラとセシリアは笑いをこらえながらキャナルを見つめた。
キャナルは顔を赤らめながら、「だって心配だったのよ。迷子になったり、危険な目に遭ったりしないかって」と弁解する。
「姉様のそういうところが心配」アリアがさらに付け加えると、キャナルは苦笑しながら「気をつけるわ」と言い、みんなで微笑み合うのだった。